先月『堤未果のショック・ドクトリン』を読んだ。その読後印象は拙ブログで既に取り上げた。著者はナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』を読み衝撃を受けたと記していた。その衝撃があの新書に結実した。いわば応用編という形で現在の問題事象を摘出し論じさせた。堤未果流にショック・ドクトリンが定義づけされ、ショック・ドクトリンの5大ステップを「①ショックを起こす ②政府とマスコミが恐怖を煽る ③国民がパニックで思考停止する ④シカゴ学派の息のかかった政府が、過激な新自由主義政策を導入する ⑤多国籍企業と外資系の投資家たちが、国と国民の資産を略奪する」(p43)というフレームワークで論じている。
『堤未果のショック・ドクトリン』を読んだことが、ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』を読む動機付けとなった。幾島幸子・村上由見子両氏の翻訳書を読んだ。地元の市図書館に蔵書があったので、それを借り出して通読した。
まず外見的なご紹介から始めよう。ハードカバーで上・下2冊本。上巻の本文は p1~p345、下巻の本文は p357~p681 なので、通算 670ページという本文分量。この本文に対して、上巻には 46ページ、下巻には 42ページに及ぶ原注がリスト化されている。ちょっとそのボリュームに正直まず圧倒された。
奥書を読むと、著者ナオミ・クラインはカナダ生まれのジャーナリストであり、作家、活動家である。経済学者ではない。膨大な公開資料や論文及び自らのインタビュー活動で収集した情報や証言をベースにして、大規模なショックあるいは危機がどのように利用されたのかを克明に追跡調査し、その実態を暴き出した書である。
コピーライトが2007年となっているので、2007年に出版されたのだろう。翻訳書は2011年9月に刊行された。当時、私は本書を全く意識していなかったようだ。
本書が出版された時代背景を知る指標として、いくつか触れておこう。
本書に登場するミルトン・フリードマン(1912~2006)は、1976年にノーベル経済学賞を受賞した。フリードマンは、ケインズ的総需要管理政策を批判し、20世紀後半におけるマネタリスト、新自由主義を代表するアメリカ合衆国の経済学者であり、シカゴ大学の教授となった。シカゴ学派のリーダーとなる。
ニューヨークの世界貿易センタービルと国防総省ビル(ペンタゴン)が破壊されたのが2001年9月11日。ブッシュ大統領がイラク攻撃に踏み切ったのが2003年3月である。あのテロ行為はイラク戦争へのトリガーとなった。オバマ大統領がイラク戦争終結を宣言したのは2011年12月14日である。
日本では、第3次中曽根内閣が国鉄分割民営化が実行され1987(昭和62)年4月に、地域別にJR各社が発足した。小泉内閣において、2005年10月に郵政民営化法が公布され、2007年10月に郵政民営化が始まった。
著者は「序章 ブランク・イズ・ビューティフル」を、2005年9月にハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲った直後にルイジアナ州で著者が取材した体験から語り出す。この災害の後、ニューオーリンズがどのような状況になっていたかという事例から始める。この事例にも深く関係してくるのが新自由主義と称されるシカゴ学派の経済理論である。その教祖的存在がミルトン・フリードマン。「自由放任資本主義運動の教祖的存在で、過剰な流動性を持つ今日のグローバル経済の教科書を書いた功績」(p3)で知られている。フリードマンが提唱した政策は、規制緩和、民営化、社会保障切り捨ての3点セットを骨格とする。本書はこの政策思想が世界の各地、各国でどのような経済社会問題を引き起こしてきたかを明らかにしていく。本書の一側面は、いわばミルトン・フリードマンの経済理論とその薫陶を受けて活動してきたシカゴ学派への批判である。
本書のタイトルは「THE SHOCK DOCTRINE(ショック・ドクトリン)」。著者は「衝撃的出来事を巧妙に利用する政策」(p6)という意味で使っている。この考えは「フリードマンが最初から唱えてきた手法だったという事実」(P11)を本書で明らかにしていく。「深刻な危機が到来するのを待ち受けては、市民がまだショックにたじろいでいる間に公共の管轄事業をこまぎれに分割して民間に売り渡し、『改革』を一気に定着させてしまおうという戦略」(P6)「つまり、人々が茫然自失としている間に急進的な社会的・経済的変革を進める手口」(P10)だと著者は分析する。人々が気づいたときには既に遅い。過去の歴史的事実がその実態を示している。本書で著者はそれを跡づけていく。
本書の副題は「THE RISE OF DISASTER CAPITALISM」である。「DISASTER CAPITALISM」について、著者は「壊滅的な出来事が発生した直後、災害処理をまたとない市場チャンスと捉え、公共領域にいっせいに群がるような襲撃的行為」(P8-9)と説明する。「訳者あとがき」を読むと、従来は直訳的に「災害資本主義」と呼ばれてきたらしい。本書ではそれを「惨事便乗型資本主義」と翻訳している。「THE RISE」は文字通りにとれば「増大」「増加」である。しかし、本書から、DISASTER CAPITALISM が増大した結果何が起こったのか、その結果を批判し異を唱えることに主眼が置かれているという読後印象を持った。それ故に「惨事便乗型資本主義の正体を暴く」という訳出はなるほどと納得する。わかりやすくかつ引き付ける訳だと思う。
