先日、たまたま見たNHK教育番組がありました。
10/8・9放送のOur Voicesという番組です。
Our Voices -苦手と向き合う-
「発達障害 苦手なことを克服すべき?vs.ありのまま受け入れる?」
話を聞いてて、障害のある人も健常者も
実は同じなんだなという事に気付きました。
程度が大きいか小さいかの違いはあるけど
私が失敗しながら経験して、思考錯誤で見つけた答えと、
彼らが同じように経験し、もがき苦しんだ中で見つけ出した答えとに
大きな違いはなかった。
共に同じなんだなと気付いたのです。
発達障害のある人は、普通の事が普通に出来ない。
だから健常者よりも乗り越えるハードルが高いと思われますが
その分、早くいろんな事に気付けるような気がします。
普通に出来るというのは、逆にそこに注意を向けられないものです。
出来て当たり前で、当たり前のことには興味が向かない。
当たり前の日常が、とても有り難いことなんて思いもしない。
何かあった時に、初めて気付く事が多いと思います。
だから気付きが遅くなってしまう。
充分足りてる事に目を向けられなくて、自分にないものばかり見てしまう。
発達障害の人が健常者のように何でも出来るようになりたいと思うのと
普通の人が特別な人とか有名人になりたいと憧れるのと
そこに大きな違いはないような気がします。
違うのは社会の中で生きていく場合に発生する問題点。
彼らは仕事を得るという場面では、とても大変です。
彼らだけではなく健常者側にもその障害の認識がないから
苦労は相当なものだと見てて感じました。
ものを覚えられない。
片付けられない。
空気が読めない。
人とコミュニケーションが出来ない。
たくさんの人といるのが苦手。
そういった事が何故出来ないのかと理由が解らずに苦しみ
出来るようになりたいと、いろいろと考えながらチャレンジして
そんな試行錯誤の中で、自分なりの答えが出てきます。
出来ないモノを出来るようにはならない。
片付けてて一時的には綺麗になっても、また繰り返す。
そのうち片付けが重荷になってくる。
ずっと永遠にこれが続くと思うと嫌になった。
ありままの自分を受け入れようと思った。
また別の人は
何故自分は空気が読めないんだろうと
人に聞いたり、本を読んだり、いろんな事を取り入れた。
そうやって人と接する事を増やして、失敗談をたくさん経験して
その繰り返しの中で、自分なりの方法や答えを見つけ出し克服した。
でもこの方法は自分限定の事で、誰にでも当てはまる事ではないと言った。
そうやって障害を乗り越えた人、乗り越えられなかった人、
共に共通しているのが、いろいろと自分で考えてチャレンジして
経験して行く中で導き出した答えだということでした。
そして番組は「苦手なことを克服すべき?vs.ありのまま受け入れる?」
どっち?と結論を問います。
彼らが経験から導き出した答えは、「どっちも」でした。
ありのままの自分を受け入れながら、
でもそれでも何かを自分なりにやってみて、
苦手を克服するその過程の中で何かが見つかる。
それが大事だと言っていたように感じました。
「自分は障害があるから受け入れてよ」と言っても受け入れてもらえない。
どんな障害があってどんな事が出来ないのかを自分で知って
それをちゃんと相手に言わないと、相手にも解らない。
だからその為の努力をする事が大事だと話されてました。
この番組を見てて、結局皆同じなんだなぁと思ったのです。
バランスが大事で、どっちも必要なことだと。
前の記事に書いた、私なりに出た答えも同じでした。
「苦手な事はやらない。ありのままの自分を受け入れてよ。」
では、いつまでたっても周りの助が必要で
一人立ちはできないし周りも辛いと思う。
「苦手な事を克服するし、何でも出来る自分にならなきゃ」と思うのも
自分の姿とかけ離れ過ぎて、本心が悲鳴をあげる。
ありのままの自分の姿を知り、その現実を受け入れる。
でも苦手は出来る範囲で、思考錯誤を繰り返して
克服する努力をした方が良い。
その失敗を重ねて得た経験こそが、とても重要な過程だから。
そこでいろんな事に気付いていくから。
彼らは障害がある故に誰よりも「自分自身」と向き合っているように見えました。
これは誰にでも言える事だと感じました。
その為に「自分自身を深く知る事」と「いろんな経験をして気付く事」
この二つが基本であり、大切なんだなと思います。
みんな同じですね。
発達障害であっても、健常者であっても
有名であっても、無名であっても
金持ちでも、貧しくても
見つめる先は「自分自身」。
そして必要なのが「経験」。
基本的な部分で、やることは誰でも同じなんだなと思いました。