10月 1日 弔辞のこと。
『 初冠雪 』 富士吉田から。9月30日
高橋 かれんさん 撮影
今日は84年と1日目だ!幸い青い空から明るい日射しが部屋一杯に差し込んでいる。
この一年が何事もありません様に祈る気持ち。
昨夜は例年通り、誕生日を祝って何処かレストランか料理やさんにでも行こうかと話が
出ていたのだが、私がそれも億劫で行くのも面倒で辞退した。こうなるとだらしないもので、
意欲も何もない紛れもない後期の老人だ。
それでもリクエストして、ウナギの蒲焼き、カキフライ、衣かつぎ、タコとイナダの刺身、
ナメコのみそ汁そして樽酒の大吟醸で1人で乾杯した。もう一杯飲んで無事に84年が過ぎていった。
ところで先日の国葬では、政治家らしからぬ迫力のない弁舌で有名だったあの菅元首相が、
感情のこもった実のある見事な弔辞だったと評判だった。
弔辞といえば思い出すことがある。私は若い時からどうも上がり症というのか緊張タイプというのか、
会社時代でも御前会議とか大勢の全国会議などが苦手で大嫌いだった。
定年もかすかに見える様になった頃の或る日、先輩の偉い人に言われたことがある。
『君に儂の時の弔辞を頼みたい!弔辞というのは幾らつっかえても、声が震えてもいいんだ。
その方が情が籠もって誠実で真摯な感情が伝わり、却って良いものだ。
もし君が先立ったらその時は、儂が君のをやってやるから、互いに約束しよう、頼むよ!』というのだ。
年齢から言って当然先輩の方が先だから、私に弔辞をさせて弁舌への自信を着けさせてやろうという
先輩の思いやりだったのだろうかと今では思っている。
それは残念ながら実現しなかったからか、私のスピーチ下手はそのままになってしまった。
最近では家族葬ばかりで弔辞の出番はないようだ。私はこのまま苦手を引きずって行くようだ。
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