本書は、7部構成である。第1部はそのベースを築いた人物を明らかにし、第2部から第4部は、時代の推移の中で、ショック・ドクトリンがどのように実行されてきたかの事例を追跡し、そこに流れている共通の思想とその結果を克明に暴き出していく。ここに取り上げられた世界各国の歴史について深く知っていれば、本書での事実説明の理解が深まることだろう。私の歴史的知識不足から著者の記述を追いかけて理解しようとするだけで精一杯のところが残念ながら数多くあった。己が生きてきた同時代に、世界各地で何が起こっていたのか。本書で具体的に知り、愕然とするばかり。己の無知さ加減をひしひしと感じた次第。
さて、ベースとなる「第1部 ふたりのショック博士-研究と開発」では、序章に登場しなかったもう一人のとんでもない人物を初っ端に取り上げている。
それが、「第1章 ショック博士の拷問実験室」である。
ここに登場するのは、ユーイン・キャメロン博士。カナダにあるマギル大学附属アラン記念研究所の所長。キャメロンは人間の心は消去し、造り替えることができるという仮説を信条として、1950年代後半に洗脳実験を繰り返したのだ。そのために電気ショック療法(ECT)や覚醒剤を混合した実験的薬物を利用したという。キャメロンの研究を米中央情報局(CIA)とカナダ政府が彼の実験に資金提供していた。著者はその被験者の一人にされたゲイル・カストナーにインタビューした内容を織り込みながら、キャメロンの拷問実験室の実態を明らかにしていく。
「患者にショックを与えて混乱した退行状態にすることで、健全な模範的市民へと『生まれ変わる』ための前提条件を作り出せるというのが、キャメロンの論理だった」(p65)そうだ。
キャメロンの実験成果は、CIAの洗脳技術に繋がっていく。その一例が小冊子「クバーク対諜報尋問」だと言う。そして、更に、グァンダナモ・ベイ米軍基地やアブグレイの刑務所での拷問に応用されて行ったとする。第2部以降の各所に、ショック・ドクトリンに組み込まれていく様が記述される。中南米他各地での諜報活動における尋問、拷問方法に適用されて行ったとする。
「第2章 もう一人のショック博士」は、ミルトン・フリードマンについて、まず論じている。彼は自由放任実験室の探究を始める。アメリカ国内での新保守主義運動の経済政策を作り上げていく。フリードマンの最初の著書『資本主義と自由』にそれが表明されているという。世界の自由市場経済にとっての基本ルールを打ち出すとともに、規制緩和、民営化、社会支出削減の3本柱について、彼の具体的な提言を盛り込んでいく。
「常に数学と科学の用語で覆い隠されているものの、フリードマンの見解は、その本質からして規制のない大規模な新市場を渇望する大手多国籍企業の利害にぴたりと合致していた」(p78)と著者はその本質を指摘している。そして、フリードマンの思想が彼を教祖的存在にしていく。
第2部以降は、ショック・ドクトリンがどのように現実の諸国家において、実施されたかの事例分析レポートと言える。一国の運営において、政権・政治と経済は不可分の関係にある。本書ではその両面が取り上げられていく。だが、奇妙な点は、ショック・ドクトリンの実施において、シカゴ学派は、時代の変化を取り入れながらも、経済的側面を考えるだけだった。その国の政権、政治の側面には深く関わらない形で、ショック・ドクトリンを実行したという事実が明らかになっていく。その結果、その政策はその国にとっては失敗に帰した事実が指摘されていく。生み出されたのは富の二極分化である。ごく一部の人々と企業に富を集中させるメカニズムとなり、他方に大多数の貧困下層国民を生み出す結果になったという。惨事便乗型資本主義の行き着く姿がここにあると論じている。序章では「ひと握りの巨大企業と裕福な政治家階級との強力な支配同盟である」(p19)と論じている。
第2部以下で、どこの国が対象となり、ショック・ドクトリンがどのように実行されたのかを著者が追跡レポートしているかだけ、本書の構成に沿って、ご紹介しておこう。
第2部 最初の実験 - 生みの苦しみ
第3章 ショック状態に投げ込まれた国々 ー流血の反革命-
1973年9月11日、チリのアジェンデ政権をクーデターで倒したピノチェト政権。
ピノチェト政権下のチリに徹底的な自由主義経済体制を敷くのがシカゴ・ボーイズ
の主張。ここに新自由主義の最初の実験が始まる。そのプロセスが追跡される。
警察国家と企業が協力し、労働者との間で、総力戦を展開する構図が生まれる。
第4章 徹底的な浄化 -効果を上げる国家テロ-
1970年代、恐怖政治を敷くアルゼンチンの軍事政権下でのシカゴ・ボーイズの実験
「ショック療法によって経済から集団主義の異物をすべて除去しようとする」(p155)
第5章 「まったく無関係」 -罪を逃れたイデオローグたち-
新自由主義運動が、南米南部地域を実験室として犯した罪は糾弾されずに終わる。
そして、世界に広がる。それが可能となった背景を分析していく。
