馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

港町の居酒屋>

2011-11-14 17:31:51 | 日記

1112日(土)友人が新習志野で研修を受けていた。

9日より宿泊していて、その日は船橋駅前飲み屋街不案内ながらも

ふらつき飛び込みで小姐のいる店で飲んだ。

友人の住まいは都下で勤め先は埼玉。

船橋で飲む機会は私の葬儀の時ぐらいしかありえないと思って

いたが私と生前で飲むことになった。

15時半 京葉線南船橋駅で落ち合う。

ららぽーと内のイタリアンカフェでビール、ワイン、ピザで軽い食事。

 

ららぽーとショッピングセンター内を少し案内。

この場所は団塊の世代以上にはご存知の船橋ヘルスセンターの跡地だ。

 

都心に近い巨大な娯楽施設だった。

時は流れ高度経済成長、所得倍増、一億総中流、各家庭に自家用車を持つようになって

国民生活も多様化した。電車、バスでの遊びは廃れていった。

そうして東京湾奥の海岸跡地をアニメティーゾーンとして再生した。

丁度その企画に関係する仕事に就いていたので

ボーリング場跡地に建設されたマンションに

息子も生まれたので住む事になった。

それから30年。

 

弊社の商品がセンター内3店舗(三社)で販売していていずれも

ブランド品だ。

弊社の販売品も一般販促品から海外でOEM生産するアクセサリー雑貨に

移っていった。

 

漁港に出て海老川沿いを歩き船橋駅へと向かった。

競馬場、オートレース場があって都心から3060分以内

漁師と農家が混在密集、ギャンブルとヤクザが多い都市として

知られるようになった。

 

寒さ近づく夕暮れの裏小路の居酒屋一平に入る。

 吉田類の居酒屋放浪記にも登場する船橋一の飲み屋だ。

古い町並みと最先端ショッピングセンターと

高層ビジネスビル群が混ざり合い

裏道には赤い灯り青いネオン小路を浮かびあがらせ。

中国語やタガログ語の女が軒下から声をかけてくる。

遥か異国からやってきた女達どんな思いであろうか?

私の会社には5人のアジアからきた女性が仕事した。

皆貧しさからの脱出だった。

  

私の心は遠くに去っていった思い出にさまよいはじめていた。

あてもなく過去へ漂い、いくつもの顔が浮かんでくるのだった。

そして強固な意志を持って逞しく都会の排他性の強い町で活きた。

その後、一人はカナダへ一人はアメリカに渡った。

北京に帰って日系企業に勤めた女性もいた。

都心からわずか離れた小さな港町。

  

友人は連日の講習と飲みまくりに疲れ気味なので

早々に帰るのが良いと判断した。

総武線で新宿まで寝て行き、小田急線に乗車、

鶴川で下車、自転車帰宅。

たっぷり2時間以上はかかる。

お疲れさまでした。

翌日 メールがきました。

 

西瓜的老板

お疲れ様です。

すみません、間違ってメールを書いている途中で送信してしまいました。
ららぽーとから西瓜的老板の通勤経路をガイドしていただき、とても
楽しかったです。船橋ヘルスセンターは大昔CMで知っていましたが
その船橋があのようになっているとは想像もつきませんでした。
敷地の広さ、店舗数、来店客数、には驚きです。
アウトレットができればさらに来場客が増えますね。
二日半の研修疲れ(飲み疲れ)で「一平」で飲んでいる途中、
意識が薄れ訳の分からないことを言っていたような気がします。
申し訳ありません。
総武線では爆睡、新宿の二駅前くらいで目が覚めました。
快速に乗り換えていたら、中野いや八王子まで行っていたかも
知れません。西瓜的老板の乗越し防止策はさすがです。
ありがとうございました。