これ!どう思います?

マスコミがあまり報道しない様な問題を、私なりに考えてみます。

朝鮮半島の歴史 (その5)

2018-09-22 11:28:49 | 朝鮮半島の歴史
 今回は、北朝鮮の二代目・金正日の時代についてです。

【金正日の時代】  1994年~2011年
 金日成は、長男・金正日に権力を継承させるために、金正日の生誕地や、誕生日までも偽って神格化しました。死ぬ前から、『金正日は素晴らしい才能を有する唯一の後継者で有る』と宣伝しました。 1994年に金日成が亡くなり、正日の時代が始またのです。

 既にソビエトは崩壊し(1991年)、ソビエトからの援助は完全にストップし経済発展を続けられなくなっていました。 1995年には大水害が発生し、飢餓で多くの人が亡くなりました。1996年には食糧配給が出来なくなりました。 1997年には”先軍政治”と言うスローガンを掲げました。 一方、韓国の経済は発展しており、韓国軍は近代的な兵器を整備して、国力と軍事力とも年々差が広がっていきました。

 金正日は、死ぬまで「国をどう運営したら良いのか?」迷いに迷ったのだと思われます。(全く一貫性の無い、支離滅裂な政治を行いました。)

【先軍政治についての私の見方】  1997年~2016年
 共産国では”党”の下に”軍”が有るのが普通です。金正日が世界に例が無い先軍政治を採用した理由を、私なりに考えてみました。

 〝金王朝”を維持するためには、忠誠を誓う数パーセントの国民(共産党員、軍人、警察官、官僚、平壌市民)が有れば十分です。残りの国民から収奪した食糧などを、忠誠組に与え、残りの国民には”連座制”による恐怖政治を行うわけです。

 食糧も外貨も不足して、忠誠組に与える物が少なくなると、忠誠組の数を減らすか、一部のグループへの物資の支給を減らす必要があります。 金正日は、(軍への配給を増やすのでは無く、)軍に国家の中心であると言う”名誉”と、漁業や商売を行う”特権”を与え、軍の忠誠を維持すると言う”ウルトラC”の政策を採用したのだと私は思います。

 食糧の確保がさらに難しくなってきたために、2011年に平壌市の範囲を50%に縮小し、配給を受けていた平壌市民を50万人ほど減らしました。

【韓国からのオファー】
 1998年に、北朝鮮出身の現代グループの創業者・鄭周永が”金剛山観光事業”を始めました。

 2000年には、金大中大統領が(現代グループが用意した裏金の)”4億ドル”もの土産を持って訪朝しました。 そして、現代グループ会長 の鄭周永が”開城工業団地”と言う美味しい話を持ち込みました。 2003年に着工し、翌年に操業を始めました。

 開城工業団地は、現在の10倍ほどの規模で、2010年までに従業員数を50万人にすると言う夢の様な計画でした。 (経済封鎖が行われる前に、)外貨獲得のために海外に派遣していた労働者は約10万人程度ですから、北朝鮮にとっては極めて重要なプロジェクトだったはずです。

 鄭周永と五男・鄭夢憲が、人生を掛けて始めた”開城工業団地”の事業が軌道に乗ってきたにも関わらず、二回の核実験を強行し、2010年には延坪島砲撃事件も起こしました。 結局、従業員数が5.4万人程度になったところで開発はストップし、2016年には閉鎖されました。

 金正日が韓国や世界の世論に反する行動を取らずに、開城工業団地などの事業を進めていたら、経済が発展するだけで無く、金正恩が熱望している”休戦協定”はずっと前に締結されていたと私は考えています。

★★現代グループのその後★★  北朝鮮での事業が最初は旨く行かなかったために、現代グループでは兄弟紛争が起こり、現代自動車、現代重工、その他、に3分割されました。鄭夢憲は”その他”を引き継ぎましたが、”4億ドルの裏金”の捜査が始まり、2003年に自殺しました。

【金正日と核開発】
 金日成が1980年代に核開発に着手したと言われていますが、(金正日の時代になって、)2006年に第1回目の核実験を行いました。 この年には、ミサイル実験も実施しました。

 2009年にも第2回目の核実験とミサイル実験を行ったのです。 特に、人工衛星用のロケットと称して長距離弾道ミサイルの最初の実験を行いました。

 金正日は韓国との事業を進めながら、小泉内閣と接触している間にも、何食わぬ顔で核開発と弾道ミサイルの開発を進めていたのです。

【日本と金正日、そして拉致問題】
 2002年、日本から金を得る為に小泉首相を平壌に招待し、拉致を謝罪し、5名の被害者の一時帰国を承認しました。 日本は、約束を違えて5名の北朝鮮への帰国を拒否しました。 日本が約束違反したにもかかわらず、2004年に再度、小泉首相を平壌に招待し、拉致被害者の家族を帰国させました。

 拉致の証拠を北朝鮮が自ら証明したために、日本の世論輪が沸騰する事になりました。マスコミ各社が報道する様になったために、拉致家族の運動は益々活発に行われる様になりました。 (残念ながら、運動の支援者が増えるほど、パランドクスに陥ると、私は考えています。)

 自国民が多数拉致されたら、アメリカなら軍事力で解決しようとするかもしれませんが、日本は”外交”でしか解決出来ません。 日本の言い分が100%正しい時でも、”落としどころ”を見つける必要があります。 拉致被害者家族を支援する人が多くなればなるほど、問題解決の時間を遅らせる事になります。  日本が許容出来る”落としどころ”と、北朝鮮が提示出来るカードとの差が益々広がるために!

★★予告★★
 次回は、金正恩の統治についてです。 是非、読んで下さい!


最新の画像もっと見る