『いや、何ィ、おるんやったら、早よ出てぇや』
「何の用や」
『あんた、今日、休みなん?』
「休みやと、あかんのか」
『機嫌悪そうやな。ケンカでもしたんか』
「ケンカなんか、せぇへんわ。何の用やねん」
『嫁はんは?』
「今、舞音連れて公園行ったとこや。
買いもんしてくるって言うてたから、遅なるんとちゃうか?」
『あんたがおるのに、舞音ちゃん連れて買いもん行ったんか?
・・・あー、あんた、また舞音ちゃんに静かにせえ、言うたやろ』
「そんな言い方、してないぞ」
『けど、似たようなことは、言うてんな』
「・・・なんで、わかんねん」
『そら分かるわ。これでも、あんたら3人育てた経験者やで。
で? 何があったん?』
俺は、しぶしぶ、今朝からの事の次第を話してやった。
『あほやな、あんたは』
おい、こら。
感想が、それかい!
『あんたが悪い』
「なんでや。俺、何もしとらんぞ」
『せやから悪いって、言うてんの。
あんたが舞音ちゃんを抱っこしてやったら、一発で済んだ話やん』
「は?」
『まだわからんか?』
「わからへん」
『どんだけ察しが悪いねん。
あのな、舞音ちゃんは、あんたと遊びたかっただけやねん』
「いやいや、朝から、部屋中、散らかしたいだけ散らかして、遊んどったみたいやで。
あいつの怒る声かて聞こえたし」
『あんたは、その声聞いても、部屋から出てかんかったんやろ?』
「せやって、曲作りの最中やってんぞ。
こっちは仕事やんか」
『あんたが部屋に籠もっとったら仕事。
オトナには分かっても、まだ、2歳になるかならんかのあの子に、わかるかいな。
普段から家におらん人が、たま~に家におったら、遊んで欲しいと思うんは、
当然のことやと思うけど』
「遊び相手なら、母親がおるやろ」
『あー、それがそもそもの間違いやわ。
母親は遊び相手ちゃうねん、お世話係や。無条件には、遊んでもらわれへん。
ちょいちょい、教育的指導、しつけってやつが入るしな。
それに、抱っこひとつにしたって、
母親が抱くんと、父親が抱くんでは、違うもんなんやで』
俺は、あいつの腕の中で泣き叫ぶ舞音を思い出した。
「そんなもんかなあ」
『そんなもんやて。
せやから、あんたが舞音ちゃん抱っこして、ほんの5分、相手してやったら、
それであの子の気も済んだはずやわ。それに・・・』
「それに?」
『あんたの嫁はん、頑張ってると思うで。
舞音ちゃんくらいの年の子が、一番手がかかるのに、
ほとんどの家事、育児、近所との付き合い事、ひとりでこなして、
あげく、あんたの機嫌までとって。
大事にせんかったら、バチがあたるよ』
「あー、分かった分かった。説教なら、いらん。
用事は何やねん」
『嫁はん、おらんのやったら、ええわ。またにする』
そう言って、いきなり電話は切れた。
ツーツーという音だけが、あとに残る。
俺は、改めて、部屋を見渡した。
小さなマンションの、さして広くないLDK。
よっぽどはっちゃけたんやろ、
足の踏み場もないくらいに散らかったおもちゃ、DVD、絵本。
舞音が描きなぐった、絵にすらならない、お絵かきの紙、クレヨン。
雑多な色に溢れた、子供と暮らす部屋。
けど、気付けば。
子供のもん以外は、きれいに整理されたリビング。
危ない物は、舞音の手の届かんとこへ片付けられたダイニング。
洗いものの1つも残されてないキッチン。
窓の外、ベランダには、今日の分の洗濯物が、風に揺れてる。
舞音は、誰に似たんか、もの凄い気分屋や。
イヤとなったら、てこでも動かんかわり、
一度スイッチが入れば、どこまでだって飛んでくようなとこがある。
今の俺自身やって、自分のこと、扱いにくい時があるのに、
小っちゃい舞音にしたら、なおさら、だよな。
そんな子を一日中相手にして、
そんでも、家のこと、こんだけこなしてるんやな。
『大事にせんと、バチがあたるよ』
オカンの言葉が、耳に響いた。
俺は、ベランダに出て、外を見た。
公園って、どこのことや?
買いもんって、どこの店まで行くん?
