私は山を登っていた。
山はかなりの急斜面であるにも関わらず、樹木が鬱蒼と生い茂り、まるで密林のよう。
太陽の光も十分に届かない山中は、夕暮れかと思うほど薄暗い。
道なき道をかき分けて、私は素手で山を登っていた。
なぜ、登っているのか。
どこを目指して登っているのか。
いつから登り続けているのか。
わからない。
私は何も考えずに、黙々と足を進めている。
すると、苔むした地面に平たい石が踏み台のように唐突に現れた。
私はその石に片足を掛けた。
途端、めまいを起こしたみたいに身体がぐらりと大きく揺れ、次の瞬間、周囲の景色は一変した。
気づけば、足下は断崖絶壁の海だった。
岩場に荒々しい波浪が激しく当たり、砕けた飛沫が高々と舞い上がっている。
頭上には、ルネ・マルグリットが描いた有名な絵画のように美しい青空が広がり、綿菓子のような白い雲が浮かんでいる。
私は断崖絶壁の細い道、いや道と言えるような代物ではない、人が一人やっと歩けるような所をゆっくりと慎重に歩き始めた。
しばらく行くと、その道の先に彼がいた。
驚いたことに、彼はそこで『ほろりメロディー』を歌い踊っていた。
とてもじゃないが、ダンスなど出来る場所ではない。
危ないよ、と声をかけようとした時、彼がバランスを崩した。
あっと叫んで、駆け寄る間もなく、彼の身体は海に向かって投げ出された。
仰向けになって落ちていく彼を、白く泡立つ波が渦を巻く紺碧の海が待ち構えている。
届くわけもないのに、私は手を伸ばした。
そんな私を、彼はなぜか笑いながら見ている。
スローモーションのようにゆっくりと落ちながら笑っている。
笑ってる場合じゃないのに。
すると彼の腕が、まるでマンガのようにギューンと伸びてきた。
驚いて見ていると、その手が私の肩をぎゅっと掴んだ。
えっ!?
グイと引っ張られ、私の体は崖から離された。
悲鳴をあげる余裕もないまま、見る見るうちに彼に近づく。
真下に激しく波打つ海面が迫っているというのに、彼はまだ愉しそうに笑っている。
そして、恐怖に震える私をつかまえると、抱き寄せて囁いた。
― 僕と一緒にネバーランドに行こう
私は顔をあげて彼を見つめた。
…ピーターパン…
************************************
「…ろや。なあ、起きろって」
聞き覚えのある声が遠慮がちに聞こえてきた。
同時に肩を遠慮なく揺さぶられ、ピーターパンも海も空も瞬時に消え去った。
瞼の裏に光を感じた私は、ゆっくりと目を開けた。
目の前に彼がいた。
ピーターパンが。
「あ、起きた」
彼は、まだ寝ぼけ眼の私の腕を引っ張って、ベッドから引きずり出そうとする。
「ちょっ何なん…」
目覚めたばかりで夢と現の境界線を浮遊している私は、彼の手を無意識に振り払おうとした。
「なにすんねん。早よ起きろや」
肩をつかまれてグイと起こされた。
ベッドから体をはがされて、やっと目が覚め始めた私は、まだまわらない口で、彼におはようと言った。
「おはようには早いけどな。」
彼は笑って、私の唇に軽くキスをした。
「誕生日おめでとう」
キスの効果はテキメンで、完全に目が覚めた。
そっか、今日は私の誕生日…
「って誕生日、昨日だったんだけど」
「レコメンの合間に電話でおめでとう言うたやろ。今のは改めて、や」
確かに放送途中だったが、0時過ぎに彼からバースデーコールがあった。
「でな、1日遅れたけど今から誕生日のお祝いや」
「今から?」
私は時計を見て目をむいた。
「ちょっ今何時だと思ってんの?3時だよ」
「しゃあないやろ。今の俺ら時間合わへんし。おまえ、休みなんやから後で寝たらええねん」
それなりに説得力のある理屈を言いながら、彼は私をベッドから追い立てた。
ダイニングテーブルの上に、コンロと土鍋がセットしてあった。
それと、まだ開封していない鍋用の野菜パックが1つと、しゃぶしゃぶ用の豚肉のパックが2つ。
「豚しゃぶ…」
「今度一緒に食べよう言うたやろ」
たしかに、以前そんな写メをくれたけど、あれは謎解きのパーツだったんじゃないの。
「そやけど…お店かどこかでって話だと思ってた」
「ああ、それでな」
彼は私に小さい紙を手渡した。
スーパーのレシート。
総額6949円。
「…豚が2パックで1000円」
「安いやろ。ちょうどお買い得品になっててん」
「ふーん…それで?」
「おまえ、奢る言うてたやろ」
「え?」
何言ってんの、この人。
まさか、私にこれを払えと?
「外で食うよりぜんぜん安いやろ」
「これ、私がお金出すの?」
「そや、写メ送った時、私におごらせてって返事くれたやん」
たしかにそう返事はしたけど…
「ねえ、これ私の誕生日祝いだよね?」
「………」
「自分の誕生祝いを自腹で?なんかおかしくない?」
「ああ、そこんとこ気付いちゃいましたか」
「気づくも何も、私の誕生日祝いやって、今さっき言ってたじゃん!」
私はレシートを彼に突き返した。
「なのに、なんで2パック1000円の豚なん?!」
「国産の黒豚やぞ。ええ豚さんやろが」
「でもお買い得品て」
私はパックに貼られた「お買い得品!!」の大きな赤いシールを指差した。
彼が野菜パックを私の目の前に突き出した。
「こっちは定価やから!」
「…この洋酒って何?」
「シャンパン。冷蔵庫で冷やしとる。おまえがこだわってるオーガニックのやぞ」
「…わかった」
本音を言えば、特売品の豚肉だろうと何でも良かった。
忙しくて時間もないのに、買い物までして用意してくれる彼の気持ちが何より嬉しい。
「あっ」
彼が困った顔で私を見下ろした。
「なに?」
「タレ買うてくんの忘れた…」
************************************
グツグツという音に合わせて、土鍋の中で具材が揺れている。
自分もパジャマに着替えた彼が、灰汁を取ったりして鍋奉行をやっていた。
私は冷蔵庫の中にある間に合わせのもので、ゴマだれと柚コショウ風味の醤油だれを作って、テーブルに置いた。
「私、あんまりお腹すいてないんだけど」
「おまえ、なにテンション下がるようなこと言うねん」
うまそうな匂いしてるで、と彼は仕上げの豚肉を入れながら言う。
「これって夜食?朝ごはん?どっち?」
「どっちでもええんちゃうん」
「朝から鍋って普通ないよね」
「たまにはあるやろ」
「ないって」
「そうか?けどな、朝に鍋食ったらアカンいう決まりもないで」
具が全部鍋に投入されたのを見て、私は冷蔵庫から冷えたシャンパンに買い置きのビールやらグラスやらを持っていった。
「シャンパン、俺あけたい」
「こぼさないでよ」
彼はあごでワインクーラーを指した。「そいつ、待機させて」
ポン!という軽快な音の後に、気持ちを焦らせるシュワシュワという音が続く。
彼は「ヤバいヤバい、こぼれる」言いながら、私が持っているワインクーラーの中に、泡が勢いよくあふれ出しているシャンパンの瓶を慌てて入れた。
シャンパンの爽やかな香りと、鍋から立ちのぼる湯気に染み込んだ美味しそうな匂いに、私のお腹もようやく反応してきた。
彼が私を見て、からかうような笑みを浮かべる。
「お腹すいてきたやろ」
「わかるん?」
「おまえ、顔に出るし、ようわかるわ」
珍しく彼が小皿に鍋の具を取り分けてくれた。
ありがとうと受け取ると、今日は特別やぞ、と照れくさそうに言いわけした。
それなのに、乾杯するとき、私は何の考えもなく「おつかれさま」と普段のノリでうっかり言ってしまい、「誕生日おめでとう」と言う彼の声に思いきりカブってしまった。
「なんやおつかれさまて」
「あっゴメン…」
「誕生日過ぎとるからって、俺へのあてつけか?」
「違う違う。今、あの、ちょっと他のこと考えてて」
本当は何も考えてなかったけど。
「何を?」
「いいの。大したことじゃないから」
「俺が目の前におんのに、大したことやないこと考えてたんか?」
「…じゃあ…」
先ほどから気になってきていたことを口にした。
「何時に、ここ出るの?」
「ん?」
「これ、食べ終わったら帰るんでしょ?」私は壁の時計を見た。「もうすぐ4時だし…」
言葉が途切れると、鍋がグツグツ言う音と、チクタクと時を刻む時計の秒針の音が、不揃いな二重唱を奏でながら、夜明け前の静かな部屋に響いた。
「…とりあえず…先にこれ食うてからや…」
呟きにも近い彼の言葉に、私は黙って頷いて従った。
************************************
柔らかい起毛シーツの感触は、素肌に心地良くて、私はその肌触りを体全体で味わうように、ゆっくりと寝返りを打った。
フワフワのタオルケットが、体を包み込もうとするように巻きつく。
窓のレースのカーテンが、小春日和の柔らかな陽射しを受けて、淡い光の輪をいくつも作って輝いていた。
彼はいつ出て行ったんだろう。
狭いベッドの中で、彼が起きた気配すら感じなかったのだから、あれから自分でも意識しないうちに、深い眠りに落ちてしまったに違いない。
窓の外が明るみ始めた頃、時間まだある?と私は彼に聞いた。
まだ大丈夫なんちゃうかな、と答えた彼の腕の中で、私は寝物語に夢の話をした。
断崖絶壁で歌って踊っていたくだりと、腕が伸びた話が彼のツボにハマったらしく、笑いがなかなか止まらない。
「なんで『ほろりメロディー』やねん。しかもあの曲1人で歌うとかキツすぎるで」
「みんなのソロパートも歌ってたよ」
「おっそれやったら気分ええな。すばるのソロんとことかな」
「そっか、だから楽しそうに歌ってたんだ」
「楽しそうてゆうかアホやんけ。崖っぷちで踊ってんのやろ」
「あれね、30センチくらいの幅だったよ」
「そんな狭いとこでどうやって踊れんねん。物理的におっかしいやろ」
「だから夢なんやって」
「そっか、夢やから腕も伸びるんか。そんなん出来るの、この世でルフィと怪物くんくらいしかおらん思うてたわ」
彼はグーで腕を天井に向かって伸ばした。
「けど、腕伸びたらめっちゃおもろいやろな。村上のバコーンてツッコミが来る前に、俺の手がギューンて伸びて、先にあいつをバコーンて出来るやん」
想像しただけで可笑しいのか、体を震わせて笑っている。
そしてそのまま、夢の続きでネバーランドに行ったらという話になった。
彼はネバーランドにメンバーを総出演させてきた。
2人でメンバーの配役を考えては大笑いした。
そのあと、彼がパイレーツ・オブ・カリビアンもビックリの壮大なストーリーを熱く語っている間に、私は眠ってしまったようだ。
ストーリーの記憶が途中で切れている。
ところで今は何時なのだろう。
サイドテーブルの上の携帯に手を伸ばしかけて、赤いリボンが掛かった小さな箱が置いてあるのに気がついた。
もしかして誕生日プレゼント?
