みちのくの風の旅人

米沢・山形・東北の自然や文化を季節の便りとして届けています。

第22回NHK紅白歌合戦 1971年12月31日(金)

2024-12-31 23:05:45 | テレビ番組・ラジオ番組

今年も残り少ない大晦日の日を迎えた。1年前は雪のない年末だったが、今年は例年並みに米沢らしい冬景色になりました。積雪が約50cm、雨の日もあり雪が重くなっているので、年明けには雪下ろしが必要です。

今年もまた、紅白歌合戦がTVから流れて来ています。第75回、知らない歌や馴染みのない歌手が3分の2程度いるので、10年以上前からは途切れ途切れに観る様になりました。


去る12月14日、53年前の紅白歌合戦の放送があった。若かった時代の昭和の紅白には、わくわくする何かがあった。


みんなのベスト紅白 懐かしの「~第22NHK紅白歌合戦回(リマスター版・前編と後編)」

 原文をそのまま掲載しています。

翌年に札幌でのオリンピックを控えたこの年の「紅白」。前編では、レコード大賞受賞曲「また逢う日まで」の尾崎紀世彦、“シンシア”の愛称で大人気の南沙織が登場。また五木ひろしは「よこはま・たそがれ」、小柳ルミ子は「わたしの城下町」でそれぞれ紅白初出場を飾ります。今も歌い継がれる名曲が数多く披露されるなか、応援ゲストにはザ・ドリフターズやコント55号も。司会は水前寺清子と宮田輝アナウンサー。

NHKプラスの見逃し配信の動画から、画像を取り込んでいます。

70代の人には、ほぼ100%顔と名前が一致するのではないでしょうか。


第22回NHK紅白歌合戦 
放送日時
アナログ総合  1971年12月31日(金) 午後09:00 〜 午後11:45

番組内容
青江 三奈(長崎未練)
朝丘 雪路(雨がやんだら)
いしだ あゆみ(砂漠のような東京で)
伊東 ゆかり(誰も知らない)
加藤 登紀子(知床旅情)
岸 洋子(希望)
小柳 ルミ子(わたしの城下町)
佐良 直美(片道列車)
ザ・ピーナッツ(サンフランシスコの女)
島倉 千代子(竜飛岬)
水前寺 清子(ああ男なら男なら)
ちあき なおみ(私という女)
トワ・エ・モワ(虹と雪のバラード)
渚 ゆう子(京都慕情)
弘田 三枝子(バラの革命)
ピンキーとキラーズ(なにかいい事ありそうな)
藤 圭子(みちのく小唄)
本田 路津子(1人の手)
真帆 志ぶき(なげきのインディアン)
美空 ひばり(この道を行く)
南 沙織(17歳)
都 はるみ(港町)
由紀 さおり(初恋の丘)
雪村 いづみ(涙)
和田 アキ子(天使になれない)
アイ・ジョージ(自由通りの午後)
五木 ひろし(よこはまたそがれ)
尾崎 紀世彦(また逢う日まで)
北島 三郎(北海太鼓)
西郷 輝彦(掠奪)
堺 正章(さらば恋人)
坂本 九(この世のある限り)
菅原 洋一(忘れな草をあなたに)
千 昌夫(わが町は緑なりき)
ダーク・ダックス(雪メドレー)
鶴岡雅義と東京ロマンチカ(追憶)
デューク・エイセス(日本の歌シリーズ)
にしきのあきら(空に太陽がある限り)
橋 幸夫(次郎長笠)
はしだのりひことクライマックス(花嫁)
ヒデとロザンナ(望むものはすべて)
フォーリーブス(地球はひとつ)
布施 明(愛の終りに)
舟木 一夫(初恋)
フランク 永井(羽田発7時50分)
美川 憲一(想い出おんな)
水原 弘(こんど生れてくる時は)
三波 春夫(桃中軒雲右衛門)
村田 英雄(人生劇場)
森 進一(おふくろさん)


今年の紅白をバックに、このブログ記事を書き終えました。

今年10月、76歳で亡くなった西田敏行の43年前の紅白初出場の録画が流れた。「もしもピアノが弾けたなら」

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どうぞよいお年をお迎えください。

今朝、赤湯温泉の某旅館の玄関先で撮った写真です。

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被災地からの声 2024-11-9 福島県双葉町

2024-12-14 20:14:27 | テレビ番組・ラジオ番組

毎週土曜日の朝に、NHK仙台放送局制作の『被災地からの声 つぎの一歩』を、13年前からほぼ欠かさずに見ています(しかし、放送時間中に見られない場合もあるので、録画もしています)。

約1か月前、福島県浜通りの双葉郡に用事があり、2泊3日過ごしました。米沢から車で出かける日の朝、偶然にも、双葉郡8町村のど真ん中、原発事故のあった双葉町の人達の声が放送になりました。後日、録画していたのを、再度念入りに見てみました。町のホームページを見ると、福島県内外に6千人以上が避難いていた。

