そろそろ年賀状を作らねば…とパソコンを開け、
1年前、2年前に送った年賀状を参照しながら、
今回はどんな内容にしようか~と考えていたら、
あ~っ、来年は平成24年なんだ、と気がついた。
まあ、今年が平成23年なんだからね~
今さらそんなことに気がつくのもバカみたいな話だけれど、
24年と言うと、自分が昭和24年生まれだから、何だか愛着を感じる。
そ~か、平成も、もう24年になるのか…
昭和24年生まれが、平成24年を迎えようとしている。
いつの間に、それほどの年月が過ぎ去ったのだろう…?
ちなみに、僕が生まれたのは、昭和24年の1月9日なのだが、
40年後の昭和64年の1月8日に、元号が平成にかわった。
その翌日に、僕は満40歳の誕生日を迎えたのである。
つまり平成が誕生した日は、僕の30代最後の日でもあったわけなんですね。
で、それがどうしたん…? と言われたらそれまでの話ですけど。…ぐすん。
ところで、昭和時代ならその人の生まれ年を聞くと、何歳かすぐにわかった。
単純に引き算をすれば、それでわかることだったんだもんね。
でも平成になると、人から昭和〇〇年生まれです、と言われても、
元号が変わっているから引き算もできず、すぐに年齢が浮かばない。
そこで僕は「今年は昭和〇〇年なのだ」と頭の隅に置くことにしている。
だから今年は「昭和86年」なのである。
これをいつも頭に入れていると、
たとえば昭和30年生まれの人なら、86から30を引いて56歳だし、
昭和45年生まれの人は41歳だとすぐにわかる(誕生日が来ての話ですが)。
うちの母親は昭和3年生まれだが、今年で何歳なのかいちいち覚えていられなくても、
人に聞かれるとこの計算を当てはめ、83歳です、とすぐに答えられるので便利である。
さて、そうすると…来年は、当り前だけれど、昭和87年ということになる。
今からそろそろ、86年から87年に頭を切り替えておかなければならない。
そして、話は飛躍するが、13年後には昭和100年になる計算だ。
昭和100年! これもあっという間に来てしまいそうだなぁ。
(その時、僕は生きているかどうかわかりませんけどね)
僕が高校生の頃、新春1月の始業式の時、校長先生が朝礼の挨拶の中で、
「諸君、今年は明治100年に当たる、まことに慶賀すべき年であります」
…と、ひときわ語気を強めて言われたことを、今でもよ~く覚えている。
そういえばこの頃は「明治は遠くなりにけり」という言葉が流行していたっけ。
明治は45年までだったから、当時は、それから55年が経っていたことになる。
で、今年(平成23年)は「明治144年」だけど、こんな話、何の参考にもなりませんわね。
明治生まれの人のお年も、明治何年生まれと聞けば144から引き算をすればいいが、
そういう機会にめぐり合うことなんて、まあ言ってみればあまりないわけで…。
ここまでくると、じゃあ「大正」で言えば今年は何年なんだ…? と思う。
そこで、ついでだから、つい先ほど、ネットで調べてみた。
すると…
が~~~~~~ん。
今年は、なんとまあ…「大正100年」なんだそうである。
大正100年!
今年もあとわずかになったというのに、まったく知らなかったなぁ。
…ということは、明治生まれの人はすべて百歳以上ということになる。
う~む。もう、そんなに歳月が過ぎたのか。
高校の時の校長先生の「今年は明治100年です」という言葉が懐かしい。
そしてこのたび、明治が幕を閉じた年から、100年が経ったのである。
今こそ、まさに「明治は遠くなりにけり」である。
…とは言っても今のめまぐるしい世の中を見ていると、明治どころではなく、
「昭和は遠くなりにけり」という言葉も違和感なく受け入れられそうである。
平成も24年になろうとしているのだから、昭和も遠ざかって当然だよね。
ところで…
いったい僕は、何の話をしていたのだろうか。
年賀状のことを書くつもりだったんだけどな~
年賀状の「平成24年」から、話がとんでもない方向へ行ってしまった。
ど~も、失礼しました。