ベッドから体を起こして、床に落ちていたガウンを羽織った。
あらためて小箱を見ると、その下に紙が置いてあるので、メッセージか何かかと思ったら…
『おれ様が話してんのにねるとはええどきょうや』
思わず吹き出してしまった。
お世辞にも綺麗な、とは言えないが、彼らしいポップな字が紙の上で愉快に踊っている。
『おれ様』から『ええどきょう』した私へのプレゼント。
箱を軽く振ってみると、硬さのあるものが中で動いた感じがした。
が、重いものではない。
私はリボンを解いて、ドキドキしながら箱のふたを開けた。
中を見て、私は一瞬面食らった。
小箱の中に入っていたのは、ひとつの鍵だった。
ほかには何も入っていない。
でも、これが何の鍵なのか、私には分かった。
彼の部屋の合い鍵。
つき合い始めて間もなく、私は自分の部屋の合い鍵を彼に渡した。
彼のためにも、外で会うことは出来るだけ避けたかったし、彼の都合に私が合わせる方が支障がない上、彼がいつでも好きな時に来られるようにと思ったからだ。
だから、私の方から彼の部屋に行く、なんてことは、最初から考えになかった。
私は貴重品を取り扱うように、鍵を箱から取り出した。
値段がつけられないほど高価で大切なものを預かったような気分だった。
ステンレスか何かで出来た普通の自宅用の鍵なのに、見た目より何十倍も重く感じる。
本当に、これを受け取ってしまっていいんだろうか。
この鍵を使って彼の部屋へ・・・
ない。ありえない。
そういう選択は私の中にない。
たとえ、彼がいいよ、とはっきり言ってくれたとしても。
私は鍵を箱の中に戻して蓋をした。
これは彼の私に対する信頼の証。
どんな高価なプレゼントもかなわない、これほど心を打つ贈り物があるだろうか。
私はサイドテーブルの一番上の引き出しを開けると、一番奥にそれをしまった。
いつか
いつか、これを堂々と使える時が来るのだろうか。
ふと胸を過ぎった思い。
引き出しを閉じながら、それは自分の心の奥深くにしまいこんだ。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
さて。
今回は著者のバースデー記念(笑)ということで書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか。
久しぶりに、サクサク楽しく書けた作品でした
まあ、基本、妄想なんて楽しく書けて当たり前なんですけども(笑)
また、お気軽に感想をいただけたらと思います
眠れない夜を過ごした。
自分の気持ちをセーブ出来ない不甲斐なさと、彼に会いたいと願う想いが、一晩中私の中でせめぎ合い、私の心を容赦なく引き裂いた。
夜通し散々流した涙の名残が、枕に微かに残っている。
カーテンの向こう側が明るんできたことに気づいた時、携帯が鳴って、彼からメールが届いた。
添付されていた写真は、笑顔でVサインをしている彼本人だった。
『俺やで』
笑顔がすごく楽しそうなのは、メンバーと一緒だからだろうか。
見ているうちに、思わず笑いがこぼれた。
まったく。
どういうタイミングなんだろう。
彼に会いたがっていた私の気持ちに気づいていたかのような、実に絶妙なタイミング。
しばらくはこれで我慢してくれと言うことだろうか。
ま、いっか。
私はその写真を待ち受けに設定した。
「あれ?眼鏡なんて珍しいですね」
出社して、自分の部署にたどり着くまで、誰かとすれ違うたびに同じことを言われた。
泣きすぎて腫れた目を誤魔化すための伊達メガネだったが、使い捨てコンタクトを切らしちゃって…と嘘の言い訳をした。
自席に落ち着いてからは、雑念を追い払って、黙々と仕事をこなした。
イベントの後にやる事務作業は決まっている。
それを順に片付けて午前中に終わらせると、午後からは夏のイベントの企画会議に出た。
今日の打ち上げの店の場所を確認して、会社を退社しようとした時、彼からのメールが届いた。
今回、写真はなかった。
変わりに奇妙なメッセージが書いてある。
『暗号はとけたかな?』
何かの間違いかと思った。
別の誰かに送るはずのメールを間違って私に送ったのかと思った。
『暗号ってなに?』
確認するために返事を送ると、ちょっとしてからメールが返ってきた。
『毎日送ったやろ』
ダイレクトに返ってきたことからすると間違いではないらしい。
じゃあ、暗号って?
毎日送った?
ということは、まさかあの写メのこと?
混乱した頭で、彼の言った意味を考えていると、またメールが届いた。
『0時までに回答すること』
これから打ち上げだと言うのに。
そんな暗号の答えを考える余裕なんて…。
雪が降ってきたよ、と誰かの声がした。
振り向くと、暗い窓の外に白い綿雪が舞っているのが見えた。
打ち上げの席でも、眼鏡のことをつっこまれた。
「意外と似合うね」
意外とってなんやねん。
「なんだっけ、こういうの。メガネ萌え?」
いや…あなたに萌えられても…
使い捨てコンタクト云々の言い訳をここでも使ったが、今回のイベントの企画の段階から二人三脚でやってきた担当者は、私の目が腫れていることに気がついたのか「何か辛いことでもあったんですか?」と聞いてきた。
正直に話すことでもないし、バレンタイン前にふられちゃったのよ、と冗談めかして笑ってごまかした。
打ち上げは2次会まで参加したが、3次会は丁重にお断りした。
いつまでも代理店の人間がいたのでは、話したいことも話せないだろう。
まだ終電がある時間だったが、雪がかなり降っているので、その影響が気になった。
私はタクシーを止めて乗り込んだ。
窓の外、雪明かりに照らされて闇に浮かぶ都内の光景をぼんやり眺めていると、電話の着信音が聞こえてきた。
かけてきた相手の名前を見るや否や、私は急いで「もしもし」と出た。
― おまえ、ええ加減にせえよ
久しぶりに聞く彼の第一声にしてはひどすぎる。
― なんでぜんぜん電話出えへんねん?
「え?出てるけど…」
― ちゃうねん。おまえ、俺がさっきから何度電話してたと思う?
そういうことか。
着信履歴には、彼の名前が並んでいるに違いない。
「ごめん。さっきまで打ち上げだったから…」
― 打ち上げってあれか?前に聞いたバレンタインのイベントか?
「うん」
― どうやった?成功やったん?人いっぱい来たんか?
「うん」
― そっか良かったな。お疲れさま。
いつの間にか、彼の声が優しくなっていて、ホッとした。
― で、分かったん?
何が?と聞こうとして、すんでのところで質問を呑み込んだ。
暗号のことをすっかり忘れていた。
「ごめん、まだ…」
― え?まだなん?おまえ、これそんな難しい問題やないで。DEROの問題よりずっと簡単やで。
「もう酔ってて頭働かんし」
― なに都合のいい言い訳しとんねん。考えろや。最初の写真は何やった?
「…日の出」
― もうそっから間違っとるし。他の言い方あるやろ?
「…サンライズ」
― なんで英語にいくねん。もっとシンプルでええねん。シンプルで。
「夜明け」
― ちゃうシンプルて言うたやろ。朝の太陽はなんて言いますか?あ、まあ、このまんまでもええねんけど…
「え…朝日?」
― そう。次の写真はなんやった?
「軍艦巻き」
― なんで見たまんまを言うねん。
「お寿司」
― おまえ、アホか。俺より頭悪いんちゃうか。おまえの好物やろが。
「あっ…いくら?」
― うん。で、次は。
「ラーメン」
― 早いな。次なんやった?
「豚しゃぶ」
― 調子出てきたやんか。最後の写真は?
「きみ君」
― あんなあ、そんなんやったらいつまでたっても解けへんで。まあ、下の名前ってことは合っとるけどな。
今のはボーナスヒントやで、と彼は言った。
― 頭で考えるだけじゃわからんちゃうかな。なんかに書いてみ。
書く…
私はバックから手帳を取り出して、鍵となるはずの言葉を書き連ねた。
朝日
いくら
ラーメン
豚しゃぶ
きみたか
いや違う。
きみたかじゃない。
朝日
いくら
ラーメン
豚しゃぶ
きみたか× → ゆう
だが、書き出した文字を眺めてみても何も浮かんでこない。
私は何を見落としてるんだろう。
「お客さん、信号渡ったところでいいですか?」
タクシーの運転手がバックミラー越しに聞いてきた。
信号待ちの間、私がバックから財布を出そうとしていると、運転手がまたバックミラーを通して話しかけてきた。
「それ、符帳ですよね。文字を同じ『かな』とかにしたらわかるんじゃないですか」
携帯越しに聞こえたのかもしれない。
彼が笑いながら呟いた。
― ずいぶん親切な運転手さんやな。ヒント出しすぎや。
私は文字を全部ひらがなに書き直してみた。
あさひ
いくら
らーめん
ぶたしゃぶ
ゆう
え?
これ…
― 解けたみたいやな。じゃあ電話切るで。
「え?ちょっちょっと待って!」
私の呼びかけを無視して、「またな」と言って彼は一方的に電話を切った。
「面白いことを考える彼氏だね」
私に釣り銭を渡しながら、運転手はニッコリ微笑んだ。
私はタクシーを降りて、マンションの遊歩道に向かった。
雪はまだ深々と降り続いている。
遊歩道の石畳に積もった雪が、この夜の冷え込みで凍結し始めていた。
ヒールのあるブーツで滑らないよう、慎重に歩いた。
「おかえり」
凍てついた夜気の中で耳にした彼の声に、私の心がざわめいた。
これは彼なりのサプライズなのだろうか。
私は懐かしいシルエットに向かって走った。
短い距離なのに、何度も足をとられて、最後は彼が笑いながら転びかけた私の腕をつかんだ。
「おまえ、ホンマ、アホやな。雪なのにそんな靴履いて」
「だって、今日は雨って言ってたから」
彼はまじまじと私の顔を見た。
「どしたん、眼鏡なんかして。珍しいな」
「…そのフレーズ聞き飽きた」
落葉した街路樹や、遊歩道の左右にある植え込みがうっすらと雪化粧していた。
街灯の光がスポットライトのように、その幻想的な姿を照らしている。
「あんなん普通に言ってくれればいいのに。アイラブユーでも愛してるよでも」
「いやよう言わんわ。無理、絶対無理」
あれかてホンマはめっちゃ恥ずかしかったんやで、と彼は顔を赤らめた。
「いつもおまえんとこで、チョコ食わせてもらってるしな。逆チョコゆうのもあるって聞いたけど、結局、俺があげたもんを俺が食うことになるやろ」
「そうかもね」
「ぜったいそうやで。したら、女の人はチョコやなくても、花とかメッセージとかでも嬉しいもんやって、気持ちが伝わるもんがいいって聞いたから」
「だったらもっとストレートでいいのに」
「だからそれは言われへんて言うとるやろ」
この人、たぶん一生、もしかしたら死ぬ間際でも「愛してる」なんて言わないかも。
「だけど、俺が電話せえへんかったら、おまえ、ずーっと分からんかったんちゃう?」
「そんなことないよ」
きっとそうかもしれない。
なぜ電話をくれないのかと、泣いていた昨日の自分を思い出す。
白い雪の上を、街灯に照らされて、二つの影が寄り添いながら揺れていく。
音もなく降りしきる雪の中を、彼と歩いていると、このままどこまでも行けそうな気がした。
彼と一緒に見る雪は嫌いじゃない。
私は立ち止まって、天を仰いだ。
漆黒の空から舞い落ちる雪を受け止めるように両腕を広げた。
「何しとるん?」
彼が私の顔を上から覗き込んだ。
「プレゼント」
「プレゼント?」
「天からのプレゼントをもらってるの」
彼も空を見上げた。
「そやな。冬にしかもらえんプレゼントやもんな」
天からの白い小さなプレゼントは、私たち二人の周りに次から次へと舞い降りている。
「おまえ、プレゼントもらうんもええけど、顔中雪だらけやぞ。眼鏡とかすごいことになってるで」
彼は笑って、私の眼鏡を外した。そして頬の雪を優しく払いのけると、指で私の唇に触れた。
唇の上に残っていた冷たい雪が、彼の柔らかく温かい唇で瞬く間に溶かされる。
こんな雪の中で寒くてたまらないはずなのに、彼に抱きしめられ、私は体の内側から熱を帯びていく。
そのまま夢の世界にいざなわれるように、私はゆっくりと目を瞑った。
Fin
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
スミマセン
14日中にアップするはずだったんですが、0時を目前に書き上がっていた後半部分が、携帯の操作ミスで、なんとすべて消えてしまいました
マヂ凹みました
最初、しげの呪いかと思いました(世界まる見え見たよ
)
まあ携帯で書いてるとよくやる失敗なんです
PCだったらバックアップ機能があるからそんなことはないんだけど
でも最近はそういう場合
「きっと文章がイマイチだったから、文学の神様が消しちゃったんだよし
新しく書き直そう
」
と前向きに考えるようにしてます
それでも最初に書いた文章の呪縛に捕らわれちゃうんだけどね…
えーと、初めての連載でしたが、いかがでしたでしょうか。
時間に急かされるように書いた所もあるので、個人的に反省する点があったりもするのですが
感想やコメントを頂けたら、今後の励みになります
さて今日はCONTROLですね
早く寺西君に会いたいなっ
彼から豚しゃぶの写メが届いたのは、イベントの2日目が終わりに近づいた頃だった。
今朝、イベント会場に向かいながら、久しぶりに青空を見上げたような気がした。
太陽の日差しは、心を自然と前向きにしてくれるし、気持ちを奮い立たせてくれる。
それにしても、最終日に晴れるなんて私は本当についている。
バレンタインデー前日の追い込みとポカポカした陽気に誘われて、土曜日以上の、もちろんそれをはるかに超える集客で会場は賑わった。
開催日程では意見の相違があったクライアントと私だったが、オーガニックとフェアトレードとチャリティーというテーマでは、方向性が最初から一致していたので、この結果に全員が喜んだ。
日程のことで私に皮肉を言った上役からも「結果オーライだよ」と満面の笑顔で握手を求められ、やっと肩の荷がすべて下りた気がした。
「明日の夜、反省会を兼ねた打ち上げするから。君もぜひ」
明日の夜?
