鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

98 掌中の宝玉

2019-07-18 14:00:44 | 日記
「掌中の玉」とは愛すべき物を指す古い言い方だが、この場合に対象になるのは美しく小さい物に限る。
殊に日本人はコンパクトな中にも、小宇宙を感じられるような物が好きだ。
人皆それぞれ大事な物はあると思うが、掌中に護持できる美しい小宇宙を一人一つは持っていたい。
できれば俗世から離れて、思索に導いてくれる物が良いだろう。


(金銅観音像 元〜明時代 探神院蔵)
この像の宝珠の持ち方は珍しい。
いかにも気持ちのこもった玉の持ち方で、彫像全体の形の端正さと相まって高貴な表現に成功している。
この観音にとっての宝珠ほど大切にできる物を、読者諸賢は何かお持ちだろうか。


(高麗小壺 高麗末〜李朝初期頃 高さ6cm)
壺は有史以前から人類と共にあった。
今の世にも壺の収集家は数多く、その宝珠に似た丸みを撫で回し風呂に入れて磨き、文字通り掌中の玉と愛でているようだ。
自室に居ながら俗世を離れるのには、花を活けるのが一番手軽でお薦めだ。
この小振りの壺は煎茶盆上に野の花を活けるのに最適な大きさで、花の色を引き立てる渋めの青磁釉が下地の灰褐色の効果で深さと重さを得ている。
ちょっと歪んだ形が隠者好みで、むらのある複雑な釉調が飽きない。


(銀杯 イギリス 19世紀 高さ7cm ピューター酒注 清時代)
騎士爵の紋章入りシルバープレートの小ゴブレットと清朝の錫製水差の組合せ。
私のアペロはこれで1〜2杯程度だ。
日本酒ならお気に入りの徳利ぐい呑が各種あるのに糖質制限で飲めない。
糖質ゼロの酎ハイをチビチビ舐めるのに合う酒器は、色々探したがこれ以上の物は無かった。
従って私にとっては一生物となる貴重なセット。

実はもっと面白い物があるのだが、それらアーティファクトは隠者の掟で公開出来ない。
若い人達に薦めたいのは先ず自分なりの宝玉にあたる物をを一つ手に入れ、それを中心に盆上卓上に離俗聖域を建立し、次に己れの部屋、家、街と清浄世界を発展させるようなビジョンを持つと生活に尊厳さが加わる。
人類史上の全ての奮闘努力も戦いも、結局はより良い生活を希求しての事だ。
より良い生活とは若い頃は物質面の充実だけで精一杯だろうが、晩生ともなれば多少知的な人間なら自ずと精神面の方が重要になる。
皆も己が精神に見合う、唯一無二の玉を見つけて欲しい。

©️甲士三郎