今回の目的地はイースター島。イースター島は南米チリ領なのだが、チリを経由するより、タヒチを経由した方が早い。私はエールフランス航空でフランス領タヒチへと向かう。成田からタヒチのパペーテ国際空港までは11時間程度。
パペーテ空港からホテルまでは市街地を抜けて1時間位か。車が大渋滞していて、クラクションの音もやかましく、排気ガスの濃度も濃いのでせき込みそうになる。タヒチには3日滞在する。タヒチからイースター島を通ってチリの首都サンチャゴを結ぶランチリ航空のフライトが週二便だからだ。
着いた初日はタクシーでパペーテ市内まで行き、市場などを訪れる。魚などを売るには少し気温と湿度が高いかもしれない。魚の腐った臭いが鼻の奥にグッと来る。
2日目は、簡易オートマ(シフトを幾つか入れ変えなければならない)のレンタカーを借りてタヒチ島を一周。ゴーギャン美術館に立ち寄る。ゴーギャンが「少女を愛する愛情の持ち主」だった事を知る。
3日目、パペーテ国際空港を発ち、イースター島へ向かう。新婚さん4組と私と添乗員さん(男性)の10人のツアー。JTB、HIS、近畿日本ツーリストなどそれぞれ違うツアー会社からタヒチの旅行代理店が請け負ったツアーなので、オプションがそれぞれ違う。5時間かけて、南海の孤島イースター島に到着。
天気は晴れ。雲一つ無い快晴。30回近くイースター島に来ている添乗員さんが「こんな天気のいいイースター島は初めてだ」と言い、パンフレット用の写真を撮りまくっていた。いつものイースター島は孤島で雨風をさえぎるものが無いので、いつも荒れているという。日本で見るガイドブックの写真の様にはいかないのだ。この天気は「私が晴れ男」だからなのかもしれない。
イースター島の空港からバスに乗り、宿泊先のホテルへ。キーをもらい、自分のスーツケースを運び込む。木製のベッドに寝てみる。ベッドの下から「ミャオミャオ」と鳴き声が・・・
部屋の前にお掃除のおばさんがいたので、声をかけ、部屋について来てもらい、ベッドの下を指さす。彼女にも何がいるのか分かったようで、ベッドをずらし、子猫を取り上げた。あとは彼女に任せておけば、親猫を探してくれるだろう。
マイクロバスに乗って、モアイを見に行く。山肌に運びかけのモアイが残っており、その辺りは泥でぬかるんでいる。昨日まで雨が降っていた証であろう。
海辺に立ち、海の方を向いているモアイを見に行く。写真で見るより大きい。
私は観光スポットに行くのが苦手だ。行ってもすぐ飽きてしまう。
海外に行く目的はその土地に住む人々がどんな暮らしをしているか?である。
モアイを見た後、おみあげもの屋さんに行くまでの車中、外を歩いている現地の人を見ていると、靴を履かず、裸足で歩いている人がほとんどだった。私は南米チリにも行ったが、首都サンチャゴを始め、訪れた町ではみんな靴を履いていた。
その事を考えると、イースター島の人は貧しいのかもしれない。
数軒の観光客用のホテル、おみあげもの屋を除けば、島民の住居と観光スポットモアイ像しかないのだから・・・
バスがみあげもの屋についた。この時、私はパニックに襲われていた。
お腹を壊し、いつ下から出てもおかしくない状態だったからである。ホテルまではもたない。新婚さんたちは楽しそうに買い物をしている。そして、私は決意した。野糞をしようと。止まっているバスに隠れている民家の庭先に生えた木の付け根で。民家から誰も出て来ない事を祈りながら、用を足し、ポケットティッシュで慎重に拭いた。男性の添乗員が遠くから見ていた様だが、目をつぶってくれた。
何食わぬ表情でおみあげもの屋の店内に入り、
「これ似合う?」
「どうしようかなぁ?」
という新婚さんの戯言を聞きつつ、買い物を済ませた私だった。
私はイースター島から日本に戻る。
イースター島で仲良くなった添乗員さんは数年後来日。お台場のホテルで再会を果たした。
(2005年)
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