僅かな振動と後部座席のパイロットの吐息の音だけが聞こえる。もうすぐ戦いが始まろうというのに驚くほど静かな世界。
ふいにバイザーを上げ、深く息を吸い込む。
そして…。
「あたしの歌を聴けぇえええ!!」
そのかけ声とともに新統合軍の通信に突如
「射手座☆午後九時 don't be late」
の音楽が割り込み、新統合軍C.I.Cに混乱が起きた。
はぐれゼントラーディとの接触を目前にした状況下で突然の事態に当直士官は驚きと怒りを隠せなかった。
「一体何事だ!!」
「かなり広範囲の周波数帯に向けてこの音楽が流れています。どうやらこれ、シェリル・ノームさんの歌のようですが…」
当直士官の問いにオペレーターが答える
「それは言われんでも判る。一体この通信の出所は?」
「それが、S.M.Sの艦からのようです。主にゼントラーディ軍で使用される周波数帯に向けられています」
「S.M.S?一体連中何を…!?」
新統合軍もS.M.Sの航空隊がはぐれゼントラーディの艦のすぐ近くにいることは確認できていたがこのような行動に出るとは想像もしていなかった。
ゼントラーディ軍に対して「歌」が戦意喪失など戦闘を優位に進めるために一定の効果があることは知られていた。
しかし目と鼻の距離まで接近されて尚かつ臨戦態勢をとっている敵軍に対して「歌」を用いることは効果が出るまで待つのは危険すぎると考えられていた。
にもかかわらず民間防衛組織の艦から突然「歌」が流れ出した事は当直士官にとっては不可思議でしかたがなかったのだ。
「作戦に支障が無い限りこの通信は無視しろ、前衛部隊が敵と接触するまであと何分だ?」
「あと、5分です」
そのころオズマとクラン達ピクシー小隊はミハエル、ルカ両名のVF-25と接触を果たし、突入のタイミングを伺っていた。少し離れたところではカナリアの乗るVB-6が同じように突入のチャンスを伺っていた。
通信機からは広周波数帯でシェリルの歌声が流れている。
シェリルが提案した作戦はこうだ。自分が歌を歌うことで文化や歌に免疫のないゼントラーディ人にショックを与え、少しでも攻撃の手をゆるめさせる。その隙にオズマとカナリア、それにクラン達がアルト機の撤収に障害となりうる敵機を一掃。
ミハエルとルカの機体が援護する形でアルト機が撤退、後は新統合軍の無人機&バルキリーに任せてその場から逃げ出すという作戦だった。
「隊長、敵の様子が変です。どうやらシェリルさんの歌、効いているみたいです」
ルカから通信が入る。
「まったくあのお嬢さんには驚かされるな」
「我々ゼントラーディ人より肝が据わっているのかもしれんな」
当初シェリルの提案に否定的だったオズマとクランだったが、このような状況下できちんと歌い続けているシェリルと実際に効果が出だしていることに驚きを隠せなかった。
「よし、そろそろ全機突入するぞ。ミシェル、アルトへの通信頼んだぞ」
「了解です、隊長」
<…まったくなんて奴だ>
シェリルの圧倒的な歌声に包まれてアルトはそう思わずにはいられなかった。前座ではシェリルが夢中で「射手座☆午後九時 don't be late」を歌っている。
レーダーで敵の動きを追ってみると先ほどとは明らかに挙動がおかしい。どうやら歌の効果が出ているようだ。
こんな状況下で歌うことの出来るシェリルにアルトは畏敬の念を抱いていた。そこへミハエルから通信が入る。歌で音声が聞き取りにくいことを考慮して手信号で自分たちがまもなく突入することを伝えてきた。
アルトも手信号でその旨を了解したことを返信し、今度はモニター越しにシェリルに手信号(といってもごく簡単なものを)送った。
