すばるに恋して∞に堕ちて

新たに。また1から始めてみようかと。

STORY.41  紫煙

2013-01-25 08:14:45 | 小説

昨日の歯痛。
ロキソニン飲んで一眠りしたあとは、ズキズキした痛みは引いたのですが。
まだなんとなく噛むと違和感というか鈍痛というかが残っているので。
今日明日にでも歯医者の予約を取らねば、と思っております。

一眠りしてしまったせいで。
痛みとはうらはら、眠気がスッキリ飛んでしまって。

寝るに寝れない事態に。

いつでもどこでも一瞬で寝れる私にしたら、珍しいパターン(笑)

仕方ないので、
書き始めたまま放ってある妄想小説でも、と思って筆を進めたものの。

詰まる詰まる(笑)

しかも時刻は丑三つ時。
出てくる妄想は、欲望の塊だったりしました。

相当なリハビリが必要だな、こりゃ。

夜明け頃には、どうにか形になりましたので。
ひとまず、UPさせます。

冷静に読み返すと、なんじゃ?ってなお話でございますので。

それでも読みたい方だけ、続きからどうぞ。

注意事項としては。
毎度のことながら。

モデルとなっている人物は実在する赤い人ですが、
今回はさほどの赤感は無いように思います。
物語はまったくのフィクションですので、
出来の悪さに石などお投げにならぬよう。

それでは。






STORY.41  紫煙




ぼんやりとした薄明かりの部屋。

溶けていく煙の向こう側で、
不安げな顔して彼女が俺を覗き込む。

「なん?」

俺は、彼女の顔にかからないように煙を吐き出す。

こんな時の彼女のセリフは、いっつも決まってる。

『煙草、のどに悪いわ』

歌うたいが生業の俺にとって、
喉は商売道具で。

「ああ、そやな。分かってるて」

彼女が諦めたように微笑う、その表情を見るのが。
なんとなく。
少し、
ほんの少し。
楽しかったりすんのは、なんでやろな。

ただただ忙しいだけの日々を乗り越えて。
会えたり、会えんかったりするんも、文句ひとつ言わんと。

せやのに。

俺の煙草だけには、いっつも嫌そうな顔をする。

俺は、そばにあった灰皿に煙草を押し当て、
空いた手で、彼女を引き寄せる。

待ってたかのように。

彼女は力を抜き。
俺に身体を預けてくる。

ほんのいっとき前。

この腕の中でしなやかにうねった肌が、
柔らかに形を変えはじめる瞬間。

吐息が絡み合い。

彼女から立ちのぼる香りの中に、埋没していく。

香水でもない、
石鹸でもない、

彼女だけが放つ、この香りに包まれるのが。
なにより、俺は好きなんやな。





緩やかに首筋を這う、温もり。

彼が吐き出した紫煙の残り香が、体中を流れていく。

苦くて、
せつない。

この香りは、彼自身。

好きだけど。
大好きだけど。

だけど、嫌い。

彼が、歌う間。
歌の仕事が続くあいだは。

会いたくて、
会えなくて。
頼りない時間だけが、私の上を流れていく。

この香りが、彼につながるたったひとつの記憶になる。

だから。

嫌い。

この香りは、嫌い。

だけど。

どこかで、この香りを求め続けてる。





『苦い・・・』

息が触れる。

彼女が恥ずかしそうに小さく呟く。

俺の腕の中で。
目を伏せ、消え入りそうな声で。

「嫌か・・・?」

俺は彼女の応えを待たず。
幾度となく、彼女の体に刻印を打つ。

髪に、頬に、首に。
ほのかに咲く紅。

苦い香りが染み込み。

遅れて。
すべてを包み込むように、漂う香り。

交じり合う匂いが、
俺の中に戻ってきて、俺自身を掻き立てる。

まだ、だ。
まだ。

溶け合う瞬間は、まだもう少し先だ。

そんな俺に抗うように。

小さくかぶりを振った彼女が。
うわごとのように啼く。

『も・・・っと』

やがて鮮やかな光が、脳裏を突き抜け。
彼女の指が、瞬間、動きを止める。

そしてゆるやかに、堕ちていく。

どこまでも。
深く。
静かな。
闇の波間に。

ふたりで。

それだけでいいと、思った。
この瞬間があるだけで。

二つのの香りが、混じり合い。
強い芳香を放ち、再び深く互いに刻まれる瞬間があるだけで。

言葉もなく、想いを交わせる。




「愛してる」

それだけを彼女に伝えるために。

「愛してる」

それだけを受け取るために。



俺は紫煙をくゆらし続ける。




Fin.


STORY.40 終わりのない旅

2012-03-25 22:01:40 | 小説

えーっと。

先日のDVD鑑賞会の時に、お友達のRED担さんたちと、
アルコール依存症のREDに関しての妄想を話し合いました(笑)

