小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

オン・ディマンド出版という形での絵本の創作ノート:

2013年06月30日 | 社会戯評
オン・ディマンド出版という形での絵本の創作ノート:
我が老犬が、生きている間に、既に、構想は練られていたのであるが、こんなにあっけなく、逝ってしまうとは予想だにしていなかった。我が老犬の一生を、あるアナログ出版社からのお誘いでは、余りに、その出版費用が高くて、それこそ、自動車1台分くらいは、有に、購入できてしまう額だったので、流石に、二の足を踏むことになってしまい、結局、オン・ディマンド出版という形で、個人書籍出版を試みようとしてみようと考え始めた。そんな折りに、「OPS出版社」という会社で、データベースを主たる事業にすえているものの、電子書籍とその個人出版を、オン・ディマンド出版という形で、デジタルとアナログの両方で、手軽に手掛けられるようにと云うことで、絵本や、ブログ・自作の研究成果を纏める出版事業を請け負っているところと、4月頃に、企画を纏めて、打ち合わせをさせて戴いた。もっとも、イラストの方をある筋の芸術関係の学生を卒業した方に依頼したものの、最終的には、このイラストの完成締切途中で、行き詰まり、結局、別の方へ、依頼せざるを得なくなってしまったが。。。。。日本語と簡単な英語併記、或いは、英語とベトナム語とか、タイ語、中国語での併記も構想中で、日本でのISBNコード番号の登録が、終了したら、各国で、出版を電子書籍で、やってみようかとも思案中である。子供の絵本と同時に、英語の勉強にもなるかなとも、、、。まともに、活字で、出版しようとしても、専門的な知識がないと、結局部数も多く印刷せざるを得ず、又、その分コストも嵩み、ペイしないものになってしまうものである。電子書籍との並行での出版の道で、こういう状況に、素人でも簡単に、風穴を空けることができれば、極めて、有意義なことであろう。当面、イラスト画が完成した暁には、最終校正と最終デジタル・データ化を知り合いに、依頼して、完成に近づけたいと考えている。何と云うことはない、ベトナムや中国では、こうした出版の自由が認められていなくて、意外な一面を垣間見たような気がする。電子書籍は、そんな壁も、あっけなく、出版の自由の規制をクリアしてしまうかも知れない。果たして、後ひと月くらいで、どのようなイメージのイラスト画が出来上がるか、おおいに楽しみであるし、完成されるであろう絵本が、どんな感じに仕上がるか、今から、楽しみである。
OPS出版社HP: オン・ディマンド出版関連
http://www.opsco.jp/


大久保佳代子から目が離せない?!:

2013年06月29日 | 社会戯評
大久保佳代子から目が離せない?!:
別にお笑い芸人ファンでも、芸能通でもないが、何でも、最近、アラフォー、とりわけ女性から、支持率が高くなってきて、出演する番組の視聴率が、急上昇中であるそうである。光浦靖子とコンビで、「オアシズ」という名前で、売り出すも、それ以前からも、電波少年やらで、ブレイクしていた実績はあったが、、、、、有吉同様、一時期、OLをやっていたりと、なかなか、その芸人人生模様は、波瀾万丈、興味深いものがある。何故、そんなに、ブサイク女芸人として、再び、売り出してきたのであろうか?きわどいエロさを売りにしても、檀蜜と一緒では、どう見ても、勝負は初めから決まっているものの、なかなか、お笑いと軽口という土俵での勝負は、どうしてどうして、一定の評価はどうやら、得られているようである。光浦同様、その学歴にも驚かされるが、演劇も陰ながら勉強を怠らなかったとは、これ又、驚きである。朝ドラにも、出演するとか、又、別のドラマ出演も決まっているとかで、本当に、何処までが地で、どこから先が、演技(?)なのか?そして、その先にあるであろう「芸」にまで、行き着くのであろうか?それとも、あだ花のように、一時的に、ブレイクして、お終いになるのであろうか?芸人とは、面白いモノで、こういう状況が作り出されると、逆に、真剣に、今度は、単なるギャグでも、何か、裏があるのではないかとばかりに、真剣な眼差しで、見てしまうようになるものである。女有吉とは、良く言ったもので、やはり、芸人というものは、一度、血反吐を吐きながら、人生のどん底を這いずり回って、底から這い上がってこないと、どうやら、本物というレッテルは、生涯得られない何者なのかも知れない。光浦が、インテリ・クイズ芸人なら、大久保は、やや危険なエロさを売りにした新しい異能な女芸人であり、余計な廻り道をしてきただけに、同世代の女性から、今日、受け容れられ始めてきたのではないだろうか?人力舎というプロダクションの売り出し方も面白いが、そのマネージャーも、さぞや大変であろう。今度は、ドラマの演技が、見物である。もっと、落差のあるシリアスな役柄やレポーターも、期待したいところであるが、、、、、如何がなものであろうか?きっと、この調子では、近い将来には、化粧品か、シャンプーのテレビCM宣伝にも顔を出すことになるかも知れない。ちょっと、褒めすぎだろうか?めちゃイケもじっくり観察しなければいけないかなぁ?



