楢篠賢司の『人間とは』

人間とは何かを研究しています。現在は経済学を自分のものにしたいと目下勉強中です。

未来社会はどうあるべきか 3

2009-05-27 15:01:09 | Weblog
 未来社会はどうあるべきかを先の文章で書いたが、論点を纏めて見ると以下の四点になる。

1 未来社会においては第二のパイを否定する社会でなくてはならない。ただし人間社会に有益であるという投資は社会全体がそれを行うことが必要である。

2 第二のパイを作らない方法として、預金においては手数料としてマイナス金利という考え方があり、未来社会において人々が考えなくてはならないことは、第二のパイを膨らませないことしかありえない。

3 その中で需要と供給のバランスが崩れたとき、労働力の増減によって調整することができる。供給が多ければそれを失業増につなげることではなく、労働時間の短縮というかたちで人生を楽しむことにつなげる。 

4 貨幣の持つ蓄蔵(保存機能)を禁止したことだけで、現在の資本主義社会から人間が理想とする社会にできるなら、革命もなく平和裏のうちに人々が幸福に暮らせる社会へと移行することができる。 

 ここで最大の問題となるのは4番であろう。今まで言われてきた貨幣の機能として三点あるが、1の交換機能、2の比較機能、3の保存機能となるが、私の書いた「新・貨幣論」の中では比較機能は貨幣にあるのではなく物自体、つまり労働自体が比較の対象となっているのであり、貨幣はその比較を代替しているにしかすぎない。つまり他の二点の機能(交換と保存は社会にとって重要な意味を持っている)に対し比較機能はそれほど重要とする意味を持たない。

 ただ貨幣が細分化できるという特徴を持っていることから、つまり1円という硬貨から5円、10円、50円、100円、500円という硬貨があり、そして紙幣として千円があり、二千円、五千円、一万円とある。それらは交換において850円の商品であるならば千円札を出すことによって150円のお釣りを貰う。つまり貨幣が細分化されていることは850円という他人の労働と交換していることになる。(このことは新・貨幣論の中で説明済み)つまり貨幣には労働を細分化する機能を持つということになる。このことが人間社会の中でより分業を促進させる元となっている。

 問題がそれてしまったが限度を超えた蓄蔵(カネにカネを生ませる事)を禁止したことによって社会がどのように変わるのかを考えてみたい。

 資本主義社会の中で、搾取という行為(他社の労働の私有化)が現実社会では貨幣を通して行われている。賃金というかたちで必要労働分を超えた、余剰労働の部分を利潤というかたちで資本を提供した者に取られてしまうが、その社会体制を変えなくて、カネにカネを生ませる行為を禁止しただけで、少なくても平等といえる社会にもっていけるのだろうかが大きな問題となる。

 続きは次回

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