気づきの日々

毎日、何気ない言葉や思いつきに、ふと気づかされる時があります。
そんな日々のことを書いてみることにしました。

しずく

2012-10-12 11:07:10 | 日記




 


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自分を知る

2012-10-11 12:20:33 | 日記

先日、たまたま見たNHK教育番組がありました。
10/8・9放送のOur Voicesという番組です。
Our Voices -苦手と向き合う-
「発達障害 苦手なことを克服すべき?vs.ありのまま受け入れる?」

話を聞いてて、障害のある人も健常者も
実は同じなんだなという事に気付きました。
程度が大きいか小さいかの違いはあるけど
私が失敗しながら経験して、思考錯誤で見つけた答えと、
彼らが同じように経験し、もがき苦しんだ中で見つけ出した答えとに
大きな違いはなかった。
共に同じなんだなと気付いたのです。

発達障害のある人は、普通の事が普通に出来ない。
だから健常者よりも乗り越えるハードルが高いと思われますが
その分、早くいろんな事に気付けるような気がします。
普通に出来るというのは、逆にそこに注意を向けられないものです。
出来て当たり前で、当たり前のことには興味が向かない。
当たり前の日常が、とても有り難いことなんて思いもしない。
何かあった時に、初めて気付く事が多いと思います。
だから気付きが遅くなってしまう。
充分足りてる事に目を向けられなくて、自分にないものばかり見てしまう。

発達障害の人が健常者のように何でも出来るようになりたいと思うのと
普通の人が特別な人とか有名人になりたいと憧れるのと
そこに大きな違いはないような気がします。

違うのは社会の中で生きていく場合に発生する問題点。
彼らは仕事を得るという場面では、とても大変です。
彼らだけではなく健常者側にもその障害の認識がないから
苦労は相当なものだと見てて感じました。

ものを覚えられない。
片付けられない。
空気が読めない。
人とコミュニケーションが出来ない。
たくさんの人といるのが苦手。

そういった事が何故出来ないのかと理由が解らずに苦しみ
出来るようになりたいと、いろいろと考えながらチャレンジして
そんな試行錯誤の中で、自分なりの答えが出てきます。

出来ないモノを出来るようにはならない。
片付けてて一時的には綺麗になっても、また繰り返す。
そのうち片付けが重荷になってくる。
ずっと永遠にこれが続くと思うと嫌になった。
ありままの自分を受け入れようと思った。

また別の人は
何故自分は空気が読めないんだろうと
人に聞いたり、本を読んだり、いろんな事を取り入れた。
そうやって人と接する事を増やして、失敗談をたくさん経験して
その繰り返しの中で、自分なりの方法や答えを見つけ出し克服した。
でもこの方法は自分限定の事で、誰にでも当てはまる事ではないと言った。

そうやって障害を乗り越えた人、乗り越えられなかった人、
共に共通しているのが、いろいろと自分で考えてチャレンジして
経験して行く中で導き出した答えだということでした。

そして番組は「苦手なことを克服すべき?vs.ありのまま受け入れる?」
どっち?と結論を問います。

彼らが経験から導き出した答えは、「どっちも」でした。
ありのままの自分を受け入れながら、
でもそれでも何かを自分なりにやってみて、
苦手を克服するその過程の中で何かが見つかる。
それが大事だと言っていたように感じました。

「自分は障害があるから受け入れてよ」と言っても受け入れてもらえない。
どんな障害があってどんな事が出来ないのかを自分で知って
それをちゃんと相手に言わないと、相手にも解らない。
だからその為の努力をする事が大事だと話されてました。

この番組を見てて、結局皆同じなんだなぁと思ったのです。
バランスが大事で、どっちも必要なことだと。
前の記事に書いた、私なりに出た答えも同じでした。

「苦手な事はやらない。ありのままの自分を受け入れてよ。」
では、いつまでたっても周りの助が必要で
一人立ちはできないし周りも辛いと思う。

「苦手な事を克服するし、何でも出来る自分にならなきゃ」と思うのも
自分の姿とかけ離れ過ぎて、本心が悲鳴をあげる。

ありのままの自分の姿を知り、その現実を受け入れる。
でも苦手は出来る範囲で、思考錯誤を繰り返して
克服する努力をした方が良い。
その失敗を重ねて得た経験こそが、とても重要な過程だから。
そこでいろんな事に気付いていくから。
彼らは障害がある故に誰よりも「自分自身」と向き合っているように見えました。

これは誰にでも言える事だと感じました。
その為に「自分自身を深く知る事」と「いろんな経験をして気付く事」
この二つが基本であり、大切なんだなと思います。

みんな同じですね。
発達障害であっても、健常者であっても
有名であっても、無名であっても
金持ちでも、貧しくても
見つめる先は「自分自身」。
そして必要なのが「経験」。

基本的な部分で、やることは誰でも同じなんだなと思いました。


 

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欠けを埋める

2012-10-09 14:53:45 | 日記

今まで、自分の中で見ようとしてなかった部分、
気付かずに放って置いた部分を見ようと、ずっとやってきた。
そんな部分は大概が、反省すべき自分の弱点であり欠点で
毎回、同じ事繰り返してるなぁ、
まったく、ホント情けないよなぁ、と落ち込むことの繰り返しだった。