その時には、お友達の妄想を聞くだけで、
私の妄想はお話出来ず仕舞いだったので、
文字にしてみました。

なんとなく中途半端な仕上がりな気もしますが。
よろしければ、お付き合いください。





STORY.40 終わりのない旅



ぽと・・・ん・・・

水音が、ひとつ。
明かりの消えた部屋に響く。

カシャン、
カランカランカラン・・・

軽い音を立てて、アルミの缶がテーブルに転がる。

いくつも並び、倒れた空き缶。
栓を抜いた小瓶。
飲み残したままのグラス。

吸い殻で溢れた灰皿。
零れおちた灰。

干からびた野菜スティック。
粉々になったチップスのかけら。

そんなものに埋もれて。

うごめく・・・

塊・・・

・・・・・・俺の身体。

さして温かくもない毛布にくるまって、
俺は、
見知らぬ景色の中へと放りだされる。



それが夢でも、現でも。

そんなことは関係あらへん。

俺にとっては、どっちみち異世界には違いあらへん。

そこに俺が居ようが、居まいが。
限りなく時間は過ぎていく。
俺はただ。
ぼんやりとそれを眺めているだけや。

どこにおっても、俺はただの異端者でしかないんやから。

・・・・・・あかん。また、や。

なんでこんなふうに、どうでもええことばっかり考えてるんや。

俺は眠りたい。
眠りたいんや。

なんもかも忘れて・・・
忘れ去ってしまいたいだけやのに。

お願いやから。
静かに眠らせてくれ。

まだ、足りんか。

ああ・・・
もうちぃと飲まんとあかんか・・・



俺はゆっくりと身体を起こす。

ひんやりとした空気に、一瞬身体が震える。

暗い部屋。
カーテンの隙間から洩れてくる、隣のビルのネオン灯りをたよりに、
這うように冷蔵庫まで辿り着く。

冷蔵庫のドアを開けると、
あざやかな光が部屋にこぼれ出す。

ビールの缶を取り出して、ドアを閉めれば。
また部屋には暗闇が舞い戻ってくる。

シン・・・とした、音のない空間に、
プルタブを開ける音だけが響く。

のどを通りすぎる冷たさと独特の苦み、そして炭酸の刺激。

息もつかずに一気に缶を傾ける。
飲みきれなかった滴が、口の端を濡らして落ちる。

それを手の甲で拭う。

缶に残った液体を、俺は頭からかける。

はじける音が、

髪を濡らし、
首筋を伝い、
頬を流れる。

身体の内から、外から。
アルコールの匂いが立ち上る。

溺れていく。
沈んでいく。
淀んでいく。

限りなく、深い、暗い、
水の底へ。

抗うように這いながら、辿り着いたのは。
煙草の匂いと、
俺の体臭の染み付いた、冷たいだけの布。

俺は、本当はどこへ行きたいんやろう・・・・・・

それは。

答えのない問いかけ、
出口のない迷路、
終わりのない・・・・・・旅。



空を見上げる。

雪・・・
いつから、降ってる?

電車・・・
遅れてるやん。

間に合わへんな・・・

俺は時計をちらりと見る。

ああ、あいつ、待ってるやろな。
風邪、ひいたりせぇへんやろな。
あったかい店の中で、待ってたらええけど。
ひとりで喫茶店にすら、よう入られへんような女やからな。

覆い尽くす白。
色を失くし始めた街。

甲高い車のブレーキ音。
にぶい衝撃音。

舞い散る白。
滲む鮮赤。

横たわる、あいつの身体。
眠ったような横顔。

動かない。

動かない、動かない、動かない。

俺の足。


もしも、なんて言葉。
好きじゃない。
あるいは、なんて言葉。
役にも立たない。

悔んだところで、もうここに、あいつはおらへん。

俺に身体あずけて、
俺の側で、いつも笑ってた、あいつは、もう。

気分屋で、
何をするにも融通が利かなくて
納得出来へんことには従えなくて、
誰かに理不尽に指図されるのがイヤな俺を。

諭すでもなく許すでもなく、
それでも根気よく。
気長にそばにいてくれた、あいつ。

あいつとやったら、
この先にある、すべてのものに立ち向かっていけると思ってた。

あいつを守るためやったら、
なんだって出来ると、本気でそう思ってたのに。

たったひとつの、
その大切なものさえ、
俺は守りきれなかった。

守ってやれへんかった。

あんなに近くにおったのに。

もしも雪が降らなかったら。
もしも電車が遅れなかったら。

あるいは、
俺の仕事がもっと早く終わっていたら。

あるいは、
あの日、約束なんかしなければ。

あるいは。
俺と付き合ったりしなければ。

あいつは、あの日の、あの場所に立つこともなかったはずやのに。

結局。
あいつを死なせたんは。

・・・・・俺。

あいつの、夢とか未来とか。
明るいもんをいっぺんに奪ってもうた。

どうあがいても、
償う手立てはあらへん。

忘れたくて、
忘れたくて、
忘れたくなくて。

浴びるように飲んだ。

酔って、
酔って、
酔って。

酔い潰れて倒れてしまえば。

そのまま忘れられると思った。
眠れると思った。

だが。
酔って眠った日に限って。

そこに、あいつがいた。

言葉もなく、
哀しそうにこっちを見ている、あいつが。

最初は忘れたくて飲んでた酒が、
いつのまにか、あいつに逢うための酒になった。

いつか、
あいつが喋ってくれるような気がして。

俺に、言葉をくれるような気がして。

逢いたくて、
逢いたくて、逢いたくて。

もう一度。
もう一度、もう一度、もう一度。

繰り返し、繰り返し、繰り返し。

浴びるように、酒を飲み続けた。


なぁ。
なんで答えてくれへんねん。

なぁ。
何度も名前呼んでるやん。

なぁ。
俺の名前、呼んでくれや。

なぁ。
こっち来て、前みたいに俺にもたれかかってくれ。

なぁ。
そんな顔せんと、笑うてや。

なぁ。
お前の笑った顔、好きやったんやで。

なぁ。
もう一回、笑うて。

頼むわ。

なぁ。。。




やがて、朝が来る。
いつものように、俺は目を覚ますやろ。

今日も生きろ、と。
現実へと放りだされるんや。

何をする?
何をしたら、ええ?

あいつのいない現実に、
俺がいる意味は、あるんか?

俺を理解ってくれるヤツは、どこにも、おらへんのに。

誰か、
教えてくれ。

俺は、どこへ行く?
何をする?

何のために、
何をするために?

どこで、答えを探したらええ?

どこに答えはある?

俺は・・・
俺は・・・

ただ・・・。

そしてまた、暗い部屋に空き缶の転がる音が響く。



もう、ずいぶん前のことみたいやけどな。
あれから、そう何年も経ってへんよな。

あいつの代わりに。
あいつを守る代わりに。

あいつがいたこの街を。

俺が今、何をしてるかをあいつが知ったら。
あいつは何て思うんやろ。

今やったら、笑ってくれるんかな。
あの、懐かしい、甘くて優しい声で。
俺の名前を呼んでくれるやろうか。

俺がまとった色は、
あの日の、あいつが流した色。

忘れたくて、
忘れられへん、
決して忘れたらあかん、
あの雪に散った、


赤。

      Fin.


