(豊澤長一郎さんFBからの写真です)
義太夫狂言が決まるやいなや、鯉匠のインスタ繋がりから、今をときめく「豊澤長一郎」さんに依頼しました。有り難いことに快く引き受けて下さったものの、歌舞伎に出ている方にお願いすると言う事は、当日の予定が一ヶ月くらい前にならないと判らないというのが常なのです。
思え起こせば、私の名披露目も廿四孝で、当時先代の中村屋に気に入られていた鶴澤絃二郎(祖母の弟)さんも歌舞伎との掛け持ちになり、大学受験と下浚いが重なった私は試験会場から国立の稽古場に着くと、歌舞伎の出演時間の迫る義太夫さんが今か今かと待っていたので、休む間なく姫の重い衣装と鬘を着けて踊って貧血をおこしかけました。
毎回大変なのですが、何だかなんとかなるんです。今回も出演して頂けましたし😁