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西村良雄さん、逝去。

2022年01月19日 | テレビ
大先輩の西村良雄さんが80歳で亡くなった。愛称はおニイ。僕が入社した時に付いた「11PM」(大阪イレブン)の木曜のプロデューサーでディレクター。

新入社員の僕と諏訪道彦(スワっち・・・アニメプロデューサー、「名探偵コナン」などをプロデュース)は火曜と木曜でADをする事になる。諏訪が火曜、僕が木曜と担当が分かれるようになっていった。

西村さんは寡黙でオシャレ。ディレクター席に座っても最低限必要な言葉しか発しない。サブ(副調整室・・・カメラを切り替えたり、スタジオにいるADに指示を出すところ)も西村さんがディレクターの時は穏やかな雰囲気に包まれる。

そんな西村さんとロケに行った時、大阪空港から局へタクシーに乗った。土砂降りの雨。西村さんがADの僕に「ロケの総括」をしてくれる。但し、雨の音で西村さんの声が全く聞こえないのだ。僕は変なところで相槌を打って、怪訝な顔をされ、とても焦った記憶がある。

当時、大阪イレブンでは、毎年年末に「上方芸人紅白歌合戦」という企画をやっていた。ディレクターは西村さんだ。複数の曲を繋いでメドレーにする音楽家との打ち合わせにも同行させてもらった。

生本番では、番組が始まってすぐに「巻き」を出さないといけない状況に。大阪の芸人100人がノリノリで大騒ぎしているからどんどん時間は押して(遅れて)いくのだ。西村さんの横でタイムキーパーをしていた僕はハラハラドキドキ。しかし、西村さんは常に冷静だった。

生放送の無い日、西村さんは文庫本をジーンズの後ろポケットに差し込んで、カバンは持たずに颯爽と帰って行く。その姿が惚れ惚れする程、カッコ良かった。

「びっくり日本新記録」の時代から関わっていた「鳥人間コンテスト」は西村さんのライフワーク。「鳥人間」の収録・編集期間中は、「11PM」を離れる。

ある年の「鳥人間」の前夜、打ち合わせが午前2時過ぎまでかかり、宿舎の大広間で西村さん含め、スタッフ30人がほんの数時間の睡眠。目覚まし時計が幾つも鳴ったにも関わらず、誰一人として起きず、全員遅刻した事は忘れられない。

「鳥人間」で居られない期間に、僕がディレクターをやった「11PM」の企画を見て、笑いながら、「俺のいない間の方が今村は良い企画を考えるなぁ」という。この言葉が忘れられない。

誰に対しても厳しく、そして優しい西村さんの御冥福をお祈り致します。西村さんにお会いしてからの「時間」は跳ぶように流れましたよ。
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