STORY.39 男と女

2011-10-04 20:19:45 | 小説
えっと、本当に久しぶりです。

冒頭だけが随分前に落ちてきたまま、あとは手つかずのまま放っておかれたものです。

理由は自分でも良く分からないまま言葉が止まってしまって、
ようやく昨日、不意に動きだしました。

リハビリに近い出来です。

立ちあがって、よろけて、壁の手すりをつかんでようやく進んでるカンジ。

興味がある方だけ、続きからお願いします。


今回もモデルとなった人物はいますが、実名は登場しません。
よろしくお願いします。





STORY.38 男と女




「大丈夫よ」と、それが彼女の口癖だった。

急な仕事のたび、
終わりそうで終わらない仕事のたび、
仲間との急な約束のたび、

電話の向こうで、いつも彼女は微笑い混じりに、そう言った。

ただの一回だって、
自分勝手なわがままを言わなかった。

勝手なのは、いつだって俺の方で、

なのに、

だから、

そんな日がくることだって、予測できなかったわけじゃない。
せやけど・・・


「もう、あかんって、なんで?」

「普通が欲しかったの」

「は?なに? どういうこと」

「それだけ、の意味だわ」

「それだけ、って。いやいや、待てや」

「もう、充分、待ったわ」

「あ・・・、いや、そうやなくて」

きまずい時間が、二人の上を覆い尽くす。

「俺に選択肢は、ない?」

黙ったまま、俺を見返してくる彼女の瞳が、その答えやった。

「そうか・・・」

そうして、俺は、
大事なもんをひとつ、手の中から逃してしまった。

いつだって、そんなことの繰り返しで。

去っていくものを追うこともせずに、
ただ、去っていくものへの未練を断ち切るためにだけ、
言葉を紡いでは、
それを音に乗せ続けてた。

言葉って、難しいやんな。

気持ちのすべてを言い表すことなんて出来んし、
ましてや、伝わるもんは、その幾千分の1にすぎんことやってある。

今、俺がしてることに、一体どれだけの意味があるんやろう。



「また、考えてる。あの彼女に、未練、あるの?」

そう言って、俺の顔を覗き込んだ。
手にしたグラスを、こつんと俺の額にあてる。

「冷たいな、やめろや」

ぼんやり眺めていた夜景から、視線を移す。
濡れたような赤いルージュが、目の前にある。

ひとつ恋が終わるたび、逢いたくなる赤いルージュ。

俺を拒否するでもなく、求めるでもなく、
ただ受け入れてくれる、赤い、イマドキにしては赤いルージュ。

ロックグラスのひんやりした冷たさが、突き刺すように顔の表面をすべっていく。

「また難しいこと考えてる表情してる。分かりやすいんだから」

グラスの中身を口に含んだ彼女の顔が近くなり、唇に重なった。

柔らかな感触と、
体温であたたまった、冷たかったはずの液体。
馴染みのない、琥珀の蒸留水の香りが鼻にぬける。

唇の端から、受け損ねたしずくが落ちる。

「あかん、こいつは飲み慣れんわ」

のどを下りてゆく香りに、むせかえるようだ。

俺から離れた彼女が、片頬で苦笑う。

「いつまでも、子供ね」

俺の髪先を指でもてあそぶ。

「子供ちゃうよ、もう30になったで。十分オトナや」

「ほら、ムキになる。そういうとこ、変わらないから子供っていうのよ」

彼女に初めて会ったんは。
あれは、まだ俺がこの仕事始めて間もない頃で。

その頃でも、もう十分にオトナだった彼女に、俺は憧れて、追いかけて。
でもいっつも子供扱いされて。

いや、実際のとこ、ガキやったんは確かなことで。

せやから、人の愛し方なんて、なにひとつ知らへんくて。

精一杯、大人ぶってた俺に、
『身の丈に合った恋愛』を教えてくれた。

つかず、離れず。

俺にやって、恋バナのひとつやふたつ、
傷ついたことかて、傷つけたことかて、
そらまあ、いろいろあったけど。

未練、か。

言うたら、そうかもしらん。

あれだけ俺のそばにいながら、俺の手を必要とせずにいて、
なんや気になって放っとかれへん女は、後にも先にもあの女だけやったかもしれへん。

あのまま。
あのままやったら。

俺はふと、今日の、後輩の幸せそうな笑顔を思い出していた。

「なあ、結婚て、どんなん?」

鳩が豆鉄砲くらったような表情して、彼女が俺を見降ろす。

「いきなり、ね」

「今日、結婚式やった、後輩の」

「ああ、そんなこと言ってたわね」

「これ以上はないくらい幸せって顔で、めっちゃ笑ってた」

「よかったじゃない。で?なあに?結婚したくなったの?」

「したなった・・・けど、」

「けど、なに?」

「結婚式のあとも、幸せなんやろか」

「は?またおかしなこと言いだしたわね」

「せやって、貴女やってダンナがおるのに、俺とこうしてるやん。それってどうなん」

「まったく、どの口がそう言うんだろ」
俺の口元を軽くつまんで、彼女が苦笑う。

「痛いって」

「可もなく不可もなく、普通に幸せよ」

「それが分からへんねん。普通、ってなに?」

「いやぁね、普通は普通。日常だわ」

「そこに愛はあるん?」

「あるわよ、あたりまえでしょ」

「ほな、俺とこうしてるんは、なに?」

「・・・・・・どうしたの、今夜は」

「普通が欲しかったんやて・・・」

「なに、それ」

彼女がゆっくりと俺の隣に腰を下ろす。

「彼女が言うた。別れ際・・・」

「ふうぅん、それで?」

「それで、って。それで終わり」

「皮肉ね」

「何がや」

「口癖じゃない、あなたの。普通でいたいって」

「あ・・・ああ、そやな。それが一番むずかしいってことも、知ってたはずやねん、俺は」

「普通を知るために、普通じゃないことが必要なのよ」

「なあ、それが、これ?」

俺は彼女が持ってたグラスを手からはずし、テーブルに置く。
透明なカケラが、揺れて小さな音を出した。

「俺がいちばん欲しかったもの、知ってる?」

彼女を抱きよせ、額を近付ける。
髪から香る匂いが俺を包む。

いつも。

そうだ、いつも、この香りだ。

この香りを自分のものにしたかったんだ、俺は。

いろんな香りと交わって、
いろんな香りを手放して、

たったひとつ、この香りだけが欲しかったんだ。

追いかけても願っても、手を伸ばしても。
決して、俺だけのものにはならない香り。

このひととは、「普通」を望めない。

望めない・・・のに。

・・・・・・望めない「普通」を、それでもまだ望んでる。

俺に身体をあずけてくる、その重みも温もりも弾力も。
恋焦がれて愛しくて。

今、この腕の中にある身体ごと、奪い去ってどこかへ逃げ出したいのに。

「私も、あなたが欲しかったわ」

彼女が耳元で、消え入るような声でささやく。

「何度も何度も、あなたを欲して。でも諦めて、諦めきれなくて」

細くてしなやかな指先が、俺のりんかくをなぞり始める。

「結婚という形に頼りたくなる時期もあるわ。結婚という制度が助けになるときだって。
 でも・・・」

彼女が俺を見上げた。

「それは両刃の剣だわ」

「両刃か・・・」

触れては離れ、離れては触れる彼女の指先が、強く優しく、俺を翻弄しはじめる。

熱いかたまりが俺の中を上昇していくのが分かる。
行きつく先を求めて、徐々に渦を巻く。

男と、
女と。

それがありきたりの「普通」。

それがあたりまえの「普通」。

俺と彼女が望める「普通」なんだ、と。




Fin.




STORY.37 ムラサキ

2010-09-17 19:34:46 | 小説
長かったぁ(笑)

ベースになったのは、やすばの写真とLIFEのPVです。

ただ、当初の妄想は、これと全く違ったお話だったように思うのですが、
書いていくうちに、彼女の姿だけが消えてしまいました。

何しろ、物語のあらすじを立ててから書きはじめる人ではなく
いつも、登場人物が動くのを待ってから言葉にするので、
書きあがるまで、終わりが見えない。

今回の終わりも、途中で浮かんだ締めのシーンとは、違ってますし。
(といっても、それは私にしかわからないけど・・・)

行きあたりばったりな妄想書きです(笑)

