時事解説「ディストピア」

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書評『プーチンとG8の終焉』(ウクライナ問題・概観)

2016-04-06 23:01:57 | ロシア・ウクライナ
とあるサイトに投稿した書評をここにも加筆・修正し転載しようと思います。

何と言いますか、これは私が読んだロシア本でも最高に優れた洗脳本ですね。
右翼の書いた本は、色々と景気の良い言葉が書かれているから、いかにも嘘くさく見破るのは容易ですが、
岩波書店という老舗の左派系出版社から売り出された本書にだまされる人は多いのではないでしょうか?



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著者が共同通信社の元モスクワ支局員ということもあり、基本的には日本の報道に沿ったものになっています。
そのため、日常的にウクライナ問題に関心のある人間にとっては、さして新しい情報はないと思います。

問題点としては、あまりにもウクライナ中央政府に都合のよい内容になってはいないかということ。

例えば、ウクライナ東南部の「親ロシア派」との紛争ですが、この紛争では
ウクライナ軍が病院や学校、住宅地に爆撃を行い、その結果、多数の市民が死傷しているのにその描写がない。

2014年5月、ドネツク州のマリウポリでは、多くの住民が対ナチス戦勝を記念する行事に参加したところ、
ウクライナ軍が警察署を攻撃、これに抗議した市民を数名殺害しているのですが、それもない。

2014年5月11日、住民投票の実施日にはウクライナ軍が投票所を数か所占拠し、
クラスノアルメイスクでは、占拠した兵士が抗議する市民に発砲、2名が死亡しました。

このこともまた書かれていません。

過去最大の衝突があったとだけ説明され、主語が省略されています。
(実際には、武器を持たない市民を軍が殺害している)

この本の該当箇所を読む限り、ポロシェンコ大統領は何度も停戦を促したのに
「親ロシア派」が強硬姿勢を貫いたせいで御破算になったという説明がされています。

しかし、そもそも2014年4月に軍隊を派遣し、民家や学校、病院を爆撃したのは
中央政府であって、決して親ロシア派がキエフまで行ってテロを起こしたわけではないのです。


砲撃を受けた学校に勤めていた職員は次のようなコメントを残しています。

私たちは、ただ恐れているだけです。いいですか?
 勇敢な軍隊、私たちが税金を払って維持させている軍隊は、私たちを殺す以外の何もしていません。
 それに恐怖しているのです。
 私たちの大統領は、市民を保護する義務があるはずなのですが、彼は我々をせん滅することを決めました


同年5月27日の水曜に、ドンバスの炭鉱労働者たちがウクライナ軍の撤退を求めてデモ行進を行いました。
また、同地域の高校に通う学生も抗議運動を行っていますし、フェイスブックでも「Save Us Donbass」、
つまり「私たちドンバスを救ってください」というカードを持ち、写真を投稿する運動が当時あったのを覚えています。

私には、これは「市民」と呼ぶべき人たちだと思うのですが、
こういった人たちをひっくるめて「親ロシア派」と呼ばれています。


佐藤氏は事実をなぜ隠すのでしょうか?



この本では、どうも2014年に民衆に対する軍の弾圧および虐殺があったことが書かれていなく、
親ロシア派という過激派が地方を占領し、ウクライナ軍と抗争を行っているようになっています。

実際にはルガンスク州の州議会幹部会は、彼ら「親ロシア派」が実施する住民投票の支持を表明していました。
文書では次のように書かれています。

大きな痛みと共に確認する。
 ウクライナでは現キエフ政権とその保護者たちが扇動した内戦が起こっている。

 数十人の人々が命を落とし、数百の家庭が喪に服し、
 数百万人の人々の心に憎悪が生まれたのは彼らの責任だ。
 
 ウクライナ国民の半分が、犯罪者やテロリストとみなされた。

 それは、彼らが考えるウクライナの未来と、
 キエフで政権に就いた政治家たちが考えるウクライナの未来が異なっているからだ。

 キエフ政権は彼らと対話するかわりに、数百万人の市民に対して、
 対テロではなく、まさにテロ作戦を展開した。
 
 これは欧州現代史における自国民に対する最初の軍事作戦であり、市民に対する公のテロだ


ドンバスの基幹産業は炭鉱ですが、当時、中央政府は外国から支援を受ける代わりに
ドンバスの炭鉱を閉山することを約束しました。前述の炭鉱夫の抗議はこのような背景があるわけです。

