まるでスローモーションを見ているようだった。
目の前で、ハンガーにかかった大量の服が、雪崩のように崩れて下に落ちた。
いったい何が起きたのか、始めはわからなくて、私はクローゼットの前で声も出ず呆然と立ち尽くしていた。
「何?どうしたん?」
音だけは盛大に響いたのかも。
リビングルームにいた彼が部屋に入ってきて、私の肩越しにクローゼットを覗き込むなり爆笑した。
「おい、なんや、これ?何が起きたん?」
「落ちた…」
私が指さしたクローゼットの中の折れたポールを彼は拾って言った。
「おまえ…俺な、前から言おう思ってたけど、おまえ、服多すぎやで。こんなせっまい中にギュウギュウにつめこんで」
「多くないよ」
「多いから耐えきれなくて折れたんやろが」
たしかに。
でも認めたくないんだけど。
「…クローゼットがショボいんだよ…」
「なにクローゼットのせいにしてんねん。ぜったい多すぎなんやって。1回も着たことない服とかあるやろ」
「ないよ。全部要る服だもん」
「そうか?」
私の言葉に疑うような視線を送ると、彼は落ちた服の中から白のミニワンピを拾い上げた。
「最近こんなん着てないやろ」
「それは…きみ君と最初のデートの時に着た服…」
「………」
「覚えてないん?」
「ごめん、よう覚えてへん」
私は彼からワンピースを取り返した。
「記念に取ってあるの」
「…ま、ええわ」
彼は次の獲物に目を向けた。手を伸ばした服を見た途端
「わーっダメーっ!!」
私は大声をあげて奪うようにそれを取り返した。
「なんや、びっくりしたー。まだ何も言ってないで」
「これはダメっ」
「なんやねん」
「だって…これは、大阪で着るんやから…」
私はワンピースを後ろ手に回して彼の視線から遠ざけた。
「だから、まだ見ちゃダメ」
「見ちゃダメ言うても、もう半分見てもうたわ。ジャラジャラ何が付いてんのか思ったら…それ、マジですごいな」
「ダメ。忘れて」
「忘れられるか、なにむちゃくちゃ言うてんねん」
彼は落ちている大量の服を集めて軽々と抱えあげた。
「おい、仕分けするぞ」
街は新たな年を迎える準備に入っていた。
商店街の各店に松飾りが並びはじめ、正月用の品物が店頭を飾る。
デパートでは福袋の準備が進み、売り出し初日を案内する華やかなポスターが駅の構内に張り出されていた。
日本では25日を過ぎた途端に、クリスマス一色だった街の模様が一変する。
その身代わりの早さは、まるで歌舞伎の舞台装置のどんでん返しのように鮮やかだ。
私は、年内最後の仕事だったクリスマスのイベントが終わったこともあって、少し早めに冬休みを頂いた。
大晦日には大阪に行くので、それまでに部屋の掃除や洗濯、年賀状書きなど、年内に済ませておくべきことをやっておきたかった。
洗濯機と掃除機がフル回転している真っ最中にドアホンが鳴った。
モニターに彼と、その横に彼より少し低い高さの箱が映っている。
合い鍵持ってるんだから、勝手に入ってくればいいのに。
玄関のドアを開けると、彼が得意げな顔で箱を私の前に突き出した。
「メリークリスマス!君のサンタさんが来ましたよ」
「間に合ってます。ていうか、もうクリスマス終わってますし」
「何つまらんこと言うてんねん。作るぞ」
「何を?」
「おまえ、これ持って」
いきなり紙袋を渡された。
中にはクリスマスツリーのオーナメントがいっぱい入っている。
彼は箱を抱えて部屋に上がり込んだ。
「クリスマスツリー?今から?」
「こういうのってクリスマス過ぎたら安くなるんやな」
「今日、仕事は?」
「撮影は夜からや」
彼はリビングのど真ん中に箱を置いて手をかけた。
「ホンマは狩りに行きたかったんやけどな」
「あ、じゃどうぞ。ぜひ行っていただいて」
「なんや、じゃどうぞって。わからんヤツやな。今日逃したら年内もう俺ら会われへんで」
「大阪、行くよ」
「会う意味がちゃうやろ」
たしかにそうだった。
今月初め、海までドライブした日以来、私たちがプライベートで会うことは一度もなかった。
でも、お互い仕事が忙しい時だし、仕方ないと私は諦めていたんだけど。
すでに彼は楽しそうにツリーの入った箱を開け始めている。
「まだ掃除してる途中だったんだけど…」
「そっか。じゃあ先に飾り付け始めとくわ。それ、くれる?」
私は紙袋を彼に渡しながら、ふと思いついて、両手を合わせた。