いつものことですが、
モデルとなってる人はいますが、すべてフィクションであり、妄想以外の何物でもありません。

お付き合いくださる方は、続きから。

携帯からですと、少々、読みにくいこともあるかと思われます。
可能であれば、PCから読まれることをお勧めします。




STORY.37 ムラサキ




濃い闇が、徐々に姿を消してゆく。
薄い光が、次第に力を増してくる。

あやふやな空の色。

夕焼けの紅ほどに寂しくない、
朝焼けの朱ほどに鮮やかでない、

一瞬の、紫。




その色の中へ、彼女は溶けて行った。

俺は、彼女の手を離してしまったのだ。
もう、取り戻せない。

泣いている彼女を、俺は、どうすることもできなかった。
帰る、とつぶやいた彼女が戻ってくる場所は、俺のところ以外にない、
と思い込んでいた。

「あなたは音楽以外を愛せないから」

去り際、俺を見上げた彼女。

「音になれなくて、ごめん」

彼女が謝る理由が分からなかった。

「なに言うてるん?」

寂しそうに微笑う彼女は、それきり、何も言わなかった。

「行くね」

背を向けた彼女が、小走りに走りだす。

あとに残った、薄い香り。
いつだったか、俺が贈った花の香り。

追いかけることすらせずに、
ただ、小さくなる彼女の後姿を見つめて立ち尽くしてた。





「なあ、このあと、なんかある?」

仕事終わり。
俺は隣にいたメンバーに話しかける。

「ん? あとは帰って寝るだけやで」

荷物を片しながら、俺を見もせんと、そいつは言った。

「ふううん」

「ふうん、て、おまえ、何? なんぞあるんか」

バッグを肩に担ぐようにして持つと、俺を振り返った。

「いや、あの、メシでもいかへんかな、と思うて」

「お前から言うなんて珍しいな」

「あかんか」

「別にアカンて、言うてへんで。珍しく回りくどい誘い方するな、思うただけやん」

「回りくどかったか」

「あのな。それ、メシの誘いちゃうやろ。なんか話したいことあんねやろ」

「・・・・・・」

「ああ、ええわ、ええわ。つきおうたる。二人きりでメシも、久しぶりやし」

相変わらず、もの分かり、ええな。

「で、何、食う? 特にないんやったら、俺のよぉ行くとこでええか?」

「あ、出来れば酒・・・」

「ほれみ。メシちゃうやん。飲むんはええけど、ちゃんと食うてるやろな」

「お前は、俺のオカンか。食うてるよ、そら」

「余計なことやったな。ちゃんと作ってくれるコ、おったもんな。
 ・・・っていうか、今日はええんか?」

「・・・・・・」

「何、黙ってる・・・」

「・・・・・・」

「は? わっかりやすいなぁ。ややこしいことなってんのか」

「ややこしくは、ない」

結論はもう出てる。
今更、どうしようもない、ってな。

ただ、聞いてほしいっていうか、
話したい、っていうか。

「ふん。ほな、酒やな。この時間やったら・・・うん。あそこがええわ。行こ」

誘ったん、こっちやぞ、って言いかけて、止めた。
全部を言わんでも、そこそこ分かってくれるって、すごいことやな。



「で?」

運ばれてきたビールで、まずはのどを潤す。
苦い泡が身体に沁み込んでゆく。

「で?って言われてもやな」

俺は、皿の枝豆を手に取る。

「どっからどう・・・」

「どっからでもええで?話したいとこからで」

付き合いの長いそいつは、俺を急かすこともせんと、
自分が頼んだつまみに箸をのばし、
ゆっくりとそれを口に運びながら、「うまいな、これ」とつぶやいている。

「大切なもん、失くしてもうた」

「大切なもん、て、例の彼女か」

「・・・ん」

「上手くいってたんと、ちゃうの」

「上手くいってる、ってのがよう分からんけど。たぶん、いってたと思う」

「喧嘩したとか、は?」

「そんなん、あらへん」

「なかったん?」

「ん・・・」

「いっこも?」

「いや、そら、付き合い初めの頃はあったで?せやけど、最近は」

妙に、そいつはうなづきながら、

「それがあかんかったんとちゃうの」

こともなげに言った。

「え、なんで?」

俺は聞き返す。

「男と女の喧嘩ってのは、コミュニケーションやで」

「せやけど、喧嘩なん、したくないやん。気分悪いやろ、お互い」

「そうかなぁ」

そいつは納得がいかないように、また、ビールを口に運ぶ。

「違うん? する? 喧嘩」

「する」

「え、するん?」

「あたりまえやん。あ、喧嘩言うても、そら派手なヤツちゃうけどな。ちょっとした言い争いくらいはあるよ」

