だから日本企業はコロナワクチンを作れなかった…
日本の医療を周回遅れにした厚労省の不作為を告発する3万人規模でテスト済みなのに、200人規模で再テストする滑稽さ
イギリス人開業医が発見した「免疫」の獲得方法
我々の身体には、病原体の侵入により発病することを防ぐ防御機能が備わっており、このしくみを免疫という。
天然痘は、天然痘ウイルスによる恐ろしい病気で、死亡率が高く、運よく治癒しても身体に瘢痕が残る。
古代エジプトの王も天然痘で死亡した者が知られている。
しかし、近代医学の成立よりはるか以前から、天然痘に一度罹れば、二度と罹らないことが知られていた。
つまり天然痘が運よく治った人々の体内には、天然痘ウイルスに対する抵抗力ができるのである。これが免疫にほかならない。
そしてインドでは古代から、天然痘患者から採取した膿を乾燥させ、これを健康な人々に接種して軽度の発症を起こさせ、天然痘に対する免疫を獲得させる予防法が行われていた。
この方法は18世紀初めに欧米に伝えられ、天然痘の予防に使用された。
しかしこの方法で患者の膿の接種を受けた者の約2パーセントは天然痘を発症して死亡し、安全性に問題があった。
18世紀末、英国の田舎の開業医、エドワード・ジェンナーは、農家で牛の乳しぼりを行う農夫は天然痘に罹らない、という事実に着目した。
牛の天然痘である牛痘に人が感染し発病しても、症状は軽く瘢痕も残らない。
彼は農夫の子どもに牛痘を接種し、この子どもが天然痘患者の膿を接種されても、天然痘を発症しないこと、つまり天然痘に対する免疫力を獲得したことを確かめた。
こうして人類は、牛痘接種による天然痘予防手段を手にいれたのである。
この歴史的成果をジェンナーは論文として英国王立協会に提出したが、全く無視された。彼が一介の田舎の開業医に過ぎなかったからであろう。
彼はやむなく、この成果を書物として出版し、英国を除く欧米諸国はこの書物を直ちに自国語に翻訳し、ジェンナーの創始した「牛痘法」は急速に広まっていった。
なお後年、功成り名遂げたジェンナーは、ロンドンの医科大学から教授として招かれたが、一部の人々は彼の教授としての資格を確かめるため学力試験を行う、と主張した。結局ジェンナーは教授就任を断った。
このような「成り上がり者に対する嫌がらせ」は、我が国のみならず、どこの国にも存在するようである。
健常人を実験動物とする「大規模二重盲検テスト」
ジェンナーに関する今一つの問題は、彼が「牛痘接種」と、これに続く「天然痘接種」を、他人の子どもに対して行ったことである。
これは他人の子どもの生命を危険にさらす行為であった。
このため、我が国で流布した「偉人伝」では、ジェンナーは自分の息子の生命を賭けてまで「牛痘法」を確立した偉人であると記されていた。
私も少年時代これを読んで感動した。しかし事実は全く違ったのである。
少なくとも当時の欧米諸国の「階級制度」のもとでは、ジェンナーの行為の倫理的な側面は取り立てて問題にされなかったのであろう。
これに反して我が国では、江戸時代に世界に先駆けて人体の全身麻酔に成功した華岡青洲は、彼の妻に対して全身麻酔を試みたのであった。
そして彼女は、このために失明した。
この経緯は現在も美談として称えられている。したがって我が国では、ジェンナーが他人の子どもに行った行為は、人々に受け入れられないであろう。
私の私見では、この我が国と欧米諸国との間の倫理観の差異が、後で論議する「大規模二重盲検テスト」の我が国での不成功の原因をなしているように思われる。
なぜなら、倫理的に考えれば、危険が少ないとはいえ、健常人を実験動物として扱うこのテストは、我が国の担当医師にとっても釈然とせず不愉快なものだからではあるまいか。
国外の新薬承認が日本で長い時間がかかる理由
我が国の厚生省(現在の厚生労働省)は、民間の製薬会社やベンチャー企業に対する助成を行わず、新しく開発された薬剤、あるいは治療法などの許認可のみを行っている。
これは、他の省庁、たとえば経済産業省が、我が国の企業の創造力と国際競争力を高めるため資金援助を行っているのに比べ、対照的であり、奇異でさえある。
私を含め、読者の方々も、国外で薬効著しい薬が開発、市販されても、我が国の厚労省が容易にこれを認可せず、多くの場合約1年後にやっと認可されることに焦燥感を覚えられた記憶がおありであろう。
このような事例に対する厚労省の言い分は、「我が国の国民と欧米人とは体質が異なり、欧米で使用されている薬剤の販売を我が国で直ちに許せば、副作用が出る可能性がある」というものである。
では厚労省は、国外で販売されている薬を、実際に多数の被験者に投与し、副作用の有無を調べているのであろうか。
厚労省の研究機関である国立感染症研究所では、そのような業務は行っていないようである。