「国際人権運動」がこの地域を活動モデルの実験室としていたこととの関係を指摘
する。
第3部 民主主義を生き延びる -法律で作られた爆弾
第6章 戦争に救われた鉄の女 -サッチャリズムに役だった敵たち-
サッチャーが「所有者社会」と後日称される政策を実行する過程を追跡する。
イギリス版フリードマン主義の実行である。その過程で、勃発したフォークランド
紛争がサッチャーの政策にとり、救いの神として作用した経緯を分析する。
第7章 新しいショック博士 -独裁政権に取って代わった経済戦争-
1985年、民主化の波が押しよせたボリビアはハーバード大卒の俊英な教授を起用。
経済学者ジェフリー・サックスの行ったショック療法実験を追跡する。
第8章 危機こそ絶好のチャンス -パッケージ化されるショック療法-
フォークランド紛争に敗戦したアルゼンチンは政権交代がつづく。債務爆弾が残る。
そこに「ヴォルカー・ショック(債務ショック)」が加わる。メナム政権の下で、
シカゴ・ボーイズが活動する。
第4部 ロスト・イン・トランジション -移行期の混乱に乗じて-
第9章 「歴史は終わった」のか? -ポーランドの危機、中国の虐殺-
ポーランドで「連帯」が政権を担う。債務とインフレの悪化が大問題だった。
そこで、サックスの活動が始まる。
一方で、中国における天安門事件のショックと中国政府の動きを追い分析する。
第10章 鎖に繋がれた民主主義の誕生 -南アフリカの束縛された自由-
南アで起草された「自由憲章」と、マンデラが釈放された1990年以降の南アの
置かれた状況を追う。自由憲章と現実との矛盾が明らかにされていく。
第11章 燃え尽きた幼き民主主義の父
-「ピノチェト・オプション」を選択したロシアー
エリツィンが大統領になった後、シカゴ学派の基本文献を学び影響を受けた「若
き改革者」と西側から呼ばれた学者たちが活動する。彼らは経済ショック療法プ
ログラムを導入していく。
第12章 資本主義への猛進 ーロシア問題と粗暴なる市場の幕開け-
著者が2006年10月に、ジェフリー・サックスを訪問し、インタビューした内容から
始めて、ソ連の崩壊とその当時の世界の状況を概観する。「ワシントン・コンセン
サス」が生まれる経緯に触れる。
第13章 拱手傍観 -アジア略奪と「第二のベルリンの壁崩壊」-
「アジアの虎」と呼ばれた東南アジア諸国がパニックの犠牲になった経緯を追う。
「『アジアの虎』諸国から古いやり方や慣習を一掃したあと、シカゴ方式による
国家の再生が図られる」(p392)
下巻に掲載の第5部と第6部は転調する。アメリカ国内に目を転じ、ブッシュ政権下の実状を追跡する。そして、第7部は、本書出版の直近時点で、各地におけるショック・ドクトリンの実行結果がその後どうなっているかに改めて目を向けていく。
第5部 ショックの時代 -惨事便乗型資本主義複合体の台頭
第14章 米国内版ショック療法 -バブル景気に沸くセキュリティー産業-
まず、ブッシュ・チームにおいて国防長官となったラムズフェルドと、チェイニー
に焦点を当て、元祖・惨事便乗型資本主義者という実態を暴く。
9.11後に急進的な政府の空洞化構想が動き出す。
「表向きはテロリズムとの戦いを目標に掲げつつ、その実態は惨事便乗型資本主義
複合体、すなわち国土安全保障と戦争および災害復興事業の民営化を担う、本格的
なニューエコニミーの構築に他ならなかった」(p434)
「脅威の可能性が1%あれば、危険姓は100%とみなして対応する必要がある」(p436)
とチェイニーのいう「1%原則」に言及する。セキュリティー産業が沸騰する訳だ。
第15章 コーポラティズム国家 -一体化する官と民-
著者の辛辣な指摘を引用しよう。それが一番わかりやすい。
*ブッシュ政権においては、戦争成金が政府に接近しようとしたばかりでなく、
政府そのものが戦争成金で構成されていた。 p455
*内部情報を収集したら、即座に辞めて政府内のコネを企業に売り込む、という
わけだ。もはや公職に就く動機は、惨事便乗型資本主義複合体で働くための予備
調査でしかなくなってしまった。 p457
*ラムズフェルドとチェイニーが、惨事産業に関連する持ち株と公的義務の二者択
一を頑として拒んだことは、正真正銘のコーポラティズム国家の到来を告げる最
初の兆しだった。その兆候は他にも多々見られる。 p158
この結論的な引用を裏付ける事実追跡の記述箇所を本書でお読みいただきたい。
第6部 暴力への回帰 -イラクへのショック攻撃
第16章 イラク抹消 -中東の”モデル国家”建設を目論んで-
ブッシュ大統領のイラク戦争正当化の背後には、モデル理論があると著者は言う。
アラブ世界の征服のために、一国を足がかりとする。「テロとの戦い、資本主義世
界の拡大、選挙の実施はひとつのプロジェクトに統合される」(p476)と言う。
イラクをアラブ・イスラム世界とは異なる国家にし、「そこから周辺地域全体に民
主主義/新自由主義の波を広げようよする構想」(p475)だとも言う。
ブッシュ大統領は、これを「問題のある地域に自由を広める」(p476)と表現した。
イラク戦争の位置づけを分析し、集団的拷問としての戦争だと論じている。
第17章 因果応報 -資本主義が引き起こしたイラクの惨状-
著者は、イラク戦争の結果、イラクを占領した初期の2003年9月に国防総省がバグ