「あー、あるんや。俺、アカンわ。めんどくさいねんもん」

「めんどくさい、て、何なん」

「たとえば、ぐわ~って向こうが文句言うたりするやん。
 それもたいてい、いっつも同じことがきっかけやったりすんねん。
 時間守らへんかったとか、メール返してこぉへんとか、
 どこにいてた、休みに何してた、何食べたとか、な。
 そんなのに、いちいち理由考えて言い訳したり説明したりすんのが面倒やねん。
 分かれや、いい加減、って思うてまうわ」

「そんだけ心配されてるってことやがな」

そいつは片方の口元で笑った。

「あんなぁ、彼女、大切なんと違うん」

「大切やで。大切やったから、俺も心配かけんように、と思うてやな」

「ん・・・何してやったん」

「朝いちで、メールだけ送っててんぞ」

「ほう、なんて?」

「おはよう、今日は仕事」

「そんだけ?」

「他に、何送るん?」

「あほや・・・」

また、笑いやがった。

「えー、なんでなん」

「ちょこっと甘い文句でも入れといたったら良かったんちゃう?」

「そんなんさぁ・・・恥ずかしいいやろ」

「恥ずかしがってどないすんねん。自分の彼女やろ」

「そうやけど」

「実際には、もっと恥ずかしいことやってするやん」

いきなり、何言い出すん、こいつ。

「そら、逢えばするよ」

俺も、アホや。
なに真面目に答えてんねん。

「だろ? ほしたら、メールにちょこっと付け足すくらい簡単に出来たんとちゃうの」

「う~・・・・・ん」

「目で見える言葉、って大事やと思うで。耳で聞く言葉って、消えてくやんか」

目で見える言葉、
耳で聞く言葉、か。

「音になれなくてゴメン、て言われた」

「なにそれ」

俺は、グラスを一気に空にする。

「最後、別れる時。俺、音楽以外愛せへんねんて」

「あー・・・」

「音になれなくて、ごめん、て謝られた」

「音・・・な・・・」

「意味、分からへんねん。そんなこと言われても」

「まあ、言わんとすることは、分からんでもないか・・・」

「なんで俺に分からんのに、お前に分かるん」

「んあ? そら、おまえ・・」

言いかけて、そいつは、俺をまじまじと見た。

「もう、何年や?」

は?
急に何言い出してんねん。

「俺と、お前。最初に出逢ってから、何年になる?」

「中学の、最後の年やから、13・・・14年?」

「長いなぁ・・・」

「ああ、長いな」

それきり、俺らは口をつぐんだ。

空になるグラスの数だけ、互いの記憶を数えているかのようだった。

合間、合間には、いろんなことがあった。

喧嘩も、数えきれんくらいした。
それこそ、人には言えんような、くだらないことで。

「誰にかて、天職いうんはあるんやなあって、おまえ見てると思うわ」

「ちょ、なに、それ」

くすぐったさに、思わず、苦笑う。

「自分、分からへん?」

「さっぱり、わからん」

「歌ってる時の、お前、こう、なんていうんやろ、お前やけどお前ちゃうねん」

「俺は、俺やで」

「そんなん、わかってるよ。じゃなくて・・・」

「なくて、なに?」

「音楽に馴染んでるっていうか、歌そのものっていうか、・・・でっかく見えんねんな」

いやいやいや。

「いっつもちっさい言うてるくせに」

「茶化しなや。真面目に言うてんから」

「お、・・・おん」

「いつからかなぁ、歌だけで勝負に出るんはしんどそうやなぁって思いだしたん」

「誰が? おまえが? なんで?」

「なんでって訊くか」

「そんなん、知らんやん」

「なんでやろな」

「おい」

「つまりさ。
 普段はちっさくて、知らん人の前に出たら、どこにいてるかわからん位に黙りこむお前がさ・・・
 ステージに立って歌い出したら、めっちゃデカく見えんねん」

「おだてても、なあんも出んぞ」

「おだててるんとちゃうがな。
 一番近いとこで、ずっと歌うお前を見て来た俺の、感想やん。
 メンバーの、他の誰に聞いたって、きっとおんなじこと言うと思うわ。
 ・・・俺は、歌ってもんに馴染んでるお前が羨ましかったな」

「俺から見たら、しゃべれるお前が羨ましいけどな」

ちょこっとの間。
次の瞬間、吹き出して笑う男ふたり。

「ないもんねだりや、お互い」

「そやな。
 せやから、その彼女の気持ちが分からんでもないねん。
 ・・・その、『音になれなくてゴメン』ってやつ? 
 お前、歌うん、好きやろ? 
 音楽がなかったら、生きてかれへんやろ」