先日もあった。
父から電話があって、宅配注文した
「冷凍ちゃんぽんの作り方がわからない」と言って来た。
どういう状態で届いているのかも解らないので
「袋に書いてあるんじゃない?」と聞くと
「何も書いてない」という返事。
一般的な作り方を説明したが、そんな感じでもないらしい。
よくわからないので「今日はもう遅いから、明日そちらにいくから」と言うと
「もう袋を開けたから、自分の感で今日作って食べる」とのこと。

結局、どうにかして食べたらしいけど
翌日実家に行って確認したら、
冷凍室に入れてたちゃんぽんの袋にちゃんと書いてあった。
袋の中には、いくつか小袋で分けられた麺とスープが入ってて
その小袋が透明で何も書いてなく、それを見て父が言ったみたいだった。

私は父にその袋を見せて、「ちゃんと書いてあるよ」と説明した。
父は納得したみたいで、まったくなーと思っていたら
その後に私も同じような事をしていた。

食事してバスで帰ろうと時刻表を見てバス停に行ったら
その時間のバスが無かった。
あれ?おかしいな?と思って持ってた時刻表をよく見たら
平日と間違えて見ていて、休日はない時間のバスだった。
 ~(>_<。)~ アチャ~
次のバスは40分待ちだよ…。
どうすっかなー…
そうだ、下のバスがあるんじゃない?
あった、あった、急いで行けば、まだ間に合うぞ♪

結局間に合ったけど、バスに乗る時に思ったんだよね。
まったくなー、自分も同じじゃん。
ホント相手(父)は鏡なんだなぁ…。
人の事言えないよなー。
しかも前回も同じ事していたし…。
そう思って何度も繰り返してる「確認不足」の欠点に
凄く落ち込んでた。 
つくづく、自分って本当にダメだなぁ…って落ち込んだのね。

そんな時に、コメントで「逆のパターンもある」という言葉を貰いました。
想いでやりつづけて気がついたら身についてたという事もある」と。
その言葉を聞いて、そうかバランスが大事なんだなと思ったのです。

反省すると、ずっと負の連鎖のように反省することばっかり続いて
もう、とことん落ち込んで行き、気持ちが暗くなる。
それも実は「地獄」の一部に過ぎないのかなと。
もう、ダメな自分ばっかり見えてきて、そこから抜け出せないみたいな。
それが苦しくてそこを見ないようになるんだろうなと思いました。
それが現実逃避に繋がって行ったのかなと。

だけど逃げないでずっと自分の欠点を見続けるのも辛い。
たがらバランスなのかなって感じました。
私は本当になんでも「形」を見て始める方だったので
心が先にあってという事は少ないのだけど
でも、全然ない訳ではないと思う。

このブログを始めた時だって「心」が先にあって始めた。
途中の道筋は間違っていたかもしれないけど、それもプロセスであって
結果的に大事な事に気付けたのなら、意味があったと思う。
そして、結果的にいろんなことも学んだ。
これが「逆のパターン」なのかなと思った。

そういう自分で気付いてないけど、最初に心があって動いた事は
誰にでも何かあるはずだから、そこを見ていく事が大事なんだなと思った。
どちらかばかりでは偏ってしまう。
良い方ばかり見ても、悪い方ばかり見ても良くない。
だからバランスが大事で、両方見て行くことが大切なのかなと。
自分の悪い繰り返している部分と、自分で気付かずに身に付いた部分と
両方見ていく事で、心のバランスがとれていくような気がした。

それでいろいろと考えていたら、辿り着いたことがある。
どちらも自分の中にあるものだということに。
ただ気付いてないだけ。
そこを見ていないだけ。
なんだね。

だから自分にはない人の長所を羨んだり、マネしたりしても埋まらない。
欠けは欠けのまま。
それを、人を変えて繰り返しても絶対に埋まらない。
整形を繰り返す女性をテレビで見たけど、同じだよね。
人の「あの部分が欲しい」と「創っても」
また、次の「自分にはない人のあの部分」が欲しくなる。
心が一時的に満たされたように感じても、すぐに消える。

だけど、外ではなく自分の中にあるものに「気付く」事で
欠けは埋まる。
もともと自分の中にある部分が、見えてなくて「欠け」ていたんだから。
月の欠けと同じだね。
もともとあるモノなんだよ。
それが暗くて欠けている様に見えるだけ。
光があたれば綺麗に見えてくる。

足りない部分を外に求めていたから「欠け」が埋まらない。
この意味がすこしだけ解った。

 

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花たち

2012-10-06 13:38:10 | 日記

今日は月と木星の大接近でした。

夜中に目が覚めて外を見たけど月が見えなくて
そのまま寝ようとしたけど寝付けなくて。。。

「思い込みは良くない」というのを前日経験したので
もう一度起きてベランダに出て、屋根の真上を見上げたら
ちゃんと月が出てました。(笑)

月の左側にある小さな点が木星ですね。

  


昨日はベランダに新しい花が増えました。
その色の可愛さに一目ぼれしたベゴニア。
   

名前が妙に気になったサザンクロス。
  

丸い形が可愛いいポンポン菊。




花たち



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夕陽

2012-10-01 22:01:19 | 日記

今日の夕陽は凄い色だった。



   



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