小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

海外コンテポラリー・パーフォーマーと議論する:小諸青雲館AIR

2019年05月21日 | 社会戯評

海外コンテポラリー・パーフォーマーと議論する:小諸青雲館AIR

 

小諸の青雲館アート・イン・レジデンス(AIR)に滞在して、地元のジャズダンス・スクールや日本舞踊の伝統流派やニューウェーブ系の日本舞踊流派などとのセッションや発表会への参加コラボを通じて、<表現者としての在り方>や、<コンテンポラリー・パーフォーマンスとは何か>、そして、昨年・今年の<地元住民関係者との交流とは、どのようにしていったものか>について、理屈っぽい古稀を過ぎた老人との議論が、始まった。

 <表現者としてのパーフォーマー>と、<オーディエンスとしての受け手である、観客>とは、<事前の説明がなくて、どのように、コミュニケーションをとるのか?>この質問の発端は、彼ら二名が、デュオの形で、日本舞踊の家元から、黒田節を教わり、これを演舞するという演目で、オーディエンスは、皆、この黒田節や、或いは、白虎隊に関しては、一定の理解を、その歴史。文化的な背景を理解しているという前提であるとはいうものの、コンテンポラリー・パーフォーマンスは、一体、事前に、どのような内容のモノなのかは、説明の必要がないのかというところから、出てきた。つまり、互いの何の<共通認識>が、なくして、果たして、<相互のコミュニケーション>、或いは、<眼に見えない化学反応が生じるのだろうか>という疑問!!である。

 たまたま、ジュースを飲みながら話をしていたので、これは、ジュースですよと説明した上で、パーフォーマンスをすれば、ビールではないことは、間違いなく伝わるだろうが、もし、誤解されるようであれば、それは、下手な演者であろう。しかし、そこには、全く、<教科書通り>で、決して、<想像する力が、オーディエンスの方には、生まれてこない>。<模範解答を演者から、示したり、提示するモノではないのだ>と、、、、、。むしろ、○○のようなもの、というような漠然とした何ものかを、パーフォーマンスで提示し、<想像力をかき立てるモノ>であって、決して、古典的なクラシカルな伝統芸能文化という<教科書ではない>と、、、、。

 では、<どこまでが、マッチングするというのか?>、相互にふれあうことになるのか?オーディエンスのレベルが、まちまちである以上、そのどこへ、演者は、訴えかけるのであろうか?古典というものであれば、例えば、黒田節なら、かくあるべしと言う理想的な、教科書的なもの、白虎隊であれば、白虎隊というものが、現としてある訳なのであろうか?能楽・歌舞伎・浄瑠璃・クラシックバレーも含めて、<演者の表現力とは、どのように反映されるのであろうか?>私には、この点が、コンテポラリー・ダンスという、謂わば、勝手に、如何様にも、解釈、新たな解釈を加えて、変容しても、許されるモノなのであろうか?

 昨年来日したときに、ドイツからのコンテンポラリー・パーフォーマンスは、Everybody Knows というヒット曲に併せて、割り箸をその象徴とするような演舞で、エコの精神やゴミのリサイクル、プラスチックゴミの問題提起を演じたものの、そのとき、事前解説として、そのような趣旨説明をおこなったものの、果たして、<その事前説明は、必要であったのであろうか?>事前説明というモノは、教科書的なモノの提示であって、決して、オーディエンスの想像力を刺激するモノではなかったのかもしれないという反省!

 岡本太郎は、芸術は、爆発だ!といったモノであるが、化学的反応と大爆発とは、一体、<どのような条件下があれば、成立する>モノなのであろうか?それとも、木っ端微塵に雲散霧消してしまうのであろうか?<目に見えない演者とオーディエンスとの交流なのか>、ふれあいなのか、将又、大爆発なのか?それが、一種の<感動という結果につながるモノ>なのであろうか?

 画家が年齢と共に、<作風が変化>してゆくように、コンテンポラリー・パーフォーマーも、同様に、<どのように、変化・変質してゆくのか>?何が変わり、何が変わらないのか?<伝統的な型>などは、この変質しない中核のようなモノなのであろうか?

ガイジンというコトだけで、日本舞踊もうまく踊れますね!ということは、褒め言葉であっても、<仮に、面をつけて、ガイジンという露出を隠して、演じたならば>、どのように、日本人のオーディエンスは、受け取るのであろうか? 仮面劇、仮面舞踏というものも、今後のワークショップには、試してみても面白いかもしれない、次回への改善が、必要であろう。

<気配>というモノを消すことは、パーフォーマンス、踊りの中で、可能なのであろうか?<動と静>のぶつかり合いや、或いは、<動と動>、或いは、<静と静>の中での、能楽などの、日本舞踊でも、ジャズダンスでも、音がなければ、果たして、どのような<静の世界>で、表現が可能なのであろうか?踊り手の側で、<ガイジンという気配・存在を消して>、それでも、古典的な日本舞踊の踊りの世界では、<表現は、可能なのであろうか>?ジャズダンスが、動とすれば、日本舞踊は、静の世界なのか?踊りを演じる前にも、コンテンポラリーダンスも、ジャズダンスも、団体で、一緒に、気分を高揚させるために、エイエイオー的なシュプレヒコールで、気合いを入れるのに対して、日本舞踊や能の舞では、事前に、<沈思黙考・瞑想>が、或いは、<静的な精神統一>が、不可欠なのであろうか?