「大げさなもの言いすんなや。・・・・・・せやけど、そうかもしれん」

「逆に言うたら、や。お前には音楽があったらええってことや」

「いやいや、そこ、逆にするか? 逆もまた真なりってことは、ないぞ」

「でも、彼女はそう思ったんやろ。音と同じくらい、お前に愛されたかった・・・」

「愛してた・・・つもりやったんやけどなあ。
 大切に、思ってたんやけどな・・・伝われへんかったんや・・・」

「不器用やからな」

「うまいこと彼女に伝えられてるお前を尊敬するわ」

「さあ、俺かて伝わってるかどうかはわからへんで」

「なんや、自信無くなってきたわ。俺、ずっと一人なんかもわからん」

「ま、それもええんちゃう?」

「人ごとだと思いやがって」

「焦らんでも、そのうち、ちゃああんと現れるって。音楽に魅せられた男を分かってくれる女が、さ」

「音楽に魅せられた、か」

水辺で自分の影に恋した妖精のように、
俺も、自分の音をそこに追い求めて、音の泉を離れられんくなるんやろうか。





水音がする。

ぽたり、ぽたり、
耳元で不規則なリズムを奏でる。

それをメロディーにかえようと耳を澄ます。

五線譜に連なっていく音符が、次から次へと現れては消える。

次第に水音が増し、俺は音符を追い切れなくなっていく。

音符は水滴に変わり、俺の上に降り注ぐ。
身体中が濡れていく感覚に襲われる。

耐えきれずに身体を起こし、目を開ける。

ゆるやかに広がる、薄い闇。

窓辺で、
夜と朝とがすれ違う。



一瞬の紫。



俺は、俺であり続ける。








FIN.


STORY.35 桜、サクラ、さくら

2010-04-16 06:50:18 | 小説
おはようございます。

言葉を追いかけて、結局、夜を明かしてしまいました。
早朝よりの更新で失礼します。

前フリばかりが長くて、いつまでかかるねん!・・・って感じのお話が、ようやく出来上がりました。

書きはじめた時に妄想してたものとは、思いもかけず、違う方向に行ってしまいました。

主人公たちが勝手に動きはじめるのは、いつものことで、
私は、それらを追いかけて言葉に直すんですけれど、
今回は、思ってもいなかったセリフを彼が言ってしまったおかげで、
作者の私自身が落ち込んでしまって、執筆放棄に近い状態で、身動きがとれなくなりました。

なんとか、いつものように立て直そうと思ったんですが、
こういった結末にするのが精一杯。

思い描いた桜のイメージも、上手くつたわるのかどうか・・・

考えていても仕方ありませんので、
百聞は一見に如かず、
とりあえず、お読みくださると嬉しいです。

今回も、少々長めにはなっておりますので、携帯からですと無駄にページ数が増えるやもしれません。
なお、ページの切り変わりで、文章が途切れてしまうことを御承知置きください。

それと、私、生粋の三河人ですので、関西弁には精通しておりません。
関西弁が変なのは、御容赦ください。


それでは。

あ。いつものことですが、小説の最後にランキングのリンクを貼りました。
普段は忘れておりますが、
ま、これも、
小説をUPした時の、半ばお約束のようなものですので、
よろしければ御協力くださいませ。





TORY.35  桜、サクラ、さくら





携帯電話が、メールの着信を告げた。

消せなかったアドレスから届いた、本文のない写メに導かれるように、
彼は、ハンドルを握ったまま、夜の高速をひた走る。

闇を裂いて、星を飛ばして。


仕事終わり。
出来るなら、一分でも、一秒でも早く、彼女のもとへ。
彼女を、この腕に抱きたいと、その思いだけで走り続ける道。

何度この道を通ったんだろう、と彼は思った。

この景色を、この夜空を、
何度眺めて、彼女のもとへと車を走らせたことだろう。

どれだけ仕事が遅く終わっても、
逢える時間がごくわずかでも、
彼女に逢うためだったら、こうして後先を考えずにひた走ることさえ、
いつも、
決して無理なことでも無茶なことでもなかった。

