遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『秋麗 東京湾臨海署安積班』  今野 敏  角川春樹事務所

2023-04-30 16:30:25 | 今野敏
 2022年8月に短編連作集の前作『暮鐘』を読んで以来の東京湾臨海署安積班シリーズである。これが最新刊。今回は長編で、月刊「ランティエ」(2021年9月号~2022年8月号)に連載された後、加筆・訂正を加えて、2022年11月に単行本が刊行された。

 東京ベイエリア分署、神南署、東京湾臨海署とシリーズは変遷を経てきている。安積班シリーズは私が特に気に入っているシリーズの一つ。強行犯係の第一係係長である安積剛志警部補をリーダーとする捜査員チームの人間関係、そのキャラクターの組み合わせが大好きである。この通称「安積班」がどのように事件に取り組み、事件を解決に導くか。それが楽しみなシリーズ。最近は、そこに強行犯係・第二係の係長相楽啓が率いる通称「相楽班」の絡み方がかなり変容しつつあるので、その点もまた興味を加えている。

 さて本作は、朝礼直後に東京湾臨海署の目と鼻の先、青海三丁目付近の海上で遺体が発見されたという無線が流れた事が端緒となる。8時50分竹芝桟橋発神津島行きジェット船の乗組員が発見して無線連絡が入ったのだ。早速「安積班」が現場海上に向かう。
 鑑識係の係長石倉進警部補と安積が遺体を検分したところ頸髓損傷が死因と推測された。安積と石倉は他殺と判断した。宮前検視官の判断を経て、東京湾臨海署に捜査本部が立つ。警視庁第四強行犯捜査管理官の滝口警視が筆頭となり、殺人犯捜査第六係の係長栗原警部の一箇班11人が出向いてくる。所轄では、安積班と相楽班がこの事件を担当する。
 被害者の身元を特定することから捜査が始まって行く。この殺人事件は、海上で発生したのか、陸上で発生して海に被害者が遺棄されたのか。海上から回収された遺体には手がかりになるものは何も発見できなかった。所持品なし。着ていた衣類だけがまずは調べる対象になるだけ。
 栗原係長は、検視官がプロの仕業じゃないかと言っていたと、安積と相楽に伝えた。
 栗原係長はダメ元だと、SSBC(捜査支援分析センター)に遺体の顔写真を送り、顔認証システムを使った科学捜査を依頼した。そこから身元が割れる。氏名は戸沢守雄、74歳、無職、住所は葛飾区新小岩三丁目・・・と判明。特殊詐欺の加害者で、出し子として逮捕されたが結果的に起訴猶予となった記録があった。
 安積は葛飾署に連絡を入れる。生活経済係の広田係長の話を聞くことになる。そして、広田から戸沢が詐欺の常習犯だったかもしれないという見方を聞く。思わぬ見方が被害者の背景を具体的に捜査する契機となる。

 司法解剖の結果、戸沢は海に入る前に死んでいたと判明する。鑑識の石倉の分析から、戸沢の服等はアメリカのアウトドアウエアのブランド品で結構な値段のもの。海につかっていたため血痕その他の体液や毛髪は発見できなかった。
 現場周辺での聞き込み、周辺の防犯カメラ等のビデオ解析等の捜査、戸沢が海上に居た可能性の捜査などが進められる。一方で、戸沢の逮捕記録と広田係長の発言から、安積と水野は特殊詐欺絡みの関連捜査に取り組んで行く。それは逮捕と起訴猶予の事実の再確認から始まっていく。
 
 このストーリーの面白さと特徴を挙げてみよう。
1.マスコミが注目するほど大きな事件ではないので、終始滝口管理官を筆頭とした捜査本部体制で捜査が進行すること。相楽は安積と対抗し力むことがなくなってきているという変化がうかがえて興味深い。だが、正論を述べて対立意見を出すという側面もある。今回は捜査本部に詰める相楽の姿が主に描かれる。流れとして相楽の位置づけが巧みである。

