暗いうちから起き出して、関越・上信越と走らせて、2000mを超える場所で高地トレーニング、太平洋で泳いでばかりいた夏の鈍った身体を叩き起こして来た。
風が吹くと心地よくなっていたが、まだまだ強い日差しが顔や首筋をヒリヒリ焼いていた。
3つばかり登り降りして昼前に下山、まだまだ行けそうだったから、登山靴履いたまんまで林道を車で移動してもうひと山、とことん急登のコースを選んで、全身くまなく使い果たし、呼吸器もこれ以上吸えない吐けないくらいに使い果たし、クタクタになって降りて来た。
早くとっとと目的の蕎麦も喰って帰る予定だったが、おまけにひと山増えたせいで遅くなり、帰路は渋滞を避けながら軽井沢を抜け、高速は使わずに旧道で碓氷峠を下り、途中で空いてる温泉にゆっくり浸かって、のんびり高速の渋滞もなくなった時分に戻って来た。
早いタイプの新蕎麦も蕎麦殻入りで挽いたやつを喰えたし、気になっていた事の歴史のお勉強も出来たし、体重も1.5キロは減ったし、腹一杯だったろう。
どこの山も、たまに出会う人間よりもはるかに多くのトンボがたくさん飛んでおった。
日光キスゲは終ってレンゲショウマがあちこちに、シラタマノキやコケモモも見れたし、可愛い高山植物花盛りで、マンゾクだった。
来週も、キツイコースをたくさん歩くつもりでいるが、今朝は早朝から仕事前に高齢者の通院に付き合っておって、他の高齢者も要介護の認定がおりたので介護用品の打ち合わせとボケた頭に何度も説明会。
・・・あんたまたまた真っ黒が赤黒に日焼けして、土人になっとるわ
眠って楽していた筋肉が、すべて叩き起こされ呼び起されたというような、そんな身体になっている。
街中でオシャレなスポーツ観戦を! という人たちには、この感覚は解らないだろう。
どこの馬の骨が言ったか知らん百名山や、富士山やアルプス・八ヶ岳なんざ、ガキが群れて集まる薄汚い場所には近寄らず、遠くから眺めて猿な人間は見えやしないのが一番に良い。
ちょっと儲けが足らなくなって来てるから、少し仕事にも精を出す。
笑い話だが、金(ゴールド)が連日の史上最高値更新中だから、俺よりも安定的に稼いでるとも、言われる所以。
アフリカでは、幼い子供らも土方仕事や鉱山労働といったキツイ肉体労働をさせられて、ボロボロになっても叩かれ蹴られて働かされ、弱った無表情な姿は世界から寄付を集める広告としても使われて、身も心もズタズタにされても動けなくなるまで鞭うたれ、最期は幼い身体を内臓買いに無残にも解体されている。
こういう後進国の実態と、先進国のキレイゴトの作り話、その過渡期が現代で、BRICSサミットは始まった。
BRICSとこれから加盟する諸国の数は、人口で言えば地球上の過半数を超えて来るが、ではドルを排除した貿易決済を考えるにあたって、とりあえずの話はイロイロと出来上がっているが、最終的にはひとつのモノに決められて行くんだろうと想う。
大戦では仕組まれて先制攻撃を始めさせられ、終わりは人体実験という原爆被爆で敗戦、我が国の哀れな歴史だが、その後も勝ったアメリカに跪き、奴隷植民地として小さな島国は全体として洗脳され、大量無差別殺人をやった国に、貢ぎ金を払い続けている。
本来、BRICSサミットの中心にいなければならなかったのは日本だろうが、認知バイデンの元へ韓国とともに出掛けていって、今後も尽くしますと跪いて尻を差し出しておった。
惨めな国家に成り果てたもんだ。
組織やグループのために生き死にすることが善であり徳であり、餌を貰える雇用主や評価を下す相手には無条件で跪き、与えられた選択肢の中から仲間と芸能・スポーツ観戦や娯楽を選び、与えられた選択肢なのにそれを多様化だと喜び、謳歌している! と皆で御主人様に拍手喝采する。
価値観は幼児教育から義務教育、偏差値至上教育で一律洗脳され、すべての日常が飼育管理されているにもかかわらず、それが自由だの幸せだのと言わされて、挙げ句にそんな群れに背を向ける者は悪人・不幸になると教えられ、極悪人に対するようにメディアを総動員して集中攻撃・人格破壊まで始めるか、いっさいを無視してなかったことにする、そんな社会を形成してしまったのが、そう貴方がた日本人なのさ。
強い者に巻かれる、権力や金持ちにはコウベを垂れる、自己主張も無く、良い悪いではなく周りを見て一緒に動く、そんな民族は大メディアの洗脳には苦も無く堕ちてしまう。
閉鎖的な島国に籠って世界でも優秀だと自画自賛して、世界中で2位以下の倍以上にもなるコロナワクチン接種率、恐ろしい単細胞民族に成り果てた訳だ。
主が変わっても、正反対の立場になっても、この国の民の群れはなんの反省も自省もなく、群れて言われるがまんま、餌と選択肢を与えられるのを嬉々として待っているだけ、哀れで恥ずかしくチンケな単細胞猿の集団なのに、素晴らしい民族だと価値を洗脳されたまんま、永遠に自立しない国として、世界の笑い物になる。
自由だとか、多様化だとか、解放なんて言葉の意味すら、この国の偏差値エリート・管理する側も含めて、誰も自問自答することは無い。
俺にはガキの頃から解っていたことだから、ムキにはならず、意固地にもならず、無駄な浪費は厭い、日常の生き方過ごし方で違いを明白にして生きて来た。
この国で本当の自立を目指すには、こういう生き方しか出来なかったとも言えるかな。
死んで、いなくなって、悲しんだり、悔んだり、後ろ向きな無駄なことをしないようにと、生きて居る時にそんな周囲への想いを日常の行動でも示していなければ、いなくなっても亡霊や魂だとか言われて在りもしない存在にされ兼ねない時代を我々は生きて居る。
終わった、それでエエやんけ。
ナニもなくなったから、後の者らはとっとと忘れて、自由自在に生きて行けば良い。
俺はただ、地球に還りたい。
そんだけのことさ。
いま、どれほどに愉しく生きて居るか? それだけのことよ。