「あっそしたら…」
「ん?」
「ここのお掃除お願いしていい?私、ほかにも洗濯物干したり、クローゼットの整理もしたいの。でもね、ツリーの飾り付け、きみ君と一緒にやりたいし…」
ツリーを箱から出すと、彼は部屋の隅にある掃除機に視線を送った。
「おまえ、ホンマ人動かすのうまいなー。なんかやらなアカンような気になってもうたわ。さすがはチーフ…チーフなんやったっけ」
「もうそんなん思い出さなくていいから」
早くしないと夜までに飾り付け終わんないよ、と彼を急かしてから、まだ1時間経っていないかもしれない。
飾り付けどころか、いまは洋服の仕分けという予定外の作業をやっている。
「おい、これ夏物やろ?」
「違うよ。半袖だけど冬物なの」
「こんなピラピラしたワンピース着てんの見たことないぞ」
「……のライブで1回着た…」
「あのーぜんぜん聞こえませんでしたけど。どなた様のライブですか?」
「…NEWS…」
「なんでNEWSで黒着んねん!」
「だってあれパーティーやったから…」
「てことはもう丸々2年着てないってことやろ?廃棄!」
私は渋々、後ろにある『すてるやつ』と書かれたダンボールに服を入れた。
と、私の頭上を越えて、ダンボールに別の服が投げ込まれた。
「ええ?ちょっと待って、これクリーニングに出したんだよ」
「いつのクリーニングじゃ。タグつけっぱなしやで。まったく着る気ないやろ」
「着るよ」
「いつどこで着るん」
「ん…いつかどこかで」
「なんやそれ、アホちゃうん。こいつ色もよう好かんな」
「大倉君の緑だよ」
「なんや、俺らのライブの時にこれ着るんか?あ?おまえは大倉のファンか?」
「…NEWSん時…」
「また着るんか。おまえ、自分で言うてたやんか、同じライブで同じ服は着ないって」
と言って、私からまた服を取り上げると、くるくる丸めてダンボールに投げ込んだ。
「ふーん、ヤキモチ妬いてんだ」
「アホ、誰がいつどこでどんなモチを焼いてるっつーねん。鉄板か?七輪か?七輪で焼いてんのか?」
機関銃のように言いながら、下から引っ張り出した緑色のトレンチコートもくるくる丸めだした。
「ちょっこれ高かったんだから、ダメ!」
「着てるの見たことないな」
「当たり前でしょ。きみ君の前では着てませんから。いちおうこれでも気ぃ使ってるんです!」
「じゃ俺の目の届かんとこにしまっといて」
「むちゃくちゃ言わないでよ」
思わずグチがこぼれた。
でも。
わかりやすくヤキモチを妬かれてイヤな気はしない。
ヤキモチも度を越すとウザイものだけど、この程度のヤキモチだったらハートに心地いい。
愛しさが募って、私は彼の背中に寄り掛かって腕を回した。
誰よりも大好きで、誰よりも素敵で、私の心を落ち着かせてくれる彼の背中。
「どした?ギュッとしてほしいんか?」
「それ」
「ん?」
私は彼が手にした服を指差した。
「きみ君がめっちゃ似合うなって言ってくれた一番のお気に入り」
「…………」
「覚えてる?」
「わからん」
「嘘」
「嘘やないよ」
「覚えてないん?」
「おまえ、いつも、どの服もよう似合っとるで。だからひとつだけとかよう覚えてへん」
不器用なのは彼なのか、それとも私なのか。
ほぼ1年かけてゆっくりと進んだ私たちの関係のように、私たちが交わす言葉も核心に辿り着くまで、毎回のらりくらりと遠回りばかりしていて、もどかしい。
でも
そのもどかしい時間がとても愛おしい。
私は彼の頬に自分の頬を押し当てて目を閉じた。
彼の前に回した私の手を、彼が黙って握りしめる。
不意にあっ!と彼が声をあげた。
目を開けると、彼が黒のサロペットを持ち上げていた。
ヤバい。
冬休みにコッソリ実家に持ち帰ろうと思ってたとこだったのに。
「なんやこれ」
「サロペット…」
「俺の大っ嫌いなロンパースやないか!おまえ、こんなん着てるんか?」
どうでもいいことで、それまでの空気が一変するのも、私たちの関係の特徴かもしれない。
「俺がこれ嫌いやって知ってるやろ」
「知ってるけど、でも白いシャツと合わせて着るとバリスタみたいでカッコいいと思わん?」
「バリ?…そんなん知るか。俺がこいつを好かんねん」
「あっこれ、肌に直に着たら、意外とセクシーかも…」
「アホ!こんなんセクシーになるわけないやろ。赤ちゃんの服と同じ構造やぞ。全部脱がさんとエッチできん服なんて最低や」
え?…それが基準?