2.被害者の戸沢が海上で発見された。このことから初動捜査がどのように広げられていくか、読者は興味津々となることだろう。聞き込み捜査で情報が入手しがたい状況がどのように突破されていくのか。何事にも捜査の糸口は発見できるという展開になる。
 防犯カメラ等のビデオ解析がどのように捜査に役立つかがわかってくる。その分析に交機隊の速水と彼の部下が一枚噛んでいくところがおもしろい。
 防犯カメラは一方で監視カメラの機能を担っている実態を感じる。結果的に監視社会になっているというわけだ。

3.戸沢に逮捕歴があり起訴猶予になった事実と広田係長が抱く問題意識が安積を引きつけた。捜査本部詰めの安積が捜査本部の了解をとり、この側面を追ってみる捜査に乗りだす。安積は水野とともに行動する。迂遠に見える聞き込みと後付け捜査。安積の捜査が、殺人事件とどのように関係していくのか。その経緯が読ませどころとなって行く。
 広田係長のキャラクターもおもしろい。事件が終結した事案に対する刑事のこだわり。所轄署刑事のプロ意識が鮮やかに描かれていく。

4.滝口管理官の捜査本部運用判断が大きな要素になる。事件解決のため柔軟な対応力が有効に発揮されていく。捜査本部として交機隊の速水や葛飾署の広田係長の協力を柔軟に受け入れていく姿勢。一味違う捜査本部が描かれていく。

5.聞き込み捜査から、犯罪の背景の一端がわかる。事件の犯罪性をどのレベルで判断するか。その線引きの境界はある意味でグレーゾーンを常に含む。そこでの判断がはっきりと描き込まれていく点も興味深い。これ以上はネタばれに繋がるので触れない。

6.安積班の須田刑事は、人物として私の好きな一人。彼が途中から、捜査一課の刑事とペアを組む捜査行動から外れ、捜査本部に居てパソコンを駆使しネットやSNSの領域から情報を収集する役割を担っていく。安積の捜査を側面から強力にサポートする立場に徹する。須田の情報収集が有効に機能していくところが楽しい。

7.東京湾臨海署を担当する東邦新聞の山口友紀子記者が、安積班の水野真帆巡査部長に、自身がセクハラを受けているという問題について、相談を持ちかける。それがこのストーリーの冒頭に出てくる。この件がこのストーリーのサイド・ストーリーとなっている。今風のテーマであり、読者にとってもちょっと気になるところである。山口記者がセクハラを受けていると言うその当事者の髙岡という記者が、要所要所で安積に接触してくるという絡み方がおもしろい。
 
 捜査活動が広がり、情報が累積され、試行錯誤の一方で着眼視点が交差し、累積情報が繋がっていく。事件の筋が読め、事件の解明へと収束していく。ストーリーは場面展開とテンポが良く読みやすい。所々に安積の思いを織り込みながら、安積の行動を中軸に据え、安積班全体を描き込んでいくところはさすが手慣れたものである。
 
 最後に、印象深い文をいくつか引用しておこう。
*警察官は、悔いが残る仕事をしてはいけないと思う。 
 悔いが残るということは、信じていたことを全うできなかったということだ。つまり、正義を果たせなかったわけだ。  p123 ⇒安積の言
*まあ、たしかに戸沢は捕まって、事案は片づいたんですけどねえ、その件が別の事件に飛び火したってことでしょう。なら、捜査すべきだと、俺は思うんですよねえ。
 あくまでも、殺人は、警視庁本部主導の捜査本部の仕事です。でもねえ、北原は戸沢が常習犯なのではないかと疑った。だから、私らにとっちゃ、この事案はまだ終わってはいないんですよお。  p160  ⇒広田係長の言
*知る権利という言葉を、軽々しく使うべきではないと思います。国によっては、その言葉に、文字通り命を懸けなければならないジャーナリストたちがいるんですよ。 p167
 ⇒ 安積の言
*老兵は死なず、ただ消えるのみってね・・・・。そうは思っても、老兵だって何か残したいんですよ。 p346  ⇒髙岡記者の言

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『探花 隠蔽捜査9』  新潮社
「遊心逍遙記」に掲載した<今野敏>作品の読後印象記一覧 最終版
                  2022年12月現在 97冊


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