さすがに、海で泳いできたがな。
真夏のシーズンでも、その浜辺は混むこともなく、海の家とか騒々しい建物もなくって、潮騒だけが響いている。
自意識過剰で間抜けな、人間と言う生き物がいない山や海は、地球と宇宙を身近に感じる場所でもある。
案の定、そこへの行き来は渋滞にもすこし嵌ったが、時間をずらしての出発だったから、スイスイと良い感じで辿り着き、車を停める場所も空いておって、オストメイトでも5分もかからずに着替えて、すぐに海へと泳ぎ出た。
Tシャツに鉢巻きにビーサンが、スイムラップに海パンに鉢巻きに変わるだけ。
準備体操は波の高い波打ち際で済ませて、とっとと沖へとゆっくり海を味わいながら泳ぎ出る。
沖に出ると大きなうねりに変わり、久しぶりに泳いで浮いて、堪能してきた。
地球に生きて居る、実感する。
いつも夏はあちこちの海で泳ぐが、そこは毎年一度は泳ぐ近場の海、教える訳にはいかね~んだよ。
ただね~、行きの渋滞の中でも電話が入り、早々に切り上げて戻って仕事となり、忙しない午後だった。
シャワーもない海だから、20Lタンクに水を積んでいって、全裸で頭からザブン!とかぶりそれで終わり、戻る頃には顔は潮まみれ、髪の毛はガサガサ、ビーサンのまんま運転して戻った。
暑い夏は高い山なら良いが、やっぱり海で泳ぐのが一番だ。
腹にオストメイトの小袋がぶら下がってるが、な~んも変わらない62年、浸かってる海は気持ち良い。
言葉などいらんし、充足感は半端ない。
俺は地球の子、宇宙の子、それで満足。
この春先から、インフルエンザよりもはるかに被害の少ない阿呆なコロナ騒動によって、自粛を叫び始めて国家も緊急事態宣言、世界の人類はここまで哀れな洗脳と煽動に蹂躙されるものなのか? と呆れかえりながらも、経済ダメージによって弱って困ってる人たちのために休む暇なく奔走していたが、中には薄ら笑いを浮かべながらも・・・困って安く不動産を売る人がいたら教えてよ!!・・・というチンケな悪魔まがいの小物らもたくさんおった。
すべて、その時々に・・・チンチクリンの正体見たり!!・・・と、今生の縁切りに動いてお付き合いを終わりにしてきたが、いまやそのチンチクリン達も自分自身に経済的ダメージが及んでいるようで、大笑いになってる。
・・・健康に悪い仕事はしない、嫌な客とまで無理して付き合わない・・・これが俺のモットーでもある。
それで当社独自のバブルまで起こしているわけだから、笑いは止まらんがな。
ゼニカネなんざ、そんな程度のものさ。
40年近く前、この業界に入って不動産バブルへと向かう時代には、会社のノルマよりも自分が自分に課すノルマの方がいつも高い目標値を設けておった。
毎月のように全国でトップ5、俺は達成報奨金をもらっていたが、もう今月は良いよ! と社長に言われても無視して売り上げをあげていた。
いずれ独立自営するつもりだったから、自分の今の限界の力を知りたいという気持ちが強かった。
タチの悪い営業だったろう。
社内での争いは退屈なもので、おなじテリトリーで営業をする他社や他業種の営業に喧嘩を仕掛けて遊んでおったようなもんで、俺が営業をしたテリトリーでは、後から訪問する他の営業は話も聞いてもらえない、そのくらいに徹底的に話をしまくっておった。
プロの訪問販売が入った街には、雑草すら生えない、そういう営業を心掛ける、そんな新人教育もやっていた。
一日中、飛び込み営業で喋りまくっておった。
人間と話をするのはうんざり、夜はいつもそんな状況で酒を呑んでいた。
日本中をドサまわりして、売り上げの無い営業所の建て直しが仕事となり、赴任早々に支店長以下の管理職を即刻クビにして、総入れ替え、20代でそんな役割を与えられて冷酷無比、現場本位で色んな愉しいこともあった。
家族を持つ管理職は泣いて命乞いをしてきたおったが、サヨウナラは二度はない、言い放っておった。
営業の仕事とは、そういうもんだ。
他人や組織に文句を言われる前に、自分のことは自分で始末する。
言われて気が付く、言われて謝る、言われてやり直す・・・お子ちゃま幼児のやることだ。
そのおかげで、不動産バブルが弾けてから自営を始めたが、マイペースでコツコツ愉しくやって来れてる。
今では営業職なんて名前だけ、甘ったるい体育会系のお遊戯に落ちぶれてる。
もっと合理的で、感情や感傷の入る余地もない、クールでシンプルな仕事であるべきだ。
頑張ってる、命がけ、努力と根性、意識と気持ちの精神論・・・逃げ口上ばかりで、くだらないね。
コロナごときで駄目になる企業は、どのみちこれからやってくる大恐慌本番には、耐えられないさ。
サヨウナラもない終わり、生きるということは、それでエエんやで。
生まれた時に、いちいち挨拶などしておらんだろうよ。