薄い冬陽の差込む窓辺でショパンやリストのピアノ曲を聴きながらゆっくりスープなぞ煮込む時間は、冬籠りの中で心地良く思索に耽れる至福の時だ。
ターシャ テューダーの映画にもクリスマスの準備や冬の支度諸々の中で、暖炉で林檎ジャムを煮ながらロッキングチェアーで孫のセーターを編む好媼の姿がある。
ターシャの作り上げた花々の楽園と古風なコテージでの四季の味わい深い暮しには世界中が憧れた。
欧米教養人の理想の隠遁生活なら、数百年物のカントリー コテージとローズガーデンの暮しだろう。
(ミニチュアハウス リリプットレーン イギリス1970年頃)
田園の古い石造のコテージに住むのは、現代でも英国上流層の夢だ。
築100年以上の古民家は大人気で改造も最小限に抑え、家具什器蔵書類も含めそのまま大切に次の世代に継承して行くそうだ。
当然そのライフスタイルも出来る限り復古調となる。
古い文化文明を持つほとんどの国々では、真に良き暮し良き人生とは千年前も千年後もそう違いは無い事を理解しているのだ。
我が国では江戸から明治時代の文人達が、その理想境の幽居を沢山の詩画に残している。
(葛屋香炉 江戸〜明治時代 古備前花入 江戸時代)
隠者の夢幻の冬廬を葛屋香炉と花入でイメージした写真だ。
こんな草庵で冬深く籠り詩想画想を練る暮しなら、繊弱なる我が精神も充足出来るだろう。
脱俗清澄たる山中の草庵で花鳥と戯れ高雅の士達と語らうのが、古来より我が国の教養人が思い描いて来た理想の生活だった。
簡素にして古様の庵に籠るにしても、現代ならば古人より遥かに清潔で安楽な生活が送れよう。
(孤庵訪鹿図 藤井松山 絵唐津茶碗 御深井輪花皿 江戸時代 李朝燭台)
しかしながら現代日本人は理想の家や暮しを忘れてしまい、鎌倉でも古くからある良い家や庭がどんどん壊された跡に無趣味無様式で反自然の家が次々と建てられて行くのが悲しい。
先祖代々数百年の叡智の結晶である美しき生活様式を、子々孫々まで教え伝える事は古きを知る者の勤めであろう。
明治大正頃の田園生活の日常茶飯がわかる本を探しているのだが、例えば三木露風の「幻の田園」や佐藤春夫の「田園の憂鬱」などでも当時の農村の普通の暮しが実は理想の楽園だったと認識してはいない。
私はあの頃の良家旧家の暮しに一部現代の家電などを加えた和洋折衷の様式が、日本の気候風土に適した最良のライフスタイルだと思う。
©️甲士三郎