僕は背広姿で滝の様に降る豪雨の中を歩いていた、千鳥足で。一歩一歩ゆっくりと。倒れない様に気を付けながら。
いつもの様に何時間も大酒を喰らい、タクシーに乗ったらしい。家の前でタクシーを降りたが、自宅とは違う方向に向かって歩き始めていた。手に持っていたカバンもどこかに行ってしまった。
「このまま歩いていたら、いつか甲州街道か青梅街道に出るだろう。そしたら、家の場所が分かる」と楽観的な気持ちが僕にはあった。
しかし、歩いても歩いても一戸建てが立ち並ぶ住宅街から出られない。やがて、同じところをぐるぐる回っている様な気もして来た。
僕はいわゆる「酒乱」だった。仕事などのストレスを紛らわせる為、何時間でも酒を煽る様に飲んでいた。意識がほとんど無くなるまで飲んだ。毎晩、新宿ゴールデン街に通った。そして、行くとこ行くとこ様々なトラブルに巻き込まれた。
側溝に足を取られて救急病院に運び込まれた事もあった。
先輩の娘さんの結婚式。その二次会で、先輩のはげ頭をペシペシと何度も叩いている事もあった。
ある時は大阪・北新地で泥酔した挙句、ぼったくりバーに強引に連れ込まれ、多額のお金を盗まれた事もあった。
この時は、起きたら翌日の昼になっており、誰もいないバーの床で倒れていて、携帯電話に家族や会社から心配する電話の着信履歴や留守電が山ほど残っていた。
僕は相変わらず、土砂降りの中、住宅街をノロノロと歩いていた。少し前屈みの姿勢で両手を横に拡げながら。
それまで全く思いつかなったが、妻に電話しようと思った。この街は「SF小説に出て来る架空の街」で、永遠に抜け出せないという感覚が芽生えて来たから。どこかで怖くなっていた。
妻に電話すると、
「電信柱の住所を読んで!」と言われた。
そして、
「その電信柱にしがみついていなさい!」とも。
僕は電信柱に「蝉」の様にしがみついた。
しばらくすると、車のライトが激しく降る雨を照らし出し、妻の運転する車が来た。妻が降りて来て僕を車に押し込んだ。
その時、「これで助かった」と僕は思っていた。長い夜が終わったと。カバンは親切な人が交番に届けてくれ、幸いにも手元に戻って来た。
その後、大病をキッカケに僕はお酒を止めた。
断酒のおかげで、最高99キロあった体重も現在では79キロ。お腹ポッコリも無くなって、大学を出た頃の体型にほぼ戻っている。
今は「お酒を飲みたい」という気持ちには全くならない。二日酔いが無く、朝の目覚めもすごくいい。
人類が初めて酒を作ったのはいつ頃か?太古の昔にも「酒乱」と呼ばれる人々はいたのか?そんなこんなが頭の中を通り過ぎる今日この頃である。