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虹の数学 その5

2022-08-07 15:02:09 | 地球と物理

虹を数学的にみるという無粋なことで変化の制約条件を表した微分方程式なるものがラプラス変換という増大や減衰と振動を組み合わせたモードの法則を出すことで容易に解けるって話をしました。

 

実際にバネの動きから微分方程式が理屈倒れの産物じゃないって話をしてみましょう。世の中で微分方程式なんか何の役に立つねんwって思われるかもしれませんが、天気だってマーケットだって変化の法則をつかむことで将来の予測を行っているわけで現代文明と微分方程式を切り離すことはできません。かといってだから微分方程式を習得しなきゃってことでもないんですね。その手の職種に就けば微分方程式の習得を必要としますが世の中の大半の職種は算出結果の恩恵はみっちり使わせてもらうとしても微分方程式を解けるようにする必要はないわけです。でも現代文明に微分方程式って切り離せないんじゃ?って問われるかもしれませんが、自分が分からないことでも世の中はその手の話が分かる人が何とかするようにできているのです。「俺がやらなきゃ誰がやる」って気負うから苦しくなるんであって「俺がやらなきゃ誰かやる」と割り切れば不要な苦しみの多くを手放せるんじゃないかと思います。私の場合、手持ちの資格を取るのに微分方程式の習得は避けて通れませんでしたが、逆に微積分方程式を解けなきゃ取れない資格なんて世の中にある資格の中でほんの少数で、不幸にしてその手の資格(電験2種以上など)を取る必要に駆られたときには諦めて勉学に励むしかないんですが、微積分方程式なんざトリビアとしてちょぼっと知っとけばなんかスゴイぐらいの認識でいいんじゃないかと思います。

 

ってことでばねの微分方程式を解いてみました。分かる方が見れば手抜きしまくってるなwってことなんですが、先ほど言いましたように微分方程式を解きこなせる必要がある職種や資格はまれで、ホントに微分方程式を解くことで何気なく見る現象が解き明かせるんだってことを知っていただければ儲けものと思った次第です。

まず吊るしたバネなどから少し引っ張るか縮めるかして手を離せばゆっさゆっさ揺れながらだんだんふり幅が小さくなって元の位置で止まりますね。仮に空気抵抗や摩擦などがなければ際限なく揺れ続けるはずです。位置の時間的な変化が速度、速度の時間的な変化が加速度です。力ってのは質量と加速度を掛け合わせたものです。一方でバネにかかる力ってのはバネが平衡を保てる位置からの距離に比例して元の位置に戻そうとするように働きます。つまりバネにかかる力と加速度×質量で出てくる力が同じじゃなきゃならないってことからバネの微分方程式を立てることが出来るわけです。これを初期条件を含んだラプラス変換をかけてみると確かに際限なく同じ振動を繰り返すって結果が確かに微分方程式を解くことで出てきました。

次に空気抵抗がある場合を考えてみます。摩擦力のように速度に関係なく重さだけで決まる抗力を考えるとややこしいのでやめにしときます。抵抗力ってのは速度に比例して速度を弱めようとする向きに働きます。これとバネの力が加速度から割り出される力と同じってことで微分方程式を出してくることが出来ました。これの答えを見るとルートの中がマイナスであれば確かに減衰振動をするってことが数式を解くことで出てきました。

ではねちゃこい流体の中でバネを動かしたり、バネが弱かったり、おもりが軽いと振動せずに最初は勢いよく、あとは徐々に元の場所に収まろうとするはずです。これもルートの中を見ると確かにルートの中をプラスにするには先ほどの条件通りで振動しない限界も分かるわけです。

 

今回は外力を含めてませんが、外力のかかり方次第では振動が増大して最期にはバネがばかになってしまうってのは想像がつくんじゃないかと思います。持っていきたい位置にバネをばかにしないように力を加える方法を探っていきましょうってのが制御理論ってわけです。もっとも制御理論が対象とするのは外力そのものの加え方を考える手動制御ではなくって持っていきたい位置と実際の位置の差から外力の加え方を決めるという自動制御が対象となってきます。

 

気が付けば虹という詩的な現象から、制御理論という人間が自然現象を思い通りにしてやろうという思いあがった考え方に話が飛んでしまいました。しかし、自然現象を御してやろうとして大自然から100年に一度の天災が常態化するというしっぺ返しを受けているのが現代文明じゃないかともいえます。一方でCO2排出量を規制しようとしていますが、途上国にとってみれば先進国が利便性を追い求めたツケから発展の機会を奪われる議論と反発したくなるのも無理のない話です。人間に生まれた以上、国籍、民族、出自に関係なく等しく幸福を追求する権利があるはずなのですから。

 

なんだか詩的な虹が制御理論というくっそおもろない理論や政治的な話に飛んでしまったので、この話はこの辺でお開きにするのが頃合いというものでしょう。

 

 

 


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