今回のイベントの担当者が申し訳なさそうな顔で近づいて言った。
「すみません。上司の予定が空いてるのが明日しかなくて」
うちの社員たちからも、なんでバレンタインの夜にと文句が出たんですが、と苦笑混じりで言われては、こちらは何も言えない。
なにしろクライアントあっての私たちの仕事なのだから。
次に繋げるための付き合い、営業活動だと割り切るしかない。
もちろん出席させていただきます、と笑顔で返した。
2日間のイベントは大きなトラブルもなく、無事に終わった。
撤収作業も比較的スムーズに終わり、最後の搬送トラックが会場を出るのを見送ってから、私はタクシーに乗り込んだ。
心地良い疲労感を座席シートに預けて、私は彼から届いていたメールに返事を出した。
『ドラマの撮影が終わったら、私におごらせて』
今のドラマが全部で何回の放送になるのかわからないが、普通に考えてオールアップは来月になるだろう。
撮影が終わったら、というのは私なりの気遣いのつもりだった。
とにかく、彼の仕事の邪魔になるようなことは一切しない。
それが、彼と付き合うようになった時、私が私自身に課した制約だった。
だから、私からは極力、電話もメールもしないようにしている。
だけど…
最近、彼の声を聞いたのはいつだろう。
最後に、彼と会ったのはいつだろう。
たぶん、もう1ヵ月以上、彼と会っていない。
声を聞いたのも、ドラマの初回オンエア前にかかってきた電話が最後だと思う。
彼からずっと連絡が来ていないことは分かっていた。
でも、今はお互いに忙しい時だからと自分に言いきかせてきた。
会いたい気持ちを心の奥底に封じ込めて、何重にも鍵をかけた。
だから、久しぶりに彼からメールが届いた時、呪縛から解放されたように気持ちが弾んだ。
嬉しさが先に立って、いつものように電話ではないことに最初は疑問すら抱かなかった。
どうして電話をくれないの?
あなたの声が聞きたいのに。
ううん、違う。
本当はあなたに会いたい。
会いたくてたまらない。
でも、会えないのなら、せめて声だけでも聞かせて。
まるで心のダムが決壊したみたいに、彼への想いが溢れ出して、自分の力じゃ止められない。
息が詰まりそうになるほど苦しくなって、私は胸の前で両手を握りしめた。
どんな気持ちにも耐えられるよう、幾重にもかけたはずの鍵は、いったい、いつ外れてしまったのだろう。
自分の気持ちから目を逸らそうと、私は固くぎゅっと目を閉じた。
2月14日まであと1日。
To be continued…
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
連載って…
大変ですね(笑)
各新聞の朝刊に毎日連載小説が掲載されていますけど…
私みたいに1話分のボリュームもテキトーで、明日で連載終わりなんていうのとは格が全然違います(そりゃそうだ)
さて、明日が連載の最終話となりますが、どんなラストを迎えるんでしょうか?
私もわかりません(笑)
この回まではほぼ書き上がっていたんですが、最終話だけまったく手付かずです。
明日、ちゃんとアップ出来るのかなあ
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まだ空が暗いうちから、私は自宅を出た。
昨日から夜間も降り続いていた雪はいつの間にか止んでいて、私はちょっと安堵した。
このまま雪が降らずにいてくれたら助かるんだけど。
マンションの前の歩道が少し凍結していて、うっかり足をとられそうになった。
私はタクシーをつかまえて、会場へと向かった。
タクシーの窓から、都心らしいモノクロームの雪景色を眺めた。
圧倒的に多いグレーに黒、そして中途半端な白。
子供の頃は、雪が降るとワクワクしたものだった。
まだ誰も足を踏み入れていない新雪の上で、キュッキュッと雪鳴きの音を立てながら、自分の小さな足跡をつけてはしゃいでいた。
かまくらに憧れて、庭の雪を一生懸命かき集めたっけ。
結局、豪雪地域でもない所では、雪の量が足りなくて、雪だるまにしかならなかったけど。
雪を嫌いになったのはいつからだろう。
毎朝通勤ラッシュにもまれ、社会的な責任を求められ、信用を失うリスクを避けるようになり、心にゆとりのない大人になってからだろうか。
そういえば、昨日更新された彼のブログでは『寒いの嫌い』って書いてあったけど、雪が嫌いとは書いてなかった…
今日も、彼はドラマの撮影なのかな。
昨夜、深夜番組の新しいコーナーに彼がメンバー全員と出演していた。
内容があまりに可笑しくて爆笑しながら見ていたけれど、そのうち不思議な気持ちになってきた。
テレビの中のこの人と、私は本当に付き合ってるの?
もしかしたら、今、私はとてもとても長い夢を見ているとか?
放送後、浮遊感にも似たモヤモヤとした疑問を抱いたまま、私は眠りについた。
だからだろうか。
今朝方見た夢に彼が出てきた。
ただ、その夢があまりにもリアルすぎて、目覚めた時、どうして隣に彼がいないんだろうと思ってしまったのだけど…
その時、タクシーが会場に近づいたのを見て、私は仕事モードにスイッチを切り替えた。
イベントの幕が開けた。
始まる前にまた雪が舞い始めたが、会場が商業ビルの中という立地条件と、それに連動したバレンタイン需要のおかげか、当初危惧していたほど客の入りは悪くない。
ちょっとだけ、肩の荷が下りたが、まだ油断は出来ない。
午後からまた本格的な雪になる、という予報が出ている。
スタッフとお昼の仕出し弁当を食べている時に、彼からメールが届いた。
『塩味やで』というメッセージと一緒に、温かそうなラーメンの写真が添付されている。
思わず微笑んだ。でも…
なぜメールなの?
いつもメールは面倒がってしない人なのに。
なぜ電話じゃなくてメールなの?
しかもこんなにマメに送ってくるなんて彼らしくない。
バレンタインが近いから?
何か期待してるのかな?
この前、ラジオでもたくさんチョコが欲しいみたいなことを言ってたし…
あれはリスナーへのリップサービスで言ってたんと違うの?
「え?なにそれ、おまえ、コーヒーを豆から挽くん?」
彼が好奇心の眼差しで、私の手元のミルを覗き込んできた。
「俺、豆でなんか買うたことないで」
「豆の方がね、酸化が進みにくいから美味しく飲めるの」
「こんなん映画でしか見たことないよ」
挽いてみる?と聞くと、欲しかったおもちゃをもらった子供みたいに、ニコニコしながらミルを挽き始めた。
ガリガリと豆が挽かれるたびに、コーヒーの芳香が部屋に満ちていく。
「あ、そや、チョコある?」
「もちろん」
私は冷蔵庫から出した箱を彼の前に並べた。
「ピエール・マルコリーニ、これはパイヤール、あとフェアトレードのチョコ」
「なんやカタカナばっか言われてもようわからん」
「どれがいい?」
「どれでもええよ。美味しいやつ」
「ええ?どれも美味しいんだけど」
「じゃあ…」
― おまえが俺にあげたい思てるチョコでええよ…
あれはたしか、ツアー前のことだったかな。
あの時は結局、味見と称して3つとも食べちゃったけど。
うちに来れば、チョコレートを常備してるからいつでも食べられるのに。
それでも、バレンタインデーという日にはチョコレートをもらいたいものなの?
