先週は仕事量としては決して「忙しい」と言えるほど多くなかったはずなのに、週末に気を使う仕事が控えていたので気ぜわしく、こういうときにはポトフだ、と大量に作ってみたりした。
まずは初日、野菜と肉とコンソメキューブとお水で加圧5分
手間いらず
さらに優秀なのは変身してくれるってこと
今回はカレーにした
先週はお昼ご飯を自宅で食べることが何度かあり、主人のお弁当のおかずの残りや前日の夕食の残りを食べた。おかげでポトフ作り置きが大活躍。あたしのポトフは玉ねぎも皮をむいて両端を崩れないようにちょっとだけ切ったものとか、人参も皮をむいて半分に切ったものとか、ジャガイモに至っては皮むいただけとか、そりゃも~手抜きの限りを尽くしているので、料理と呼んでいいのかどうかすら疑問視される代物。でも、これが意外にも変幻自在で助かるのも事実。たくさん作って翌日は半分はバーミックスでつぶしてポタージュスープとして夕食に、半分は味噌汁のベースに使って朝食にっていうのもアリだし。蒸し料理にはできない変幻自在ぶり健在な献立、よって、手抜き大王のお気に入りナンバーワン料理。
2泊3日の帰省から昨晩帰京。母が入浴中父とは二人きりで話ができた。施設入居で得られた生活を快適と言ってくれ、救われた思いがした。母が何度か自宅に戻ろうと激昂したらしく、そのたびにスタッフに助けられたことが特によかったという。甘いもの好きの母に付き合わされて食べていた甘いものを、施設でカロリー制限食にしてもらってから口にしなくなったので、血糖値が安定してインシュリン量も変わったと喜んでいた。
が、今でも母は「ベッドが柔らかすぎる」「肩が痛い」など不調を訴えるらしく、父はそのたびに「マットレスを畳に変えよう(と自宅の畳ベッドからひっぺがして運んでもらったり)」「病院で大きな湿布薬をもらおう(と母の認知症のかかりつけ医に処方してもらったり)」と対応しているらしい。父曰く「本当の目的は、何とかして自宅に戻ることなんで、適当にかわしながらやっていくよ」。「だけど、自分の病気で認知症の症状を進行させてしまった面もあろうから、こんどは自分が看病する番だと思う」と。この父の冷静さと寛容さに、あたしたち子供はいったいどれだけ助けられてるか。。。
母は、私がいろいろ画策して施設に入れた張本人と思っている。それは半分以上事実なのでその認識は正しい(どうしてここだけ正しいんだぁ~;苦笑)。だから、母がいるときに父がいろいろと施設での生活が「子供が同居していない老夫婦のあるべき姿、いい人生を送っている」的発言をすると、うなずいて同意の言葉を口にする。でも、気が緩むと「お父さんはここが終の棲家というけど」という枕詞で、不同意発言が飛び出す(苦笑)。両親にとっての実家は、土地から購入し建築士と一緒に設計した「我が家」、なのに父の転勤で祖父母や伯母だけが住んでいたこともある、住みたいけどいつも住めたわけじゃない「我が家」。母の戻りたい気持ちは理解できる。そして父母の新居への反応の違いこそが、母の認知症の進行度合いなのだと実感する。そしてそれこそが父が日々向き合わなければならないものの正体だとも思う。
今回もいろいろ思うところあり、考えることあり、でも昨日会いに来てくれた2歳年下の従妹といろいろ話しているうちに気が晴れた部分もあり、逆に再び抱え込んだこともあり、親との関係っていろいろ微妙。老いた両親と向き合いながら今までの親子関係が思い起こされるせいでもあり、老いていく親に自分の今後を投影しているせいもあるだろう、とにかく疲れた。昨日は飛行機に乗っている間あまりに考えすぎたせいか熱が出た(苦笑)。ここ最近帰省すると帰ると必ず体調を崩すので、またかと思いつつ、読めない先のことを読もうとしすぎるからだよなぁと反省。これ以外の手段は存在しないのだし、施設にいるから今回みたいにゆっくり話ができたのだし、少なくとも父は喜んでいてくれるのだから、今後どうなるのだろうとか、自分ではどうしようもないことに囚われるのはやめよぉ~っと、たぶん。。。
まずは初日、野菜と肉とコンソメキューブとお水で加圧5分
手間いらず
さらに優秀なのは変身してくれるってこと
