9月29日(金)
16時半 柳橋を渡る老人達。
一見、時間を持て余したグループの隅田川散策。
窓辺から、叫ぶ。
「老人ホームから、来たようだな」
オジサン達は手をあげる。
3月の終わり、私が前立腺癌にて入院直前の
柳橋事務所訪問以来だ。
その時は、3人だったが、今回は二人増えた。
30年以上 会っていないのが二人。
会社では、皆少し後輩。
私と、もう一人は、中途で辞めたが
3人は定年退職。
定年まで様々な苦闘、我慢をしながら
勤め上げたのは、敬服する。
その中の一人は、私が退職後、
今で言う、フエィクを社内に触れ回った。
当時 書記長であった私が
「会社を首になった原因は、経営側担当者と春闘にて、
賞与の密約をした」
放置も出来ず。
対処すべき経営側に事実関係を要求した。
数日後、夜8時過ぎ、突然自宅を訪ねてきた。
大柄な体で焦燥感漂う顔だった。
自分の愚かな妄想が、大きな波紋を呼び
窮地に陥ったのだ。
私は、関係先に、当人の勝手な推測にて
人権、名誉を傷つけた謝罪文を送付するよう要求した。
彼は、会社から始末書の提出を命ぜられた。
その後、「自分が同期に比べ、昇進が遅れたのは
そのことが原因と信じ込んだ」
実際は、それが要因ではなく、そのような軽率な
予断をする社員だから、管理職適正がないと判断されたのだ。
だが、憎めないおおらかな性格なのだ。
年齢を重ねても、口は達者だが
ドン・キホーテの如く、妄想が益々強くなったようだ。
私も含めて、全員が何らかの心身に病を抱えていることだ。
4人が、全く酒を飲まない。
昔話をしたが、会社内の出来事は面白い会話ではない。
だが、会社から離れた私が客観的に会話をリードした。
当時の書記長としての裏話をした。
「いまだから話せる」
皆 じっと聞き入る。
20時半 お開きとする。
柳橋を渡って家路へ。
私は後片付けをして23時 帰宅。