松本佳奈が徳之島で働き始めてから足しげく通っているスナック
「犬田布嶺」に最近よく来る人間がいる。
裁判官である。
「マスター、ウイスキーをロックで。」
と、そのどことなく真面目さとふざけた感じが同居した男は、乾いた笑いをしながら
注文したそれを飲んでいた。彼の本宅は奄美大島の名瀬にあるのだが、
ここ 2~3 ヶ月の間、徳之島によく来るのだった。
彼の趣味はこの琉球文化圏の島には似つかわしくない趣味をしている
なんと會津出身の山本覚馬や知る人ぞ知る津軽出身の画家、
杉藤吾といった人間に関する本ばかり読んでいる。
初めて佳奈が彼に遭遇した時、場違いな場所に関する本をよんで悦に浸っていた彼が
不思議だった。
「なんで會津とか津軽に関する本ばかり読んでいるんですか。ここは正反対の琉球の島ですが。」
佳奈は思い切って質問した。
「そうだねぇ。私は東京の小平出身でね。なぜだか北国に憧れた。
両親とも、東京の小平の周辺出身だったから。」
と彼はおどけてみせた。
「でも不思議なものだね。私の赴任先は、沖縄とか鹿児島といった南日本だったから。」
と己の境遇を皮肉そうに笑った。
「でも、外部の私が言うけれども、なんでここ最近徳之島に来るんですか。裁判官さん。」
犬田布嶺のマスターが声を出した。
「そうですね。」
裁判官はウィスキーを口に含みながら、
「松本佳奈さん、あなたが勤務している加賀美屋の新一さんと奥さんの恵美子さんの
離婚の調整で私が徳之島に赴いています。」
マスターと佳奈は、裁判官の発言に目を白黒した。
「ここだけの話私もあの二人はうまく行っていない感じでした。」
佳奈は、そばにいる法曹関係の人間を見ながら答えた。
「うん。他にいるお客さんの手前、ここだけの話ですが、この話はそこら辺に留めておきます。」
と表情を変えずに答えた。
それからして、佳奈も裁判官も店を出た。
「松本さん、これから加賀美屋を背負っていくのはあなたですよね。」
店を出たあと、口を開いたのは裁判官の方だった。
「あ、はぁ。」
この旅館の後継者として仲居頭か若女将になるのは、女将が無理にしていることであって
私の本意ではない。
と佳奈は、言おうとした。
「もしかしたら、あなたが腹をくくれば別の幸せをつかむ人ができるかもしれません。」
と裁判官は、言う。
「あのー。図々しく言い過ぎですが。」
佳奈は少し怒ろうとした。
裁判官はそのまま定宿のビジネスホテルに足を運んでいた。
おわり
「犬田布嶺」に最近よく来る人間がいる。
裁判官である。
「マスター、ウイスキーをロックで。」
と、そのどことなく真面目さとふざけた感じが同居した男は、乾いた笑いをしながら
注文したそれを飲んでいた。彼の本宅は奄美大島の名瀬にあるのだが、
ここ 2~3 ヶ月の間、徳之島によく来るのだった。
彼の趣味はこの琉球文化圏の島には似つかわしくない趣味をしている
なんと會津出身の山本覚馬や知る人ぞ知る津軽出身の画家、
杉藤吾といった人間に関する本ばかり読んでいる。
初めて佳奈が彼に遭遇した時、場違いな場所に関する本をよんで悦に浸っていた彼が
不思議だった。
「なんで會津とか津軽に関する本ばかり読んでいるんですか。ここは正反対の琉球の島ですが。」
佳奈は思い切って質問した。
「そうだねぇ。私は東京の小平出身でね。なぜだか北国に憧れた。
両親とも、東京の小平の周辺出身だったから。」
と彼はおどけてみせた。
「でも不思議なものだね。私の赴任先は、沖縄とか鹿児島といった南日本だったから。」
と己の境遇を皮肉そうに笑った。
「でも、外部の私が言うけれども、なんでここ最近徳之島に来るんですか。裁判官さん。」
犬田布嶺のマスターが声を出した。
「そうですね。」
裁判官はウィスキーを口に含みながら、
「松本佳奈さん、あなたが勤務している加賀美屋の新一さんと奥さんの恵美子さんの
離婚の調整で私が徳之島に赴いています。」
マスターと佳奈は、裁判官の発言に目を白黒した。
「ここだけの話私もあの二人はうまく行っていない感じでした。」
佳奈は、そばにいる法曹関係の人間を見ながら答えた。
「うん。他にいるお客さんの手前、ここだけの話ですが、この話はそこら辺に留めておきます。」
と表情を変えずに答えた。
それからして、佳奈も裁判官も店を出た。
「松本さん、これから加賀美屋を背負っていくのはあなたですよね。」
店を出たあと、口を開いたのは裁判官の方だった。
「あ、はぁ。」
この旅館の後継者として仲居頭か若女将になるのは、女将が無理にしていることであって
私の本意ではない。
と佳奈は、言おうとした。
「もしかしたら、あなたが腹をくくれば別の幸せをつかむ人ができるかもしれません。」
と裁判官は、言う。
「あのー。図々しく言い過ぎですが。」
佳奈は少し怒ろうとした。
裁判官はそのまま定宿のビジネスホテルに足を運んでいた。
おわり