このテレビ番組全体の概要と、当日の放送内容の一部の画像を掲載します。全て、NHK仙台放送局制作の『被災地からの声 つぎの一歩』の 、ホームページからダウンロードしたものです。

この番組について

東日本大震災の9日後に始まった「被災地からの声」。「今、一番訴えたいことは何ですか」という問いかけにかえってきた言葉に耳を傾け、その数はこれまで5500人以上にのぼる。番組では震災14年目となる今年、『あの日の経験からの“気づき”や“学び”を未来に伝える』ことに力を入れていく。

 

 放送の内容をさらに深堀するには、津田キャスターのブログを見るのが一番です。詳しい情報が得られます。

 以上、津田喜章キャスターのブログの一部です。

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NHK仙台放送局の関連ウェブページは以下の通りです。リンクを貼っていますので、クリックしてみて下さい。

 被災地からの声 つぎの一歩 - NHK

 NHK仙台放送局 | 被災地からの声 | 番組紹介 

 被災地からの声 キャスター津田より「福島県双葉町」 | NHK

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久し振りに見た映画&コンサートの秋

2024-12-10 23:21:07 | アート・文化

 今年の秋は久しぶりに集中して、映画4本を観た。過去10年間を振り返ると、観てない年もあり、せいぜい多い年でも2本ぐらいであった。コンサートやライブに至っては、さらに少ない日々だった。半年も過ぎると忘れてしまいそうなので、記録に残すことにしました。

9/30(日)  米坂線復旧応援ライブ 飯豊町手ノ子 白崎映美さん、山口岩男さん他 

10/25(木) 天童よしみのコンサート シェルターなんよう

11/6(水)  三山ひろしのコンサート シェルターなんよう

11/19(火)  室井慎次 敗れざる者(前編) 主演 柳葉敏郎

11/22(金)  SYHOGUN 将軍 主演 真田広之

11/26(火)  沈黙の海    主演 本木雅弘

11/30(日)  白崎映美コンサート「井上ひさしソングの世界」in 川西町

12/4(水)   室井慎次 生き続ける者(後編) 主演 柳葉敏郎

水色のタイトルには、掲載された記事のリンクを貼っています。クリックしてみて下さい。


パンフレットやチケット(一部紛失した物もあり)の画像を掲載します。

 

上杉鷹山公の演劇DVD上映会にも、参加したので写真に収めました。

ところで、映画は晩秋特有の天候の悪い、時雨模様の日の平日の昼に鑑賞しています。ほとんどがシニアで、2~15名と、良い席でゆっくりと見ることが出来ました。

それぞれの映画を観るきっかけについては、いろいろありますが、1つだけ「沈黙の海」について書きます。

スマートフォンにラジオ番組放送を聴けるアプリ[radiko]を、1年以上前に入れてから、都合のいい時間に、好きな放送を聴いています。その1つに、日本放送music10(月から木)があります。11月20日、月に1回水曜日に担当する岸谷香さんの時に、高校の同級生だった本木雅弘さんがゲストに出て、トークに弾んでいました。上映中の主演映画「沈黙の海」の話もしていました。2008年に公開され、第81回アカデミー賞外国映画賞や第32回日本アカデミー賞を受賞した映画「おくりびと」は、16年前ですが鮮明に覚えています。庄内地方地方を中心にロケが行われたので、当時酒田市や上山市のロケ地を訪れたことがあります。

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次回は、『原発事故と大震災・福島双葉地区の今;⑧エピローグ~沈黙の悲しみ~』で触れた、仙台放送局「被災地の声」について、詳しい内容を紹介したいと考えています。

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白崎映美コンサート「井上ひさしソングの世界」in 川西町 2024-11-30

2024-12-05 23:14:06 | アート・文化

 11月30日の夕方、米沢の自宅から車で20分弱、ライブ会場の川西町にあるフレンドリープラザに、小雨の中ほぼ満車の駐車場に到着した。白崎映美コンサート「井上ひさしソングの世界」が既に開演していて、ホール外のロビーには誰もいなかった。訳があって遅れてたので、扉の外で歌の合間のほど良い頃を見計らって、小走りで最前列のど真ん中に座った。手を伸ばすと届きそうな場所だった。