モニターにシェリルがうなずくのが見える。打ち合わせではミハエル機とルカ機が直下に到着次第離脱する手筈となっている。それに備えアルトは操縦桿を握りしめた。
「よし、全機突入!!」
オズマの合図と共にS.M.Sが突入を開始する。オズマ機がはぐれゼントラーディの戦闘ポッドに接近するが相手は一向に発砲する気配がない。戦闘ポッドのすぐ脇をオズマ機はそのっま、すり抜けてしまった。
「…これは。クラン、カナリア、敵ポッドは無視してこのままノプティ・バガニスに突っ込むぞ」
「おい、こいつらは放っておくのか?」
カナリアが尋ねる。
「こいつら完全に戦闘意欲を失っている。注意は必要だがこのまま敵母艦にちょっと脅しをかけてやる」
「脅し?」
「そうだ、軍人らしいやり方がないが上手くいけば必要以上に血を流さなくて済むかもしれん。ミシェル、ルカ、おまえ達はこのままアルトのところにむかえ」
「「了解!」」
ミハエルとルカのVF-25は敵部隊をやり過ごしアルトともとへと急ぐ。そしてオズマとクラン達は全く抵抗を受けないまま、ノプティ・バガニスの表面に取り付くことに成功した。遅れてカナリアのVB-6が到着するがあまりの重さ(100トン以上)に敵艦の装甲を踏み抜いてしまった。
「これからどうするのだ?この数の機体で一斉砲撃を仕掛けてもある程度ダメージを与えたところで撃沈など無理だぞ?」
カナリアが再び問いただす。
「沈める気はない。敵さんお嬢さんの歌に相当なショックを受けているらしい。ど派手に攻撃してやれば降伏を考え直すかもしれん」
「上手くいくとはかぎらんぞ」
「それでもやってみるさ」
先の治安部隊との戦闘でこのノプティ・バガニスが投降の呼びかけを無視して逃走したことをオズマは聞いていた。上手くいけば恐れをなして降伏するのではと考えたのだ。
「よし、一斉攻撃開始!!」
オズマ機のミサイルポッド、ピクシー隊のクァドラン・レアの砲門、VB-6のレールキャノンが一斉に火を噴く。
それと時を同じくしてミハエル達がアルトと合流。アルトは機体を発進させることを手信号でシェリルに伝える。体を踏ん張るシェリル。その間もシェリルはずっと歌い続けていた。
アルトが機体を操作し、ノプティ・バガニスから離脱する。ミハエル達を伴って敵艦を離れるのと敵艦上層部で大規模な爆発が起きたのはほぼ同時だった。
ノプティ・バガニスの構造は同型艦が新統合軍に在籍していたことから詳しく判っていた。艦上層部のエネルギータンクとその周辺を狙って砲撃を喰らわせたことで周囲が連鎖反応的に吹き飛んだのだ。
とはいえ巨艦であるノプティ・バガニスにとっては然したるダメージにはなり得ない爆発ではあった。爆発に紛れる形でオズマ達も撤収する。
そしてようやくシェリルが歌い終わった。
「お疲れ、シェリル」
「ありがとう、アルト。これって上手くいったと考えてよいのかしら」
「ひとまずは」
「どうやらアルトもお嬢さんも無事のようだな」
オズマから通信が入る。全員が無事帰還できて内心胸をなで下ろしていた。
「心配かけました、隊長」
「気にするな。まぁあとは向こうさんの出方次第か…」
「ちょっと、皆さん聞いて下さい!」
「どうしたんだ、ルカ?」
同じ頃新統合軍C.I.Cは予想外の展開に戸惑っていた。
「降伏?」
「はい、S.M.Sの機体が当該宙域から離脱した直後に」
「ゴースト隊とバルキリー隊を直ちに引き上げさせろ!」
「了解!」
後僅かで新統合軍部隊とはぐれゼントラーディの部隊が接触するというところでゼントラーディ側から降伏する旨の通信が届いたのだ。すんでのところで全面衝突が回避され、当直士官は安堵する一方でまたしても民間人にお株を奪われたことを苦々しく感じていた。
