遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『マル暴 ディーヴァ』  今野 敏   実業之日本社

2023-05-11 14:47:16 | 今野敏
 マル暴シリーズの第3弾。「ディーヴァ」の意味を知らなかったので、ネット検索してみた。ウィキペディアにこの項目があった。手許の英和辞典にも載っていた。「diva」という語で、イタリア語と明記され「(オペラの)プリマドンナ、花形女性歌手、歌姫」と説明されている。冒頭の表紙の装画でわかるように、ここでは花形女性歌手を意味している。本書は「Webジェイ・ノベル」(2021年5月18日~2022年4月19日)で配信したものを2022年9月に単行本として刊行された。

 さて、このストーリーの主人公は刑事らしくないマル暴刑事甘糟達男。彼は暴力団を担当する刑事の典型的ともいえる風姿の先輩刑事・郡原虎蔵とペアを組んでいる。甘糟はマル暴刑事であることを嫌いつつ、与えられた任務には確実に取り組んでいく。甘糟の視点から、事象に対する突っ込みやシニカルな思い、第三者的な見方などが各所に盛り込まれストーリーが描かれて行く。マルBに対応する甘糟の姿と書き込まれた甘糟の視点での思いがこのストーリーにコミカルなタッチを加えていて、おもしろい。

 事件は甘糟・郡原が本部の銃器・薬物班からジャズクラブ「セブンス」へのガサ入れに対する協力を要請されることから始まる。そのジャズクラブは足立区東和五丁目にある。そのあたりは住宅街であり、甘糟も郡原も「セブンス」というジャズクラブがあることを知らなかった。協力を要請された日(金曜日)に郡原は下見を主張し認められ、甘糟と出かけた。そして、星野アイと名乗るボーカルの歌声に魅了されてしまう。この星野アイがディーヴァということになる。
 星野アイは、月曜日と金曜日の夜にワンステージ5曲だけ歌う。この歌声を聴くために大勢のお客さんがこのジャズクラブに集まってくる。
 ところが、このときトイレに行った甘糟が思いもよらぬ人に遭遇した。栄田光弘警視総監だった。なぜここにいるのかと質問され、甘糟はガサ入れの下見と答えた。甘糟は栄田の要請で郡原を引き合わす。
 翌週月曜日の午後7時30分に「セブンス」へのガサ入れが行われる。だが、このガサ入れは不発に終わった。その後、甘糟と郡原は栄田から呼び出され「セブンス」を再訪する。そして意外な事実を知らされる。「セブンス」のマスターは谷村と言い、元警視監で警察庁OB、さらに星野アイの本名は大河原和恵で現職のキャリア警察官、警視正である。
 谷村が、シマジ不動産の島地進という男から嫌がらせを受けているという。「セブンス」が入っているマンションごと谷村の所有で、ジャズのライブハウス「セブンス」の経営は谷村の趣味なのだ。島地は「セブンス」の売却を持ちかけ、その後は賃貸物件にしないかと引きさがらない。拒否されると、柄の悪い連中を連れて店に出入りするようになったという。

 甘糟は、島地進が左木山組の組員であることをつかむ。
 島地がなぜ執拗に住宅街にある小規模な「セブンス」にこだわるのか。このストーリーは、ここから本格的にスタートしていく。郡原・甘糟は島地の行確として張り込み捜査から始める。駐禁場所での張り込みをして、北綾瀬署交通課の新人警官に駐禁の切符を切られかけるエピソードなど、コミカルタッチな場面が加わりおもしろい。

 島地は星野アイを「セブンス」から引き抜く作戦に出る。そこに、「フラットナイン」というラウンジ(一号営業許可)のオーナー・斎木一が関わっている。
 星野アイは、捜査に協力するために、金曜日のワンステージを「フラットナイン」で行うことに同意する。いわゆる潜入捜査として甘糟・郡原に協力する。
 一方、月曜日の「セブンス」での星野アイのステージで、トオルとヨシキという若者がステージ妨害行為に出る。彼らを逮捕する。郡原は本部組対部の松井に取り調べを引き受けてもらう。ステージ妨害は島地の指示だったと判明する。

 このストーリーにはおもしろいところが幾つかある。
1.星野マリがステージで歌う日は、栄田警視総監が変装してお忍びで歌を聴きにきていること。その場に居合わすことになる本部の刑事たちは、警視総監がいるなどとは夢にも思っていないで行動する。それを甘糟と郡原はハラハラとしながら見守るという場面設定の面白さ。
2.「セブンス」を執拗に入手しようとする島地の狙いが、薬物隠遁の中継地にしようとしているのではないかと推論が進展する。ならば、島地は薬物を現在はどこに隠しているのか。捜査目標が変化していく。「セブンス」へのガサ入れの空振りから捜査がおもしろい方向に展開する。
3.北綾瀬署交通課の新米警官東美波が、駐禁切符の問題の後、自ら捜査に協力を申し出てくる。郡原は東美波に役目を与えてやる。東美波が捜査目的も知らずに素直に従うところがおもしろい。
4.最終ステージになって、斎木一の真意が明確になる。だが、斎木の利用が功を奏さず、潜入捜査意識の大河原和恵(星野マリ)がいとも容易に島地から核心情報を入手するところがおもしろい。人間の心理の虚を衝いたからだろうか。
5.警察組織の中間管理層の一面が色濃く描かれている。ここでは、郡原と甘糟の上司にあたる仙川係長の姿と行動。彼は業績至上主義と係長という管理職意識を発揮するタイプ。それが要所要所に書き込まれていく。そこに併せて甘糟視点の思いが織り込まれるので、これがコミカルになる。
 逮捕状と家宅捜査の執行を郡原の根回しで仙川係長ができることになる。この描写がまたおもしろい。
6.マルB問題を扱いながら、事件の周辺関係者はすべてハッピーエンドを迎える。ここがおもしろい。殺人も負傷者の発生もなく、捜査は結末を迎える。

 この小説、著者は興に乗って書き進めたのではないかという気がする。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
ディーヴァ   :ウィキペディア

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