ダッドで開催した会議で提示された構想の存在に着目する。その構想が実行に移さ
れ、イラク復興が壊滅的失敗に帰して行く経緯を追う。
第18章 吹き飛んだ楽観論 -焦土作戦への変貌-
イラクでの経済政策の実行は猛烈な反発を呼ぶ。その一方で、民主主義の導入とし
ての政治参加、選挙には熱い思いと具体的な行動が取られて行った。だが、この行
動はアメリカ政府の思惑と相違したため、民主主義を破棄する対応に出たという。
抵抗運動が発生する。混乱をかき立てただけになり、対立抗争が再発する。
著者はこの経緯を追う。この渦中で誰が儲けたのかを明らかにしていく。
第7部 増殖するグリーンゾーン -バッファゾーンと防御壁-
第19章 一掃された海辺 -アジアを襲った「第二の津波」-
2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震でスリランカの海岸で発生した惨状に着目
する。スリランカ政府は、東部海岸の漁村アルガムベイを「改良再建」計画のモデ
ルケースとした。だが、著者は調査し、漁村住民の立場からは全くの虚構であり、
状況は悪化していると知る。著者はその事実関係を明らかにしていく。
津波をショックに利用した政府側の観光産業化の画策、地元住民無視の政策の様相
が現れる。さらに、同様の事例が「観光共和国」モルディブで発生している事実に
論及していく。
第20章 災害アパルトヘイト -グリーンゾーンとレッドゾーンに分断された社会-
著者は序章で少し触れたルイジアナ州ニューオリンズの事例に再び目を向ける。
2005年9月、ニューオリンズにドミュメンタリーフィルムの撮影に行き、交通事故
で被災し病院に入院した時の体験から始めて行く。そして、新自由主義の経済政策
の実施で生じた「復興と救済」の名のもとに行われる社会的弱者への攻撃の実態を
追跡調査していく。もっとも貧しい市民が二度にわたって民間企業のぼろ儲けの食
いものにされたという実態を鋭く指摘する。
「災害は、冷酷無情な分断社会-金と人種で生存できるか否かが決まる-という将
来の姿を垣間見せる機会となってしまったのだ」(p601-602)と批判する。
著者は、近未来に災害アパルトヘイト社会が到来することを推測するに至る。p619
第21章 二の次にされる和平 -警告としてのイスラエル-
2007年に、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムが取り上げた「ダボス
・ジレンマ」を冒頭に取り上げ、惨事アパルトヘイト国家としてのイスラエルを取
り上げていく。不安定こそが安定になった事例がイスラエルだと言う。
イスラエルの直近の過去の状況を知ることができる。イスラエルのセキュリティー
技術が論じられている。
著者は、「じつに多くの産業が依存する惨事経済ブームを脅かすものがあるとすれ
ば、それはこの先、気候の安定と世界の地政学的平和がある程度達成されるという
シナリオにほかならない」(p623)とすら言及している。
終章 ショックからの覚醒 -民衆の手による復興へ-
この章を2006年11月のミルトン・フリードマンの逝去から始め、ここまでの諸事例
に関連した現状況を概括していく。情報補足という趣を感じる。この章で印象に残
る結論的記述の箇所を幾つかご紹介して終わりたい。そのプロセスは本書でご確認
いだだきたい。
*シカゴ学派のイデオロギーが勝利したところでは、どこも判で押したように貧富
の格差が拡大した。 p649
*世界のほんのひと握りの人間が莫大な富を独占するに至るまでのプロセスは、こ
れまで見てきたとおり平和的とはほど遠かったが、そればかりでなく法に触れる
こともしばしばだった。 p649
*世界に目を転じれば、各国の選挙で新自由主義経済に強硬に反対する候補者の勝
利が相次いだ。 p653
*衝撃的な出来事がもたらした機会を利用しようとするすべての戦略が大きく依存
するのは、驚愕という要素である。 p670
*自力で復興を務めるこうした人々には共通する重要な要素がある。彼等は異口同
音に、自分たちはただ建物を修復してえいる「だけでなく、自分自身を癒やして
いるのだと言う。
こうした住民による自力復興は、惨事便乗型資本主義複合体の精神の対極にある
ものだ。 p680
お読みいただきありがとうございます。
補遺
アメリカ同時多発テロ事件 :ウィキペディア
イラク戦争 :ウィキペディア
イラク攻撃理論とブッシュ政権の課題(法学部1年):「一橋大学大学院社会学研究科」
グァンタナモ米軍基地 :ウィキペディア
グアンタナモ湾収容キャンプ :ウィキペディア
アブグレイブ刑務所 :ウィキペディア
アブグレイブ虐待で有罪になった米国女性兵士へのインタビュー :「WIRED」
ドナルド・ユーウェン・キャメロン :ウィキペディア
フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 :「NHK」
「精神改造 恐怖の洗脳計画」2021 精神科医ユーウェン・キャメロンの闇
ミルトン・フリードマン :ウィキペディア
新自由主義 :「コトバンク」
新自由主義 :ウィキペディア
シカゴ・ボーイズ :「百科事典 Academic Accelerator」
ジェフリー・サックス :ウィキペディア