  第一部が1時間弱で終わり、休憩を挟んで、第二部は井上ひさしソングの世界を、歌い演じていた。地元の子供たちがひょっこダンサーズとして、参加していた。

 LIVEの最中は、周りに迷惑になるので写真は撮れなかったが、アンコールの時に撮影タイムがあったので、その時に急いで数枚撮影出来た。

 背中に60と刺繡されたステージ衣装は、友人たちからのプレゼントとのことだった。2ヶ月前飯豊町のライブで見た、華やかな衣装とのギャップには驚いた。

コンサートチケットの発売日初日に、フレンドリープラザに出掛けて購入したので、最前列ど真ん中の席となった。

午後3時に開演したコンサートは、大盛り上がりの後、5時半頃に終了した。

その後ロビーで、購入した本(あったかほうさと鬼うたひ)に白崎さんのサインを入れてもらうと共に、ツーショット写真も撮影していただき、大満足の日となった。

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以下のURLは、白崎さんのインスタグラムの川西町での、コンサート記事です。様々な写真も掲載されていました。どうぞ、アクセスしてみて下さい。

https://www.instagram.com/emi_shirasaki/p/DDEHWgnyPh4/?hl=da&img_index=1

 漢字のうた ↓

 

 井上ひさし先生の人形

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今回のコンサートチケットの購入に至った経緯について、話します。

およそ2年前、スマホにラジコのアプリを入れ、YBCラジオの中では、白崎さんの毎週火曜日夕方の「ちょっと寄ってげRADIO*GAGA」初め、いろいろな番組を聞き逃しで聴いています。毎週楽しみに聞いている内に、すっかりファンになってしまいました。

9月29日「米坂線復旧応援ライブin飯豊町手ノ子」に、地元の人達に交じって参加し、初めて白崎さんの生の音楽に接して、今回のライブの紹介もあり、約2ヶ月楽しみにしていました。 


以下、手ノ子でのライブのブログ記事の一部を紹介します。

米坂線復旧応援ライブin飯豊町手ノ子

2024-10-09 22:43:53 | アート・文化

飯豊町出身のシンガーソングライターあべあいこさん、風とたんぽぽの歌に続き、メインゲストの酒田出身の白崎映美さんが、派手なステージ衣装(以下の写真)で登場した。山口岩男さんもソロで歌ったり、白崎さんの伴奏をして盛り上げた。

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原発事故と大震災・福島双葉地区の今;⑧エピローグ~沈黙の悲しみ~

2024-11-30 10:48:02 | 東日本大震災に寄せる想い

福島県浜通り、特に原発に近い双葉郡の印象には、物言わぬ沈黙の悲しみが満ちていた。

あの日から13年間、時計が止まり続けている帰還困難区域や、数百人もの命を奪った集落跡の広大な更地。

少しずつ新たな一歩が始まっていた。これからも、現地を訪れて、見守り続けたいと考えています。

ところで、NHK仙台放送局制作、毎週土曜日の朝の『被災地からの声つぎの一歩』を、13年前からほとんど欠かさずに観ています。9日双葉郡に出掛けた日の朝は、偶然にも双葉町の人達がTVに出ていました。

酒田出身の歌手、白崎映美さんの「更地のうた」を、ふと思い出しました。

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◆ 前回のブログ記事の続き、浪江町から米沢の自宅に戻るまでを、以下書き記しました。◆

 

11日の正午頃、請戸小学校を出発して、浪江町の中心部にある、道の駅なみえに15分ぐらいで到着した。

店内で土産物を買った後、昼食を済ませた。

道の駅の奥には、子供たちが遊べる公園があった。令和2年12月にオープンしたラッキー公園である。浪江町 マスコットキャラクターピカリの大きな構造物があった。

道の駅全景 小春日和の陽射しが眩しかった。

国道6号線そばの道の駅なみえを後にして、走ること約40分、道の駅南相馬に立ち寄った。

浪江町の大半は、第一原子力発電所から20km圏内にあることから、立入りが制限されていたので、今回が初めての道の駅訪問となった。一方、道の駅南相馬は、20km圏外にあり、13年前から数えると5回以上は訪ねた様な気がする。

道の駅南相馬を後にして、走ること約30分、相馬市東日本大震災磯部地区慰霊碑の駐車場に到着した。

月曜日の午後2時前、訪問者は自分一人だけだった。13年前に約300名の尊い命が、津波に飲まれた。

かつて集落があった所は、太陽光発電のパネルで埋まっていた。慰霊碑から歩いて3分、沈黙の海がどこまでも遠く、広がっていた。

磯部海岸の堤防から、慰霊碑のある駐車場に再び戻り、一路米沢へと向かった、

東北中央道の道の駅伊達の郷りょうぜんに、午後3時頃に着いた。15分ほど休憩してから、再び東北中央道に上がった。米沢の玄関口の八幡原ICで下りて、西部地区にある自宅に到着したのは、約1時間後だった。

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

 参考資料として、以下の通り示します。

 3.11直後の放射能汚染図

     下の図表は、10日の午前中に見学した、東日本大震災・原子力災害伝承館の研修用テキストの抜粋です。

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かつて原発から20km圏内が、立入禁止だった頃、浜通りの北は相馬市方面から、南はいわき市方面から、幾度か出掛けて、ブログに掲載している。後日、整理して紹介したいと考えています。

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