はぐれゼントラーディ達はシェリルの圧倒的な歌声に相当なカルチャーショックを受け、早い段階で戦意を完全に失っていた。
加えてオズマ達の攻撃による爆発の衝撃と敵の本隊(無人戦闘機ゴーストの大編隊)が接近中であることを察知してこれ以上の抵抗が無理だと思うにいたり、あっさり降伏したのだった。
S.M.Sにアルト達が帰還する。一番最初に格納庫に戻ったのはアルトの機体だった。
「どう、私のコンサートを特等席で聴けた感想は?」
「それが、操縦に夢中だったからあまり…」
「何ですって!?」
「あ、いや本当良かったよシェリルの歌」
「こんなサービス、滅多にしないんだから」
機体が駐機位置につき昇降用のタラップが設置される。シェリルはそそくさと機体から降りていった。
<…何を急いでいるんだ?>
そう思いつつ機を降りたアルトだったが機体からさして離れていない場所にシェリルが立っているのに気づき近寄った。
「シェリル、どうしたんだ。そんなところに…」
そこまで声を掛けてアルトはシェリルの異変に気づいた。うつむき加減だったが明らかに顔から血の気が引き、体が小刻みに震えている。
「おい、どうしたんだ、顔色悪いぞ」
「な、なんでもないのよ。ただちょっと…あなたにこんな姿、見られたくなくて…」
そこまで何とか言えたシェリルだったが自分の体のふるえを止めようと体をぎゅっと縮めるようにしてそのまま何も喋れなくなってしまった。
それを見たアルトは気づいた。彼女が今の今までずっと恐怖を誤魔化してあれだけ力強く歌っていたことを。そして無事戻ってこれたことでかえってこれまで押さえ込んでいた恐怖に今にも潰されそうな事に。
アルトは何も言わずそっと近づくとシェリルをぎゅっと抱きしめた。
「…!!」
「無理すんな。大丈夫、俺がついているから。シェリル、素敵な歌を聴かせてくれてありがとう」
「アルトぉぉ」
アルトの力強い腕に抱きしめられ、彼の優しい言葉を聞いて今まで張りつめていたものがほどけたのかシェリルは彼の胸の中でわんわん泣き始めた。おそらく今までずっと泣きたくても泣けなかった分も含めて。
「やるなぁ、姫も」
「ホントですよねぇ」
後から帰還したミハエルとルカが二人の姿を見つけ感慨にふける。
ところが、少し離れた場所からアルト達の様子を写真に撮っている人間がいた。デイリー・フロンティアのジュネットである。
単なるアイドルの同行取材と思っていたら銀河の歌姫と民間軍事企業の若者との睦まじい姿という大スクープに出くわしたのだ。記者魂が動かずにはいられなかった。
必死で写真を撮る内にいきなり人の姿が現れ、アルト達が隠れて見えなくなった。
「ちょっと、困りますよ。せっかくのスクープなのに…!?」
ファインダーから視線を外してジュネットは驚いた。
グラス中尉、オズマ、グレイスの3人が目の前にたっていた。3人とも微笑んではいるが目が笑っていなかった。
「困りますね、あの機体(VF-25)は最新鋭機で軍事機密に属します。勝手に撮影すると軍事機密漏洩の罪であなたを拘束しないといけません」
とグラス中尉。
「俺達は一応民間企業だが、民間企業でも『企業秘密』ってものがあるんだ。困るんだよなぁ、勝手に撮影されては」
とオズマ。
「あの、シェリルのプライベートを暴きたいってお気持ちは判らないでもないですが、忠告しておきますけどたとえ記者さんでも下手なものを発表したら社会的・生物学的に抹殺されますよ」
とグレイス。
「ちょっと待ってくださいよ、これは正当な報道の自由であって、フロンティア市民が知る権利の手助けを…」
「人のプライベートを好き勝手暴くのが『報道の自由』とやらなのか?」