国鉄分割民営化 JR発足 :「NHK」
国鉄の分割・民営化三十年に関する質問主意書 :「衆議院」
これまでの民営化の流れ :「日本郵政」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『堤未果のショック・ドクトリン』 堤未果 玄冬舎新書
『堤未果のショック・ドクトリン』を読んだことが、ナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』を読む動機付けとなった。幾島幸子・村上由見子両氏の翻訳書を読んだ。地元の市図書館に蔵書があったので、それを借り出して通読した。
まず外見的なご紹介から始めよう。ハードカバーで上・下2冊本。上巻の本文は p1~p345、下巻の本文は p357~p681 なので、通算 670ページという本文分量。この本文に対して、上巻には 46ページ、下巻には 42ページに及ぶ原注がリスト化されている。ちょっとそのボリュームに正直まず圧倒された。
奥書を読むと、著者ナオミ・クラインはカナダ生まれのジャーナリストであり、作家、活動家である。経済学者ではない。膨大な公開資料や論文及び自らのインタビュー活動で収集した情報や証言をベースにして、大規模なショックあるいは危機がどのように利用されたのかを克明に追跡調査し、その実態を暴き出した書である。
コピーライトが2007年となっているので、2007年に出版されたのだろう。翻訳書は2011年9月に刊行された。当時、私は本書を全く意識していなかったようだ。
本書が出版された時代背景を知る指標として、いくつか触れておこう。
本書に登場するミルトン・フリードマン(1912~2006)は、1976年にノーベル経済学賞を受賞した。フリードマンは、ケインズ的総需要管理政策を批判し、20世紀後半におけるマネタリスト、新自由主義を代表するアメリカ合衆国の経済学者であり、シカゴ大学の教授となった。シカゴ学派のリーダーとなる。
ニューヨークの世界貿易センタービルと国防総省ビル(ペンタゴン)が破壊されたのが2001年9月11日。ブッシュ大統領がイラク攻撃に踏み切ったのが2003年3月である。あのテロ行為はイラク戦争へのトリガーとなった。オバマ大統領がイラク戦争終結を宣言したのは2011年12月14日である。
日本では、第3次中曽根内閣が国鉄分割民営化が実行され1987(昭和62)年4月に、地域別にJR各社が発足した。小泉内閣において、2005年10月に郵政民営化法が公布され、2007年10月に郵政民営化が始まった。
著者は「序章 ブランク・イズ・ビューティフル」を、2005年9月にハリケーン・カトリーナがアメリカ南部を襲った直後にルイジアナ州で著者が取材した体験から語り出す。この災害の後、ニューオーリンズがどのような状況になっていたかという事例から始める。この事例にも深く関係してくるのが新自由主義と称されるシカゴ学派の経済理論である。その教祖的存在がミルトン・フリードマン。「自由放任資本主義運動の教祖的存在で、過剰な流動性を持つ今日のグローバル経済の教科書を書いた功績」(p3)で知られている。フリードマンが提唱した政策は、規制緩和、民営化、社会保障切り捨ての3点セットを骨格とする。本書はこの政策思想が世界の各地、各国でどのような経済社会問題を引き起こしてきたかを明らかにしていく。本書の一側面は、いわばミルトン・フリードマンの経済理論とその薫陶を受けて活動してきたシカゴ学派への批判である。
本書のタイトルは「THE SHOCK DOCTRINE(ショック・ドクトリン)」。著者は「衝撃的出来事を巧妙に利用する政策」(p6)という意味で使っている。この考えは「フリードマンが最初から唱えてきた手法だったという事実」(P11)を本書で明らかにしていく。「深刻な危機が到来するのを待ち受けては、市民がまだショックにたじろいでいる間に公共の管轄事業をこまぎれに分割して民間に売り渡し、『改革』を一気に定着させてしまおうという戦略」(P6)「つまり、人々が茫然自失としている間に急進的な社会的・経済的変革を進める手口」(P10)だと著者は分析する。人々が気づいたときには既に遅い。過去の歴史的事実がその実態を示している。本書で著者はそれを跡づけていく。
本書の副題は「THE RISE OF DISASTER CAPITALISM」である。「DISASTER CAPITALISM」について、著者は「壊滅的な出来事が発生した直後、災害処理をまたとない市場チャンスと捉え、公共領域にいっせいに群がるような襲撃的行為」(P8-9)と説明する。「訳者あとがき」を読むと、従来は直訳的に「災害資本主義」と呼ばれてきたらしい。本書ではそれを「惨事便乗型資本主義」と翻訳している。「THE RISE」は文字通りにとれば「増大」「増加」である。しかし、本書から、DISASTER CAPITALISM が増大した結果何が起こったのか、その結果を批判し異を唱えることに主眼が置かれているという読後印象を持った。それ故に「惨事便乗型資本主義の正体を暴く」という訳出はなるほどと納得する。わかりやすくかつ引き付ける訳だと思う。
