本日の朝ドラは、闇市で印刷所に持ち込む紙を買ったお話。
「500円だ!」
10倍にふっかけられた紙を40円で手に入れた三姉妹が、意気揚々と引き上げるラストだった。
さて、三島由紀夫も小説を出版したいために、祖父の手づるで紙を用意していた。
というように、本を出すにも紙不足は深刻な戦中、戦後である。
実は、一昨年ころから、Amazonで終戦直後の雑誌や本が手に入るようになっ。
どれもわら半紙のようなザラザラの紙である。
それでも出版できる、というだけで運がいい、というわけだ。
先日も朝日カルチャー「野口体操講座」土曜日クラスに、昭和22年12月30日発行の本を持参した。
グレーがかったダークブルーの地にフレアスカートがくるぶしまであるドレスを身にまとった女性が、ダンスするイラストの上方に、赤の文字で『舞踊』と書名がある。その脇には女性の色と同じ色で『學校に於ける』とあり、著者名も同色で『江口隆哉』と書かれている。
教室で手に取った方々は、それぞれに感慨深気な様子でページをめくっておられた。
「おー、やっぱこの時代かー」
317頁の本である。
ちょうど本日の「とと姉ちゃん」が独立して雑誌をつくりはじめる時代なのだ。
野口三千三が江口・宮舞踊研究所に入ったのが、昭和21年末のこと。
宮さんは
「いつまで二人で議論してるの!」
叱責しにくるほど、夜を徹して熱く語った結果が、この一冊にこめられている。
稽古場の二階が、二人の激論の場であったらしい。なんと階下におきっぱなしになっていた野口の鞄が泥棒に持っていかれたと伺った。
当時は玄関にぬいである靴までも盗まれた超物不足の時代である。
この本の内容については、別の機会に譲るとして、最初の持ち主は表紙に蔵書印を残している。
『富山駅前 田中久雄蔵』
出版社は明星出版。住所は神田鎌倉町13番地。
現在は内神田という地名にかえられている。この町名は豊臣秀吉によって江戸を託された徳川家康が江戸城普請のために材木を運び入れた場所の名だと千代田区のホームページに書かれている。
いずれにしても昭和21年、22年の終戦後に、本や雑誌の活字に“日本人の心の踊り”を、追体験する心地でページをめくっている。
書店が町から消えて久しい。
出版が危うい今の時代に、「とと姉ちゃん」が描く時代の本が狂おしいほどに愛おしい。
今週は、一冊の本に出会っていることを最後に記しておきたい。
『戦地の図書館』モリー・グプティル・マニング著 松尾恭子訳 東京創元社である。
ナチスによって1億冊の本が焚書された。アメリカはナチスの心理戦に対抗するため文芸書、ミステリ、娯楽本まで戦地の兵士に送り届けた話である。「兵隊文庫」として1億2300万冊が出版されたという。
ついさっき読んだところは、日本軍が迫って来る敗色の濃いフィリピンで戦った4人の兵士の物語であった。
アメリカの兵士も「捨て駒」として消耗されていく様を、戦争を美化することなく描いている本まで戦場におくったのだ!『They Were Expendable(彼らは使い捨て)』1942年11月」最初の必須図書として選定された。
《兵士には世界でおきていることを知る権利がある》ということで推薦図書になったという。
ルーズベルトの言葉がある。
《私たちは皆、本が燃えることを知っているーしかし、燃えても本の命は絶えないということも良く知っている。人間の命は絶えるが、本は永久に生き続ける。いかなる人間もいかなる力も、記憶を消すことはできない》
メモリサイド(記憶の虐殺)に対抗したのが、兵隊文庫だった、と書評にあった。
勝戦運動の一環としてであったとしても、戦地におくる文庫は検閲を行わず、自由に兵士に読ませた。
もちろん敵国の作品も含まれていた。
戦争の向き合い方の違いに思いを馳せながら、野口三千三の戦中・戦後を、今、私は、調べている。