14日に彼と会う約束はしていないけれど、何か用意しといた方がいいのかなあ…
会場に戻ると、雪が雨に変わったという報告を受けた。
それなら、積雪の影響は明日には及ばないだろう。
しかも、天気予報によると明日は晴れで、明後日のバレンタインにまた雪か雨が降るらしい。
クライアントの若手社員が私に向かって、天気を味方につけましたね、と笑顔を向けた。
2月14日まであと2日。
To be continued…
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最後の回まで彼を出さない予定だったのですが、自分が耐えられなくなりまして(笑)、回想という手を使って出しちゃいました
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うん…
この話の通りに、夢に出てきちゃったんですよね…
うん…
夢の内容は言えませんけども…
今日は、V6の坂本君が主演している舞台「ゾロ・ザ・ミュージカル」を観てきました
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むちゃくちゃ楽しい
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とにかく痛快
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フラメンコが超カッコイイ
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フラメンコギターを演奏されてる方とか、外国人のダンサーさんはプロの方みたいですね。
ダンスの技と迫力が違う
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でも坂本君も全然負けてない
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とてもレベルの高いミュージカルです。
アンコールはフラメンコの競演
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ミュージカルが好きな方は観に行って損はないですよ
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昨日は0時をまわる前に帰宅出来たおかげで、彼のラジオ番組を途中からだったが聴くことが出来た。
ただあまりに面白すぎて、ご近所迷惑にならないように、大爆笑しそうになるのを抑えるのが大変だったけど。
『お願い
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と彼にメールを送った。
そのあと、彼から電話が来るかもと携帯を片手に待っていたうちに、いつしか眠りに落ちたようだ。
結局、彼から電話がなかったことにちょっぴり寂しさを感じたけれど、今はそんなことで落ち込んでいる場合ではない。
私の目下の心配事は、連休中の天候。
昨晩、ラジオが終わった時間には、まだ雪は降り始めていなかったが、朝、自宅を出る時には空から白いものが舞い始めていた。
イベントの会場はインドアなので、イベントそのものが天気に左右されることはない。
が、みぞれ混じりの雪が止む気配は今のところなく、明日の朝までに、どれくらい積もるのかが気になる。
一番の気がかりは、会場までの足となる交通機関だった。
確認のため頻繁に入る業務連絡の合間に、彼からのメールが飛び込んできた。
『おまえの大好物やろ』
どこかの寿司屋なのか、それともケータリングか。
艶々したイクラが美味しそうな軍艦巻きの写真。
時計を見ると、午後1時を回っていた。
こっちはランチすら取れるかどうか分からないというのに。
それでも、撮影で忙しい合間を縫って、写メールを送ってくる彼の気持ちが愛おしい。
『撮影おつかれさま
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返信した途端に空腹感を覚えた。
なんて正直な私の胃袋。
あっ、そういえば、この近くに新しくオープンしたイタリアンのお店があったっけ。
もし行けそうだったら…
しかし、イタリアンでランチの夢は一瞬で露と消えた。
会場を飾る花が到着予定時刻を過ぎたが届いていないと、会場設営のスタッフが報告してきた。
ステージ周りや会場全体を飾る生花である。
午後から作業に取りかかる予定になっていたが、この時間に届いていないとなると、作業スケジュール全体が押してしまう。
ドライバーとなんとか連絡が取れたが、到着まであと1時間は遅れるらしい。
設営スタッフに遅い昼休みを取らせて、私はコンビニでおにぎりを買った。
作業スケジュール表とにらめっこしながら食べるおにぎりは、なんとも味気ない。
花以外は設営も順調に進んでいたが、やはり外の様子が気になる。
会場のロビーに出て外を眺めた。
雪は降り続いているが、地面は濡れているだけで、思っていたほど積もってはいない。
だが、このまま夜になって冷え込んだら濡れた道路は凍結するだろう。
積雪でも交通に影響するし、どちらにしても、この状況が好転するとは思えない。
ネガティブな気持ちが私の頭の中を支配し始めた時、クライアントの上役が外から入ってきた。
私を見かけて、おつかれさまと笑顔で声をかけてきたが、私を見る目は笑っていない。
「日曜からの方がお天気良さそうだねえ。明日の動員はかなり厳しくなるんじゃないかな」
最初から自分たちが希望していた日程にしていれば良かったと、言外に匂わせた皮肉。
瞼の裏がカッと熱くなった。
午後に雪が上がればなんとか…そう答えながら、私は止む気配のない雪空を振り返った。
ふと、この降りしきる雪の中で彼も撮影しているのかしら、と思った。
彼を思うことで、心がリセットされる気がする。
その時、生花のトラックが到着したという報告が届いて、私は駆け出した。
2月14日まであと3日。
To be continued…
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
『沈まぬ太陽』を見ながら、作品を仕上げるのは至難の業でした。
映画を見始めた時は、あまりの重々しさに気持ちが負けそうになりました。
映画『クライマーズ・ハイ』も重かったけど、加害者側の立場からというのは、被害者側や報道側とは違う厳しさがありますね…
でもなんでしょう。
ラストシーンのあの清々しさ、神々しさ。
俗な話で申し訳ないのですが、私、昔から新婚旅行はケニアに行きたいと公言してました。
合コンでそれを言って、男性陣全員に思いっきし引かれたこともあります
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新婚旅行でケニア。
よくないですか?
あの太古から続く大地に立ったら、いろんな雑念やら、ちっさい悩みやら、パーンと捨てられそうな気がするんですよ。
で、2人で0からスタート出来るような気がするんですよ。
早朝サファリくらいしかやることがない場所で、大きな太陽が沈む時間まで、木陰やロッジのバルコニーで、これからのライフワークや2人で始める生活について、いろいろ本音で語れそうじゃないですか。
でも、それは私の幻想なんですかね?
いまだにこの夢、あきらめてませんけど(笑)
というわけで、短編の続きです。
関東の皆さま、雪はまだまだ降り続いてますね。
明日の朝までには積もって、凍結しそうな模様…
明日、外出される方、お仕事に行かれる方、足元にご注意くださいね。
ちなみに私も明日は外出です(笑)
彼からメールが届いた。
いつも電話の彼がメールだなんて珍しい。
『おはよう。今日もがんばろな』
というメッセージと一緒に、いつどこで撮ったのか、ビルとビルの谷間から昇る日の出の写真が添付されていた。
こんな写メを送ってくるなんて、今朝はよほど機嫌がいいのかしら。
彼が楽しく充実した仕事をしていると思うと私も嬉しい。
『了解
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絵文字の
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駅に向かって歩きながら、所々青空がのぞく曇り空を見上げた。
これから晴れるのか、崩れるのか。
先の天気が読めない、微妙な空模様ではあったが、私は足取り軽く会社に向かった。
しかし、職場に着いた途端、浮かれた気分は一蹴された。
4日後に迫ったバレンタインデーに向けて、都内の各所ではいろいろなイベントが行われる。
私が担当するイベントの開催は、14日直前の土日の2日間。
というわけで、大詰めの準備と最終の確認作業が私を待ち構えていた。
さらに。
午後になって気象庁が発表した連休中の天気予報が、嫌なプレッシャーとなってのしかかってきた。
連休始めの2日間は雪の予報。
土曜日、どのタイミングで雪が止むかで、イベントの動員数は大きく変わる。
それは大きな問題だった。
というのも。
今回のイベント、バレンタインデー当日の開催を強行に主張していたクライアントと、集客力を考えて土日の開催を勧める私と、最初から意見が衝突した。
私は過去の実績やリサーチ結果など目に見えるデータを持ち出して説得し、最後に渋々ながら土日開催に同意してもらったという経緯がある。
天気を味方につけられず、クライアントを落胆させる結果になってしまったら、目も当てられない。
最悪の結果を考え始めたら、胃がキリキリと痛み出した。
今朝の彼からのメールなど、すっかり忘却の彼方だった。
2月14日まで、あと4日。
To be continued…
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
先週に引き続いて、ヨコヤスのレコモン(笑)を聴いてますけども
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なんかーめっちゃ新鮮な感じして、ちょっと楽しいです
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てか
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おーくらさんと遊びすぎでしょ
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あっ
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今回の短編集ですが、タイトルにVol.1とあるように連載になってます。
なので、妄想の対象は出てこないし、萌ポイントはどこにもないし、ラブ要素もまったくないし…で、面白くなかったと思います
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でも、連載なのでこれから毎日続きをアップします
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最後にはご満足いただける内容になってると思いますので(たぶん
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しばらく我慢して読んでいただけたら幸いです…
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「寒っ」
タクシーを降りて外に出た途端、突き刺すような冷たい風が足元をすり抜けていった。
身を震わせる寒さに追われるように、私はマンションの入口に駆け込んだ。
もう3月も下旬だというのに、冬の寒さがずっと続いている。
2月、実家の庭の紅梅が満開に咲き誇っているのを見た時は、春も近いという感じだったのに。
クロゼットの中でスタンバイしているスプリングコートの出番は、いったいいつ来るのだろう。
エレベーターの中で私は腕時計を見た。
深夜1時を回って今はほとんど2時近い。
かなり遅くなってしまったけれど、ホテルを出る時にシャワーを浴びてきたし、このままベッドに入れば、明日の仕事に支障をきたすことはないはず。
そんなことを冷静に考えながら、数十分ほど前、別々にホテルを出た相手のことを思う。
あの人はいつも通り、石鹸とシャンプーを使わずに帰った。
前に一度、明らかに自宅のものとは違う石鹸の香りを奥様に指摘され、その言い訳にかなり苦労したらしい。
私も、その話を聞いてからは香りに気を使って、あの人と会う時は香水をつけないようにしている。
エレベーターを降りると、またひやりとした空気が体を包みこんだ。
私は、静まり返ったマンションの暗い廊下を、足音を忍ばせて自分の部屋へと向かった。
もうかれこれ3年続いている、前進も後退もない、不倫という名の関係。
つかの間の逢瀬の時だけ燃えあがる刹那的な行為。
そこにめくるめくような魅惑を感じていたからこそ関係が続いていた。
でも最近、そんな自分を覚めた目で見つめている、もう一人の自分がいる。
― あんた、何やってるの?
私の中にいるもう一人の私が、私に冷たく問いかけてくる。
理由はわかってる。それは…
思いを巡らせた時だった。
普段と違う気配を察して、私は部屋の手前で足を止めた。
私の部屋のドアの前に誰かが立っている。
こんな真夜中に誰が?と、恐怖が先に立って全身が総毛立った。
逃げようと後ずさりし始めた時、その黒い影が動いて、見覚えのある顔が夜の薄明かりに浮かんだ。
「びっくりした…何、してるの」
動揺した私の口から当たり前の質問が飛び出した。
すると、もう一人の私が突然現れ、意地悪くささやく。
― 嬉しいくせに。ずっと会いたかったんでしょ。
周りが暗くて、相手に自分の表情を見られないことに安堵した。
「あの、えらい遅いんですね。お仕事ですか?」
「あ…ええ」
ふと、自分の髪から漂うシャンプーの香りが気になった。
「あ、すんません。こんな時間にびっくりしますよね」
「ていうか…どうしたの?」
「いや…さっきラジオの仕事が終わって…それでちょっと通りがかったんで…」
人見知りだと自分で言っていた彼の声がだんだん小さくなる。
「でも、留守みたいやし帰ろうと思ってたとこで…」
最後はボソボソとほとんど聞き取れなかった。
「そう…ごめんなさい。いま…年度末でいろいろ立て込んでて…」
喉の奥に何かが詰まっているみたいに言葉が上手く出てこない。
その後の私の沈黙を彼は拒否と誤解したらしい。
「あっホンマにすんません。もう遅いし、俺、帰ります!」
と言って、あっさり行こうとする彼の背中に、待って、と私は声をかけた。
振り返った彼の横顔の美しさにドキッとしながら思う。
声をかけたのは、いったいどっちの私なんだろう。
もう一人の私は、様子を伺うように沈黙を守っている。
「帰る前に、あったかい飲み物でも飲んでって」
*******************************
お湯を沸かしながら、棚から普段は使わないマイセンのカップを取り出した。
紅茶の缶を軽く振って、キッチンカウンター越しに、リビングのソファーにかけている彼をちらりと見る。
手持ち無沙汰なのか、緊張しているのか、彼は自分の手をひたすら見つめている。
素の彼と会うのは久しぶりだった。
とはいえ、冬クールのドラマに出演していた彼を毎週テレビで見ていたこともあって、久しぶりという実感はあまりない。
こんな風にプライベートで会うのはこれで2回目、いや、最初の出会いを入れれば3回目か。
去年の12月。
仕事先の階段から転げ落ちて足を挫いた私を、たまたまその場に居合わせた彼が、病院まで連れていってくれたのが最初の出会いだった。
あの時「乗りかかった舟だから」と、彼は病院からこの部屋まで私を送ってくれた。
彼が誰なのかよく知っていたけど、あの時はあまりの足の痛みに気を遣う余裕がなくて、彼の厚意に遠慮なく甘えた。
ただ、もう会うこともないだろうと思っていたのに、1週間後、足の具合は大丈夫ですかと、会社に電話がかかってきたのには正直驚いた。
それで、お世話になった御礼にと、私から食事に誘ったのが2回目。
その時、特別何かがあったわけではない。
1月から始まる彼の出演ドラマの話、4月からのソロコンサートと楽しいメンバーの話題、そして私の仕事の話を少しだけして、お互い頑張ろうね、と健闘しあっただけだ。
ただ…
不思議と居心地が良かったことが強く印象に残った。
コンサートのプランを生き生きと語る彼の目の輝きと柔らかい声と美しい手の動きに、似たような仕事をする立場から魅了された。
そして、大好きなメンバーについて熱く語る彼の幸せそうな笑顔から目が離せなかった。
魔法にかけられた、そんな気がした。
そう、あの日からだ。もう一人の私が現れたのは。
それは、あの人と会っている時、冷ややかに語りかけてくる。
― ねえ、楽しい?この人と一緒にいて、あなた幸せ?