したがって、悪く勘ぐれば厚労省は、自らの存在あるいは権威を示すため、このように認可を遅らせているとも考えられる。
ここでは、この厚労省の不合理、理不尽な対応により、経済的困難にあえいでいる我が国の鍼灸師の例について、少し説明させていただきたい。
鍼灸が保険対象になった欧米、ならない日本
まず、ワクチンや薬物の有効性を確認するには、最終段階として二重盲検法を実施する必要がある。
これは被験者を二つのグループに分け、一方のグループには本当のワクチン、あるいは薬物を接種・投与し、他方のグループには無害、無益の「偽薬」を接種・投与し、これらのグループにおける効果を統計的に比較するものである。
この方法は、無害、無益な偽薬を接種・投与されていたとしても、心理的な安心感から偽薬の効果が現れる「プラセボ」効果を除外するため考案された。
さて、我が国で長い伝統を持つ「鍼灸」分野に対する欧州各国の研究者の関心は、昔から高く、フランスでは心電図に及ぼす鍼灸効果などが研究されていた。
これに対し、第2次世界大戦終了後、我が国に駐留した米軍は、鍼灸治療は無意味であるとしてこれを廃止させようとし、我が国の生理学者たちの懸命な説得でこれを撤回させた。
この出来事とは対照的に、第2次世界大戦終了後、鍼灸はドイツをはじめとする欧米各国で急激に流行するようになり、現在も広く行われている。
特に欧米で鍼灸を扱う医師たちは、国際的に協調し、数カ国にまたがる数千人規模の、膝の疾患に対する鍼灸治療を、健康保険の対象とすることに成功した。
そもそも、皮膚に鍼を刺入する行為は、二重盲検法とはなじまない。
しかし欧米の医師たちは、医師にも被験者にも鍼を刺入した、あるいは刺入されたと感じられるような巧妙な鍼刺し入れ装置を考案し、数千人規模の二重盲検テストの実施に成功したのである。
二重盲検法は「被験者を実験動物のように扱うやり方」
これとは対照的に、我が国の厚労省は、いまだに頑として鍼灸を健康保険の対象とすることを認めず、このため我が国の鍼灸師の多くは経済的に苦しんでいる。
厚労省の言い分は、「健康保険を適用してほしいなら、欧米のような大規模の二重盲検テストを行え」の一点張りのようである。
我が国では、この二重盲検法の被験者が30人を超えたことがなく、もっと多人数で実施を計画しても、途中で計画が空中分解してしまうという。
つまりこの方法は、我が国の人々にとって倫理的に抵抗があるように思われる。
ジェンナーが牛痘接種の際、他人の子どもを生命の危険にさらした行為を嫌い、これを自分の子どもであったとして美談に作り替えた我が国の倫理観では、二重盲検法を行う医師は、自分を信頼する被験者を実験動物のように扱っているように感じ、抵抗を覚えるのであろう。
我が国ではこのような理由で、鍼灸効果の二重盲検テスト実施が不可能なため、鍼灸師たちは約10年前、欧米の鍼灸研究者を招待して大規模な学術会議を開催するとともに、欧米での鍼灸効果に関する大規模二重盲検テストの報告書を翻訳して広く配布し、我が国でも欧米諸国と同様に、鍼灸が健康保険の対象となるよう訴えた。
しかし厚労省はこの訴えを拒否し、現在に至っている。
厚労省は感染症への備えをことごとく怠ってきた
すでに述べたように、我が国の厚労省はもっぱら医薬、治療法などの許認可を行い、我が国の国民の健康の増進のための、民間製薬会社、民間研究機関などでの研究に対する定常的な援助を行うことを怠ってきた。
また、新興の感染症が我が国に波及した際に、国民の健康ばかりか社会活動を破壊する危険性に対して備えることも怠ってきた。
我が国の衆参議員の選挙が小選挙区制になってから、政治家が選挙民の票を集めるには、目先の事柄を取り上げて訴えなければならなくなり、この結果「大所高所」からの意見を述べる政治家が激減した。
いつ起こるかわからない感染症の我が国への襲来などを訴えても、票には結びつかない。
本来であれば、我が国の政府こそ、将来の感染症の流行に備えておく責任があったのである。
現に新型コロナウイルス感染症以前にも、何度か感染症が我が国に襲来する危機があったが、幸い我が国の被害は軽微であった。
しかし、それだから一層、来るべき感染症の我が国への侵入に対する備えを周到に行う必要があった。
しかし厚労省はまたしても何もしなかったのである。
この度し難い体質は、昔、北里柴三郎を伝染病研究所から追放する東京帝国大学教授たちの暴挙に唯々諾々と従った、当時の厚生省の無定見の帰結であった。
こうして我が国は、ワクチン製造に関して、世界周知の「周回遅れの国」となったのである。
ワクチンが製造から販売されるまでの3つのプロセス
ここで、ワクチンの製造から認可を経て販売に至る過程をまとめてみよう。
製薬会社がワクチンを製造し、認可、販売までこぎつけるには、以下の第1相から第3相までの試験をパスする必要がある。