今回はカレーにした
先週はお昼ご飯を自宅で食べることが何度かあり、主人のお弁当のおかずの残りや前日の夕食の残りを食べた。おかげでポトフ作り置きが大活躍。あたしのポトフは玉ねぎも皮をむいて両端を崩れないようにちょっとだけ切ったものとか、人参も皮をむいて半分に切ったものとか、ジャガイモに至っては皮むいただけとか、そりゃも~手抜きの限りを尽くしているので、料理と呼んでいいのかどうかすら疑問視される代物。でも、これが意外にも変幻自在で助かるのも事実。たくさん作って翌日は半分はバーミックスでつぶしてポタージュスープとして夕食に、半分は味噌汁のベースに使って朝食にっていうのもアリだし。蒸し料理にはできない変幻自在ぶり健在な献立、よって、手抜き大王のお気に入りナンバーワン料理。
2泊3日の帰省から昨晩帰京。母が入浴中父とは二人きりで話ができた。施設入居で得られた生活を快適と言ってくれ、救われた思いがした。母が何度か自宅に戻ろうと激昂したらしく、そのたびにスタッフに助けられたことが特によかったという。甘いもの好きの母に付き合わされて食べていた甘いものを、施設でカロリー制限食にしてもらってから口にしなくなったので、血糖値が安定してインシュリン量も変わったと喜んでいた。
が、今でも母は「ベッドが柔らかすぎる」「肩が痛い」など不調を訴えるらしく、父はそのたびに「マットレスを畳に変えよう(と自宅の畳ベッドからひっぺがして運んでもらったり)」「病院で大きな湿布薬をもらおう(と母の認知症のかかりつけ医に処方してもらったり)」と対応しているらしい。父曰く「本当の目的は、何とかして自宅に戻ることなんで、適当にかわしながらやっていくよ」。「だけど、自分の病気で認知症の症状を進行させてしまった面もあろうから、こんどは自分が看病する番だと思う」と。この父の冷静さと寛容さに、あたしたち子供はいったいどれだけ助けられてるか。。。
母は、私がいろいろ画策して施設に入れた張本人と思っている。それは半分以上事実なのでその認識は正しい(どうしてここだけ正しいんだぁ~;苦笑)。だから、母がいるときに父がいろいろと施設での生活が「子供が同居していない老夫婦のあるべき姿、いい人生を送っている」的発言をすると、うなずいて同意の言葉を口にする。でも、気が緩むと「お父さんはここが終の棲家というけど」という枕詞で、不同意発言が飛び出す(苦笑)。両親にとっての実家は、土地から購入し建築士と一緒に設計した「我が家」、なのに父の転勤で祖父母や伯母だけが住んでいたこともある、住みたいけどいつも住めたわけじゃない「我が家」。母の戻りたい気持ちは理解できる。そして父母の新居への反応の違いこそが、母の認知症の進行度合いなのだと実感する。そしてそれこそが父が日々向き合わなければならないものの正体だとも思う。
今回もいろいろ思うところあり、考えることあり、でも昨日会いに来てくれた2歳年下の従妹といろいろ話しているうちに気が晴れた部分もあり、逆に再び抱え込んだこともあり、親との関係っていろいろ微妙。老いた両親と向き合いながら今までの親子関係が思い起こされるせいでもあり、老いていく親に自分の今後を投影しているせいもあるだろう、とにかく疲れた。昨日は飛行機に乗っている間あまりに考えすぎたせいか熱が出た(苦笑)。ここ最近帰省すると帰ると必ず体調を崩すので、またかと思いつつ、読めない先のことを読もうとしすぎるからだよなぁと反省。これ以外の手段は存在しないのだし、施設にいるから今回みたいにゆっくり話ができたのだし、少なくとも父は喜んでいてくれるのだから、今後どうなるのだろうとか、自分ではどうしようもないことに囚われるのはやめよぉ~っと、たぶん。。。
人事を尽くして天命を待つ、ではないですが出来うる限りをやったあとは天に任せるのも一法でしょう。
ポトフですか、西洋おでん風もいいですね。真似しよう。
西洋風おでん、いいですよ、楽で(←重要な基準です;笑)
我が家には、カラフルシリーズとか根菜シリーズとか、
びみょ~なバリエーションもあります(笑)
これから関東地方にも金時人参が登場するので
さらにカラフルなポトフにできます(嬉)