山羊のミルクで、ヨーグルト作りに挑戦してみる:

2013年06月28日 | 男の手料理・食
山羊のミルクで、ヨーグルト作りに挑戦してみる:
外国では、結構、山羊のチーズは、脂肪分がやや、少なくて、グルメの舌に、好評であるが、その前段階のヨーグルトに、取りあえず、挑戦してみることにする。まずは、山羊のミルクの調達であるが、「茶房、読書の森」で、いつも、山羊のミルクで作られたインドのチャイを戴いているので、容器持参で、飼育中の山羊のミルクをついでに購入することにした。そこらのスーパーでは販売していないだけに、貴重品である。なかなか、ミルクを暖めた後の温度管理が、40度を維持するのが、難しいらしく、しかも、ヨーグルト菌を使用しない、市販のヨーグルト(今回は、森永のビヒダス使用)を種にして試行錯誤するのであるから、若干、辛いものがある。密閉したジップロックの少々大きめの容器に、500ml程度レンジで4分程暖めた後で、この種菌と共に入れて、蓋をして、新聞紙と毛布をぐるぐる巻きにして、これをクーラー・ボックスに半日から、一日保温して、様子を見ることにした。果たして、期待通りに出来るであろうか?何でも、炬燵があるときには、炬燵の中に入れておくそうですが、、、、、。結局、半日では、駄目だったので、再加熱して、一日経過して、確認すると、飲むヨーグルトのような状態で、底の方が、スプーンで、掬ってみると固形状のものが、確かに残っている。しめしめ!もっとも、完全には、固まっていないので、まぁ、「飲む山羊のヨーグルト」と言ったところであろうか?上澄み液を飲むとお腹がゴロゴロいうところをみると、結構、このヨーグルトは、宜しいかも知れない。別に、お腹がすぐに下すわけでもなさそうである。布で漉して、チーズを作る前工程であろう。味は、本格的なオーセンティックなヨーグルトの味がする。思ってたものよりも、宜しいではないか?この次は、魔法瓶か、小さなスープ・ジャーで、温度管理をもう少し、きちんとやってみたら、ひょっとしたら、チャンとした山羊のヨーグルトが、出来るかも知れない。なかなか、面白そうな展開である。乞う、次回にご期待願いたい。色々と、自分で、作ってみると、その商品の有り難みが分かってくる。60過ぎの遅い食育実習である。夏休みには、子供には、打って付けかも知れない。これに、同時並行作業していた梅ジュースの果肉から作ったジャムを入れて視るとしようかな?本格的な種菌を入れたら、間違いなく、もっと、宜しいでしょうね。お試しあれ!
左の写真が、少量できた山羊ヨーグルトで、右側が、飲む山羊ヨーグルトか(?):



梅ジュースを炊飯器で、作ってみる:

2013年06月27日 | 男の手料理・食
梅ジュースを炊飯器で、作ってみる:
何でも、炊飯器の保温ボタンを押すだけで、十分、天然の無添加梅ジュースが、自分で、作れることを教えて貰ったが、ジュースの味の方も、水で割ったり、炭酸水で、割って飲んでみると、実に美味しいことが分かった。早速、梅酒用の青梅を一袋、購入してきて、三温糖をたっぷり加えてから、炊飯器の保温スイッチを押して、じっくり、8時間ほど、待たなければならない。もっとも、途中途中で、味見や、色のチェックや、チョビチョビと試飲しながらだから、何とも頼りない。取りあえず、6時間後の段階で、中間チェックを行ったところ、まぁまぁ、そこそこの出来具合であったので、これは、楽しみである。果肉は、ジャムにでも、ジュースに混ぜ込んでも宜しいかも知れない。これが、うまく行けば、今度は、多少高級梅の南高梅で、試してみることにしようか?それにしても、実に、簡単に、出来上がるものである。しかも、その失敗の確率は、間違いなく、低いことがおおいに宜しいではないか?焼酎で割っても、結構なお味になりそうであることは、想像に難くないであろう。もう一度、ここらへんで、最終チェックと称して、味見してみるか?この分なら、果肉を寒天ゼリーにでも入れても良いかも知れない。酸味と甘みのバランスを少し考えて大人の味に仕立ててみるのも一興かも知れない。ジュース・ジャム・ゼリーの三点セットとでも呼ぶとしようか?冷やしたら、もっと、美味しくなるかなぁ?!
4時間後での途中、味見したときの写真参照下さい:



