今年の酷暑時は悲惨な生活だったが、その間にも今後の残生に読む古書と音楽はぼちぼちと溜め込んで来た。
隠者の正月である立春までの長い冬籠りの日々に、それらをじっくり味わいたい。
冬深く書見や思索に耽る夜には重厚なチェロ曲が良い。
20世紀には大衆受けする音楽しか流通に乗り難かったが、今やネットのお陰で知られざる古楽の小曲さえ選び放題だ。
(エリザベートの祈 石版画 竹久夢二 古唐津花入 幕末~明治頃)
本格派期待の若手チェリスト、エドガー・モローが先月出したショパンのチェロ協奏曲は絶品だった。
この曲はショパンの最高傑作とも言われて来たが、演奏と録音の両方共良い物がなかなか無かったのだ。
彼の前アルバムのブルッフの名曲「コル・ニドレイ」も名演奏だったが、今回は更に深く一音一音を磨き上げ、またその録音の音質は驚異的なまでに高品位だ。
優れた音楽は美しき情景を喚起させ我が詩想も深めてくれる。
ーーー夜色の旅外套やセロ抱きてーーー
軽音楽では先日紹介したハウザーがチェロ曲にアレンジしたマーラーの交響曲5番の「アダージョッテ」が良い。
この曲やイタリアンバロックの名曲「アルビノーニのアダージョ」を、万燭を灯したローマのコロッセオで演奏した動画は気が利いていた。
今週の鎌倉は観光客も減り、落ち着いた雰囲気の散歩にはこれらのチェロ曲が良く似合う。
落葉路を歩きながらこれを聴くと、自分が映画の悲劇の主人公にでもなった気にもなれるのだ。
ーーー水底の暗みを流れ幽かなる くれなゐ哀し枯葉舞ふ谷戸ーーー
ヴァイオリンではジョンウィリアムズと組んだパールマンの映画音楽のアルバムが上出来だ。
ロマン派風のノスタルジックな音楽は枯れ行く我が谷戸の深沈とした景色に良く似合う。
ヨーロッパ大陸で前衛音楽に押され古臭いと貶されたロマン派は英国で生き延び、コルンゴルトが米国へ渡った後ジョン・ウィリアムズ達の映画音楽に受け継がれた。
ウィリアムズがヴァイオリニストのイツァーク・パールマンと組んだアルバムの「シンドラーのリスト」の演奏を聴くと、まるで19世紀ロマン派の魂が甦るような気がする。
ヴァイオリンアレンジの「シュルブールの雨傘」も、ロマン派的手法により原曲から見事に進化させていて隠者好みだ。
今週の我が谷戸は冬紅葉の見頃となり、また一斉に栗鼠が来て食べ散らかした庭の蜜柑の屑も、愛しむべき我が楽園の冬の景色の一つに思える。
そんな身辺の小さな自然を味わいつつ、良き音楽と共にゆっくり冬籠りに入ろう。
©️甲士三郎