『十兵衛暗殺剣』（1964・東映）は、五味康祐の同名作品を映画化した『柳生武芸帳』シリーズの最終作。監督・倉田準二、脚本・高田宏治、主演・近衛十四郎。
本作は、1961年から1964年にかけ、近衛十四郎主演により東映製作で映画化され、9作品が公開されたうちの最終作である。しかし、『柳生一番勝負 無頼の谷』と同様に原作者が五味康祐ではないうえ、武芸帳が一切登場してこないその筋立てから、同一主人公の別作品と言った方が正確かもしれない。
尚、東宝版が原作通りに霞の多三郎・千四郎兄弟を主人公にしているのに対し、東映版は柳生十兵衛を主人公にしている。
≪寛永19年。琵琶湖・竹生島。
湖上には五人の処刑者が吊るされていた。彼らは、かつて水の忍者として恐れられた湖賊の残党である。
将軍家指南役を務める柳生新蔭流は、上泉伊勢守から柳生石舟斎（香川良介）へ、更に十兵衛（近衛十四郎）に受け継がれていた。しかし新蔭流を受けついだのは、石舟斎だけではなかったのだ。
石舟斎と同門で新蔭流の免許皆伝の実力がありながら、豊臣家に仕えていたために近江の山奥で不遇の生涯を終えた松田織部正。その弟子の剣豪・幕屋大休（大友柳太朗）は、新蔭流の正統を証明する印可状と小太刀を師匠から受け継いでいた。
馬上の将軍・家光（林真一郎）の前に立ちはだかった幕屋は、お供をしていた十兵衛に果し合いを申し込むが、十兵衛には断られ、松平伊豆守（北竜二）には即刻江戸を去るよう命じられてしまう。
家光から狂人扱いされ、相手にされなかった幕屋は、十兵衛を倒せば指南役になれると考え、柳生道場を挑発する。
将軍の指南役は天下第一でなくてはならない。
幕屋が正統で柳生が亜流ということになれば、将軍の面目が潰れてしまう。家光は伊豆守を通じて十兵衛に、幕屋を斬って印可状を奪うように命じた。
十兵衛の腰は重たかった。
その間に痺れを切らした柳生の門弟達が、幕屋道場に斬りこんでしまう。しかし、道場剣法しか知らぬ彼等は、幕屋の敵ではなかった。彼等は凄惨な斬殺死体となって、十兵衛の元に届けられる。
決戦の場は琵琶湖・竹生島になった。
琵琶湖には、湖賊が根を張っていた。しかし、時勢が変わった今、湖賊は徳川幕府の厳しい取締りで滅亡寸前であった。一族の女首領・美鶴は、幕屋に協力して生き残りを図ることにする。
柳生の門弟たちは、夜闇の湖中からワラワラ現れる湖賊に次々と惨殺され、十兵衛だけになってしまう。
翌朝、幕屋一味に殺された船頭の孫娘・篠に助けられた十兵衛は、湖賊になりすまして竹生島に潜入する。
幕屋と十兵衛の対決の時がきた―――。≫
無駄なセリフを排し、ひたすら殺し合う凄惨な集団抗争劇。
低予算が身上のニュー東映であるが、疾走感とリアリズムを追求し、虚無的な雰囲気を前面に出した本作は、時代劇映画の傑作といえよう。
例えば、竹生島へ乗り込む際の支度の場面。
動き易くするために鎖帷子の上の着物を破き、紐で袖や裾をきっちり押さえる。互いに手を貸し合いながら、言葉少なにササッと準備する柳生一門の所作に痺れる。
そして、本作で異様なまでにリアルな存在感を放つのが、大友柳太朗演じる悲運の剣客・幕屋大休だ。
雨夜の河川敷での殺陣。
柳生門弟の血飛沫がかかった下駄を足が滑るからとパッと脱ぎ捨てる、憎たらしいほどの落ち着き。手指を切断し両目を切り裂いた柳生門弟にユラリユラリと近づき、最期まで勝負を続けることを強要する非情さ。
人斬りに慣れた者ならではの幕屋の冷静な動きが、狼狽え、怯え、嬲り殺しにされる柳生門弟たちの惨めさを際立たせている。
しかし、幕屋とて好きで人斬りに慣れたわけではなかろう。汚れずに生きることが出来るのなら、それに越したことはないのだから。
柳生に匹敵する実力を持ちながら時勢に押し流された、幕屋を筆頭とする松田織部正の門下生たち。再起のためには手段など選んではいられなかったことが窺える。それ故に、時勢に巧く乗り、道場剣術しか知らない癖に将軍家指南役を気取り、幕屋たちを見下す柳生一門への怒りは凄まじかったのではなかろうか。
再起への焦り。成功者への憎悪と嫉妬。残虐な言動の底に、何としてでも日の当たる処に出たいという日陰者の切実さが滲む。
非情な幕屋に対し、十兵衛の人柄はクリーンで健全だ。それが、日陰者の幕屋には、生まれた時から日向を歩き続けている者の無自覚の驕りと感じられたかもしれない。
「新陰流正統はあくまでもこの幕屋大休だ」
息絶える直前、改めて自らの正統性を宣言し、湖面に突っ伏した幕屋。彼の亡骸が握る印可状を捥ぎ取る十兵衛の顔は苦悶に満ちていた。
権力者に疎んじられ滅ぼされた幕屋と、権力者に阿ることで地位の安泰に成功した十兵衛。
実力者同士だけが分かち合える理解と共感。それでも殺し合わなければならないやりきれなさ。作品全体を滅びゆく者への哀感と我が世を謳歌する者へのアイロニカルが覆う。十兵衛の胸中に苦い思いが残り、決してハッピーエンドとは言えない幕切れもまた、リアルだった。
