鎌倉はこの3〜4日が春の盛りだった。
まだ遅咲きの桜は咲いているが樹々は芽吹きの色となり家々の藤や躑躅が咲き出し、来週からの私は牡丹と薔薇の絵の取材だ。
行く春の谷戸の山々は1週間で全く違う彩りを見せている。
ーーー芽吹時囀の時谷戸中が 鶯餅の色となる時ーーー
我が谷戸の低山は自然の雑木に山桜や椿が混じっていて、古の大和絵に描かれているような春色が楽しめる。
現代では各地の里山のほとんどが植林の杉だらけになっていて、日本古来の自然林はなかなか見られなくなってしまった。
そんな谷戸の庭で鶯や蛾眉鳥が鳴き競う朝は、正に神仙境に目覚めたようで清々しい。
春陽溢れる午後は近所の廃墟の草地に、古い詩集を手にふらふらやって来た。
周囲の大石は永福寺跡(鎌倉時代)の石組の残骸だ。
本は三木露風の詩集「幻の田園」初版。
BGMにストラビンスキーの「春の祭典」あたりを選べば、蒲公英の野辺に妖精達も現れよう。
病母介護の軛さえ無ければ弁当でも持って、春の日がな一日をこの廃園でぼんやり過ごしたいところだ。
宵からは名残の花を活けて名筆の軸を眺めて過ごそう。
(春景五絶 貫名菘翁 江戸後期)
貫名菘翁(海屋)は詩書画三絶全てに秀でていて幕末三筆として名高い。
温雅で格調高い作風が隠者好みで、折々の我が精神生活を深めてくれる。
近年の古書画軸物の暴落時に、運良く四季それぞれ数本入手出来た。
花時の麗かな日和は3〜4日だけで行く春を惜しむ暇も無く、鎌倉の谷戸は新緑に埋まりすぐに長い夏がやって来る。
こうなると春の1日は夏日の数日分の価値があると思って、残余の生を過ごすべきだろう。
©️甲士三郎