そんなことすら、よう知らんことに、今更ながら、気付いた。
目をこらして、まばらな人影を追う。
遠くに、見覚えのある後姿と、
小さな小さな、虹色のリュックを見つけた。
舞音が大好きなこの場所は、ブランコと滑り台と、小さなお砂場があるだけの、
公園とも呼べないような場所。
小さすぎて、あんまり子供も親も見かけないから、
人見知りの私でも、気兼ねせずに、舞音と遊んでやれる。
ブランコを見つけて、走り寄って行く舞音。
バーのついた小さい子用のブランコに乗せてやったら、大喜び。
さっきまでの不機嫌が、嘘のようだ。
何度も何度も、背を押してやる。
飽きるほど、何回、何十回。
一定のリズムじゃないと怒り出すんは、何でなん?
へんなとこにこだわるの、誰に似たんやろう?
でも、楽しそうやな。
もうしばらくは、このままブランコかな。
で、その後、滑り台を繰り返しやって、散歩がてら買い物。
時間、かけた方がいいかな?
遠い方のスーパーにしようかな。
お夕飯、何にしよう?
しまった。
何が食べたいか、聞いてくるの、忘れたわ。
どうしよう?
メールで聞いてみる?
でも、いらんこと聞くなやって、怒られるんも、シンドイしな。
眠たそうやったし、起こしちゃったら、それこそ大変なことになる。
せやけど、もし、あのまま寝てたら、風邪ひいちゃうかも。
どうしよう?
ああッ、もう!
こんなことで、いちいち悩むの、私らしくない。
・・・あかん、落ち込んできた。
どうして、こんなふうになっちゃうのかな。
たまの、お休み、家族でお出かけ、したかったな。
ひとりの時間も必要なんやろうけど。
家で仕事も、仕方ないんやけど。
普通って、難しい、な。
ぼんやりとしていた私は、誰かに後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、
「いつまでブランコさせる気なん?」
その声に一番反応したんは、舞音やった。
「パーパッ!」
「舞音、ブランコ、楽しいか?」
にこやかな彼が、舞音に話しかける。
舞音が、彼に向かって、身を乗り出すように手を差し出す。
「ああッ! 危ないって」
ブランコを止めて、彼が舞音を抱き上げる。
「買いもん、済んだんか?」
舞音を抱いたまま、私のほうを見る。
「え・・・、ごめん、まだ・・・」
彼は、私をじっと見据えた。
「いちいち謝ること、あらへん。怒ってるんとちゃうんやから」
「ごめん」
「ほら、また、謝った」
彼が苦笑する。
「な、今日、俺が夕飯、作ったろか?」
「え?」
「と言っても、作れるんは、焼きそばくらいやけど」
「やきちょば やきちょば」
舞音がはしゃぐ。
「舞音、焼きそば、好きか?」
「ウン!」
「じゃ、決まりやな。買いもん、行こか」
彼が舞音を降ろして、手をつなぐ。
「行く・・・よな? 行こ?」
彼が、もう一方の手を私に差し出した。
戸惑いながらつないだその手は、とても、温かかった。
「両手に花、や」
彼が、ぼそっと言った。
「舞音が元気に育ってくれるんも、
俺がなんも心配せんと仕事してられるんも、
ぜんぶ、おまえのおかげや。感謝してる。
こんな贅沢、ほかにないわ」
舞音に視線を落としたまま、私の手を握る彼の手が、少し、強くなった。
舞音にあわせて、ゆっくりと歩き出す。
彼の向こう側で、舞音の小さな赤い靴が、踊った。
Fin.
続きで、あとがきです。
お付き合い、ありがとうございました。
ここのところ、作者の意思とは無関係に、勝手に動き始めた感のある舞音ちゃん。
この話も、最初、落ち着き先のないまま、舞音ちゃんが動くまま、見切り発車で書き始めたものでした。
そこへ、例のカットと発言があり、ようやく、形になりました。
他の、若い方たちの夢小説に比べたら、どうにもこうにも、昭和から抜け出せない、私の妄想たち。
今どきのセリフも、便利な道具も、使いこなせてませんが、
私には、これで、精一杯なのかも。
いいや、私の気が済めば。
開き直ってます。
開き直ったおばさんは、怖いもんなしです。
このまま、いけるとこまで、妄想し続けます。
よろしく、どうぞ。
さて、いよいよ新曲発売! 今から予約した分を一足先に、手に入れてきます。
「何の用や」
『あんた、今日、休みなん?』
「休みやと、あかんのか」
『機嫌悪そうやな。ケンカでもしたんか』
「ケンカなんか、せぇへんわ。何の用やねん」
『嫁はんは?』
「今、舞音連れて公園行ったとこや。
買いもんしてくるって言うてたから、遅なるんとちゃうか?」
『あんたがおるのに、舞音ちゃん連れて買いもん行ったんか?