「ないわーこれだけはぜったいないわ」
「じゃあ、きみ君の前では着ないようにするよ」
「じゃあってなんやねん。着ないようにするんやなくて、ぜったい着んな」
その時、気づいた。
嫌いなサロペットだけど、彼は捨てろとは言わなかった。
『すてるやつ』ダンボールの中に入っているのは、緑色の服か、NEWSのライブで着た服だけだ。
本当に、なんて、正直でわかりやすい人なんだろう。
私は彼の前に回って「ねえ」と声をかけた。
「なんや」
「好き」
「なんやいきなり。わかっとるわ、そんなん」
顔を赤らめた彼に、私は首を横に振った。
「わかってないよ。私の気持ちがわかんなくて、今も不安でいっぱいでしょ」
「そんなわけないやろ。おまえが俺に惚れとることくらい、ようわかってるわ。なんや不安でいっぱいって」
「好きだよ」
「だからなんやねんて」
「きみ君が安心するまで、何回でも言うよ。大好き。めっちゃ好き。世界中の誰よりも大好き」
「あんなぁ、そんな好き好き言われたら、逆に嘘なんちゃうて疑うわ」
「…言葉じゃわからん?」
「…そんなことはないけどな」
彼の唇の下で、微かに震える自分の唇を感じながら思う。
どんな極上の愛の言葉をささやくよりも、これほど雄弁な愛の証はないのかもしれない。
あとに残るのは、触れ合った唇の感覚だけしかないけれど。
それにしても。
今年最後のキスにたどり着くまでに、私たち、時間かかりすぎだよね。
Merry Christmas
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
今回はクリスマススペシャルバージョンでお届けしてみました
いかがでしたでしょうか?
いやこれ、かなり甘いっすねー(笑)
『GIFT』シリーズを聴きながら、久しぶりにテンション上がってノリノリ(笑)で書きましたよ
ちょいちょい、ライブでのネタも盛り込みまして、わかる人にはわかるんじゃないでしょうか。
サブタイも『GIFT』の曲からいただきました。
マライアの『All I want for Christmas is You』と、どっちにするか悩んだんですけど。
『All I・・・』サブタイにしては長すぎということで却下。
やっぱりクリスマススペシャルバージョンですから、∞さんの曲のタイトルにしました。
あと、気づかれた方もいるかもしれませんが、今回初めて『彼』の名前を出しました。
今までの短編は、あえて『私』と『彼』という一人称形式で書いてました。
個人を特定したくなかったし(といってもバレバレですが)、そのほうが、読まれる方がご自身に合わせて相手を自由に置き換えて楽しめるかな、と。
したら実際、自担に置き換えて読まれているという愛読者の方にお会いしました
スミマセン。
クリスマスいうことで、今回、どうしても自分を押さえきれんかったです
どうしても一度だけでいいから「きみ君」って呼んでみたかったんデスゥ
だって私の中では、横山裕は『横山裕』であって、本名では決して呼べないんですよ。
でも…呼んでみたーーい
というわけで、一度と言わずたくさん呼んでみました(照)
そしてそして
ついにこの短編で、このシーンがきちゃいました
自分でもいつかは書くことになるんやろなーと思ってましたが。
クリスマススペシャルバージョンということで
Kicyu
でも、ぶっちゃけキスの場面というのは書きにくいです・・・
「キスをした」だけじゃシナリオのト書きになっちゃうし。
言葉の選択とか表現間違えると、いやらしくなっちゃうし。
ホンマ、どう書いていいのか、迷うところではあります。
ま、でも、それなりに綺麗にまとまったんじゃないかと。
きれいすぎてつまらんとか、そういうクレームは受け付けません(笑)
短編はとりあえず今年はこれが最後になるかと思います。(たぶん)
来年も楽しく書いていきますよって、ご愛読よろしくお願いします。