全く歌詞の分からない、演歌の歌謡曲を、メロディーだけで、解釈して、振り付け表現して貰ったり、同じ曲を、別々に、日本人、ガイジンのパーフォーマーで演じ分けて貰ったり、<違いとは何か>を認識して貰ったり、<多様性とは何か>を感じたりも、面白いかもしれない。

まだまだ、次から次へと、疑問が生じてきて、もっとも、自分の英語能力の低さから、こうした微妙な言語表現が、伴わなかったせいなのか、眠気のせいなのか、分からないが、この次に、議論は、継続することと相成りました。それまでに、もう少し、関係者にも、質問して、勉強しておきましょう。お楽しみに、、、、、続く、、、、、to be continued,,,,,,,,,,,とします。

 


時代が変わる節目:天皇という存在と総理大臣

2019年05月02日 | 社会戯評

時代が変わる節目:天皇という存在と総理大臣

 

どこもかしこも、一応総改元祝い、右へ並への番組一色である。何故、こうも、まるで、帯状疱疹のウィルスが突然、組成してきたようなはしかのような異様なフィーバーぶりなのであろうか? 成る程、戦後の混乱期に、マッカーサーが、朝鮮戦争を境に、政治的な国民の統合としての象徴天皇制を、政治的に、なぜ利用しようとしたのかが、うっすらと理解出来るような気がする。零和の里などと喧伝された、太宰府天満宮ですら、わずか1日の入場者数が、3年分にも、達するとは、何とも、驚くべき、予期せぬ効果ではなかろうか?平成30年間の特集を振り返ってみても、日本の本当の意味での<時代の変革>という観点からのテレビ特集はなかったような気がしてならない。それ程、時代の変遷というエポックメイキング的の出来事は、まるで、太平洋戦争の開戦日にも、観られなかったような異常な高揚感に満ちているといっても過言ではない。

 象徴天皇としての時々の言葉やその行動の裏には、自らの誕生日に、東京裁判での戦犯への絞首刑の執行日が、モノ語るように、まさに、昭和天皇の犯した罪とその贖罪への、或いは、平和に対する、災害も含めた被災者、戦災者へのいたわりという意識が、国民に寄り添わなければならないという、まさに、<国民統合の象徴>という役割を果たしてきたのかもしれない。これに対して、<国民の代表>としての、総理大臣たる、安倍晋三は、憲法改正や、忖度・偽装・改竄などで、<建前論に近づこうとする天皇の言葉と行動>とは裏腹に、お題目の如き国民を疑似代表とする<ホンネの使い分け>を、行うという対照を映し出している。とりわけ、沖縄への住民へ降りそうと言うことは、タダの一度として、今でもないのは、どうしたモノであろうか?

 戦争がない時代とか、災害がない時代とか、世界中の人たちが平和と安寧の中で、幸福に暮らせる時代とか、そんなことは、誰しもが、実現されないと分かってはいても、分かっているが故に、そう願わざるを得ない現実が、一方では、存在する。凜とした佇まいとか、安心感を与える存在というような、まるで、模範的な修身道徳教育の理想から抜け出てきたようなそんな象徴的な人物像が、醸し出されているようでもあるコトが、この境目の日にも、感じられるは何故だろうか?それは、上皇にしても、新天皇にしても、自分の責任では決してなく、むしろ、それは、その国民統合の象徴という霧のような曖昧なモノを、利用せんとするものの存在を忘れてはならない。太平洋戦争の開戦日に、その日記に、皮肉な感想を記した、永井荷風ではないが、私たちも、時代が変わる節目とは、一体、何なのか、将来から過去の一時を眺めることしか、出来ないのであろうか?それとも、その通過時点で、はっきりと、分かるものなのであろうか?この日に生まれたということも、出産したことも、この日に死んだことも、この日に、結婚届けを提出したことも、どれだけの節目の価値が、どれほど、日常の連続性の中で、いかほどの価値があることなのであろうか?

 時代に即した皇室の在り方とか、象徴天皇としての在り方とは、一体、どんなモノなのであろうか?少なくとも、上皇となった平成天皇が、戦後、小泉信三やヴァイニング夫人に師事したコトを考えれば、留学経験という自分の頭でグローバルな思考と多様性の中で、考えることを学ぶことが出来た新天皇は、国民の間接的な代表たる総理大臣とは、異なる、日本人、或いは、日本としての理想的な在り方を、その言葉と行動とで、日本国民、或いは、全世界の人々にも、直接的に、グローバルに、訴えかけていける可能性があろう。それは、新天皇のみならず、新皇后にも、元女性外交官としての貴重なキャリアを生かした、重要な新天皇へのサポーターとしての役割と重責が課せられることでもあろう。何の象徴なのかを、問い直すときに、どこかの国の皇室みたいに、自由恋愛の末に、スキャンダラスまみれな元女優達とは異なり、凜とした、世界に堂々と胸を張って誇るべき日本の文化、伝統、歴史を、主権者たる国民次第で、如何ようにも、良い意味にも、悪い意味にも、時代は変節してしまう可能性があることを、改めて、確認されることになろう。渋谷のスクランブル交差点の大画面に群がる人の波と数寄屋橋交差点で、号外の配布に群がり狂喜乱舞する人たちは、このとき、何を思い、そして、30年後に、あの出来事を、何と思うのであろうか?