早いもので、gooブログを始めてから、今月でちょうど15年になります。
そんなに頻繁に更新してはいないものの、時折びっくりするぐらい記事を読んでもらえたり、
コメントをもらえたりして、のらりくらりと続けてきました。
これからもそのスタンスは大きくは変えず、続けていこうと思います。
思い返すと、きっかけは友人がgooブログをやっていたことでした。
もともと文章を書くのが好きだったので、すぐに僕もブログに興味を持ち、
取り組んだのですが、ここまで長く続くものとは思いませんでした。
記念すべき最初の投稿は、映画「ダヴィンチ・コード」のレビューでした。
なるほど、当時の僕はこういうことが書きたかったのか。
評論のような書き方のものもあれば、日々の思ったことをつぶやきのように書くこともありました。
最近はとんと書かなくなってしまいましたが、作詞した歌詞をアップもしました。
実際に曲がついているものもあるんですよ(意味の分からないフォロー)
その流れから、感銘を受けた歌詞について、自分なりの見解や考察を記事にしたり、
読書について読んだ本の感想文なども記事にすることが多くなりました。
ただ、長年にわたりブログを続けてきた中で、根底にあるものは変わらなかった気がします。
それは
「言葉で自分のことを伝えたい」
ということ。
文章を書くというのは僕にとっての自己表現の一つであり、ある意味自身の存在証明の
一つでもあると感じています。
その時、その時の心境や環境で浮いたり沈んだりして、15年なりの人生が
ブログに凝縮されてきていると思いますし、一つの自分史として
振り返ってみると、一つひとつの言葉に想いを込めれてたかなと思います。
そう、言葉には想いがこもるんですよ。
そう信じています。
科学的な根拠なんてないのだろうけど、小説や格言、歌詞やセリフ、友人や家族のやり取り。
そういったものの中で生まれた忘れられない言葉って、何かしら想いが載っているからこそ
胸に届いたのだと感じますし、やはり言葉の持つ温度が違う。
僕自身も、ここに記事にしてきた内容が、誰かの琴線に触れてきたという経験を
していますし、目に見えなくとも信じていきたいものの一つだと確信しています。
そんな、ほとんどの人が知らない、ひっそりとした一個人のブログが、
気まぐれな風のように、ふとした瞬間に胸に響いたり、背中を押すきっかけになったり
そういった場所であればいいなというのが、当ブログの根っこの部分だったと
改めて思い出しました。
記事を書くからには読んでもらいたいし、読んでくれる人が多ければ多いほど
やっぱりうれしくなります。
でも、特定の誰かというよりは、僕自身もわかっていない誰かに向けて
これからも書いていきたいと思います。
誰かひとり、読んでくれる人がいればという想いを持って。
今日は以上です。
読んでくださり、ありがとうございました。
そんなに頻繁に更新してはいないものの、時折びっくりするぐらい記事を読んでもらえたり、
コメントをもらえたりして、のらりくらりと続けてきました。
これからもそのスタンスは大きくは変えず、続けていこうと思います。
思い返すと、きっかけは友人がgooブログをやっていたことでした。
もともと文章を書くのが好きだったので、すぐに僕もブログに興味を持ち、
取り組んだのですが、ここまで長く続くものとは思いませんでした。
記念すべき最初の投稿は、映画「ダヴィンチ・コード」のレビューでした。
なるほど、当時の僕はこういうことが書きたかったのか。
評論のような書き方のものもあれば、日々の思ったことをつぶやきのように書くこともありました。
最近はとんと書かなくなってしまいましたが、作詞した歌詞をアップもしました。
実際に曲がついているものもあるんですよ(意味の分からないフォロー)
その流れから、感銘を受けた歌詞について、自分なりの見解や考察を記事にしたり、
読書について読んだ本の感想文なども記事にすることが多くなりました。
ただ、長年にわたりブログを続けてきた中で、根底にあるものは変わらなかった気がします。
それは
「言葉で自分のことを伝えたい」
ということ。
文章を書くというのは僕にとっての自己表現の一つであり、ある意味自身の存在証明の
一つでもあると感じています。
その時、その時の心境や環境で浮いたり沈んだりして、15年なりの人生が
ブログに凝縮されてきていると思いますし、一つの自分史として
振り返ってみると、一つひとつの言葉に想いを込めれてたかなと思います。
そう、言葉には想いがこもるんですよ。
そう信じています。
科学的な根拠なんてないのだろうけど、小説や格言、歌詞やセリフ、友人や家族のやり取り。
そういったものの中で生まれた忘れられない言葉って、何かしら想いが載っているからこそ
胸に届いたのだと感じますし、やはり言葉の持つ温度が違う。
僕自身も、ここに記事にしてきた内容が、誰かの琴線に触れてきたという経験を
していますし、目に見えなくとも信じていきたいものの一つだと確信しています。
そんな、ほとんどの人が知らない、ひっそりとした一個人のブログが、
気まぐれな風のように、ふとした瞬間に胸に響いたり、背中を押すきっかけになったり
そういった場所であればいいなというのが、当ブログの根っこの部分だったと
改めて思い出しました。
記事を書くからには読んでもらいたいし、読んでくれる人が多ければ多いほど
やっぱりうれしくなります。
でも、特定の誰かというよりは、僕自身もわかっていない誰かに向けて
これからも書いていきたいと思います。
誰かひとり、読んでくれる人がいればという想いを持って。
今日は以上です。
読んでくださり、ありがとうございました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/b2/1855b5e7f7cddf3e611dd271c9ca448f.png)
十五周年おめでとうございます。
そんかに長い間続けられることが素晴らしいと思います。
ダヴィンチコードを懐かしく思い出しました。
紹介されている本も全て読んだものばかりで、懐かしく思います。
これからも楽しみにしていますね。