自分の前にいる3人とは別の声にジュネットは驚き後ろを振り返った。クラン・クランが彼を見下ろしていたが、オズマ達とは違い、クランは本気で怒った顔をしていた。その表情に凍り付くジュネット。
「ともかく、あなたが撮影したものは新統合軍で一旦検閲します。クラン大尉、彼を別の場所へ連れて行ってください」
「了解した」
グラス中尉がジュネットからカメラを取り上げ、クランがジュネットをつまみ上げた。
「ちょ、ちょっとこれはないですよ!!」
ジュネットの声が格納庫内にむなしく響いた。
「若いっていいわね」
「まぁな」
グラス中尉がオズマに話しかける。
「私たちもああいう時期あったわよね」
「…!まぁアルト達は俺達と違って上手くやれるさ」
グラス中尉のツッコミに思わず赤面するオズマ。ごまかそうとグレイスに話をふった。
「マネージャーさん、あんたはいいのかい?」
「なにがです?」
「あの二人の関係さ」
「私とシェリルは仕事上のパートナーです。プライベートにズケズケと踏み込んだりはしません。それにシェリルが幸せになってくれるなら私もそれが一番嬉しいですし」
アルトとシェリルが本人達の意識は別として親密な関係にあるのはS.M.S、シェリルの関係者双方の公然の秘密となっていた。
オズマ達も二人の関係を影ながら応援していた。
「これでまた最初から撮影し直しですね」
モニタールームに残っていたグッドスピード大尉は頭を抱えていた。せっかくの最新鋭機を使ったデモ飛行撮影がはぐれゼントラーディ出現という事態にすべて吹っ飛んでしまったと思ったからだ。
無人追跡カメラも戦闘に巻き込まれて撮影どころではなかった筈で、また撮影プランの練り直しをしないといけないとグッドスピード大尉は陰鬱な気持ちだった。
「あの、大尉」
グッドスピード大尉の部下が声をかけた。
「どうかしましたか?」
「これを見てください」
「これは…!!」
後日、当初の計画とは違う形で新統合軍プロモーションビデモ
『FRONTIER ACES』
は完成した。全滅したと思われていた無人追尾カメラが全て無事で期待以上の映像が撮影できていたのである。
中途S.M.Sの部隊が映像に加わる構成になっていたことに軍の一部から不満は出たものの、グラス中尉やグッドスピード大尉の尽力もあり
『軍・民間共同の元でフロンティア市民の平和に寄与している』
と新たなメッセージも加えられマクロス・フロンティアだけでなく、ネットを通じて銀河系各地の移民船団、移民惑星にも広く配信されシェリルの人気もあって新統合軍のキャンペーンに貢献することとなる。
アルト達はビデオ内で一切顔も名前も出ることは無かったが、大役を果たせた事を誇りに思っていた。そしてアルトもシェリルも互いに一つの仕事を一緒にやり遂げた事を心から嬉しく感じていた。
おわり
あとがき:長かった個人的に初のマクロスF二次創作小説ですが、ようやく終わることが出来ました。
- アルト×シェリル推奨
- シェリルに歌わせながらバルキリーに乗せるorバルキリーに乗せて活躍させる
- VB-6を活躍させる
を目指して話を書き始めましたが、途中で内容を大幅に練り直す(当初グッドスピード大尉に相当するキャラが別におり、その人物がシェリルのストーカーで「かわいさ余って憎さ百倍」でプロモーションビデを撮影に託けてシェリルの命を狙うという話を考えていたのですがやめた経緯があります)ことになったりと完成までにだいぶ時間がかかりました。
基本的にアルト×シェリル推奨なので、そこを目指せればと思ったのですが上手くやれたか読んで頂いた方にゆだねたいと思います。
本編がかなりハードな展開になっている状態ですが、こちらとしては基本ほのぼの系でマクロスFの二次創作を書けたらなと思う次第です。