本作は、1961年から1964年にかけ、近衛十四郎主演により東映製作で映画化され、9作品が公開されたうちの最終作である。しかし、『柳生一番勝負 無頼の谷』と同様に原作者が五味康祐ではないうえ、武芸帳が一切登場してこないその筋立てから、同一主人公の別作品と言った方が正確かもしれない。
尚、東宝版が原作通りに霞の多三郎・千四郎兄弟を主人公にしているのに対し、東映版は柳生十兵衛を主人公にしている。
≪寛永19年。琵琶湖・竹生島。
湖上には五人の処刑者が吊るされていた。彼らは、かつて水の忍者として恐れられた湖賊の残党である。
将軍家指南役を務める柳生新蔭流は、上泉伊勢守から柳生石舟斎（香川良介）へ、更に十兵衛（近衛十四郎）に受け継がれていた。しかし新蔭流を受けついだのは、石舟斎だけではなかったのだ。
石舟斎と同門で新蔭流の免許皆伝の実力がありながら、豊臣家に仕えていたために近江の山奥で不遇の生涯を終えた松田織部正。その弟子の剣豪・幕屋大休（大友柳太朗）は、新蔭流の正統を証明する印可状と小太刀を師匠から受け継いでいた。
馬上の将軍・家光（林真一郎）の前に立ちはだかった幕屋は、お供をしていた十兵衛に果し合いを申し込むが、十兵衛には断られ、松平伊豆守（北竜二）には即刻江戸を去るよう命じられてしまう。
家光から狂人扱いされ、相手にされなかった幕屋は、十兵衛を倒せば指南役になれると考え、柳生道場を挑発する。
将軍の指南役は天下第一でなくてはならない。
幕屋が正統で柳生が亜流ということになれば、将軍の面目が潰れてしまう。家光は伊豆守を通じて十兵衛に、幕屋を斬って印可状を奪うように命じた。
十兵衛の腰は重たかった。
その間に痺れを切らした柳生の門弟達が、幕屋道場に斬りこんでしまう。しかし、道場剣法しか知らぬ彼等は、幕屋の敵ではなかった。彼等は凄惨な斬殺死体となって、十兵衛の元に届けられる。
決戦の場は琵琶湖・竹生島になった。
琵琶湖には、湖賊が根を張っていた。しかし、時勢が変わった今、湖賊は徳川幕府の厳しい取締りで滅亡寸前であった。一族の女首領・美鶴は、幕屋に協力して生き残りを図ることにする。
柳生の門弟たちは、夜闇の湖中からワラワラ現れる湖賊に次々と惨殺され、十兵衛だけになってしまう。
翌朝、幕屋一味に殺された船頭の孫娘・篠に助けられた十兵衛は、湖賊になりすまして竹生島に潜入する。
幕屋と十兵衛の対決の時がきた―――。≫
無駄なセリフを排し、ひたすら殺し合う凄惨な集団抗争劇。
低予算が身上のニュー東映であるが、疾走感とリアリズムを追求し、虚無的な雰囲気を前面に出した本作は、時代劇映画の傑作といえよう。
例えば、竹生島へ乗り込む際の支度の場面。
動き易くするために鎖帷子の上の着物を破き、紐で袖や裾をきっちり押さえる。互いに手を貸し合いながら、言葉少なにササッと準備する柳生一門の所作に痺れる。
そして、本作で異様なまでにリアルな存在感を放つのが、大友柳太朗演じる悲運の剣客・幕屋大休だ。
雨夜の河川敷での殺陣。
柳生門弟の血飛沫がかかった下駄を足が滑るからとパッと脱ぎ捨てる、憎たらしいほどの落ち着き。手指を切断し両目を切り裂いた柳生門弟にユラリユラリと近づき、最期まで勝負を続けることを強要する非情さ。
人斬りに慣れた者ならではの幕屋の冷静な動きが、狼狽え、怯え、嬲り殺しにされる柳生門弟たちの惨めさを際立たせている。
しかし、幕屋とて好きで人斬りに慣れたわけではなかろう。汚れずに生きることが出来るのなら、それに越したことはないのだから。
柳生に匹敵する実力を持ちながら時勢に押し流された、幕屋を筆頭とする松田織部正の門下生たち。再起のためには手段など選んではいられなかったことが窺える。それ故に、時勢に巧く乗り、道場剣術しか知らない癖に将軍家指南役を気取り、幕屋たちを見下す柳生一門への怒りは凄まじかったのではなかろうか。
再起への焦り。成功者への憎悪と嫉妬。残虐な言動の底に、何としてでも日の当たる処に出たいという日陰者の切実さが滲む。
非情な幕屋に対し、十兵衛の人柄はクリーンで健全だ。それが、日陰者の幕屋には、生まれた時から日向を歩き続けている者の無自覚の驕りと感じられたかもしれない。
「新陰流正統はあくまでもこの幕屋大休だ」
息絶える直前、改めて自らの正統性を宣言し、湖面に突っ伏した幕屋。彼の亡骸が握る印可状を捥ぎ取る十兵衛の顔は苦悶に満ちていた。
権力者に疎んじられ滅ぼされた幕屋と、権力者に阿ることで地位の安泰に成功した十兵衛。
実力者同士だけが分かち合える理解と共感。それでも殺し合わなければならないやりきれなさ。作品全体を滅びゆく者への哀感と我が世を謳歌する者へのアイロニカルが覆う。十兵衛の胸中に苦い思いが残り、決してハッピーエンドとは言えない幕切れもまた、リアルだった。