本書は、7部構成である。第1部はそのベースを築いた人物を明らかにし、第2部から第4部は、時代の推移の中で、ショック・ドクトリンがどのように実行されてきたかの事例を追跡し、そこに流れている共通の思想とその結果を克明に暴き出していく。ここに取り上げられた世界各国の歴史について深く知っていれば、本書での事実説明の理解が深まることだろう。私の歴史的知識不足から著者の記述を追いかけて理解しようとするだけで精一杯のところが残念ながら数多くあった。己が生きてきた同時代に、世界各地で何が起こっていたのか。本書で具体的に知り、愕然とするばかり。己の無知さ加減をひしひしと感じた次第。
さて、ベースとなる「第1部 ふたりのショック博士-研究と開発」では、序章に登場しなかったもう一人のとんでもない人物を初っ端に取り上げている。
それが、「第1章 ショック博士の拷問実験室」である。
ここに登場するのは、ユーイン・キャメロン博士。カナダにあるマギル大学附属アラン記念研究所の所長。キャメロンは人間の心は消去し、造り替えることができるという仮説を信条として、1950年代後半に洗脳実験を繰り返したのだ。そのために電気ショック療法(ECT)や覚醒剤を混合した実験的薬物を利用したという。キャメロンの研究を米中央情報局(CIA)とカナダ政府が彼の実験に資金提供していた。著者はその被験者の一人にされたゲイル・カストナーにインタビューした内容を織り込みながら、キャメロンの拷問実験室の実態を明らかにしていく。
「患者にショックを与えて混乱した退行状態にすることで、健全な模範的市民へと『生まれ変わる』ための前提条件を作り出せるというのが、キャメロンの論理だった」(p65)そうだ。
キャメロンの実験成果は、CIAの洗脳技術に繋がっていく。その一例が小冊子「クバーク対諜報尋問」だと言う。そして、更に、グァンダナモ・ベイ米軍基地やアブグレイの刑務所での拷問に応用されて行ったとする。第2部以降の各所に、ショック・ドクトリンに組み込まれていく様が記述される。中南米他各地での諜報活動における尋問、拷問方法に適用されて行ったとする。
「第2章 もう一人のショック博士」は、ミルトン・フリードマンについて、まず論じている。彼は自由放任実験室の探究を始める。アメリカ国内での新保守主義運動の経済政策を作り上げていく。フリードマンの最初の著書『資本主義と自由』にそれが表明されているという。世界の自由市場経済にとっての基本ルールを打ち出すとともに、規制緩和、民営化、社会支出削減の3本柱について、彼の具体的な提言を盛り込んでいく。
「常に数学と科学の用語で覆い隠されているものの、フリードマンの見解は、その本質からして規制のない大規模な新市場を渇望する大手多国籍企業の利害にぴたりと合致していた」(p78)と著者はその本質を指摘している。そして、フリードマンの思想が彼を教祖的存在にしていく。
第2部以降は、ショック・ドクトリンがどのように現実の諸国家において、実施されたかの事例分析レポートと言える。一国の運営において、政権・政治と経済は不可分の関係にある。本書ではその両面が取り上げられていく。だが、奇妙な点は、ショック・ドクトリンの実施において、シカゴ学派は、時代の変化を取り入れながらも、経済的側面を考えるだけだった。その国の政権、政治の側面には深く関わらない形で、ショック・ドクトリンを実行したという事実が明らかになっていく。その結果、その政策はその国にとっては失敗に帰した事実が指摘されていく。生み出されたのは富の二極分化である。ごく一部の人々と企業に富を集中させるメカニズムとなり、他方に大多数の貧困下層国民を生み出す結果になったという。惨事便乗型資本主義の行き着く姿がここにあると論じている。序章では「ひと握りの巨大企業と裕福な政治家階級との強力な支配同盟である」(p19)と論じている。
第2部以下で、どこの国が対象となり、ショック・ドクトリンがどのように実行されたのかを著者が追跡レポートしているかだけ、本書の構成に沿って、ご紹介しておこう。
第2部 最初の実験 - 生みの苦しみ
第3章 ショック状態に投げ込まれた国々 ー流血の反革命-
1973年9月11日、チリのアジェンデ政権をクーデターで倒したピノチェト政権。
ピノチェト政権下のチリに徹底的な自由主義経済体制を敷くのがシカゴ・ボーイズ
の主張。ここに新自由主義の最初の実験が始まる。そのプロセスが追跡される。
警察国家と企業が協力し、労働者との間で、総力戦を展開する構図が生まれる。
第4章 徹底的な浄化 -効果を上げる国家テロ-
1970年代、恐怖政治を敷くアルゼンチンの軍事政権下でのシカゴ・ボーイズの実験
「ショック療法によって経済から集団主義の異物をすべて除去しようとする」(p155)
第5章 「まったく無関係」 -罪を逃れたイデオローグたち-
新自由主義運動が、南米南部地域を実験室として犯した罪は糾弾されずに終わる。
そして、世界に広がる。それが可能となった背景を分析していく。
「国際人権運動」がこの地域を活動モデルの実験室としていたこととの関係を指摘
する。
第3部 民主主義を生き延びる -法律で作られた爆弾
第6章 戦争に救われた鉄の女 -サッチャリズムに役だった敵たち-
サッチャーが「所有者社会」と後日称される政策を実行する過程を追跡する。
イギリス版フリードマン主義の実行である。その過程で、勃発したフォークランド
紛争がサッチャーの政策にとり、救いの神として作用した経緯を分析する。