体と心が乖離するような感覚に襲われ、SEXの最中に吐き気をもよおしたこともある。
心ここにあらずということもたびたびあって、あの人も私の異変に気づいたらしい。
今までひと月に2回程度しか逢おうとしなかったのに、この最近は毎日のように連絡をしてきて、週一のペースで逢っている。
そんなあの人を最近、面倒くさいと疎ましく思う自分がいる。
ポコポコとお湯が沸く音がした。
私は火を止めて、沸騰した湯をティーポットに注いだ。
立ちのぼる湯気とともにダージリンの芳醇な香りが部屋に立ち込める。
「いつもこんなに遅くまで仕事なんですか?」
「いつもじゃないけど…時々ね」
部屋の温度と温かい紅茶で身体が温まったからか、ようやく気持ちが落ち着いた私は冷静に答えた。
「へえ、大変ですね」
「そっちは?もうすぐコンサートでしょ?」
「初日が大阪なんで…来週リハがあるから地元に戻るんですけど」
関西弁のイントネーション混じりの標準語。
お酒が入ると関西弁の方が多くなる。私はその方が好きだった。
「あの…良かったらコンサート、来てくれませんか?」
大阪やなくて東京のですけど、と慌てて言い添える。
私は思わず笑い出しそうになるのをこらえた。
彼には内緒にしていたけれど、彼とこんな風に出会う前から、私は彼のグループのファンクラブに入っていて、今回のソロコンサートも、長崎の公演を取っていた。
誘ってくれた東京公演は、残念なことに落選だったけど。
来てくれませんか?という言葉は、関係者席を私のために用意しておくから、という意味だと予想はつく。
でも、それは彼に対して、というより自分に対してフェアじゃない気がした。
私は普通に一人のファン、エイターの中の一人でありたかった。
「行きたいんだけど…ちょっと予定がわからないから…」
私の言葉に、彼がガッカリした様子をあからさまに見せた。
長崎に行くことを言ってあげたかったけれど、それを言ったら私がファンクラブに入っていることがバレてしまう。
出来ればそのことは秘密にしておきたかった。
「でも、もし来られそうだったら連絡くれますか?席、用意するんで」
伺うように私を見る真っ直ぐな視線にたじろいだ私は、目を伏せて、ええ、もちろんと答えた。
でも、おそらく彼に連絡を取ることは二度とないだろう。
胸の奥で、何かがぎゅっと絞られるような鈍い痛みが走った。
そのあとは静かな室内に、ティーカップとプレートが触れ合う繊細な音だけが響いた。
この前はアルコールに助けられたのもあるだろうけど、話が弾んで止まらなかったのに。
会話のきっかけを探してみたけど、ドラマの感想程度のありきたりなことしか浮かばない。
「紅茶、もう少し飲む?」
これは会話じゃなくて質問だ。
彼は空になったカップをテーブルに置いて首を横に振った。
「もう帰ります」
ドアの向こうに彼の姿が消えた。
その背中を見送った私は、知らずため息をついた。
職場の後輩が、私がため息をつくたびに「幸せが逃げちゃいますよ」と言っているけれど、本当にそうかもしれないと思う。
でも、彼は違う世界に住む人。
私が彼を求めるのは間違ってる。
たとえ向こうから歩み寄ってきたのだとしても。
カップを流しに置いて蛇口をひねった。
垂直に流れ落ちる水と一緒に、自分の中にある未練も流してしまえたらどれほどいいだろう。
カップの中に溜まった水が湧き水のように溢れ出した。
溢れた水は留まることなく排水口へと吸い込まれていく。
…未練?
この気持ちは未練なの?
まだ何も始まってもいないのに?
二人で過ごした時間は1日24時間にも届いていない。
私は蛇口をキュッと締めた。
違う。
本当に流したいものは彼への気持ちじゃない。
私は携帯をつかんで、部屋を飛び出した。
マンションの外に出た途端、凍てつくような夜の冷気をまともに浴びて、ブラウス1枚のまま出てきたことに気がついたけれど、部屋に戻る気はなかった。
私はタクシーがいつも並んでいる大通りの方に走った。
もういないかもしれないけど…
自然と足が早まる。
*******************************
大通りには彼はもちろん、人一人歩いてもいなかった。
こんな深夜遅い時間に利用者がいるわけもなく、数台停まっているタクシーもドライバーは仮眠中だろう。
寒さに震えながら、携帯を開いて1つの番号をアドレスから探す。
最初に食事をしたあの日に教えてもらった番号。
それからまだ一度もかけたことがない番号。
そして絶対かけないつもりだったはずの番号。
見つけると、ためらいなくダイヤルボタンを押した。
呼び出し音が長く感じられた。
耐えきれずに切ろうとした時、はい、と彼の声が返ってきた。
そのとき、私は彼に伝える言葉を何も考えていなかったことに気がついた。
「あの…私…わかる?」
しばらく間があって、わかりますよ、登録してありますから、と微かな笑いとともに彼が答えた。
― どうしたんですか?
「…あの…」
どうして、一番伝えたい言葉は、一番必要な時に、素直に出てきてくれないんだろう。
「…私…行くから」
― え?
声が震えてとまらないのは、寒いから?それとも不安だから?
「…行くから。長崎に行くから」
― 長崎?仕事?
「あなたのコンサート。私、長崎まで行くから」
一瞬、間があって、それから戸惑ったような彼の声が返ってきた。
― え?なに?長崎?え?なんで?
「入ってるのファンクラブ。あなたに会う前から、ずっと前から…」
― ウソ…
「ウソじゃない」
― ホンマに?
「ホンマに」
― なんで?
「なんで?」
思わずオウム返ししてしまった。
彼もすぐに自分のおかしな質問に気づいたらしい。
― あ、好きやからか
と言って笑った。
― でも、なんで今まで言わんかったんですか?
なんでだろう。
自分の気持ちのように実体のないものを説明するのって難しい。
「距離…かな」
― 何の、距離?
「あなたとの距離。近づくのが恐かったの。だから」
― それは、俺のこと好きやないってことですか?
私は首を横に振った。
どうせ彼には見えないとわかっていたけど。
「私の…独りよがりの気持ちで終わっちゃうんじゃないかって…なんか、それがすごく恐くて…」
彼からの返事はない。
「だから、何も言わないでいようって、思ったの。今まで通り、エイターの一人でいようって、思ったの。だから、あなたに連絡するつもりなんて、全然なかったの」
自分の気持ちを上手く表現できないもどかしさと、歯が鳴ってしまうような寒さで、唇が、声が、震えた。
「でも…ごめんなさい、電話しちゃった…」
電話の向こうからは、沈黙しか聞こえてこない。
急に泣き出したくなった。
いったい私は何を勘違いしてたんだろう。
「…ごめん…本当にごめんなさい…もう、もう二度と…」
電話なんかかけないから、言おうとして声が詰まった。
「風邪ひくで」
突然、彼の声がはっきりと耳元で聞こえた。
それに驚く間もなく、私の体は暖かさに包まれ、冷えきった背中に人の温もりを感じた。
肩から掛けられた彼のコートと、後ろから私を抱きしめる彼の腕を信じられない思いで見つめる。
彼はここにいないはずなのに。
私は夢でも見ているのだろうか。
「何してんねん。こんな冷たくなって。あんた、アホちゃうか」
責めるような口調の端々に、私を気遣う優しさが滲んでいる。
「…どうして…?」
彼は手に持っていたビニール袋を私の前に掲げた。
「コンビニに寄ってた」
私はマンションと大通りの間にある24時間営業のコンビニを思い出した。
「肉まんがめっちゃ美味しそうやってん」
「…肉まん…」
この奇跡はコンビニの肉まんのおかげなの?
混乱した気持ちからか、とんちんかんな考えが頭をよぎる。
「そや。半分こ、せえへんか」
不意に温かいものが自分の頬を伝うのを私は感じた。
この涙は何?
さっきまで耐えていた辛い涙?
それとも嬉しくて流れる新しい涙?
半分に割った肉まんを手渡そうとした彼が、私の涙に気づいて戸惑いながらも笑って言った。
「いや、そんな泣くほど、肉まん喜ばれても」
私もつられて笑った。
意識してなのか、無意識なのか。
彼の軽口が私の中の緊張を一気にほぐしていく。
涙をぬぐうと、ホカホカした湯気を出している固まりを、かじかんだ手で受け取った。
その温もりが冷たくなった指先をじんわりと暖めていく。
私は、彼が自分の分を口にするのを見てから、いただきますとほおばった。
「あったかいやろ」
肉まんも、彼が掛けてくれたコートも、彼の優しさも、あったかい。
笑顔で頷いた私に、彼が「ところで聞きたいんやけど…」と視線を外して問いかける。
「誰が好きなん?」
私は彼の目を見て即答した。
「みんな」
「ウソやん」
「ウソやないよ」
「いや、ぜったいウソやって」
「ぜったいウソじゃない」
そう、それは本当。
だって、私は彼のいるグループがホンマに好きだから。
でも…
「でもね…肉まんのポイントは思った以上に高いかな」
彼が小さくガッツポーズするのを見て、私は笑った。
それでも、現在進行形の恋を終わりにしようと決意するほど、あなたを好きになるなんて、思ってもいなかったけれど。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
先々週あたりからコツコツ書き溜めていたお話です。
いかがでしたでしょうか。
後半、書きながら、めちゃくちゃ肉まんを食べたくなりました(笑)
特に、会社帰りの電車の中で書いてる時とかね、肉まん食べたいモードがハンパなかったです。
さて、私のことをよくご存知の方は薄々気づいているとは思いますが、「私」は私じゃありません。
そもそも仕事の設定が違いますし、一人暮らしもしてません(笑)
というわけで、まあ、「私」は基本的に架空の人物の設定になっています。
はい・・・(笑)
でも、そうは言っても、自分の分身みたいなものですから、考え方とか行動とか、私とかぶる部分もあるんですけどね。
あ、この話は去年の3月という設定です。
たしか、めちゃくちゃ寒かったですよね。
4月の初めに、職場のあるビルが早々と暖房を切ったこともあって、「ざけんなー!」と怒りに震えた記憶があります。(イヤな記憶だな)
イヤな記憶はさておき、金曜日のマルちゃんの日記、読んでて、ますます横山さんに心動かされてしまう自分がおりました。
どうしよう、ホンマに彼のすべてがイチイチ素敵すぎて惚れてしまう。
でも…
残りあと3回でエッセイの連載を終えるしげさんに、ちゃんと感想を送ってあげたいと思うのです。
しげさんは、しげさん。
横山さんは、横山さん。
別々やし。
別々やし、という意味は自分でもよくわかんないけど。
― 朝やで。おはよう。
彼の明るい声が、携帯越しに私を眠りから目覚めさせた。
携帯を手にしたまま、寝返りを打つと、ホテルの窓の外が明るくなっている。
私はモソモソした声で、おはようと返した。
(もしもーし。どなたもいないんですかー?)