・・・あー、あんた、また舞音ちゃんに静かにせえ、言うたやろ』
「そんな言い方、してないぞ」
『けど、似たようなことは、言うてんな』
「・・・なんで、わかんねん」
『そら分かるわ。これでも、あんたら3人育てた経験者やで。
で? 何があったん?』
俺は、しぶしぶ、今朝からの事の次第を話してやった。
『あほやな、あんたは』
おい、こら。
感想が、それかい!
『あんたが悪い』
「なんでや。俺、何もしとらんぞ」
『せやから悪いって、言うてんの。
あんたが舞音ちゃんを抱っこしてやったら、一発で済んだ話やん』
「は?」
『まだわからんか?』
「わからへん」
『どんだけ察しが悪いねん。
あのな、舞音ちゃんは、あんたと遊びたかっただけやねん』
「いやいや、朝から、部屋中、散らかしたいだけ散らかして、遊んどったみたいやで。
あいつの怒る声かて聞こえたし」
『あんたは、その声聞いても、部屋から出てかんかったんやろ?』
「せやって、曲作りの最中やってんぞ。
こっちは仕事やんか」
『あんたが部屋に籠もっとったら仕事。
オトナには分かっても、まだ、2歳になるかならんかのあの子に、わかるかいな。
普段から家におらん人が、たま~に家におったら、遊んで欲しいと思うんは、
当然のことやと思うけど』
「遊び相手なら、母親がおるやろ」
『あー、それがそもそもの間違いやわ。
母親は遊び相手ちゃうねん、お世話係や。無条件には、遊んでもらわれへん。
ちょいちょい、教育的指導、しつけってやつが入るしな。
それに、抱っこひとつにしたって、
母親が抱くんと、父親が抱くんでは、違うもんなんやで』
俺は、あいつの腕の中で泣き叫ぶ舞音を思い出した。
「そんなもんかなあ」
『そんなもんやて。
せやから、あんたが舞音ちゃん抱っこして、ほんの5分、相手してやったら、
それであの子の気も済んだはずやわ。それに・・・』
「それに?」
『あんたの嫁はん、頑張ってると思うで。
舞音ちゃんくらいの年の子が、一番手がかかるのに、
ほとんどの家事、育児、近所との付き合い事、ひとりでこなして、
あげく、あんたの機嫌までとって。
大事にせんかったら、バチがあたるよ』
「あー、分かった分かった。説教なら、いらん。
用事は何やねん」
『嫁はん、おらんのやったら、ええわ。またにする』
そう言って、いきなり電話は切れた。
ツーツーという音だけが、あとに残る。
俺は、改めて、部屋を見渡した。
小さなマンションの、さして広くないLDK。
よっぽどはっちゃけたんやろ、
足の踏み場もないくらいに散らかったおもちゃ、DVD、絵本。
舞音が描きなぐった、絵にすらならない、お絵かきの紙、クレヨン。
雑多な色に溢れた、子供と暮らす部屋。
けど、気付けば。
子供のもん以外は、きれいに整理されたリビング。
危ない物は、舞音の手の届かんとこへ片付けられたダイニング。
洗いものの1つも残されてないキッチン。
窓の外、ベランダには、今日の分の洗濯物が、風に揺れてる。
舞音は、誰に似たんか、もの凄い気分屋や。
イヤとなったら、てこでも動かんかわり、
一度スイッチが入れば、どこまでだって飛んでくようなとこがある。
今の俺自身やって、自分のこと、扱いにくい時があるのに、
小っちゃい舞音にしたら、なおさら、だよな。
そんな子を一日中相手にして、
そんでも、家のこと、こんだけこなしてるんやな。
『大事にせんと、バチがあたるよ』
オカンの言葉が、耳に響いた。
俺は、ベランダに出て、外を見た。
公園って、どこのことや?
買いもんって、どこの店まで行くん?