それまでに消えていった恋のいくつかは、
逢えない不安や寂しさや、
無理を承知で作る時間の不自由さの前に、無力すぎた。

―――― 彼女とだったら・・・大丈夫やと思ってたんや、ずっと

ただひとつ、彼に架せられた十字架さえ、背負い続けていられたら。





「もう・・・、お願い、・・・」

彼の腕の中で、彼女が懇願する。

彼女の頬を撫で、柔らかな髪を撫で、
いつくしむように、愛しむように、そのなだらかな曲線をたどり、
彼の細い指が奏でる音楽は、

彼女の途切れる声と、
彼の息遣いと、
揺れる空気、
軋む金属。

軽やかなリズムに、跳ねる身体。

いつしか訪れるまばゆいばかりの閃光に射抜かれて、
二人は、
深い闇の底へ、その身を横たえた。



「もう、終わりにしましょう・・・」

現実に戻って来ないまどろみのなかで、彼は、彼女の言葉をつかみ損ねた。

「終わり・・・って、なに?」

その単語だけが、彼の中に入り込んだ。

「そのまま、の意味ね」

身体を横たえたまま、彼を見ることもせず、彼女が言った。

「いつまでも、こんな不自然なこと、続かないわ」

「どこが、不自然なん?」

「なにもかも」

「ただの、男と女やろ? 出会って惹かれあって、こうして一緒におることの、どこが?」

「君は、忘れてるわ」

彼女は身体を起こして、横たわった彼の顔を、見下ろした。

彼女にまとわりついたささやかな香りが、闇に揺れる。

「何を?」

たじろぎもせず、彼は彼女を見上げる。

薄暗い間接照明の影になって、彼女の表情は読めなかった。

「私は・・・私には」

言い淀んだ彼女が、
自らの左手の薬指にはめられた細いプラチナの指輪に、視線を落とす。

「外さへんの?」

「・・・・・・」

「いつもは、それ、外してるやろ? 見張られてるみたいでイヤやって、言うてたやん」

「外したら、自由になれると思ったから。でも、ダメだったわ」


彼女の指から繋がる赤い糸。

結ばれた先の、
小さくからんだ結び目をほどくこともできずに、
いつしか、もつれて絡まって、彼女自身ががんじがらめになってしまった。

始まりは、ほんのささいなすれ違いだった。

どんな夫婦にだって、必ずあるような、行き違った想い。
ちょっとした頑固な意思のぶつかりあい。

冷静になるために離れたはずだったのに、
それが却って、夫婦の溝を深くした。

やり直せたはずだった。
埋めようと思えば、埋まるはずだった。
互いに向かい合って、
許し許され、笑顔になるはずだった。

それまでの二人なら、そう出来たはずだった。

でも出来なかった。

お互いに感じた居心地の悪さが、なお強くなるだけだった。

逃げ出したかった。
抜けだしたかった。

自分を受け止めて、煩わしさから守ってくれる腕が欲しかった。

少し考えれば分かったはずだったのに。

自分の息苦しさも、つらさも、せつなさも。
すべては、まだ、相手を求めているからにほかならない。

なのに、彼女は目を閉じた。

目を閉じて、夢の中に入り込んでいった。
夢の先で、また、苦しみがやってくることなど思いもせずに。

出会ったばかりの、若くてしなやかな腕。

彼女を救ったのは、
まっすぐに、自分を求めてくる瞳と、飾らない言葉。
嘘のない、邪気のない、あふれんばかりのエネルギー。

「めっちゃ好き!」

後先を考えない、その自由さがまばゆかった。

愛しい、と、思った。

彼女の指の証に気づいて、それでもなお、求めてくる素直さも。
彼女の名を呼ぶ、その小さなためらいさえも。



『まだ、愛してるの? あんなに裏切られたのに?』

言うたらアカン、彼は、そう思った。

―――― 口に出した言葉は、取り消すことは出来んのやから、
言うたら、アカン。

―――― 飲み込め、飲み込まなアカン。

「無理に外さんでも、ええんと違う? 」

ギリギリのところで、彼は言葉をすり替えた。

「それごと全部ひっくるめて、貴女なんやから。自然にしてるほうが、ラクやろ」

「君が、嫌がるんじゃないかと思って」

「なんで? 知ってて、それでも付き合って、言うたん、俺やで? 今更・・・」

「気にしない?」

「気にせえへんよ、そんなん」

―――― ただの、指輪やん。

続く言葉を、彼は飲み込んだ。

「せやって、そんなんがあるからって、好きって気持ちは止められへんもん」

彼は、彼女に問いかける。

「貴女は、そうじゃないの?」

「止められない・・・わね、私も」

「その気持ちだけあったら、ええのに。他には、なんもいらんで?」

彼は、身体を起こして、彼女の肩を抱いた。

女性の身体が、柔らかくて温かくて、
こんなにも優しいものだと教えてくれたのは彼女だった。

決して頑丈とはいえない自分の胸に、すがりついてくる肩を、
なにより愛しいと思ったのは、彼女が初めてだった。

甘えられるのは苦手だった。
泣かれるのは、もっと苦手だった。

お互いが自立して支え合うのが理想だと、信じている。

それは今でも変わらないのに。

彼女だけは、放ってはおかれへん。
こんな細い俺の腕で、彼女を守れるとは思ってへんけど、
この肩の震えが治まるのを待つくらいの時間は、
彼女に与えてやりたい、と、心底思っていた。

―――― せやのに、今、彼女は、何を言いだしてるんやろう。



「私といても、未来は、ない・・・でしょ?」

「未来・・・って? ・・・たとえば?」

彼は、確かめるように彼女を見る。

「・・・結婚・・・とか、子供、とか?」

「俺、そんなん、欲しがってるように見える?」

「時々、口にするでしょう? 子供、可愛いなあって」

「そら、周りがちょっとずつ結婚してけばなぁ、そんなこと思う時もあるけど」

彼の脳裏には、地元の友人や仕事先の友人らのニヤけた顔や、
ミルク臭い赤ん坊の、柔らかい肌の感触がよみがえっていた。

「私には、それを叶えてあげられないじゃない」

「え。なに、それ。なんでそんなことになるん?」

「重要なことでしょ? 私には君の子供を産めないもの」

「うわ、露骨やな。なんなん? 今日、なんでそんな絡んでくるん」

彼は彼女の顔を覗き込んだ。

「なんか、あった?」


―――― 彼女は俺を怒らせようとしてる。


彼は、とっさにそう感じた。


「なあ、さっきの、本気ちゃうやんな?」

「・・・」

言葉のない空間。
それに耐えられないのは、彼の方だ。

「黙るん、止めようや。こんなん、イヤやわ。本気なん?」

彼女が小さくかぶりを振った。

「嘘じゃないわ。終わりにしたいのよ」

「でも、そう思った理由が・・・ほんまの理由があるやろ?」

彼女は、言葉の代わりに、小さく息を吐いた。

「言いたくないんか」

彼女の戸惑いが、手に取るように彼に伝わる。

――――言いたくないんじゃない。
言えないもどかしさが、彼女にあるんや。

――――『好き』って気持ちだけで突き進むには、ここが限界なんか?
彼女を、今、惑わせてるもんは、なんや?