ドキュメント72時間「地下アイドルの青春」に思う:

2013年06月26日 | 社会戯評
ドキュメント72時間「地下アイドルの青春」に思う:
秋元康によるAKBが、国内ビジネス・モデルを完成させ、地方へ、海外へと拡大展開させつつある途上とすれば、こちらは、まるで、ハンバーガー・チェーンが、日本で、マクドナルドが、巨人で、ナンバー・ワンであった時代に、丁度、モス・バーガーが、その裏通りの安いテナント料で、しかし高品質な商品価値を売りにして、その背中を必死になって、桜田さん等が、追いかけ始めたような感じがしてならない。もっとも、その商品付加価値が、果たして、音楽的に、或いは、ショウ的にも、AKBよりも、優れているのかどうかは、芸能通でもない門外漢の私には、とんと、分からないが、、、、、、。どうやら、少なくとも、言えることは、その類似ビジネス・モデルを、あの手この手で、谷町風な「パトロン」達が、株の先物取引さながらに、先物買いするかの如くであることは間違いなさそうである。もっとも、相撲や芸術のパトロンのように、金持ちではないことは、どうやら、間違いなさそうであるものの、、、、。しかしながら、そこには、決して、先物取引で、ヘッジ・ファンドのような濡れ手で粟のようなgreedyな臭いはしないのが、何とも不可思議である。むしろ、自己満足とは云っては失礼なほどの「無私か、自己犠牲共言える程」のパトロン的な入れ込みようであるし、すさまじい「エネルギーの消費」である。「アリス十番」にしても、「スチーム・ガールズ」でも、私にとっては、初めて聞くグループ名であり、見たことも聞いたことがないものの、その貧乏を売りにした、ボンビー・ガール達が、地下のライブ劇場で、日夜、人気ランキングの厳粛な数字と向かい合ってレッスンを積んでいるのを視ると、何故か、不思議と応援したい衝動に駆られるのはどうしたものであろうか?これはもう、「サラリーマンの組織の中での数字の競争」である。似非ボンビーなのか、営業上のボンビーなのかは、定かではないが、どうやら、青春が、そこにあることは、冷厳とした事実のようである。それにしても、応援するサポーターの男どもは、あんなに、エネルギーを費やして、(浪費とは云わぬが)消耗してしまわないのであろうかと我ながら、少々心配もしてしまうが、、、、、、。主人公の女の子達は、その成功成果の如何に関わらず、宜しいが、男どもの将来が、少々、気になってしまうのは、老人のおじさんだけだろうか?もう少し、甥や姪が、大きくなったら、一緒に、見に行って貰っても宜しいが、、、、、、。劇場観覧には、多少、それなりの言い訳、大義名分が必要になろう。

関連HP: 興味のある方は、ご覧下さい。そこには、私の知らない青春がありました。
http://www.alice-project.biz/parms



沖縄慰霊の日に、「平和の詩」を読む:

2013年06月25日 | 社会戯評
沖縄慰霊の日に、「平和の詩」を読む:
6月23日の沖縄全戦没者追悼式典で、与那国町立久保良小学校1年生の安里有生(あさと・ゆうき)君6歳が朗読したその詩の全文が、信濃毎日新聞に載っていたので、何気なしに、目にとまった。「へいわってすてきだね」から始まる短い詩である。毎年、この日に読み上げられる政府関係者や沖縄知事からのメッセージよりも、子供達によるメッセージの方が、どういう訳か、心に響いてくるのは、どうしたものであろうか?
(参考までに、下記、一部、抜粋します):
へいわってなにかな?
ぼくはかんがえたよ。・・・・・・・
やさしいこころがにじになる。・・・・・
みんなのころこから、へいわがうまれるんだ。・・・・・・・
あぁ、ぼくはへいわなときにうまれてよかったよ。
このへいわがずっとつづいてほしい。・・・・・
へいわってすてきだね。
これからも、ずっとへいわがつづくように、
ぼくも、ぼくのできることからがんばるよ。