第7章 新しいショック博士 -独裁政権に取って代わった経済戦争-
1985年、民主化の波が押しよせたボリビアはハーバード大卒の俊英な教授を起用。
経済学者ジェフリー・サックスの行ったショック療法実験を追跡する。
第8章 危機こそ絶好のチャンス -パッケージ化されるショック療法-
フォークランド紛争に敗戦したアルゼンチンは政権交代がつづく。債務爆弾が残る。
そこに「ヴォルカー・ショック(債務ショック)」が加わる。メナム政権の下で、
シカゴ・ボーイズが活動する。
第4部 ロスト・イン・トランジション -移行期の混乱に乗じて-
第9章 「歴史は終わった」のか? -ポーランドの危機、中国の虐殺-
ポーランドで「連帯」が政権を担う。債務とインフレの悪化が大問題だった。
そこで、サックスの活動が始まる。
一方で、中国における天安門事件のショックと中国政府の動きを追い分析する。
第10章 鎖に繋がれた民主主義の誕生 -南アフリカの束縛された自由-
南アで起草された「自由憲章」と、マンデラが釈放された1990年以降の南アの
置かれた状況を追う。自由憲章と現実との矛盾が明らかにされていく。
第11章 燃え尽きた幼き民主主義の父
-「ピノチェト・オプション」を選択したロシアー
エリツィンが大統領になった後、シカゴ学派の基本文献を学び影響を受けた「若
き改革者」と西側から呼ばれた学者たちが活動する。彼らは経済ショック療法プ
ログラムを導入していく。
第12章 資本主義への猛進 ーロシア問題と粗暴なる市場の幕開け-
著者が2006年10月に、ジェフリー・サックスを訪問し、インタビューした内容から
始めて、ソ連の崩壊とその当時の世界の状況を概観する。「ワシントン・コンセン
サス」が生まれる経緯に触れる。
第13章 拱手傍観 -アジア略奪と「第二のベルリンの壁崩壊」-
「アジアの虎」と呼ばれた東南アジア諸国がパニックの犠牲になった経緯を追う。
「『アジアの虎』諸国から古いやり方や慣習を一掃したあと、シカゴ方式による
国家の再生が図られる」(p392)
下巻に掲載の第5部と第6部は転調する。アメリカ国内に目を転じ、ブッシュ政権下の実状を追跡する。そして、第7部は、本書出版の直近時点で、各地におけるショック・ドクトリンの実行結果がその後どうなっているかに改めて目を向けていく。
第5部 ショックの時代 -惨事便乗型資本主義複合体の台頭
第14章 米国内版ショック療法 -バブル景気に沸くセキュリティー産業-
まず、ブッシュ・チームにおいて国防長官となったラムズフェルドと、チェイニー
に焦点を当て、元祖・惨事便乗型資本主義者という実態を暴く。
9.11後に急進的な政府の空洞化構想が動き出す。
「表向きはテロリズムとの戦いを目標に掲げつつ、その実態は惨事便乗型資本主義
複合体、すなわち国土安全保障と戦争および災害復興事業の民営化を担う、本格的
なニューエコニミーの構築に他ならなかった」(p434)
「脅威の可能性が1%あれば、危険姓は100%とみなして対応する必要がある」(p436)
とチェイニーのいう「1%原則」に言及する。セキュリティー産業が沸騰する訳だ。
第15章 コーポラティズム国家 -一体化する官と民-
著者の辛辣な指摘を引用しよう。それが一番わかりやすい。
*ブッシュ政権においては、戦争成金が政府に接近しようとしたばかりでなく、
政府そのものが戦争成金で構成されていた。 p455
*内部情報を収集したら、即座に辞めて政府内のコネを企業に売り込む、という
わけだ。もはや公職に就く動機は、惨事便乗型資本主義複合体で働くための予備
調査でしかなくなってしまった。 p457
*ラムズフェルドとチェイニーが、惨事産業に関連する持ち株と公的義務の二者択
一を頑として拒んだことは、正真正銘のコーポラティズム国家の到来を告げる最
初の兆しだった。その兆候は他にも多々見られる。 p158
この結論的な引用を裏付ける事実追跡の記述箇所を本書でお読みいただきたい。
第6部 暴力への回帰 -イラクへのショック攻撃
第16章 イラク抹消 -中東の”モデル国家”建設を目論んで-
ブッシュ大統領のイラク戦争正当化の背後には、モデル理論があると著者は言う。
アラブ世界の征服のために、一国を足がかりとする。「テロとの戦い、資本主義世
界の拡大、選挙の実施はひとつのプロジェクトに統合される」(p476)と言う。
イラクをアラブ・イスラム世界とは異なる国家にし、「そこから周辺地域全体に民
主主義/新自由主義の波を広げようよする構想」(p475)だとも言う。
ブッシュ大統領は、これを「問題のある地域に自由を広める」(p476)と表現した。
イラク戦争の位置づけを分析し、集団的拷問としての戦争だと論じている。
第17章 因果応報 -資本主義が引き起こしたイラクの惨状-
著者は、イラク戦争の結果、イラクを占領した初期の2003年9月に国防総省がバグ
ダッドで開催した会議で提示された構想の存在に着目する。その構想が実行に移さ
れ、イラク復興が壊滅的失敗に帰して行く経緯を追う。
第18章 吹き飛んだ楽観論 -焦土作戦への変貌-
イラクでの経済政策の実行は猛烈な反発を呼ぶ。その一方で、民主主義の導入とし
ての政治参加、選挙には熱い思いと具体的な行動が取られて行った。だが、この行
動はアメリカ政府の思惑と相違したため、民主主義を破棄する対応に出たという。
