夢か現か。彼に名前を呼ばれたような気がして、私は浅い眠りから呼び戻された。
私はゆっくりと目を開けた。蚊帳越しに、天井のシーリングファンが静かに回っているのが目に入る。
穏やかな寝息がすぐ近くから聞こえてきて、はっとした私は顔を向けた。
寝る時はいなかった相手が、朝起きたら隣で寝ている、なんてことはいまさら驚くことでもない。彼に合い鍵を渡してからは、今まで何度となくあったことだ。
けれど、ここのところ久しく会っていなかったこともあって、私は魅入られたように彼の顔を見つめた。まるで天使のような寝顔がほんの少し疲れて見えるのは、間接照明の灯りの加減だろうか。
春に短く切った髪はだいぶ伸びて、前髪が白い額に影を落としている。その柔らかな髪を指先でそっと触れながら、ぽってりとした彼の唇に吸い寄せられるように顔を近づけると、私が使っているシャンプーと石鹸の香りがして、私は小さく、あっと声をあげた。
パジャマの襟からのぞく白い首筋に口づけたい衝動を抑えて、私はベッドから滑るように下りた。
寝る前に読んでいた本が、サイドテーブルの上に置いてあるのが目に止まった。自分で置いた記憶はない。読みながらいつしか寝入ってしまった後、彼が気がついて置いてくれたのかもしれない。
最近は、部屋の風通しを良くするために寝室のドアを開け放していて、ドアの代わりに竹製ののれんで間仕切りをしている。音を立てないよう注意深く、のれんを分けて通ろうとした。それでも、竹同士が擦れ合ってシャランシャランと小さく鳴った。
私は、リビングの窓に近づいて、遮光カーテンを少し開けてみた。窓の外に広がる夜空が少し明るんで見えるのは、月が出ているからだろうか。
カーテンを広げて窓を開けた途端、蒸した外気が見えない壁となって迫り、湿り気を帯びた夜気が私の身体を包み込んだ。
ウッドデッキを敷き詰めたベランダに出ると、足の底に触れたデッキから、ひんやりとした感触が体を伝う。同時に、ほんの微かだが風を感じて、ふっと気持ちが和らいだ。街路樹を伝って運ばれてきた涼風は、ほんのりと樹木の香りをはらんでいる。
見上げた空には、都会のくすんだ空気を透過して儚げに星が瞬き、ゆりかごのような上弦の月が天空に浮かんでいた。
ベランダの手すりに寄りかかりながら、ふと頭に浮かんだ歌を口ずさむ。
Say, it's only a paper moon
Sailing over a cardboard sea
But it wouldn't be make believe if you believed in me.
Yes, it's only a canvas sky
Hanging over a muslin tree
But it wouldn't be make believe if you believed in me.
Without your love, it's a honky tonk parade
Without your love, it's a melody played at a penny arcade
It's a Barnum and Bailey world
Just as phony,As it can be
But it wouldn't be make believe,if you believed in me......
前に付き合っていた人が貸してくれたジャズのアルバムに入っていた曲だった。私より年上で大人なあの人は、古いジャズが大好きで、コットンクラブやブルーノートによく誘って……
「何の歌?」
彼の声が耳元で聞こえて、はっと振り返る間もなく、私は後ろから彼に抱きしめられた。背中から伝わる温もりに彼の存在をはっきりと感じて、私は足元から溶けてしまいそうな感覚にうっとりした。
「ごめん……起こしちゃった?」
「風で竹がシャラシャラ鳴ってたで。起きたら、おまえおらんし」
暑くて眠れなかったん?と聞かれて私は首を振った。
「たまたま目が覚めただけ。でも、起こさないように気をつけてたのに」
「なんやおまえ、起こしてくれよ。朝まで何もせんと寝てまうやろ」
そう言って、私を抱きしめる彼の腕にちょっと力が入った。そんな微妙な加減一つにも、いまの私は容易に心が乱される。
「で、今の何て歌?」
「イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン。ジャズの名曲」
「ふーん。俺、ジャズとかよう知らんわ」
「私もそんな詳しくないよ」
「どんな歌なん?」
「どんな?」
「俺、英語わからへんし」
「……信じていれば、ウソもホントになる、みたいな」
「おまえ、それ略しすぎやろ。そんな短い歌やなかったで。俺が英語わからんからって馬鹿にしとるんちゃうか」
「そうじゃないって。But it wouldn't be make believe if you believed in me って、同じ言葉のリフレインなの」
「……日本語でなんて意味?」
「もう」堂々巡りの彼の質問に思わず吹き出してしまった。
「だから、『もしも私を信じてくれたら、紙で作った月も、ボール紙の海も、木にひっかけた油絵で描いた空も、どんな偽物だって本物になるのよ』ってこと」
「ほら、やっぱりな。なんやいっぱい意味あるやんか」
そう言って、何笑てんねん、と頭をこずかれた。笑ってないよ、と笑いながら、私はまた空を見上げて月を見た。
「惜しいなあ、今日は満月やないんか」
私を抱きしめたまま彼がぼやく。その言葉の裏にある意味に気づいて、私は思わず吹き出しそうになった。
「満月が良かった?」
「別にええも悪いもないけど……」
「夢を壊すみたいでイヤだけど、満月の日は女の人がエッチな気持ちになるなんて都市伝説、はっきり言ってクロだからね」
「そうなん?じゃあ、おまえはちゃうの?」
「月の満ち欠けと女性のバイオリズムが、みんな一緒だったら怖くない?」
「答えになってないやろ。おまえはちゃうのかって聞いてんねん」
「うん。そういう気分にならない満月の日もあったような気がするけど」
「気がするだけなら本音はわからんてことやろが。自分の知らん自分がいて、エッチな気持ちになってたかもしれんやろ」
満月の日についての、この持論を譲る気は毛頭ないらしい。端から見たらどうでもいいことなのだけど。でも、どうでもいいことでも、自分の考えを曲げない彼の姿勢は嫌いじゃないし、彼の夢を壊すのは本意じゃない。
「そういうことなのかなあ」と、私から譲歩することにした。
「そうや。おまえが気づいてなかっただけなんやで」
もっともな口調で断言する彼が可笑しくて、でも愛おしい。
今は、と彼が私の耳元でささやく。……今はどうなん?