詳しい選考の履歴は不明であるが、恐らく、親族の中に、戦没者がいらっしゃることは、間違いないであろうが、この少年の心の中に宿る「平和への思い」は、間違いなく、沖縄戦で亡くなられた人々、或いは、太平洋戦争で亡くなられたすべての戦没者・遺族の思いをまさに代弁していることは間違いないでしょう。美しい与那国島の自然の中で、こうして、育まれた貴重な少年の心が、最後に、力強く、意思表明した「ぼくのできることからがんばるよ」という言葉には、もう、一人前の大人の決意表明が込められているのではないだろうか?こういう気持を有する少年が、社会の中で、「絶滅危惧種」のような扱いをされないように、大人は、共に、その大切な志しを、育んであげたいものであるし、それこそが、大人の勤めではないだろうか?全文をもう一度、読み返すと、涙が溢れてきます。



海外ウーファーを小諸市内観光に連れて行く::

2013年06月24日 | 社会戯評
海外ウーファーを小諸市内観光に連れて行く:
たまたま、アメリカから、物理学を勉強中の大学生一人、ノルウェーから二人の大学生(一人は、人権活動運動やアムネスティーの活動に将来は参画したいと、もう一人は、コンピューター・サイエンスを勉強して、留学したいと)を小諸市内観光に出掛け、布引観音堂、布引いちご園でのイチゴ狩り、小諸懐古園散策、そば七、眺めの良い糠地のサムズ・ガーデンでのイングリッシュ・ガーデン、更に、小諸布引温泉ホテルで、露天風呂体験と、そして、最後の締めに、「コピーヌクラブ」のライブ・ロビー・コンサートを愉しむ(ピアノとフルートの生演奏を間近で、堪能する)ということになりました。クラシックやニュー・ミュージック、懐かしい、「22歳の別れ」等のフォーク・ソング等、国内外の曲を、1時間ほどの間、耳濯ぎました。海外では、なかなか、こうした生演奏は、余程、ホテルのバーなどにでも赴かないと聞くことが出来ないので、多分、彼らには、少しばかり、束の間の贅沢な時間が持てたのではないかと思います。専門分野とは、全く異なる異国での、全く見知らぬ者同士が、異文化体験を通じて、きっと、何かを掴み、専門分野でも良い仕事を将来することになると信じます。自分なども、同じ若い時に、こんな経験ができていたら、又、別の人生を歩んでいたのかも知れないと感慨深いものがあります。とても、喜んで、夜は、夜で、蛍観賞もでき、都会から来た若者と一緒に、ワイワイ、ガヤガヤ、日本酒の生樽酒と鮨で、晩ご飯を戴きました。有名な布引観音伝説とか、懐古園内の博物館での歴史の説明とか、温泉での露天風呂体験とか、日々の労働体験とは別の新たな文化体験を出来たことは、これまでのパッケージ・グループ・ツアーとは、全く、別物の一種の観光の在り方を問われているではないでしょうか?インバウンドの増加促進とは、こういう文化交流・歴史理解を前提とした本来の「草の根の交流」をベースに据えないと、リピーターにも、ファンにも、ならないのではないでしょうか?富士山・三保の松原も含めた世界文化遺産のような認知は、小諸には、無理でしょうが、しかしながら、それなりの先人が遺した文化・芸術遺産価値は、夜の星空や蛍観賞も含めて、十分、あるのではないでしょうか?活用しない手はありませんね。秋の紅葉狩りや春の桜をきっと、再度、三度と、きっと、見に来てくれると信じて疑いません。



一年ぶりに老人体操教室に復帰する:

2013年06月23日 | 健康 医療
一年ぶりに老人体操教室に復帰する:
いやはや、久しぶりだから、結構きついものである。ラジオ体操第一・第二の中でも、ジャンプするところは、或いは、爪先立ちする体操は、まだ、出来ないし、やろうと思っても身体がついてこない。腿を高く上げる脚踏みは、20回を5セット、爪先立ち体操も、同じ回数、未だ、椅子に座って爪先をあげるのは、100回でも何とかこなせたが、爪先立ちは、椅子に支えてもらわないと、どうしようもない。腰を捻る体操や回転させる体操などは、まだ、無理である。途中途中で、アキレス腱と腿の裏をストレッチするインターバルが、組み込まれているので、休み休み、筋肉の疲労を回復させなければならない。スクワットも、20回を5回行なうのであるが、流石に、これまでは、何の問題もなくやっていたのに、最後の方は、少々、しんどいものがあった。腹筋などは、元々の(筋力の貯え=貯筋)があるので、問題はなさそうである。もっとも、やはり、この一年で、貯筋が、目減りしてしまったのであろうか?以前は、毎日、ジム通いであったが、今は、やっと、週二回程度に復帰して、慣らし運転の開始である。少しづつ、無理のない範囲で、回数を増やしてゆくしかなさそうである、この調子で、いつ頃になったら、ショート・コースくらいには、戻れるのであろうか?秋までには、一度は、ショート・コースでもよいから、戻りたいものですね。



