僕は「運」がいい。
大阪でドラマを作っていた当時、憧れていた「ドラマ作りの諸先輩たち」に東京に来て出会えた。そして、一緒にドラマを作る事が出来たのだ。
「29歳のクリスマス」「ニューヨーク恋物語」「さよなら李香蘭」「金(キム)の戦争」「過ぎし日のセレナーデ」などのプロデュースを手がけた中山和記さん。
「黄金の日日」「獅子の時代」「男たちの旅路」「シャツの店」のプロデューサー、近藤晋さん。
「仮の宿なるを」など「木曜ゴールデンドラマ」で様々な賞を取った演出家の鶴橋康夫さん。
「予備校ブギ」「ADブギ」「魔女の条件」「さとうきび畑の唄」「女王の教室」「家政婦のミタ」の脚本家、遊川和彦さん。
叶わなかったが、「ふぞろいの林檎たち」の脚本家、山田太一さんとは一回でいいから、ドラマを作りたかった。
先日、久しぶりに遊川和彦さんとは食事を共にした。
コロナ禍で、「過保護のカホコ」の後にお会いして以来の3年ぶりの再会。
雪がみぞれになったあの日のこと。遊川さんに会って、僕は元気をもらった。
食事後、外に出たら手先が痺れるほど寒かったが、心の中で僕はスキップしていた。心は温かくなっていた。
今日、突然訃報が入った。ドラマの演出家で制作局長でもあり、僕たち夫婦の仲人もして頂いた荻野慶人さんが90歳で逝去された。
荻野さんは、大阪で僕が初めてAPで付いた朝の連続ドラマ「花いちばん」の監督を務められた。和歌山・南部のロケ地でのしんどくも懐かしいAP時代を思い出す。
あの大阪での「朝ドラ」があったからこそ、東京で出会えた「ドラマのマイスターたち」との仕事も心を込めて出来たのだと、今は思う。
その優しい笑顔を思い浮かべながら、荻野慶人さんの御冥福をお祈り致します。合掌。
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