最近、物思いをする時間をもつようになりました。
20代の頃は、仕事も忙しかったし、考えている余裕がなかったけど
この頃は流されるだけじゃいけないなぁと…。
自分を振り返ったり、日本の歴史のことを考えてみたり、考えて決して楽しい気分になることはないんだけど、
本当に以前は「物を考えている時間がもったいない」的な発想でしたが、「ただ考えてみる」こともいいなぁ、と気持ちの変化が。
中宮寺の菩薩半跏思惟像、さらりと鉛筆ですが。
もっと重ねると、漆塗りの深い感じが出せるんだろうな。
実物は、昔は彩色でしたが、今は地色の漆塗りの状態です。
中宮寺の菩薩半跏思惟像というのは、以前は如意輪観音と言われていた時期もあるそうですが、
この菩薩半跏思惟像は飛鳥時代のもの、一方、如意輪観音が初めて登場する経典が日本に
伝わったのは8世紀らしいので、実際は、それ以前に信仰のあった弥勒菩薩の半跏思惟像と
いわれています。
そう、京都広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像と同じ。
思えば、あちらは聖徳太子から下賜されたもの、こちらは聖徳太子の母、
穴穂部間人皇女の御願によって創建された中宮寺のもの。
間違いなく、弥勒菩薩と思います。
この絵ではちょっとアレですが、その微笑は世界3大微笑のひとつ。
「弥勒」はサンスクリット語で「慈悲からうまれたもの」という意味だそうで、
半跏思惟像は、衆生の救済のために思惟をしている姿といいますが、
一説には、一緒に涙を流している姿とも。
たしかに、頬に当てた指は、こぼれた涙をそっと押さえているようにも見えます。
(広隆寺のもうひとつの弥勒菩薩は「泣き弥勒」といわれています)
中宮寺のものも、正面から見るとほんとうに優しい微笑で、穴穂部間人皇女を模した
ものともいわれますが、いろんな写真を見ていて思いました…、左側から見ると、
微笑んでいるのではなく、悲しそうに口元をゆがめたようにも見えます。
あくまで写真上では(^^;)
実物はまだ一度しか見ていないし、実際にいろんな角度から眺められたのか忘れちゃいましたけど、また会いに行きたいです。
ついつい、頬に当てた繊細な指と穏やかなお顔に目が行きがちですが、
足首におかれた左手も爪までとっても美しいです。
ほんとうに、見ているコッチも穏やかな気持ちになります(*^ω^*)
20代の頃は、仕事も忙しかったし、考えている余裕がなかったけど
この頃は流されるだけじゃいけないなぁと…。
自分を振り返ったり、日本の歴史のことを考えてみたり、考えて決して楽しい気分になることはないんだけど、
本当に以前は「物を考えている時間がもったいない」的な発想でしたが、「ただ考えてみる」こともいいなぁ、と気持ちの変化が。
中宮寺の菩薩半跏思惟像、さらりと鉛筆ですが。
もっと重ねると、漆塗りの深い感じが出せるんだろうな。
実物は、昔は彩色でしたが、今は地色の漆塗りの状態です。
中宮寺の菩薩半跏思惟像というのは、以前は如意輪観音と言われていた時期もあるそうですが、
この菩薩半跏思惟像は飛鳥時代のもの、一方、如意輪観音が初めて登場する経典が日本に
伝わったのは8世紀らしいので、実際は、それ以前に信仰のあった弥勒菩薩の半跏思惟像と
いわれています。
そう、京都広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像と同じ。
思えば、あちらは聖徳太子から下賜されたもの、こちらは聖徳太子の母、
穴穂部間人皇女の御願によって創建された中宮寺のもの。
間違いなく、弥勒菩薩と思います。
この絵ではちょっとアレですが、その微笑は世界3大微笑のひとつ。
「弥勒」はサンスクリット語で「慈悲からうまれたもの」という意味だそうで、
半跏思惟像は、衆生の救済のために思惟をしている姿といいますが、
一説には、一緒に涙を流している姿とも。
たしかに、頬に当てた指は、こぼれた涙をそっと押さえているようにも見えます。
(広隆寺のもうひとつの弥勒菩薩は「泣き弥勒」といわれています)
中宮寺のものも、正面から見るとほんとうに優しい微笑で、穴穂部間人皇女を模した
ものともいわれますが、いろんな写真を見ていて思いました…、左側から見ると、
微笑んでいるのではなく、悲しそうに口元をゆがめたようにも見えます。
あくまで写真上では(^^;)
実物はまだ一度しか見ていないし、実際にいろんな角度から眺められたのか忘れちゃいましたけど、また会いに行きたいです。
ついつい、頬に当てた繊細な指と穏やかなお顔に目が行きがちですが、
足首におかれた左手も爪までとっても美しいです。
ほんとうに、見ているコッチも穏やかな気持ちになります(*^ω^*)