箱売りからクラウド・サービスへの移行は、どこまで進むのか?:

2013年06月22日 | 社会戯評
箱売りからクラウド・サービスへの移行は、どこまで進むのか?:
先日、所謂、家電量販店という店舗に、出向いたところ、全く、売り場が様変わりしていて、リフォームだとかが、お菓子等が、全面に押し出されていて、家電や、嘗てのコンピューター関係の製品は、何処へ行ってしまったのか、全く分からず、もはや、家電自体も、収益を生み出す構造になっていない様相を呈していたことに改めて驚いた。商品単価が、高いものなどは、要するに、万引き対策なのか、どうかは知らぬが、空箱だけが置かれていて、それをレジに持って行き、代金決済するシステムであるが、しかしながら、今や、クラウド・サービスの浸透により、箱売りだけでも、既に、消え去るのみの存在であるようである。嘗て、レコードも、CDも、販売されていたのに、ダウンロード課金へと変化してゆき、既に、私のような旧い世代は、CDショップが、何処にあるのか、戸惑ってしまう有様である。もう、どんどん、こうした箱売り、というか、実物を手にして、確認して、購入するのではなくて、常に、必要な機能が更新されたり、追加される必要があるような商品というものは。もはや、箱売りの必然性がなくて、クラウド・サービス化が、進んで行くのであろうか?この行き着く先は、大きな構造的な変化、小売業界の勢力分布も、大きく様変わりしてくる可能性は、否定できないであろう。サービスのクラウド化とは、一体、どういう機能を、トレード・オフして、更に、進化してゆき、ソフト業界だけではなくて、もっと新たな業種・業界に、拡大して行くのであろうか?逆に、クラウド化に、適さない商品とは、何なのであろうか?書籍も、新聞も、週刊誌も、ダウンロード化の道をひたすら、歩み始めるのであろうか?



屋外オブジェを作ってみる気になる!:

2013年06月21日 | 自然・植物・昆虫
屋外オブジェを作ってみる気になる!:
最近、ガーデンや屋外に、創作オブジェを置いて、愉しむことを知ってしまったので、自分でも、それでは、やってみるかという創造心が起きてきたか、もっとも、愛犬が介護の末に、看取った心労を癒やすために、気まぐれに、その場しのぎで、思い立ったまでで、何の深い哲学的な意味や芸術的な創造心があったモノではない。ただ、愛犬が、ひょっとして、一人では、寂しいのではないかと思い、動物をまるで、埴輪のように、百円ショップで、又々、適当に買ってきて、飾ったまでである。木製のイルカ、海亀、木の葉、錆びたアンティークの鳥かごの中に、松ぼっくりを入れて、色とりどりの小さな鈴を、上から吊して、邪魔な蔓を適当な長さにカットして、クルクルと風に回転するように、吊しただけの屋外オブジェである。基本的には、モビールの変形以外の何ものでもない。もっとも、、芸術とは、刹那の爆発で在り、その思い立った思いを、ただ、形にすれば宜しい、陽明学の理念ではないが、その燃えたぎる思いの瞬時的な発動を旨として、決して、その結果、この場合には、芸術性かもしれないが、そんなものは、どうでも宜しいか、ただひたすら、その燃えたぎる思いに基づいて、その気持ちを「作品」と言う形に、発言・具象・発露すれさえすればよい、ただ、私の場合は、単なる、気まぐれな自己満足以外の何ものでもないのかも知れない。きっと、又、女房殿の眼に触れれば、瞬時にして、バッサリ、強制排除処分されてしまうかも知れないから、「名目的」には、愛犬が寂しくないように、見えるところに、モミジの黄の枝先に、吊しているのであると、、、、、「鎮魂の屋外レクイエム・オブジェ」とか命名して、訳の分からぬ事を言い訳にしようとするか、ついでに、使わなくなったハワイか何処かで土産に買ってきた貝殻細工の風鈴も、横に、吊してみることにした。少し、見る景色も、季節により、変化するかも知れない。モミジの樹がビックリしているかも知れない。



「クラウド・ソーシング」は、起業前の修行になるか?:

2013年06月20日 | 社会戯評
「クラウド・ソーシング」は、起業前の修行になるか?:
もう、20年以上も前の話であるが、自分が、組織の中から、フリーランスで、独立起業するとき、資金がなかったので、結局、海外での水平間分業による海外生産を、生産ノウハウと生産管理の手法で、「ファブレス」で、海外でやらざるを得なかったが、インターネットの環境が格段に飛躍した今日、国境を超えて、人材をクラウド・コンピューティングを活用して、既存の組織や内部人材に頼らずに、クラウド・ソーシングする傾向が、一部の産業分野で、進行しているらしい。確かに、その技能、仕事の評価、ランキングなどで、客観的に、反映されるそうで、フリーランスの独立を目指す人には、一種の修行の場、実績を積む場に、なりつつあるらしい。とりわけ、IT関連や、デザイナー、教育等の分野で、浸透し始めているらしい。それは、ある種の「起業」準備、テイク・オフの期間であると考えれば、なかなか、面白い取り組み・仕組みである。むろん、組織の在り方、労働概念の変化も、この裏には、前提条件としてあるのかも知れないが、場所を問わずに、その労働価値の客観的な価値が、正当に、評価されるのであれば、考えようによっては、面白い、興味深い現象かも知れない。個人的な体験から言えば、絶対に、「実績や成功事例」をあげなければ、世間からは、正当な評価を得られることはなく、安い賃金と長時間に亘る労働に頼らざるを得ないことにもなりかねない。今日、人材は、世界中の人材の中から、国境を超えて、リクルートされ、アイディアと知恵さえあれば、ひょっとしたら、いくらでも新しいビジネス・モデルを創出できる可能性があるのかも知れない。そういう、謂わば、コーディネーター、演出家や脚本家の役割が、重要視されてきているのかも知れない。俳優というリソースは、全世界に、転がっているのである。これを労働者という言葉に、返還したら、どうなるのであろうか?企業内組合化している労働組合も、本気になって、考えないと、優秀な人材は、どんどん、流出してしまうだろう。ハローワークによるジョッブ・マッチングなどは、今や、多いに、考え直さなくてはならないかも知れない。「そういう時代よねぇ」と九官鳥に茶化されてしまうのは必至である。これをチャンスと捉えるか、それとも、否定的に、捉えるか、私達は、どちらなのであろうか?労働者派遣や人材バンクの登録なども、追いつかなくなるかも知れません。



中国、7兆円の水増し貿易統計とは、本当なのだろうか?:

2013年06月19日 | 社会戯評
中国、7兆円の水増し貿易統計とは、本当なのだろうか?:
にわかに、信じ難いことである。改竄自体にも、驚かされるが、その額たるや尋常な数字ではない。中国で、経済統計の水増しが、相次ぎ発覚、公式統計発表への信頼性が、揺らいでいると、750億ドル(約7兆円)も、水増しされていたらしい。米国への輸出額を上回り、おまけに、対日輸出額の約3倍にも、相当する額だそうである。地方当局が、工業生産統計数字を4倍にも過大報告していたのが原因だそうであると、中国向け輸出が、拡大したのは、輸出が好調だったのではなくて、香港から投機資金を逆に、中国に持ち込むために、輸出商品代金を故意に、水増ししたり、架空の貿易輸出を行っていたのが、主たる要因であったと、日本であれば、通常、税関による「事後調査」で、3-5年後に、周辺の取引先をも含めて、全ての保管書類が、洗いざらい、点検され、「評価申告」違反や、カルテル違反、或いは、外国為替の違法性がなかったかを、海外の子会社や国内の取引先も含めて、メールまで詳細に個別調査されるのであるが、、、、、、。貿易統計、鉱工業生産額など、中国の「国家統計局」とは、一体全体、どんなアカウンタビリティーを持っているのであろうか?いやはや、これが、事実とすれば、一事が万事であろう。これが、「大国の実態」なのであろうか?これでは、株式相場も、為替相場も、財務・金融政策も、全く、実態を反映されないものであるとしか、言いようがない。二重帳簿、裏金、賄賂、汚職、食品偽装、等、果たして、この隣国は、本当に、難しい住民である。前から、噂があったのは、知っていたものの、こうして、白日の下に晒されると、改めて、その規模、額の大きさだけではなくて、「根本的な問題点」に、驚かされるのは、私一人だけであろうか?この国は、共通の価値観が、相容れない国なのであろうか?どのように、軌道修正するのであろうか?こんな重大なニュースで、詳しく報道されないのは、どうしてなのであろうか?客観的な投資の判断基準でもある統計データが、改竄されているとなると何を頼りにしたら良いのであろうか?厄介な隣人であることは、間違いなさそうであるが、、、、、どうしたらよいのであろうか?第三者によるチェック機能というシステムがない以上、答は、簡単には、見つからないであろう。怒れる住民を民間の仲裁人で治めようとしても、こちらは、そうは行かないでしょう。改めて、アカウンタビリティーとは何かを考えさせられる。



ニューギニア戦利遺品の返還依頼に思う:

2013年06月18日 | 社会戯評
ニューギニア戦利遺品の返還依頼に思う:
ニューギニアで、米兵がその戦利品として本国へ持ち帰った名前入りの日章旗が、その米兵が、90歳の高齢で、亡くなられたから、その遺族により、歴史の一区切りとして、返還先の日本兵の遺族を捜しているという記事が目にとまった。もう、当時の若かった兵士達も、鬼籍に入り、その遺品がこれからも、どんどんと、数を増して行き、こういう依頼が増加してくるのも、自然の成り行きであろう。私の亡くなった父も、その戦友会も、以前は、浜松で、毎年、開催され、愉しみにして、参加していたものであるが、もう、既に、いつの間にか、自然消滅してしまった。父の兄は、ギルバート諸島のタラワ島嶼で、玉砕下とされているが、遺品も、ましてや、遺骨も、最期の戦況の様子すら、不明のままである。父は、2度、母は、父と一緒に、一度だけ、厚生省によるタラワ慰霊の旅に、参加したことがあったが、今や、こうした慰霊の旅も、遺骨収集活動についても、孫までは、参加が適用されても、甥や姪は、その対象から外されているというのが、現状であるらしい。それにしても、既に、遺族の直系も、高齢化しつつあり、存続それ自体が、危ぶまれている状況であろう。一度は、訪れたいとは思っても、何せ、行くまでに、何度も飛行機を乗り換え、ビザも申請しなければならず、いくら、海外出張に嫌と言うほど、慣れている私でも、年齢と腰の調子を考えると、若干、尻込みしてしまう。歳月の経過と共に、消滅してしまうのであろうか?参考までに、長文ですが、下記サイトの英文を翻訳お手伝いさせて貰いました。ご参照下さい。
http://www7.ocn.ne.jp/~yagiko/index.html


昆虫写真家 海野和男さんと御牧ヶ原のガタガタ道を歩く:

2013年06月17日 | 自然・植物・昆虫
昆虫写真家 海野和男さんと御牧ヶ原のガタガタ道を歩く:
副テーマは、「人と昆虫と仲良く暮らせるところにしよう」である。どこも、かしこも、コンクリートの舗装道路だらけで、田んぼへと通じる細い道ですらも、軽自動車が通れる幅のみちでも、今や、舗装されていないガタガタ道は、少なくなってしまった。NPO法人の「虔十公園林の會」の主催による毎年開催されているイベントであるが、遠くは、新潟や前橋から、或いは、東京からも、更には、ノルェーからの海外ウーファーさん二人も参加して総勢30名程で、説明を聞きながら、昆虫とその食草の理解を通じて、溜め池や田んぼの畦や土手に棲んでいる生物を通して、生物多様性と共生を再考する催しである。それにしても、いきなり、未だ小さなカマキリ、ヤブキリというバッタの子供達を見つけたり、考えてみれば、カマキリは、大人になったものや緑色から、茶色に変色した大人のカマキリや卵くらいしか、あまり、観たことはないものである。況んや、小さなカミキリムシやイナゴの類などは、その子供の頃が、どんな具合などかなどは、思いもつかないものである。「森の宝石」と呼ばれる小さなテントウ虫よりも更に小さな虫などは、一体、どのような眼を持ってすれば、見つけることが出来るのであろうか?きっと、虫の方から、海野さん、見つけて下さいよ、写真を撮って下さいよとばかりに、近寄ってくるのかもしれない。きっとそうであるに違いない。昆虫は、蝶蝶でも虫でも、食べる植物がなくなれば、結局は、生存出来ない以上、野焼き、草刈り等も、人間の都合次第で、昆虫や動物の生殺与奪を握っているとも考えられる以上、或いは、土手の草刈りにしても、時期次第で、ある種のクララを残しておかなければ、確かに、ある特定の蝶蝶は、生存出来なくなってしまう訳である。成る程、そうしてみると、なかなか、生物多様性というものも、難しい矛盾に満ちあふれたものであることが、改めて、実感されたし、又、そういうことが、身近で密かに、自分の知らないところで、日々、行われているのであると云うことにも自分は、気が付いておらずに、暮らしていたんだなぁとも、思い知らされる。溜め池には、今や、バス釣り目的の都会のRV車が、横付けされ、干上がりそうな池で、釣り糸を垂らしている。色々な昆虫の名前を伺ったが、メモでもとっていないと、全く、記憶に残らないし、そもそも、60有余年生きていても、初めて耳にする名前ばかりである。誰かに、メモ帳をコピー回覧して貰い、別途、後日、図鑑で調べることにしよう。それにしても、天気が回復して、ガタガタ道をノルディック・ストックで、懸命に、遅れないように歩いたので、少々、疲れました。老人組は、チャッカリ、帰りは、車を出して貰いました。参加者の誰かが言っていましたが、蜂や蛾や蝶や、何千種類、何万種類といるとは、地球は、人間が生態系の頂点に君臨しているのではなくて、実は、地球は、「昆虫のプラネット」なのかも知れませんネ、確かに、改めて、実感しました。里山も人間の手が、加えられているものの、それでも、まだ、原風景も、元からの自然が残されてかろうじて混在しているわけで、他人の所有する土地であっても、独自の啓発と啓蒙活動は、ある程度、必要なのではないでしょうか?さもないと、一度、消滅したものを回復・再生させることは、容易なことではないでしょうね。若い人達や子供達が、各地域で、そういう活動に参加してくれれば、いいですねぇ。御牧ヶ原の台地には、まだ、そういう溜め池やガタガタ畦道が、かろうじて、生き残っているようです。メモをとっていた掛川さんから、後で、コピーを貰ったところ、下記する昆虫が、今日だけでも、観察できたが、何種類、知っていただろうか?:予習・復習でもしましょうかね!
ヒメシジミ、ヤブキリ、カマキリ、キリギリス、マメコガネ、ハナムグリ、シデムシ、春ゼミ、オトシブミ、なきイナゴ、モンシロチョウ、ツマグロイナゴの子供、ヒメギス、孔雀チョウの幼虫、緑カミキリ、ヒナバッタ、姫白蝶、ミヤマシジミ、ヨツボシトンボ、ナミヒョウモン、ウラギンヒョウモン、黄タテハの幼虫、モンキチョウ(オス)、赤シジミ、