「…オーラスの後なのにずいぶん早起きだね…」
(昨日、おまえに電話出来ひんかったからな。ゴメンな)
私のちょっと皮肉まじりの一言に、彼がストレートで返してくるなんて意外だった。
私は体を起こすと、枕を背に当てた。
「元旦に電話くれたじゃん」
(あれは…あれ電話言わんやろ)
カウントダウンライブの後、慌ただしい最中に電話をくれた彼だったけど、「あけおめ!ことよろ!またな!」と、一方的に言って電話は切れた。
あまりにあっという間で、私はしばらく訳がわからず、携帯を呆然と眺めていた。
「ツアーおつかれさまでした」
彼には見えないけれど、私は頭を下げた。
(おまえもありがとな)
「何が?」
(まだ寝ぼけとんのか?ツアーいっぱい来てくれたやんか。北海道から…)
彼の後を引き継いだ。
「広島…次が仙台…。あの仙台の時、風邪ひいてたやん」
(鼻水が止まらんかっただけや。風邪やないで)
「ねえ、仙台の前に一緒に海行ったでしょ。あの時、風冷たかったじゃん…」
(海行ったん関係あらへん)
「ん、じゃあ…夜遅くまで狩りしてたからかな」
(ま、そういうことにしとこか)
ホンマはそうやない思うけどな、と彼は小声で付け足した。
「東京の時は元気やったね。あ、セットリストが変わっててちょっとビックリした」
(冬っぽくて良かったやろ)
「うん。『Do you agree?』と『DIVE』が入ってたし、『ブリュレ』があってめっちゃ嬉しかった!」
(そっちか!冬とまったく関係ないやんか)
「あっそういえば『snow white』のソロパート変えてきてたね。でも違和感なかったよ。それってすごいよね」
(んー何がすごいんかわからんけどな)
東京ドームで披露したクリスマスバージョン。
日程でクリスマスに一番近かった名古屋でもやってくれたら良かったのに、と愚痴ってみた。
(あれ、そういや仕分けの時、見んかったな)
「何を?」
(名古屋でおまえが着てた、あのヒョウ柄のエッチぃな服)
「ああ、あれちょうどクリーニング出してて…」
(なんやあれ、ホンマビックリしたわ。えええっ?それおまえなん?みたいな感じやったからな。あの時、俺、めっちゃ振り返ったやんか)
「うん、ありがと、振り返ってくれて」
(アホ!めっちゃ焦るわ。あんな露出した…おまえ、楽しそうに着んなや)
「でもみんな露出が多い服の方が嬉しいんでしょ」
(そらそやけど)
おまえは別やから…照れくさそうにそう言ってくれる彼の言葉が素直に嬉しい。
(あとあれや、大阪ん時のあの服、目立ってたなー。あの大量についた安全ピン、ありえへんやろ)
「服が目立ってたんじゃなくて、席が良かっただけだよ」
(また正面おったもんな)
「あ、でも…あれ、かっこよかったよ。ロープで上がってくの。なんか、うわーアイドルやーって感じだった」
(なんや感じって。どっから見ても完璧なアイドルやろ。おまえ、馬鹿にしとんのか?)
「違うよ。ホンマに素敵やなあって見てたんだから。ねえ、きみ君って帽子とか被り物とかめっちゃ似合うよね」
(なんやどさくさに紛れて被り物て)
「お醤油!私あれが一番気に入ったかも。お寿司もみんな可愛くて、なんかのキャラクターみたいだったし、めっちゃ楽しかったよ」
「やっぱりな、あれめっちゃ評判良かったんやで。ただなあ、来年のハードルまた上がりすぎたな」
ひとしきり、その「寿司ネタ」とじゃあ来年は何やる?話で盛り上がった。
(なあ寿司もええけど、ライブの感想ほかにないんか)
「最初から最後までめっちゃカッコ良かったよ。歌もダンスもバンドも」
(いきなしまとめに入ったな)
電話の向こう側で彼が笑っている。
「黒スーツみんな似合ってて超ステキだったし。あ、でも、足を出してるきみ君も好き」
(ふくらはぎが好きなんやろ?もう、おまえが好きって言うん、音楽とぜんぜん関係ないとこばっかしやな)
音楽かあ…
「あっそだ。『って!!!!!!!』のソロのとこ。ヤスの肩に手かけて歌うじゃん。あれ、めっちゃカッコよかったよ。ヤスのギターも超カッコいいし」
最後の一言はいらんやろ、ボソッと聞こえてきた彼の言葉は無視することにした。
「後半のロックメドレー、大倉君のドラムソロから始まるじゃん。あれめっちゃヤバいって。ホンマに。大倉君のドラム、毎回進化してるよね。聴いててすっごいワクワクするの。で、マルのベースにヤスのギターが入ってセッションするでしょ。あれ、めちゃくちゃカッコいい!『Baby Baby』ん時のヤスのギターテクも痺れるくらい好きなんやけど、やっぱりね、ロックメドレーのヤスのギターがいっちばん最高って思う」
ちょっと間。
(…おまえ、なんやねん。俺の耳元でヤスヤスヤスヤスヤスヤスて。ヤスの名前連呼してなに興奮してんねん)
「えーそんな何度も言ってないでしょ」
(アホ、いま俺にはそれくらい聞こえとったぞ。もうむちゃくちゃ倍増されて聞こえてんやからな)
他のメンバーのことをカッコいいとか好きとか言うと、彼はいつもこう。
でも、メンバーを誉められて一番喜ぶのもこの人。
その証拠に、言葉尻には嬉しそうな響きが混じっている。
「あ、私ね、きみ君のシャララーンってやる時の指が好き」
(なんやそれ。そんなん指が好きとか言われても、ぜんぜん嬉しかないわ)
他の人が聞いたらどうでもいいような他愛のない会話を毎回のように交わして、気づけばもう1年の付き合い。
でも、なんでもないような言葉の端々に、相手への想いを含ませたり、照れ隠ししてみたり。
人は器用で、そして面倒くさい生き物だなって思う。
(他にどの曲好きやった?前、アルバム出た時に『モノグラム』好きや言ってたな。『泣かないで僕のミュージック』もサビ聴いた途端に泣ける言うてたやろ)
「『泣かないで』は、あの宝塚みたいな電飾ついた大階段で並んで踊るじゃん。あれすごく素敵」
でも、サビで斜めのフォーメーションになる時に、一番上の段に間に合うか、毎回気になってたんだけどって言ったら、俺もやと笑ってる。
「『ほろりメロディー』のダンスもめっちゃ好き。手の動きが超色っぽくて」
(あとダンスで好きなんは『ブリュレ』か)
「あれはヤバいよ。めっちゃテンション上がるもん。あと『モノグラム』の振付も覚えやすくて好きだな。一番最初にきみ君のソロパートもあるし」
(俺も『モノグラム』好きやな)
「あっでもね、みんな踊らなくてもカッコいいって今回初めて思ったよ。『浮世踊リビト』、ゴンドラに横並びで立ってるだけなのに、こっちから見てるとめちゃめちゃカッコいいんだよ。Jackhammerもそうやし。みんなカッコよすぎだよ」
(みんな?)
「うん、そこはみんな、って言いたいかな」
(みんな?)
まったくこの人は…
思わず苦笑が漏れた。
でも私、彼のこういう所が好きなんだな。
「ほんと言うと、きみ君しか見てなかったから、他の人どうだったかようわからんけど」
(そやろ。なあ、俺、カッコいいやろ)
「うん」
うん、という短いフレーズに、精一杯の気持ちを込めて言った。
電話越しに話しているのがもどかしい。
目の前にいてくれたら、言葉と一緒に彼を抱きしめてあげられるのに。
「でもね」
(ん?)
「オーラスの時、『浮世踊リビト』でめっちゃ泣けてきた」
(始まってすぐ?泣くとこやないやろ)
「だって、もうこれで終わりなんやなあって、このライブを生で見るの最後なんやな思ったら急に」
(最後ってまた俺らライブやるで。すぐやないけどな)
「でも今回のライブめっちゃ最高だったんだもん」
(おい、次のライブはそれを超えるで。ぜったい期待裏切らへんからな)
きっとその言葉に間違いはないだろう。
だって私の中で一番だったPUZZLEのライブを、今回の8UPPERSライブは軽々と越えてしまったから。
同じようなことはやらない、その上で昔からのファンも新しいファンも楽しませる。
そんな高いハードルを自らに課してる彼らだからこそ、最強で最高のライブを生み出せるのだと思う。
「私ね、今回の曲、全部好き」
(全部?おまえ、またまとめに入ったな)
彼の笑い声につられて私も笑いながら、そうじゃなくて、と言った。
「だって、どの曲も関ジャニ∞らしくて、関ジャニ∞じゃなくちゃ歌えない曲だって思うから」
(そうか?)
「そうだよ。『アニマル・マジック』初めて聴いた時、こんな男くさい歌、歌うようになったのかーって衝撃だったけど、ライブで歌ってんの見てたら、めっちゃ関ジャニ∞らしい曲かもって。みんなの雰囲気とか佇まいとか、この曲にぴったり合ってるような気がしたんだよね」
(うちにはアラサー3人おるからな…)
そういう意味で言ったんじゃないんだけど…
「この曲って、ドームの時、天井席近くの高いステージで歌ってたじゃん」
(あんなんぜんぜん怖ないけどな)
誰も高所恐怖症かどうかなんて聞いてないのに。
思わず笑い出しそうになるのをこらえた。
「自分のパートじゃない時、天井席に手振ってたでしょ。一人だけ『キャー』とか言われて。あれ、めっちゃいい気分だったでしょ」
(ファンサービスやろが。俺らケツ向けて歌っとるんやから。でも俺より大倉が行った時の方がキャーの声、大きかったけどな)
「本当にメンバーのことよく見てるよね。さすがゴッドファザー」
(なに言うとんねん)
「マックのイメージもあるかもしれないけど、なんか関ジャニ∞のお父さんって感じ」
(まあ一番年上やしな)
「そうじゃないよ。年齢がどうこうじゃなくて、やっぱり関ジャニ∞の要は横山裕なんだなあって思ったの」
メンバーみんな、それぞれいろいろな場所でいろんな経験を積んで成長しながら、それでもこの1年を通して一番変わったのは、たぶん彼かもしれない。
そして、グループとメンバーへの強い愛情という点で、根っこの所がまったく変わらないのも彼。
関ジャニ∞が結成されてから今まで、彼が支えて引っ張ってきたと言ってもおかしくない。
オーラスのウインクキラーゲームで、メンバー全員にラブレターを読むことになったのも、ファンはもちろん、何よりメンバーが強くそれを望んでいたからだ。
そしてツアー最後の挨拶を締めくくるのも、やっぱり横山裕しかいないだろうと思わせるものが彼にはある。
(いや、俺一人じゃなんも出来ひんし、俺がメンバーに助けられてる方がずっと多いで)
「うん、それはそうやと思うけど、でも横山裕がいるから、関ジャニ∞はぜったいに揺るがないって、みんな心強く思ってるんじゃないかな」
(なんや、おまえ、さっきから。褒め殺しか?)
