父は結婚と同時に本家に続く隅っこの土地を貰った。
俗に言う分家だ。
そこで暮らした我が一家は他の伯母たち一家より、本家と密だった。
本家には4人の子どもがいて、特に2つ上T男、一つ下のYと、親しかった。
去年末にYが亡くなった。
そして11月に東京で暮らしていたT男が亡くなった。
本家に葬式を済ませてから連絡があったとのこと(色々あり)
T男は、大学が東京で、そのまま就職し結婚し東京の人となった。
あーそう言えば、彼らの結婚式は本家でしたのだった。
私と私の弟が儀式の一端を担った(担った者は幸せになるのだとか🥰)。
三々九度だったかなあ。
私が東京に行く時は大抵会っていた。
反対に彼が帰省する時は、必ず連絡があった。
気の強い兄嫁に遠慮して我が家に泊まった事もある。
唐突に電話して来る事もあった。
「楽しみは何?」と、尋ねると「ないなぁ、、、」
気が小さかった。
ストレスは酒で紛らわせていた。
殆ど何も食べずにだ。
みすぼらしいほどに痩せていた。
それでも、会社を勤め上げた。
退職して一層酒に逃げたようだ。
ご多分に漏れず肝臓をやられた。
それが致命傷だったようだ。
奥さんに悔みの電話をすると、
「1月に1ヶ月ほど一度入院したけど、持ち直し退院できたのよ。そして、10月末に又悪くなって、今度はダメだったの。タバコは辞めれたけど、お酒はダメで、私に隠れて飲んでいたみたい、、、もうちょっと、一緒に居られると思ってたんだけど」
今年の6月にLINEで、彼から写真が送られて来たことがあった。
「何?又お酒飲んで酔っ払ってんだろうな、、、」と、返信はしなかった。
これまでも返信しても返事がないのが常だったから。
うん、とても後悔している。
その写真。
じっくり読ませていただきました。
最後の写真を見た時、心があっ・・・て、言葉になりません。
拝読して、色々な気持ちが溢れてきました。だんだん同世代の方の訃報を聞くと、様々な思い出が浮かんできます。最後のお写真を見て、何をお伝えになりたかったのだろうと考えました。本当に可愛いなーと思われて、送られたのかもしれませんね。なおとも
りりんさん、コメントありがとうございます。
体調不良の中で、感じるものがあったのでしょうね。
返信なぜしなかったのか、、、
今更遅い。
「亡くなった人とは2度と話せないからね」の先輩の言葉が身に沁みます。
単に「可愛いな、まりに見せてあげよう」と、思ったのか「あの頃は皆んなで楽しかった」と大分を懐かしんだのか、、、
返信すればよかった、、、
後悔遅しです。
弟も帰省しても実家には滅多に泊まらない。
夏なんて車中泊だもの。
従弟さんは甘えベタというか、自己肯定感が低かったのかな。
ごめんね、辛いからイイネは出来ないわ🥹
夫の方の東京姉さんも、実家でなくて、亡くなった長姉の家に泊まってたわ。
従兄は、うん、甘え下手なのかも。ある意味世間知らず。他人に嫌な事など言わないけど、兄嫁にリップサービスなどしない。
それが潤滑油になるとかが分からない。
決して兄嫁に怒って泊らないとかではなく、なんとなく機嫌が悪いから、、、。
こうして、段々お別れが、多くなっていくのね。