イソシギが近くまで飛んできました。自然体がよいのかしばらく居てくれました。2回に分けてお届けします。
昭和17年12月31日、今日は訓練も終わり、入浴に行き食事も終わって銃の手入れも済ませ、古参兵のお小言をいつものとおり馬耳東風と聞き流し消灯。ヤレヤレ今日も一日終わったか。娑婆では大晦日、年越しそばを食べながら一家団欒だろうと想像しているうちに寝付いてしまった。どのくらい経った頃であろうか、突然ラッパが鳴り響いた。不寝番の「非常呼集!非常呼集!」という声に目を覚ました。
慌ただしく軍服を着用、背嚢に外套を巻き完全軍装し、軍靴を穿こうと思ったが下にない。近くの軍靴を穿き、ゲートル(巻き脚絆)を巻いて、銃架から銃を取り、大急ぎで外に出て整列する。まだ、5,6人しかいない。数分も経たないうちに全員集合、中隊全員が整列し、週番下士官が員数を調べ、週番士官に報告。見習士官が小隊長となり出発。何が起きたのか、どこへ行くのか判らない。その内に「駆け足」の号令で、中隊全員が駆け足で走り出す。時計を見ると、4時を少し回ったところを示している。
営門を出て、真っ直ぐ北に向かっていく。右に曲がり武蔵が辻から更に北へ向けて走る。街中は初詣か三々五々歩いている人もいるが、人影はまばらである。走っていると、どうも足が痛い。しかし、緊張しているせいか、靴がいつもより少しきついなと思った程度である。辺りはまだ暗い。走る方向から察すると卯辰山へ行くのかも知れない。あの高い山(といっても精々百メートルぐらい)に登るのはきついなと思った。道一本右に曲がる。果たして卯辰山だ。
赤い橋を渡ると登山口だ。走って登るのかなと思っていると先の部隊が歩き始めた。「速足」の号令がかかる。やっとホッとする。まだ足が痛い。どうしてだか判らない。急坂を登る。それでも直線に登るよりは楽だ。軍靴の音がザックザックと響く。走ってきたからまだ息が弾む。喘ぎ喘ぎ、ひたすら歩く。やっと頂上近くになって「小休止」という声が掛かり、小隊ごとに休憩する。あたりがほんのりと明るくなってきた。休んでいる間に軍靴を見ると痛いのも道理、右と左とを穿き違えているではないか。この間に穿き替える暇はなさそうだ。よく見ると自分の靴ではない。暗闇で準備したので、他人の靴を穿いてきたのかも知れない。それもあわてて左右を間違えて!何と馬鹿なことをしたものだと我ながら呆れてしまった。
その内に「集合」の声が掛かり、整列して出発した。頂上に着くと、東の空が明るくなり「初日の出」が見え始めた。これでやっと合点がいった。非常呼集を掛けて中隊全員で「元朝参り」だったのだ。やがて帰途につく。痛い足を引きずりながら、ひたすら歩く。営門を入り、「歩調取れ」で急坂を上り、やっとの事で帰営した。班にはいると班付き上等兵がやってきて、「貴様!誰の靴を穿いているんだ。貴様のは手入れ不良で引き上げてあったぞ!」と怒鳴られた。しかし、早く整列したおかげでお目玉はそこまで、隣の戦友が「それ、俺の靴じゃないか。」と怒った。「済まん済まん。」と謝って一件落着。それにしても、痛い非常呼集であった。