そんなことすら、よう知らんことに、今更ながら、気付いた。
目をこらして、まばらな人影を追う。
遠くに、見覚えのある後姿と、
小さな小さな、虹色のリュックを見つけた。
舞音が大好きなこの場所は、ブランコと滑り台と、小さなお砂場があるだけの、
公園とも呼べないような場所。
小さすぎて、あんまり子供も親も見かけないから、
人見知りの私でも、気兼ねせずに、舞音と遊んでやれる。
ブランコを見つけて、走り寄って行く舞音。
バーのついた小さい子用のブランコに乗せてやったら、大喜び。
さっきまでの不機嫌が、嘘のようだ。
何度も何度も、背を押してやる。
飽きるほど、何回、何十回。
一定のリズムじゃないと怒り出すんは、何でなん?
へんなとこにこだわるの、誰に似たんやろう?
でも、楽しそうやな。
もうしばらくは、このままブランコかな。
で、その後、滑り台を繰り返しやって、散歩がてら買い物。
時間、かけた方がいいかな?
遠い方のスーパーにしようかな。
お夕飯、何にしよう?
しまった。
何が食べたいか、聞いてくるの、忘れたわ。
どうしよう?
メールで聞いてみる?
でも、いらんこと聞くなやって、怒られるんも、シンドイしな。
眠たそうやったし、起こしちゃったら、それこそ大変なことになる。
せやけど、もし、あのまま寝てたら、風邪ひいちゃうかも。
どうしよう?
ああッ、もう!
こんなことで、いちいち悩むの、私らしくない。
・・・あかん、落ち込んできた。
どうして、こんなふうになっちゃうのかな。
たまの、お休み、家族でお出かけ、したかったな。
ひとりの時間も必要なんやろうけど。
家で仕事も、仕方ないんやけど。
普通って、難しい、な。
ぼんやりとしていた私は、誰かに後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、
「いつまでブランコさせる気なん?」
その声に一番反応したんは、舞音やった。
「パーパッ!」
「舞音、ブランコ、楽しいか?」
にこやかな彼が、舞音に話しかける。
舞音が、彼に向かって、身を乗り出すように手を差し出す。
「ああッ! 危ないって」
ブランコを止めて、彼が舞音を抱き上げる。
「買いもん、済んだんか?」
舞音を抱いたまま、私のほうを見る。
「え・・・、ごめん、まだ・・・」
彼は、私をじっと見据えた。
「いちいち謝ること、あらへん。怒ってるんとちゃうんやから」
「ごめん」
「ほら、また、謝った」
彼が苦笑する。
「な、今日、俺が夕飯、作ったろか?」
「え?」
「と言っても、作れるんは、焼きそばくらいやけど」
「やきちょば やきちょば」
舞音がはしゃぐ。
「舞音、焼きそば、好きか?」
「ウン!」
「じゃ、決まりやな。買いもん、行こか」
彼が舞音を降ろして、手をつなぐ。
「行く・・・よな? 行こ?」
彼が、もう一方の手を私に差し出した。
戸惑いながらつないだその手は、とても、温かかった。
「両手に花、や」
彼が、ぼそっと言った。
「舞音が元気に育ってくれるんも、
俺がなんも心配せんと仕事してられるんも、
ぜんぶ、おまえのおかげや。感謝してる。
こんな贅沢、ほかにないわ」
舞音に視線を落としたまま、私の手を握る彼の手が、少し、強くなった。
舞音にあわせて、ゆっくりと歩き出す。
彼の向こう側で、舞音の小さな赤い靴が、踊った。
Fin.
続きで、あとがきです。
お付き合い、ありがとうございました。
ここのところ、作者の意思とは無関係に、勝手に動き始めた感のある舞音ちゃん。
この話も、最初、落ち着き先のないまま、舞音ちゃんが動くまま、見切り発車で書き始めたものでした。
そこへ、例のカットと発言があり、ようやく、形になりました。
他の、若い方たちの夢小説に比べたら、どうにもこうにも、昭和から抜け出せない、私の妄想たち。
今どきのセリフも、便利な道具も、使いこなせてませんが、
私には、これで、精一杯なのかも。
いいや、私の気が済めば。
開き直ってます。
開き直ったおばさんは、怖いもんなしです。
このまま、いけるとこまで、妄想し続けます。
よろしく、どうぞ。
さて、いよいよ新曲発売! 今から予約した分を一足先に、手に入れてきます。