楢篠賢司の『人間とは』

人間とは何かを研究しています。現在は経済学を自分のものにしたいと目下勉強中です。

未来社会はどうあるべきか 2

2009-05-25 16:31:32 | Weblog
 前の文章で「未来社会はどうあるべきか」を書いたが、ただ貨幣の使用方法を変えただけで、社会を変えることができるのだろうかを少し考えてみたい。

 もし貨幣の持つ蓄蔵(保存機能)を禁止したことだけで、現在の資本主義社会から人間が理想とする社会にできるなら、革命もなく平和裏のうちに人々が幸福に暮らせる社会へと移行することができる。

 今回の一部の人間が犯した、カネを膨らませるマジック(金融危機)から、世界中の人々がなぜこんな結果になってしまったのかという疑問の中で、不況という状況に喘いでいる。もう二度とこんなことのない社会にして欲しいというのが多数の人々の願望ではないだろうか。

 だがいまだかって正確な原因究明と対処方法がないまま、早く何とかしなければという焦りの中で、公的資金注入しか方法がないと判断し、後から税金でまかなえば良いと、イチかバチかの勝負よろしく国債を発行し手当てをしていく。

 はたしてこのような方法で万事うまくいくのだろうか。いやむしろうまくいくかどうかという判断もしていないのが現状ではないだろうか。

 本来は経済学者が原因と対処方法を考え出し、私のような素人がこのような問題に口出しすべきではないと考える。また口出しをしたとしても果たしてそのことによって社会が変わってくれるのかと考えると、パソコンに向かい、打ち込むのさえばかばかしくなってしまう。

 だが今回の不況の嵐は私どもの足元にも及んでいる。急激な売り上げの減少。ある程度予想したことであったが、私自身40年ほどの期間、小さな経営であったが今回の不況は今までにないものであると感じる。何が原因かを私なりに理解していることから、欲望のままに今回の不況の原因を作り出した者に大きな怒りを感じている。

 ただ怒りだけでは収まるものではない、今回の多くの人々が苦しんでいるさなかにおいて、有り余った貨幣を利用し儲けようとしている輩がいる。それに対しなんら規制が働かない社会。つまりヘッジファンドが世界のどこかで景気が出てくると判断したとき、まず、最初に原油が狙われてしまう。原油が上がるぞ。原油が上がるぞ。原油が上がるぞ。何回この言葉を叫んだとしても彼らたちの動きを止めることはできない。またこの動きに対し政治が介入しようともしないのが現在の世界のあり方である。

 今世界で多くの人が職を失い、明日への希望を無くしている。若者も学校を卒業したとしても雇用が継続される職場も少なく、非正規雇用の契約社員か、派遣社員では人間的な生き方を求めることもできない。

 人間的な生き方とは毎日の贅沢を言わないまでも充足した食を得るための職のあり方である。そこから全てが出発し、やがて若者として希望に燃えた結婚を通し、家庭を築き子供を生み育てる。それができない社会、そんなものは人間の社会ではないと叫ぶことができるが、ただ手を拱いているだけでしかない自分の不甲斐なさにやりきれない気持ちを抱く。未来社会はこう在るべきだと書いたとしても読む人もなく、ただ書きつづっているしか能もない自分にバカバカしさを感じるが。

 こんな文章を書くのを止めて、庭に枯山水でも新しく造っていた方が今の自分には趣味に生きる道がある。その方がよっぽど生き甲斐を感じるが…

 ただ未来社会はどうあるべきかを書いた以上、それを分析していかなくてはならないという責任も感じる。

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