これらの声、運動を書かず軍事衝突として描くのが中立の姿勢を保つためならば納得がいくのですが、
本書では、シドニーでプーチンに抗議するデモが行われたとか、
ドネツク・ルガンスク共和国の軍の重要ポジションに悪魔とあだ名される男がついたとか、
共和国軍の兵士が中央政府の役人を空港で殺害したとか、そういう情報は逐一報告されており、
どうも中立を保つためにあえて知っている情報を教えないわけではなさそうです。


未だにどちらが落としたのかもわからないマレーシア航空機撃墜事件にしても、
共和国軍の兵士が残骸を押収したことは書かれている一方で、同じく証拠を収集した
オランダ・アメリカ政府が証拠物件を公表しようとしなかったこと、いまだに何点かの物件は
秘匿されていることは触れていません。明らかに著者はキエフの権力者に沿った見解を行っている。

これらの情報は海外のニュースを読んでいれば自然と頭に入るものです。

私の記憶ではモスクワはロシアにあったと思うのですが、
佐藤氏はどこか別の星のモスクワ支局に勤めていたのでしょうか?

(もっとも、事件が起きた年には日本に戻ってきているようですが・・・)

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なお、当時、私が書いた記事を何本か紹介します。

日本と欧米のメディアはウクライナ軍がマリウポリ市民を弾圧することを「反テロ作戦」と呼ぶらしい

NHKの偏向報道:ウクライナ南東部における住民投票について

マリウポリの惨劇:朝日新聞では警察官のことを武装勢力と呼ぶらしい。

ドネツクの学生、平和の歌を歌う。ドンバスの炭鉱労働者、ウクライナ軍撤退のデモを行う

続くウクライナ軍の砲撃 ―惨状を徹底的に無視するアムネスティ―


ウクライナ新政府、国民への空爆を止めず


ウクライナについては、当時、連日のように中央政府を非難する記事を私は書いていました。
現在、内線は一応、停戦状態ですが、それでも衝突はありますし、
日本がウクライナに多額の経済支援を行っていることも見逃せません。


北朝鮮の人工衛星発射や水爆事件はルール違反かもしれませんが、人は殺していません。
他方で、ウクライナ軍の砲撃と空爆は、自国の国民を無差別に攻撃、死傷させたものです。

どちらがより残忍な行為かは子供でもわかることでしょう。


佐藤氏の本を読み、私は、
まだ2年も経っていない事件がこうまで都合よく歪曲されるのかと戦慄を覚えました。

こうして現代史が巧妙に塗り替えられていくとすれば、これは本当に恐ろしいことです。

「マスコミに載らない海外記事」さんが最近、挙げた記事に次のようなものがありました。

 連中が我々を洗脳する手法

 向こうの洗脳もなかなかだが、日本においては、産経や文春は言うに及ばず、
 私たちが本来、知識の助けとしてすがることが出来るはずの左派系出版社が重要な役目を負う。

 つまり、ほとんどの左翼は文春や産経の書くことは信じないし、見破る目も持っているが、
 岩波書店のような老舗の学術出版から発信された情報の目利きには非常に弱いのです。

 ましてや岩波新書は『沖縄ノート』、『従軍慰安婦』など、
 現在、あるいは過去に右翼によって攻撃を受け、裁判にもなった本を生み出してきました。

『プーチンとG8の終焉』はその信頼を大きく傷つけるものとなったのではないでしょうか?

 この本に限ったことでなく、先日、出版された『香港 中国と向き合う自由都市』といい、
 アラブの春や雨傘革命を全肯定し、非欧米圏の政府を糾弾する。こういう動きがあるように感じます。

 日本の左翼は愛国という言葉には強いのに、民主化という言葉には実に弱い。
 本日、ミャンマーのスーチー氏が国家顧問(事実上の元首)になる法案が下院で可決されたそうです。

大統領や両院よりも力のある国家顧問になることについて軍部から三権分立の侵害と批判されていますが、
これも長年続いていた軍政を引き合いに軍部→独裁、スーチー→民主主義という印象操作がされるのでしょう。

なお、バラク・オバマもアウンサン・スーチーもノーベル平和賞受賞者です。


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