(二)第2相試験:これは症状が比較的軽い感染患者を対象として行うテストで、患者にはワクチン接種の目的を知らせない。
プラセボ効果を除外するためである。このテストで、最も安全で効果の大きいワクチンの接種法を決定する。
(三)第3相試験:第2相試験で決定した方法に従って、ワクチン接種を行う。
この際、被験者を無作為に二つのグループに分け、一方のグループには真のワクチンを、他方のグループには偽のワクチンを接種する。
この第3相試験には、1万から3万人の被験者が必要とされる。
そして、これら二つのグループ間でのワクチンの疾病に対する予防・治癒効果に統計的な有意差があれば、そのワクチンの製造・販売が認可されるのである。
さて言うまでもなく、数万人のオーダーの被験者を必要とする第3相テストは、予め準備がなされ、十分な数の被験者が確保されていなければ、実施は困難である。
「島国で人口が少ない」は理由になっていない
この点について、一時テレビや雑誌などで奇妙な説明がなされていた。
「我が国は小さな島国で、人口も少ないので、とても数万人のオーダーの被験者を揃えることはできない。
したがって国産のワクチンは作れない」というものである。
しかし人口が我が国の半分もいない英国や、さらにはるかに人口の少ないベルギーなどでも、とうにワクチンが製造販売されているではないか。説明になっていない。
ついに本年(2021年、執筆時)4月下旬の「毎日新聞」に、我が国のワクチン対策が「周回遅れ」であると断じる記事が掲載された。
またGoogleにも同様の記事があり、厚労省のワクチン準備に関する「不作為」が明らかになった。
ワクチン購入費の約1兆円は「不作為」のツケである
余談であるが、私は1960年代の半ば頃、米国の国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)に研究員として勤務していたことがある。
当時から米国の健康保険は不備で、低所得者は高額な健康保険に加入困難で、もし病気に罹れば、高額な診療費を支払う必要があり、よほどのことがなければ病院には足を運ばない。
しかし私がNIHの大病院の待合室を通ると、いつも大勢の患者で混み合っている。
不思議に思って同僚に尋ねると、「あの人たちは診療費を免除されていますが、その代わり、もしワクチンや薬物の第3相テストが必要になると、被験者として参加する約束になっているようですよ」とのことであった。
どうやら米国では、このようにして感染症の蔓延に備えているようであった。
歴史的にペストなどによる大災害を経験した欧州諸国では、米国と同様の契約を、旧植民地やこれ以外の世界各国と結んでいるに違いない。
このような感染症の蔓延に対する、ワクチンの製造販売に不可欠な第3相テスト参加要員の手配は、欧米諸国では常時行っているに違いない。
本国の人口が少なくても、英国やベルギーには広大な旧植民地がある。
いずれにせよ、この問題には「ギブ・アンド・テイク」の要素が深く関わっているのであろうが、長年「不作為」の怠慢を重ねてきた我が国の厚労省は何の知識も持ち合わせず、今さら欧米諸国にノウハウを尋ねても教えてくれるような事柄ではないだろう。
こうして我が国は、国外からワクチンを購入するため、約1兆円の支出を必要とするといわれる。何と高くついた不作為のつけだろう。
厚労省の「安全性確認」は無意味を通り越して滑稽
先述の「毎日新聞」の記事では、厚労省の許認可の遅れについても非難している。
すでに各国でいろいろなワクチンが製造・販売されていたにもかかわらず、厚労省は相変わらずまだ一社のワクチンしか認可していなかったからだ。
一部の政治家はこれに気付かず、「複数の種類のワクチンが近く輸入され、我が国の国民は好みのワクチンを好みの場所で接種できますよ」などと言明し、河野ワクチン担当大臣(当時)が慌てて、「我が国では、まだ一種類のワクチンしか認可されておりません」と訂正する始末である。
いかに厚労省の認可までの時間が、常識外れに長いかがわかるであろう。
2021年6月号の『文藝春秋』の記事によれば、すでに3万人規模の第3相試験を経て米国で認可されたワクチンに対する厚労省の認可の遅れは、同省がこのワクチンの日本人に対する安全性を、わずか200人規模の被験者でテストし、確認していたためであった。
米国の第3相試験には多くの日本人が含まれているはずであり、また3万人規模のテストに対しわずか200人規模のテストを繰り返すなど、無意味を通り越して滑稽である。
しかし厚労省の悪慣行は、いずれ政府により是正されるであろう。その日が一日でも早く来ることを願わずにはいられない。
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