「誉めようなんて思ってないよ。そんな器用じゃないし」
たぶん
好きすぎて欠点が見えてないだけ。
今回のライブだって、結局、最後の最後まで君しか見てなかったから、細かいことはあんまり覚えてない。
記憶という形のないアルバムをめくってもめくっても
全部のページを埋め尽くしているのは、大好きな君の笑顔だけだから。
ねえ、『関ジャニ∞の横山裕』に、次はいつ会えるのかな。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
2011年1月1日 京セラドーム
オーラス・セットリスト
Oriental Surfer
浮世踊リビト
Jackhammer
Do you agree?
DIVE
LIFE~目の前の向こうへ~
Baby Baby
挨拶
泣かないで僕のミュージック
ほろりメロディー
ブリュレ
アニマル・マジック
モノグラム
BACK OFF
ウィンクキラーゲーム
【テクノver.Remix】
好きやねん大阪
関風ファイティング
Wonderful World!
急☆上☆SHOW!!
ズッコケ男道
ワッハッハー
MC
関西ジャニーズJr.
Snow White
雪をください
君の歌を歌う
大阪ロマネスク
ドラムソロ
バンドセッション
ミセテクレ
って!!!!!!!
BOY
蒼写真
【アンコール】
T.W.L
無責任ヒーロー
ひとつのうた
【Wアンコール】
イッツ・マイ・ソウル
ズッコケ男道
まるでスローモーションを見ているようだった。
目の前で、ハンガーにかかった大量の服が、雪崩のように崩れて下に落ちた。
いったい何が起きたのか、始めはわからなくて、私はクローゼットの前で声も出ず呆然と立ち尽くしていた。
「何?どうしたん?」
音だけは盛大に響いたのかも。
リビングルームにいた彼が部屋に入ってきて、私の肩越しにクローゼットを覗き込むなり爆笑した。
「おい、なんや、これ?何が起きたん?」
「落ちた…」
私が指さしたクローゼットの中の折れたポールを彼は拾って言った。
「おまえ…俺な、前から言おう思ってたけど、おまえ、服多すぎやで。こんなせっまい中にギュウギュウにつめこんで」
「多くないよ」
「多いから耐えきれなくて折れたんやろが」
たしかに。
でも認めたくないんだけど。
「…クローゼットがショボいんだよ…」
「なにクローゼットのせいにしてんねん。ぜったい多すぎなんやって。1回も着たことない服とかあるやろ」
「ないよ。全部要る服だもん」
「そうか?」
私の言葉に疑うような視線を送ると、彼は落ちた服の中から白のミニワンピを拾い上げた。
「最近こんなん着てないやろ」
「それは…きみ君と最初のデートの時に着た服…」
「………」
「覚えてないん?」
「ごめん、よう覚えてへん」
私は彼からワンピースを取り返した。
「記念に取ってあるの」
「…ま、ええわ」
彼は次の獲物に目を向けた。手を伸ばした服を見た途端
「わーっダメーっ!!」
私は大声をあげて奪うようにそれを取り返した。
「なんや、びっくりしたー。まだ何も言ってないで」
「これはダメっ」
「なんやねん」
「だって…これは、大阪で着るんやから…」
私はワンピースを後ろ手に回して彼の視線から遠ざけた。
「だから、まだ見ちゃダメ」
「見ちゃダメ言うても、もう半分見てもうたわ。ジャラジャラ何が付いてんのか思ったら…それ、マジですごいな」
「ダメ。忘れて」
「忘れられるか、なにむちゃくちゃ言うてんねん」
彼は落ちている大量の服を集めて軽々と抱えあげた。
「おい、仕分けするぞ」
街は新たな年を迎える準備に入っていた。
商店街の各店に松飾りが並びはじめ、正月用の品物が店頭を飾る。
デパートでは福袋の準備が進み、売り出し初日を案内する華やかなポスターが駅の構内に張り出されていた。
日本では25日を過ぎた途端に、クリスマス一色だった街の模様が一変する。
その身代わりの早さは、まるで歌舞伎の舞台装置のどんでん返しのように鮮やかだ。
私は、年内最後の仕事だったクリスマスのイベントが終わったこともあって、少し早めに冬休みを頂いた。
大晦日には大阪に行くので、それまでに部屋の掃除や洗濯、年賀状書きなど、年内に済ませておくべきことをやっておきたかった。
洗濯機と掃除機がフル回転している真っ最中にドアホンが鳴った。
モニターに彼と、その横に彼より少し低い高さの箱が映っている。
合い鍵持ってるんだから、勝手に入ってくればいいのに。
玄関のドアを開けると、彼が得意げな顔で箱を私の前に突き出した。
「メリークリスマス!君のサンタさんが来ましたよ」
「間に合ってます。ていうか、もうクリスマス終わってますし」
「何つまらんこと言うてんねん。作るぞ」
「何を?」
「おまえ、これ持って」
いきなり紙袋を渡された。
中にはクリスマスツリーのオーナメントがいっぱい入っている。
彼は箱を抱えて部屋に上がり込んだ。
「クリスマスツリー?今から?」
「こういうのってクリスマス過ぎたら安くなるんやな」
「今日、仕事は?」
「撮影は夜からや」
彼はリビングのど真ん中に箱を置いて手をかけた。
「ホンマは狩りに行きたかったんやけどな」
「あ、じゃどうぞ。ぜひ行っていただいて」
「なんや、じゃどうぞって。わからんヤツやな。今日逃したら年内もう俺ら会われへんで」
「大阪、行くよ」
「会う意味がちゃうやろ」
たしかにそうだった。
今月初め、海までドライブした日以来、私たちがプライベートで会うことは一度もなかった。
でも、お互い仕事が忙しい時だし、仕方ないと私は諦めていたんだけど。
すでに彼は楽しそうにツリーの入った箱を開け始めている。
「まだ掃除してる途中だったんだけど…」
「そっか。じゃあ先に飾り付け始めとくわ。それ、くれる?」
私は紙袋を彼に渡しながら、ふと思いついて、両手を合わせた。
「あっそしたら…」
「ん?」
「ここのお掃除お願いしていい?私、ほかにも洗濯物干したり、クローゼットの整理もしたいの。でもね、ツリーの飾り付け、きみ君と一緒にやりたいし…」
ツリーを箱から出すと、彼は部屋の隅にある掃除機に視線を送った。
「おまえ、ホンマ人動かすのうまいなー。なんかやらなアカンような気になってもうたわ。さすがはチーフ…チーフなんやったっけ」
「もうそんなん思い出さなくていいから」
早くしないと夜までに飾り付け終わんないよ、と彼を急かしてから、まだ1時間経っていないかもしれない。
飾り付けどころか、いまは洋服の仕分けという予定外の作業をやっている。
「おい、これ夏物やろ?」
「違うよ。半袖だけど冬物なの」
「こんなピラピラしたワンピース着てんの見たことないぞ」
「……のライブで1回着た…」
「あのーぜんぜん聞こえませんでしたけど。どなた様のライブですか?」
「…NEWS…」
「なんでNEWSで黒着んねん!」
「だってあれパーティーやったから…」
「てことはもう丸々2年着てないってことやろ?廃棄!」
私は渋々、後ろにある『すてるやつ』と書かれたダンボールに服を入れた。
と、私の頭上を越えて、ダンボールに別の服が投げ込まれた。
「ええ?ちょっと待って、これクリーニングに出したんだよ」
「いつのクリーニングじゃ。タグつけっぱなしやで。まったく着る気ないやろ」
「着るよ」
「いつどこで着るん」
「ん…いつかどこかで」
「なんやそれ、アホちゃうん。こいつ色もよう好かんな」
「大倉君の緑だよ」
「なんや、俺らのライブの時にこれ着るんか?あ?おまえは大倉のファンか?」
「…NEWSん時…」
「また着るんか。おまえ、自分で言うてたやんか、同じライブで同じ服は着ないって」
と言って、私からまた服を取り上げると、くるくる丸めてダンボールに投げ込んだ。
「ふーん、ヤキモチ妬いてんだ」
「アホ、誰がいつどこでどんなモチを焼いてるっつーねん。鉄板か?七輪か?七輪で焼いてんのか?」
機関銃のように言いながら、下から引っ張り出した緑色のトレンチコートもくるくる丸めだした。
「ちょっこれ高かったんだから、ダメ!」
「着てるの見たことないな」
「当たり前でしょ。きみ君の前では着てませんから。いちおうこれでも気ぃ使ってるんです!」
「じゃ俺の目の届かんとこにしまっといて」
「むちゃくちゃ言わないでよ」
思わずグチがこぼれた。
でも。
わかりやすくヤキモチを妬かれてイヤな気はしない。
ヤキモチも度を越すとウザイものだけど、この程度のヤキモチだったらハートに心地いい。
愛しさが募って、私は彼の背中に寄り掛かって腕を回した。
誰よりも大好きで、誰よりも素敵で、私の心を落ち着かせてくれる彼の背中。
「どした?ギュッとしてほしいんか?」
「それ」
「ん?」
私は彼が手にした服を指差した。
「きみ君がめっちゃ似合うなって言ってくれた一番のお気に入り」
「…………」
「覚えてる?」
「わからん」
「嘘」
「嘘やないよ」
「覚えてないん?」
「おまえ、いつも、どの服もよう似合っとるで。だからひとつだけとかよう覚えてへん」
不器用なのは彼なのか、それとも私なのか。
ほぼ1年かけてゆっくりと進んだ私たちの関係のように、私たちが交わす言葉も核心に辿り着くまで、毎回のらりくらりと遠回りばかりしていて、もどかしい。
でも
そのもどかしい時間がとても愛おしい。
私は彼の頬に自分の頬を押し当てて目を閉じた。
彼の前に回した私の手を、彼が黙って握りしめる。
不意にあっ!と彼が声をあげた。
目を開けると、彼が黒のサロペットを持ち上げていた。
ヤバい。
冬休みにコッソリ実家に持ち帰ろうと思ってたとこだったのに。
「なんやこれ」
「サロペット…」
「俺の大っ嫌いなロンパースやないか!おまえ、こんなん着てるんか?」
どうでもいいことで、それまでの空気が一変するのも、私たちの関係の特徴かもしれない。
「俺がこれ嫌いやって知ってるやろ」
「知ってるけど、でも白いシャツと合わせて着るとバリスタみたいでカッコいいと思わん?」
「バリ?…そんなん知るか。俺がこいつを好かんねん」
「あっこれ、肌に直に着たら、意外とセクシーかも…」
「アホ!こんなんセクシーになるわけないやろ。赤ちゃんの服と同じ構造やぞ。全部脱がさんとエッチできん服なんて最低や」
え?…それが基準?