「500円だ!」
10倍にふっかけられた紙を40円で手に入れた三姉妹が、意気揚々と引き上げるラストだった。
さて、三島由紀夫も小説を出版したいために、祖父の手づるで紙を用意していた。
というように、本を出すにも紙不足は深刻な戦中、戦後である。
実は、一昨年ころから、Amazonで終戦直後の雑誌や本が手に入るようになっ。
どれもわら半紙のようなザラザラの紙である。
それでも出版できる、というだけで運がいい、というわけだ。
先日も朝日カルチャー「野口体操講座」土曜日クラスに、昭和22年12月30日発行の本を持参した。
グレーがかったダークブルーの地にフレアスカートがくるぶしまであるドレスを身にまとった女性が、ダンスするイラストの上方に、赤の文字で『舞踊』と書名がある。その脇には女性の色と同じ色で『學校に於ける』とあり、著者名も同色で『江口隆哉』と書かれている。
教室で手に取った方々は、それぞれに感慨深気な様子でページをめくっておられた。
「おー、やっぱこの時代かー」
317頁の本である。
ちょうど本日の「とと姉ちゃん」が独立して雑誌をつくりはじめる時代なのだ。
野口三千三が江口・宮舞踊研究所に入ったのが、昭和21年末のこと。
宮さんは
「いつまで二人で議論してるの!」
叱責しにくるほど、夜を徹して熱く語った結果が、この一冊にこめられている。
稽古場の二階が、二人の激論の場であったらしい。なんと階下におきっぱなしになっていた野口の鞄が泥棒に持っていかれたと伺った。
当時は玄関にぬいである靴までも盗まれた超物不足の時代である。
この本の内容については、別の機会に譲るとして、最初の持ち主は表紙に蔵書印を残している。
『富山駅前 田中久雄蔵』
出版社は明星出版。住所は神田鎌倉町13番地。
現在は内神田という地名にかえられている。この町名は豊臣秀吉によって江戸を託された徳川家康が江戸城普請のために材木を運び入れた場所の名だと千代田区のホームページに書かれている。
いずれにしても昭和21年、22年の終戦後に、本や雑誌の活字に“日本人の心の踊り”を、追体験する心地でページをめくっている。
書店が町から消えて久しい。
出版が危うい今の時代に、「とと姉ちゃん」が描く時代の本が狂おしいほどに愛おしい。
今週は、一冊の本に出会っていることを最後に記しておきたい。
『戦地の図書館』モリー・グプティル・マニング著 松尾恭子訳 東京創元社である。
ナチスによって1億冊の本が焚書された。アメリカはナチスの心理戦に対抗するため文芸書、ミステリ、娯楽本まで戦地の兵士に送り届けた話である。「兵隊文庫」として1億2300万冊が出版されたという。
ついさっき読んだところは、日本軍が迫って来る敗色の濃いフィリピンで戦った4人の兵士の物語であった。
アメリカの兵士も「捨て駒」として消耗されていく様を、戦争を美化することなく描いている本まで戦場におくったのだ!『They Were Expendable(彼らは使い捨て)』1942年11月」最初の必須図書として選定された。
《兵士には世界でおきていることを知る権利がある》ということで推薦図書になったという。
ルーズベルトの言葉がある。
《私たちは皆、本が燃えることを知っているーしかし、燃えても本の命は絶えないということも良く知っている。人間の命は絶えるが、本は永久に生き続ける。いかなる人間もいかなる力も、記憶を消すことはできない》
メモリサイド(記憶の虐殺)に対抗したのが、兵隊文庫だった、と書評にあった。
勝戦運動の一環としてであったとしても、戦地におくる文庫は検閲を行わず、自由に兵士に読ませた。
もちろん敵国の作品も含まれていた。
戦争の向き合い方の違いに思いを馳せながら、野口三千三の戦中・戦後を、今、私は、調べている。