虔十公園林の會HP:
http://greens.st.wakwak.ne.jp/home/note.cgi?id=905410



ケーナを作ってみる:

2013年06月16日 | 伝統工芸・展示会
ケーナを作ってみる:
何でも、ケーナに見せられてから42年もの歳月が流れてしまったという。しかも、縁あって、望月の長者原に電気も水道もない所から小屋を整備し始めて、現在は、豊かな暮らしを営んでいるそうである。そういう東出五國先生に、指導されて、竹に穴をあけてもらい、ケーナなる笛を手作りした上に、自分で、吹いてみる。そして、その上、自らが率いるグルーポ、シンコバイス(五国のスペイン語から)なるラテン・ミュージックのグループによるフォルクローレの演奏曲目も、珈琲を飲みながら、間近で、聴くというワークショップである。更に、この先生は、ただただ、好きで、4万人以上の人の似顔絵を、長年に亘って、描き続けて、家には、4千本にも及ぶ自ら製作したケーナ笛のコレクションと共に、絵画帳が、山のように、保管されているそうである。その量にも、圧倒されるが、その似顔絵の作品も、この展覧会で、陽の目を見ることになったらしい。「好きこそ、ものの上手なれ」とは、よく言ったものである。似顔絵、ケーナ、フォルクローレ、年齢というものを感じさせない、アートとは、本当に、「心の持ちよう」なのかも知れない。奥方が、マネージャーならぬサポートに、陰から廻りながら、夫唱婦随(?)で、だからこそ、長い間、こうして、やってこれたのかも知れない。それにしても、尺八ではないが、竹の笛というのは、横笛でも、縦笛でも、なかなか、趣の深い音色である。もっとも、ケーナのそれは、低音から、高音まで、如何にもラテン的なある意味、楽天的でありながら、しかし、時に、もの悲しく、寂しい、時に、太鼓やギターとのハーモニーの中で、リズミカルに、軽快に、心軽くなるような響きである。全く、楽器音痴の門外漢の私には、そんな音色に、思えてならない。そして、「山羊の爪」で出来た手でリズムをシャンシャンととる楽器や、さやエンドウ豆のお化けのような乾燥した、中で、種がシャリシャリと音を出す楽器や、様々な付随楽器(名前を伺ったが、覚えられない)が登場して、「コンドルが飛んで行く」等、ラテン・ミュージックのレパートリーを観客と一緒に、手拍子と共に、一緒に時間を忘れて、愉しめたことは、実に、老若男女を問わず、愉快なことである。最後に、先生から、ケーナ笛の吹き方、とりわけ、音の出し方をご教授戴いたが、なかなか、これが、楽器音痴の私としては、辛いものがあり、帰宅してから、自己レッスンの後、やっと、音が出るようになった。楽器が弾けるようになれば、さぞかし、愉しいことであろう。毎朝、レッスンに励むとするか?茶房、「読書の森」で、20日迄、「笛吹きおじさんのどうらく展」の名で開催中で、出来るだけご本人がいらっしゃるそうです。勿論、希望する方は、似顔絵を描いてもらえるそうです。