今月の朝日カルチャーの講座では、『原初生命体としての人間』第三章『息と「生き」』から、いくつかのフレーズを板書しながらすすめている。
先週末土曜日と昨日の日曜日は、同じテーマでおこなってみた。
とくに「胸部の気圧」と「腹部の液圧」を分ける感覚をとりだしてみた。
レッスンが終わったとき、近づいてこんな話をしてくれた。
「素潜りのジャック・マイヨールさんについて研究した論文だったと思うのですが、潜って行くと次第に腹部の内臓が胸部の方へ液体的に流れ込んでくる感じがするとか。それを科学的に研究した論文を読んだことがあったような気がするんですが」
野口先生の“腹部液圧”という言葉の表現は、これは凄い!ということで、その時の話は終わった。
で、今朝、インターネットで検索してみた。
『フリーダイビングの生理学』に次のような記述を発見した。ここに張りつけさせてもらいます。
《一般的に息を止めて深くまで潜ると肺が締め付けられ、スクイズ(スクイーズ)と呼ばれる障害が発生する。肺にスクイズが発生した場合、胸壁から肺が剥離し、非可逆的な損傷を受ける。このため過去には、人間が息をこらえて潜る理論的な限界水深は 30数メートル程度と言われていた。
しかし実際には、2007年6月現在のノー・リミッツでの最高記録はHerbert Nitsch ハーバート・ニッチ(オーストリア)の-214mである。
現在では、閉息大深度潜水時には、水圧により腹部の内臓が横隔膜ごと肺の方向に押し上げられ、肺のスクイズを防ぎ、肺ならびに周辺組織の不可逆的損傷を防いでいることが、明らかになっている。》
マイヨールが潜った水深は、百メートルを超える。このとき横隔膜ごと腹部内臓が肺の方向に押し上げられるということは、”液体的な状態で吸い込まれる感覚”といいう表現が当たっているに違いない。
生体の凄さを感ぜずにはいられない。
野口体操の「上体のぶらさげ」とそのヴァリエーションの動きは、かなりのスピードで内部の臓器が方向を変えられている。余分な力を使わない野口流の「ヨガの逆立ち」の場合も、逆立ちしている時の横隔膜は、普通に立っている位置とは真逆で腹部内臓は横隔膜の上に乗ってくる状態にある。この姿勢でゆらゆらと揺れることができるのは、内臓が液体的な状態であるからだ。
このあたりの感覚は、探ってみると非常に面白いことがつかめそうだ。
『視覚を捨てて、内臓感覚を大事にする』という野口の発想を確かめるのに、素潜りダイビングがヒントをくれた。
先週末土曜日と昨日の日曜日は、同じテーマでおこなってみた。
とくに「胸部の気圧」と「腹部の液圧」を分ける感覚をとりだしてみた。
レッスンが終わったとき、近づいてこんな話をしてくれた。
「素潜りのジャック・マイヨールさんについて研究した論文だったと思うのですが、潜って行くと次第に腹部の内臓が胸部の方へ液体的に流れ込んでくる感じがするとか。それを科学的に研究した論文を読んだことがあったような気がするんですが」
野口先生の“腹部液圧”という言葉の表現は、これは凄い!ということで、その時の話は終わった。
で、今朝、インターネットで検索してみた。
『フリーダイビングの生理学』に次のような記述を発見した。ここに張りつけさせてもらいます。
《一般的に息を止めて深くまで潜ると肺が締め付けられ、スクイズ(スクイーズ)と呼ばれる障害が発生する。肺にスクイズが発生した場合、胸壁から肺が剥離し、非可逆的な損傷を受ける。このため過去には、人間が息をこらえて潜る理論的な限界水深は 30数メートル程度と言われていた。
しかし実際には、2007年6月現在のノー・リミッツでの最高記録はHerbert Nitsch ハーバート・ニッチ(オーストリア)の-214mである。
現在では、閉息大深度潜水時には、水圧により腹部の内臓が横隔膜ごと肺の方向に押し上げられ、肺のスクイズを防ぎ、肺ならびに周辺組織の不可逆的損傷を防いでいることが、明らかになっている。》
マイヨールが潜った水深は、百メートルを超える。このとき横隔膜ごと腹部内臓が肺の方向に押し上げられるということは、”液体的な状態で吸い込まれる感覚”といいう表現が当たっているに違いない。
生体の凄さを感ぜずにはいられない。
野口体操の「上体のぶらさげ」とそのヴァリエーションの動きは、かなりのスピードで内部の臓器が方向を変えられている。余分な力を使わない野口流の「ヨガの逆立ち」の場合も、逆立ちしている時の横隔膜は、普通に立っている位置とは真逆で腹部内臓は横隔膜の上に乗ってくる状態にある。この姿勢でゆらゆらと揺れることができるのは、内臓が液体的な状態であるからだ。
このあたりの感覚は、探ってみると非常に面白いことがつかめそうだ。
『視覚を捨てて、内臓感覚を大事にする』という野口の発想を確かめるのに、素潜りダイビングがヒントをくれた。