ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番「悲愴」
ピアノソナタ第17番「テンペスト」
ピアノソナタ第26番「告別」
ピアノ:ウィルヘルム・バックハウス
録音:1954年3月30日、ニューヨーク・カーネギーホール(ライヴ録音)
発売:1972年
LP:キングレコード MZ 5098
ウィルヘルム・バックハウス(1884年―1969年)は、ドイツが生んだ史上最高のピアニストの一人であり、最後のヴィルトゥオーソとも言われる。その演奏が威厳に満ちたものであったことから“鍵盤の獅子王”という尊称で呼ばれていたほどの不世出の巨匠中の巨匠であった。完璧なテクニックと雄大なスケールの演奏には定評があり、特にベートーヴェンのピアノソナタでは、他と較べられないほどの高みに到達した演奏内容は当時絶賛された。このLPレコードは、バックハウスが28年ぶりにアメリカを訪れた際、1954年3月30日に、ニューヨーク・カーネギーホールで行った演奏会のライヴ録音という貴重なものである。バックハウスはベートーヴェンの3曲のピアノソナタを卓越した技巧で演奏し、その確信に満ちた演奏を聴くと、“鍵盤の獅子王”というニックネームが決して誇張でないことが自ずと分ってくるのである。特にライヴ録音独特の緊張感が伝わってくるところに、このLPレコードの持つ真の価値がある。何という力強いベートーヴェンであろうか。あたかもベートーヴェンの肉声を聞くような錯覚にも陥る程の名演を聴くことが出来る。この演奏後、バックハウスは、日本への演奏旅行へと旅立ち、日本の聴衆にもその優れた演奏を披露し、熱烈な歓迎を受けた。バックハウスは、ドイツ・ライプツィヒ出身。ドイツ国籍であったが、のちスイスに帰化した。1900年、16歳の時にデビューを果たす。1905年、パリで開かれた「ルビンシュタイン音楽コンクール」のピアノ部門で優勝。1930年スイスルガーノに移住した後、1946年スイスに帰化した。ヒットラーがバックハウスのファンであったことからナチとの間柄が疑われ、第二次世界大戦後はアメリカへの入国が拒否された。ようやく1954年にアメリカの入国禁止が解け、3月30日にカーネギー・ホールでコンサートを開いたのが、このLPレコードに収録された演奏である。コンサートで演奏された曲目は、このLPレコードに収録されたベートーヴェンの3曲のピアノソナタのほか、ベートーヴェン:ピアノソナタ第25番、第32番、さらにアンコールに応えて演奏したシューベルト:即興曲変イ長調op.142の2、シューマン:幻想小曲集op.12より第3曲「なぜに?」、シューベルト(リスト編曲):ウィーンの夕べ、ブラームス:間奏曲ハ長調op.119の3で、初版時はLPレコード2枚組に収められていた。音質は、今から44年も前であり、しかもライヴ録音ということなので十全ではないにしても、音の輪郭が明確に捉えられており鑑賞には支障はない。(LPC)