「ないわーこれだけはぜったいないわ」
「じゃあ、きみ君の前では着ないようにするよ」
「じゃあってなんやねん。着ないようにするんやなくて、ぜったい着んな」
その時、気づいた。
嫌いなサロペットだけど、彼は捨てろとは言わなかった。
『すてるやつ』ダンボールの中に入っているのは、緑色の服か、NEWSのライブで着た服だけだ。
本当に、なんて、正直でわかりやすい人なんだろう。
私は彼の前に回って「ねえ」と声をかけた。
「なんや」
「好き」
「なんやいきなり。わかっとるわ、そんなん」
顔を赤らめた彼に、私は首を横に振った。
「わかってないよ。私の気持ちがわかんなくて、今も不安でいっぱいでしょ」
「そんなわけないやろ。おまえが俺に惚れとることくらい、ようわかってるわ。なんや不安でいっぱいって」
「好きだよ」
「だからなんやねんて」
「きみ君が安心するまで、何回でも言うよ。大好き。めっちゃ好き。世界中の誰よりも大好き」
「あんなぁ、そんな好き好き言われたら、逆に嘘なんちゃうて疑うわ」
「…言葉じゃわからん?」
「…そんなことはないけどな」
彼の唇の下で、微かに震える自分の唇を感じながら思う。
どんな極上の愛の言葉をささやくよりも、これほど雄弁な愛の証はないのかもしれない。
あとに残るのは、触れ合った唇の感覚だけしかないけれど。
それにしても。
今年最後のキスにたどり着くまでに、私たち、時間かかりすぎだよね。Merry Christmas
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
今回はクリスマススペシャルバージョンでお届けしてみました
いかがでしたでしょうか?
いやこれ、かなり甘いっすねー(笑)
『GIFT』シリーズを聴きながら、久しぶりにテンション上がってノリノリ(笑)で書きましたよ
ちょいちょい、ライブでのネタも盛り込みまして、わかる人にはわかるんじゃないでしょうか。
サブタイも『GIFT』の曲からいただきました。
マライアの『All I want for Christmas is You』と、どっちにするか悩んだんですけど。
『All I・・・』サブタイにしては長すぎということで却下。
やっぱりクリスマススペシャルバージョンですから、∞さんの曲のタイトルにしました。
あと、気づかれた方もいるかもしれませんが、今回初めて『彼』の名前を出しました。
今までの短編は、あえて『私』と『彼』という一人称形式で書いてました。
個人を特定したくなかったし(といってもバレバレですが)、そのほうが、読まれる方がご自身に合わせて相手を自由に置き換えて楽しめるかな、と。
したら実際、自担に置き換えて読まれているという愛読者の方にお会いしました
スミマセン。
クリスマスいうことで、今回、どうしても自分を押さえきれんかったです
どうしても一度だけでいいから「きみ君」って呼んでみたかったんデスゥ
だって私の中では、横山裕は『横山裕』であって、本名では決して呼べないんですよ。
でも…呼んでみたーーい
というわけで、一度と言わずたくさん呼んでみました(照)
そしてそして
ついにこの短編で、このシーンがきちゃいました
自分でもいつかは書くことになるんやろなーと思ってましたが。
クリスマススペシャルバージョンということで
Kicyu
でも、ぶっちゃけキスの場面というのは書きにくいです・・・
「キスをした」だけじゃシナリオのト書きになっちゃうし。
言葉の選択とか表現間違えると、いやらしくなっちゃうし。
ホンマ、どう書いていいのか、迷うところではあります。
ま、でも、それなりに綺麗にまとまったんじゃないかと。
きれいすぎてつまらんとか、そういうクレームは受け付けません(笑)
短編はとりあえず今年はこれが最後になるかと思います。(たぶん)
来年も楽しく書いていきますよって、ご愛読よろしくお願いします。
―― いま何しとるん?
たった一行だけの短いメール。
思いっきり身構えていた私は拍子抜けした。
でも、この程度の内容、いつもの彼だったら電話で済まそうとするはず。
私は自分で、彼との間に見えない壁を作ってしまったんだろうか。
―― 洗濯。
と、私も短く返そうとして、その後にちょっとだけ付け加えた。
―― お天気いいから。
洗濯の終了を告げるアラーム音とメールの着信音が同時に鳴る。
―― 偶然やな。俺も洗濯してる。終わったら何するん?
洗濯かごを持って窓辺に立った。
青空に小さなはぐれ雲がぽつりと浮かんでいる。
―― 何しようかな。そっちはモンスター狩り?
ベランダのプランターの土が乾いている。
水やりしなくちゃと思ったところへ、また携帯が鳴った。
ただ今度はメールの着信音じゃなく、電話の着信音。
(もうメールはまどろっこしくてアカン)
その瞬間、私ははっきり気づいてしまった。
こんなにも彼の声が聞きたくてたまらなかったなんて。
(毎日狩っとるよ。もうヤバい!めちゃくちゃ楽しいで)
子供のように弾んでいる彼の声。
彼の中にあの日の出来事はわだかまりとなって残ってないのかな。
(もうすぐドラマの撮影始まってまうし、今のうちや)
そう言って笑った彼が、不意にあっと声をあげた。
(いま、いま、おまえ見たか?)
「え?何を?」
(いまな、ちっこい雲が空から落っこちてん!)
「は?クモ?」
(ちゃうねん、空の雲やって。さっきまでちっこいの浮いてたやろ)
私が空を見上げようとすると、あわてたような彼の声。
(下、下や、下見てや。雲さん、落ちてへんか?)
それは予感だった。
雲など落ちてるわけがない。
胸の鼓動が早くなった。
予感を確かめようと、ベランダから下を見た。
白い小さな雲が見えた。
その正体に、私は思わず笑ってしまった。
ツアー中のライブで使っている小道具をわざわざ持ち出してくるなんて。
29歳のいい大人が何をやってるんだか。
私は携帯からそのまま話しかけた。
「ねえ、洗濯してるんじゃなかったの?」
彼が片手をあげて車のキーを振った。
「ドライブ、行かへんか」
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太陽からの光を照り返して、海の色は空と同じくらい鮮やかな青色をしている。
日差しはポカポカと暖かいのに、海からの潮気を含んだ風は身を切るように冷たい。
都心から約1時間強、車を走らせて着いた冬の海岸は人気もなく静かだった。
近所の人だろうか、年配の女性が一人、レトリーバーを連れて散歩している。
私たちは並んで車に寄りかかりながら、海とその光景を眺めていた。
行きの車の中で、彼は大好きなゲームの話をずーっとしていた。
ゲームの話となると止まらないのはいつものことだけど、今日は途中で口を挟めないほどの勢いで話し続けていた。
この前の私の態度を謝りたかったのに、私が何か言う暇を彼は与えてくれなかった。
ただ、運転しながら1時間以上話し続けて、さすがに疲れたのか、ここに着いてからは口数が減っていた。
「ねえ…」
「あっ、おまえ、そういえば、カウントダウン、大阪来るんだっけ?」
「…うん、行くけど…」
「ラストは?来るん?」
「うん…」
「そっか、ありがとな」
何なんだろう、ドライブ中から続いているこの一方的な会話は。
隣に立つ彼を見た。
海を眺めている横顔は、まるで聖人のようにとても穏やかで落ち着いていて、ゲームに夢中な時の彼とも、ライブではしゃいでいる時の彼ともまるで別人に見える。
ふと初めて彼と会ったときのことを思い出した。
あの時も、パーティー会場の壁際で、彼はこんな静かな表情で一人立っていたっけ。
同じ業界人が集まっている席なのに、すごく居心地が悪そうで、気の毒なほど笑顔が固まってた。
「どした?」
私の視線に気づいた彼が顔を向けた。
「あ…あのね」
「見とれてたんか?」
からかうような笑みを浮かべて私を見下ろす。
「見とれてたかもしれんけど…」
彼に見つめられて、私はすっぴんで部屋から出てきたことを思い出した。
―― なんや来んの早いな思ったら、すっぴんか!
―― ちょっと、ここ駐禁なんだから。早く車出して。
今の今まですっかり忘れてた。
化粧をしていないことよりも、彼に何と言って謝ればいいか、そのことばかり気にしていたから。
「ねえ、私…」
「あっ、あれだ…」
また彼が言葉を被せてきた。
「え?」
「ああ、いや…」
「なあに?」
「おまえ…寒くないか?」
聞くなり彼は私の前に回ると、私の頬を両手で挟んだ。
不意打ちに、体中の熱が頬に集まってきてるんじゃないかと思うほど、自分の顔が紅潮してくるのがわかる。
「ちょっと。手、冷たいよ」
思わず照れ隠しで言ってしまった。
でも、本当に彼の手は冷たかった。
「そやな。俺、末端冷え症やから。おまえのほっぺの方があったかいわ」
笑ってそう言いながら、私の頬から手を離そうとはしない。
「私の体温、取られとる気がする」
「それは、気のせいちゃうん?」
笑ってかわされたが、そうなのかもしれない。
だって、海から吹いてくる冷たい風をさっきから感じていない。
彼が私の前で遮ってくれている。
これは偶然?それとも…
「ひとつ言っとくわ」
「え…」
「俺、おまえから『ごめんなさい』なんて言葉、聞きたないで。あのな、あれでええねん。なんも我慢する必要なんかあらへん」
あんな酷いこと言ったのに?
「泣いたり怒ったり全部さらけ出したらええんや。もう俺の前でよそ行きの顔すんなや」
手がどれほど冷たくても関係ない。
彼のあたたかい優しさが、私の頬を包む手のひらを通して伝わってくる。
「あのな、俺といるときだけは、心もすっぴんにしとったらええねん」
好きだとか
愛してるとか
恋愛に不器用な彼は、そんな言葉、一度も言ってくれたことないけれど
でも、彼の言葉はいつも、私の心の負荷を軽々と取り払ってくれる。
そうだ。
不器用なのは私の方なんだ。
彼に、自分の素直な気持ちをまっすぐ伝えることすら上手くできない。
今だって、彼に返す言葉を迷ってる。
私は言葉で返す代わりに、黙って彼の背中に手を回した。
その冷えた背中を暖めてあげたかった。
――あったかいな
彼が、私の耳元で囁いた。
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後編、いかがでしたでしょうか。
正直、この話、前後編ともにちょっと書くのに苦労しました
書いたり消したりの繰り返し。
ストーリー全体の流れは頭の中で出来てるのに、それを表現するための言葉が浮かばない
自分の語彙の乏しさをいやってほど思い知らされましたね。
てか、ここまでくると妄想じゃないっす
自分で自分のハードルあげてんなあって思いました
それにしても、私の中でどんだけ「完璧な男」になってるんやろ、横山さんは(笑)
でも、数年前の横山さんが相手だったら、こんな妄想は生まれてないやろなと思うんです。
ドラマの撮影も始まったようで、かなり忙しいんじゃないでしょうかね、にっきで書いてる以上に。
ところで、サブタイの「It Might Be You」は、ご存知の方もいるかもしれませんが、映画「トッツィー」の主題歌として有名な曲です。
ダスティン・ホフマン主演のコメディー映画なんですけども、エスプリのきいたとっても素敵な映画で大好きな作品です。
横山さんが30歳過ぎてから、ダスティン・ホフマンがやった役をやってみたら、けっこう似合うんじゃないかと(笑)
この主題歌「It Might Be You(邦題:君に想いを)」もめちゃめちゃ素敵なバラードです。
何かが私に告げている それはあなたかもしれないと
映画「トッツィー」未見でしたら、ぜひ!見てみてください。
というわけで、これから仙台遠征の準備にとりかかりまーす