メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
シューマン:ヴァイオリン協奏曲
ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング
指揮:アンタール・ドラティ
管弦楽:ロンドン交響楽団
発売:1975年
LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) PL‐1325
このLPレコードは、名ヴァイオリニストのヘンリク・シェリング(1918年―1988年)がメンデルスゾーンとシューマンのヴァイオリン協奏曲を、アンタール・ドラティ指揮ロンドン交響楽団の伴奏で録音したもの。ヘンリク・シェリングは、ポーランド出身で、後にメキシコに帰化した。ベルリンに留学してカール・フレッシュにヴァイオリンを師事。その後、パリ音楽院に入学、ジャック・ティボーに師事する。このことで、ヘンリク・シェリングは、ドイツ=ハンガリー楽派の奏法とフランコ=ベルギー楽派の双方の奏法を習得することができたのだ。このことが、すなわちヘンリク・シェリングの後の大成の礎となったのである。第二次世界大戦中、メキシコシティにおける慰問演奏を行い、それがきっかけで同地のメキシコ市立大学に職を得て、1946年にはメキシコ市民権を得ることになる。その後は教育活動に専念していたが、1954年、メキシコを訪れたアルトゥール・ルービンシュタインにその実力を認められ、これが契機となりニューヨーク市でデビュー。これが高い評価を得て、以後、各国で演奏会活動を展開し、世界的なヴァイオリニストとしての地位を不動のものとした。このように、ヘンリク・シェリングは、努力のヴァイオリニストであり、大器晩成型のヴァイオリニストであった。このLPレコードのA面に収められているメンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲の演奏は、如何にもヘンリック・シェリングらしく真正面から曲を捉え、少しの誇張もない。あくまで正攻法で臨む。もう、耳にタコができるほど聴いてきたこの曲が、ヘンリック・シェリングの手にかかるとたちどころに、生き生きとした躍動感溢れる曲に、変身を遂げてしまう。この謎への回答は、ヘンリク・シェリングが、ドイツ=ハンガリー楽派の奏法とフランコ=ベルギー楽派の双方の奏法を身に着けていることと考えられる。いろいろな要素が何重にも重なって、それらが何とも言えないような香りとなってリスナーに届けられる。同様なことは、B面のシューマン:ヴァイオリン協奏曲の演奏により顕著に現れる。このヴァイオリン協奏曲は、シューマンの曲の中でもロマンの香りが強く漂う曲である。複雑な要素が絡み合い、葛藤しながら曲が進行する。表面的な演奏しかできないヴァイオリニストがこの曲を弾くと、ただ混乱だけしか生み出さないが、ヘンリク・シェリングの演奏は、まずきちっとした曲の解釈が土台にあり、その上にシューマン独特のロマンの世界が花開く。ここには、名人しか成しえない、隠された至高の技がある(LPC)