抵抗運動が発生する。混乱をかき立てただけになり、対立抗争が再発する。
著者はこの経緯を追う。この渦中で誰が儲けたのかを明らかにしていく。
第7部 増殖するグリーンゾーン -バッファゾーンと防御壁-
第19章 一掃された海辺 -アジアを襲った「第二の津波」-
2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震でスリランカの海岸で発生した惨状に着目
する。スリランカ政府は、東部海岸の漁村アルガムベイを「改良再建」計画のモデ
ルケースとした。だが、著者は調査し、漁村住民の立場からは全くの虚構であり、
状況は悪化していると知る。著者はその事実関係を明らかにしていく。
津波をショックに利用した政府側の観光産業化の画策、地元住民無視の政策の様相
が現れる。さらに、同様の事例が「観光共和国」モルディブで発生している事実に
論及していく。
第20章 災害アパルトヘイト -グリーンゾーンとレッドゾーンに分断された社会-
著者は序章で少し触れたルイジアナ州ニューオリンズの事例に再び目を向ける。
2005年9月、ニューオリンズにドミュメンタリーフィルムの撮影に行き、交通事故
で被災し病院に入院した時の体験から始めて行く。そして、新自由主義の経済政策
の実施で生じた「復興と救済」の名のもとに行われる社会的弱者への攻撃の実態を
追跡調査していく。もっとも貧しい市民が二度にわたって民間企業のぼろ儲けの食
いものにされたという実態を鋭く指摘する。
「災害は、冷酷無情な分断社会-金と人種で生存できるか否かが決まる-という将
来の姿を垣間見せる機会となってしまったのだ」(p601-602)と批判する。
著者は、近未来に災害アパルトヘイト社会が到来することを推測するに至る。p619
第21章 二の次にされる和平 -警告としてのイスラエル-
2007年に、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムが取り上げた「ダボス
・ジレンマ」を冒頭に取り上げ、惨事アパルトヘイト国家としてのイスラエルを取
り上げていく。不安定こそが安定になった事例がイスラエルだと言う。
イスラエルの直近の過去の状況を知ることができる。イスラエルのセキュリティー
技術が論じられている。
著者は、「じつに多くの産業が依存する惨事経済ブームを脅かすものがあるとすれ
ば、それはこの先、気候の安定と世界の地政学的平和がある程度達成されるという
シナリオにほかならない」(p623)とすら言及している。
終章 ショックからの覚醒 -民衆の手による復興へ-
この章を2006年11月のミルトン・フリードマンの逝去から始め、ここまでの諸事例
に関連した現状況を概括していく。情報補足という趣を感じる。この章で印象に残
る結論的記述の箇所を幾つかご紹介して終わりたい。そのプロセスは本書でご確認
いだだきたい。
*シカゴ学派のイデオロギーが勝利したところでは、どこも判で押したように貧富
の格差が拡大した。 p649
*世界のほんのひと握りの人間が莫大な富を独占するに至るまでのプロセスは、こ
れまで見てきたとおり平和的とはほど遠かったが、そればかりでなく法に触れる
こともしばしばだった。 p649
*世界に目を転じれば、各国の選挙で新自由主義経済に強硬に反対する候補者の勝
利が相次いだ。 p653
*衝撃的な出来事がもたらした機会を利用しようとするすべての戦略が大きく依存
するのは、驚愕という要素である。 p670
*自力で復興を務めるこうした人々には共通する重要な要素がある。彼等は異口同
音に、自分たちはただ建物を修復してえいる「だけでなく、自分自身を癒やして
いるのだと言う。
こうした住民による自力復興は、惨事便乗型資本主義複合体の精神の対極にある
ものだ。 p680
お読みいただきありがとうございます。
補遺
アメリカ同時多発テロ事件 :ウィキペディア
イラク戦争 :ウィキペディア
イラク攻撃理論とブッシュ政権の課題(法学部1年):「一橋大学大学院社会学研究科」
グァンタナモ米軍基地 :ウィキペディア
グアンタナモ湾収容キャンプ :ウィキペディア
アブグレイブ刑務所 :ウィキペディア
アブグレイブ虐待で有罪になった米国女性兵士へのインタビュー :「WIRED」
ドナルド・ユーウェン・キャメロン :ウィキペディア
フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿 :「NHK」
「精神改造 恐怖の洗脳計画」2021 精神科医ユーウェン・キャメロンの闇
ミルトン・フリードマン :ウィキペディア
新自由主義 :「コトバンク」
新自由主義 :ウィキペディア
シカゴ・ボーイズ :「百科事典 Academic Accelerator」
ジェフリー・サックス :ウィキペディア
国鉄分割民営化 JR発足 :「NHK」
国鉄の分割・民営化三十年に関する質問主意書 :「衆議院」
これまでの民営化の流れ :「日本郵政」
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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『堤未果のショック・ドクトリン』 堤未果 玄冬舎新書