月の有り様は関係なかった。彼が傍にいるだけで、私の体は素直に反応する。月が満月だろうと三日月だろうと新月だろうと、私はいつでも彼を求めてる。
彼の腕の中で私は振り返り、月に背を向け、彼と向き合った。
「好き……」
唇を塞がれる前につぶやいたメッセージは、私の背中を優しく撫でる微風にのって、紫紺の闇に溶けて消えた。
あなたの愛なしじゃ この世はまるでしょぼくてつまらないパレードみたい
あなたの愛なしじゃ 音楽は安っぽい商店街のメロディーでしかないの
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
8月8日。エイトの日ですね。
何かケーキでも買って、お祝いしようかと思ったけど、一人でケーキ買って食べてもなあ。
メンバーの誕生日とかは、別に一人でケーキ買って祝っても気にならないんだけど、エイトの日に一人で祝うというのは、なんだか寂しい。
というわけで。
お祝い代わりというのもおこがましいですが、久しぶりの短編です。
先月の役員会議が終わった後から、ようやく気持ちに余裕が出てきたので、ちょこちょこと通勤の合間に書き進めてました。でも、ちょっと眠くて、なかなか執筆が進まなかったりもしました。
出来上がりは、個人的には、満足度ちょい低めな作品なんですけども・・・
真夏の夜のひととき、的な気分を味わっていただけたらと思います。
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ありがとうございます!!
何事もなかったエイトの日を終えて少し寂しくなった時に読ませていただきました!幸せな気分
最近 頻繁に横山様の夢を見てる私…
また横山様を好きになってしまう 素敵なお話でした熱帯夜で暑いのに更に体が熱く火照ってしまいました
今日も横山様が夢に出てきて
後ろからギュって抱き締めくれないかな…って期待してしまいます!!
24時間TVももうすぐですね♪私は息子のサッカーの試合と重なってしまい観覧応募も断念したので
るるりんさんがもし会場に行けたらいいなって期待しています
私は会場に行けなくても 遠く離れた地で 応援して 楽しみたいと思ってます
まずは 土曜日からの番宣祭りを楽しみたいと
るるりんさん
ご無沙汰しております毎日うだるような暑さが続いてますねぇ
体調崩されたりしてないでしょうか??
∞月∞日に短編集ありがとぅござぃます
キャッ横山サンかっこいぃ~
さらに熱くなっちゃいましたょ(笑)
また横山サン熱が上がってきちゃいそぅ
急☆上☆Show!!(笑)
いつも素敵なお話をありがとぅござぃます
いよ②来週は24時間TVですねぇ
観覧ハズレても武道館に行こうかなと思ってるので、るるりんさんとお会い出来たらいぃな~って勝手に思ってます(笑)
夢に横山さん…あれれ?マルちゃんは?
最近、寝つきはいいんですが、夢は見ないですねー
私も素敵な夢を見たいですそれとも見てるんだけど、覚えてないだけとか
24時間テレビ、ホンマに観覧に行きたいですようてつさんの分も気持ち持って行きたいです
もうすぐわかりますけども…ドキドキです
24時間テレビの結果わかるのももうすぐドキドキするぅ
まあまだYOU&J枠もこれからあるけどね
私も当日武道館には行こう思ってます
なので、ホンマに会えるかもただ人がすごいだろうなあ
ところで私の短編読んで、横山さんのファンになった人とかいたら面白いですねっ(笑)
私は スーパーなどで 24時間TVの募金箱を見つけたら 必ず募金する事にしてます!!
会場に行けない分
いろんな思いが届くように 気持ちを込めて毎回募金してます
自己満足ですけど
夢にね…なかなか丸が出てくれないんですよ…
横山様ばっかりで なんか浮気してる気分(笑)
夢から覚めると横山様との幸せな夢の余韻を楽しみながら
大丈夫 丸が一番好きだから
って丸の写真見て呟いてる おばちゃんeighterです
あほすぎて恥ずっ
そんな 私は 完全なる丸terですよ
ダメですよー自分の気持ちにウソついちゃ
まるで少し前の私みたい(笑)
横山さんにデレデレしながら、しげのポスターに向かって「いやホンマはあなたが1番だから」と言い訳してた私…
今はちゃんと自分の中で順位わかってますから
こんだけ横山さんで妄想書いてて、しげが1番だなんて言えないです
ようてつさんもカミングアウトした方が気持ちが楽~になりますよ(笑)