「・・・苦しいのよ」

絞り出すように、彼女が答えた。

「どうしたら、いいのか、分からない。自分でもわからないのよ。
自分が、真っ二つに引き裂かれる感じがするの」

彼女は、震えだす自分の身体を抱くように、両の腕を抱えた。

「君から好きだっていってもらえることが、嬉しい。
 君を好きだと思う自分がいて、
君に逢いたいと願う私がいて、
 君に逢えなかったら寂しくて、
こんなふうに過ごす時間が待ち遠しくて仕方ないの。
逢えたら嬉しくて、 

君に抱かれると、愛されてるって実感するの」

こぼれ出した言葉が、闇に溶けて消えてゆく。

「そんでええやん。俺やって、おんなじやで?」

彼女に言い聞かせるように、彼は言葉をつなぐ。

「俺やって、貴女がこうして俺の傍にいてくれる時間があるから、ほかで頑張れんねん。
べたべた愛してるって言うん、気恥かしいから、
そんなん、よう言われへんけど。
 でも、ちゃんと貴女には伝えてきたつもりやったで?
 好き、って何度も何度も。
 伝わらんかったん?」

「違う、違うの。そうじゃない」

「何が、違うん?」

「伝わるから。君の気持が痛いほど私に流れ込んでくるから。
 どんどん君を好きになる自分がいて、手放せなくなる自分がいて、
 壊れそうになるの」

「壊れるって・・・」

彼女の言葉の意味を、彼は推し量り損なっていた。

「どういう・・・こと?」

ためらいつつ、彼女は一気に吐き出してゆく。

「君を好きになればなるほど、
私は・・・まだ、自分が夫を好きだってことに気付かされるの。

君に愛されるたび、抱かれるたび、
夫にも、同じように愛されたいって思う自分を見つけるのよ」

「それ・・・って、俺は身代わりってこと?」

「違うわ、違う、そんなんじゃない」

「でも、そう聞こえるやん」

「ごめん、違う、信じて。違うの」

自分を見上げた彼女の瞳を見た時、
彼は、
不用意に放った自分の言葉が、彼女を追い詰めていくような気がした。

「君を夫の代わりだって思ったことなんか、ないわ。
 それだったら、こんなふうに迷ったりしない。
 そう思えたら、どれほど自由だったか・・・」

―――― 全部、彼女の中にあるもの全部、吐き出させた方がラクになるんかもしれん。

彼は、彼女の肩に回した手で、そっと髪を撫でた。


「君と一緒の時間を過ごしたい。
 もっともっと、一緒にいたい。
これから先も、君と笑いたい。

でも、私はまだ、夫と過ごす時間を諦めたくなくて。
心のどこかで、夫に優しくされたい私がいるの。

 身体がひとつなのに、心がふたつあるのよ。
自分がどこにいるのか、分からなくなってくる」


髪を撫でる手をはずし、彼は、彼女の方を向いた。

「不器用やな・・・」

彼よりも、はるかに年上なはずなのに、
とても幼い、
まるで、小さな子供のような、
不安げな表情の彼女が、そこにいた。

―――― こんな顔させたくて、彼女を好きになったんと違うのになぁ。

「俺と別れたら、苦しくなくなるん?」

「・・・・・・」

「まだ、振り向いてはもらわれへんのやろ?」

「・・・・・・」

「そんでも、戻りたいん?」

「・・・・・・」

「一人ぽっちが辛くて寂しくて泣いてたやん」

「・・・・・・」

「あんな思い、また、一人で繰り返すつもりなん?」

「・・・・・・」

「俺の胸では、もう頼りにならんか?」

彼女は、激しく首を横に振る。

「さっき、言うたよな。自分といても未来はない、って」

黙ったままの彼女が、うなづいた。

「未来が、そんなに大事なんか? 
 人間、いつなんどき、どうなるかなんてわからんもんやで?」

「それは、そうだけど・・・」

少しずつ、言葉を選びながら、彼は続けた。

「未来ばっかり考えて、今を踏みつけにするんか。
 俺は、そんなん、イヤやわ。
 今があってこその、未来やぞ。大切なんは、今やろ。
 後悔なんか、したくないやん。

 貴女に出会って、貴女を好きになってしまったんやから、
 どうしてもこの手に抱きたいと思うんは、俺にとっては自然なことやってん。

 言わへんかったら後悔するって思うたから、隠しもせず、告白もした。

 言ったあとで、他のヤツのもんやって分かったからって、
 突っ走った気持ち、止められへんわ。

 貴女が俺のこと受け入れてくれて、
 嬉しかったんやで?
 
 貴女が、何かから逃げたがってる、忘れたがってるってこと、
 分かったから、
 まるごと全部受け止めよう、と決めたんや。

 貴女が逢える時に、
 俺を必要と思ってくれるときに、無理をせずに逢えるだけでええ、って。

 ちょっとずつでも、哀しいこと辛いこと、分け合って、
 二人で笑っていたい、って、そう思ってたんは、俺だけか?

 そら、俺の腕なんか頼りないもんや。

 貴女を守りきることなんて出来んかもしらんけど、
 ほんのちょっとでも、わずかな時間でも、煩わしいことから隠してあげたかった。

 このままの関係が、いつまでも続くもんやなんて、
 俺やって思ってへんよ、
 思ってへんけど・・・」

彼は、言葉を切った。

「苦しんでる貴女を見るんは、俺の本意とちゃうねん」


一旦下を向いて、彼は、彼女から目を逸らした。


大きく息を吸って、吐き出して、
意を決したように、ふたたび、彼女をまっすぐに見据えた。

そして強い口調で、言い切った。


「俺と別れることが、貴女をラクにすることなら、そうしたる。

 終わりに、したる!!」





ひとひら、またひとひら。
薄紅の影が舞う。

見上げた空には、まだ、かすかな輝きで星が瞬く。

春と呼ぶにはまだ冷たい風が、時折、枝を揺らすように彼の横をすぎてゆく。

車を降りた彼の足は、次第にその歩みを速めていく。
彼は腕の時計をちらりと確かめた。

―――― こんな時間や。もう、おらん。おるはずはない。

両脇に続く桜並木。
誰ひとり通る人のない遊歩道を、彼は、まっすぐに駆けてゆく。

遊歩道の先、小さな公園に辿り着いた彼は、あたりを見回した。

彼の瞳が探すのは、たった一つのシルエット。
忘れられない、忘れるはずのない人の姿だ。

―――― あの桜は、絶対にここのヤツや。

桜のたたずまいも、映りこむ空も、
この季節だったら、どこにいたって見られる景色だ。
際立った特徴があるわけではない。

彼女が一番好きだった花。
好きだった場所。
好きだった時間。

好きだった言葉。
好きだった色。
好きだった匂い。

彼女が彼に残した記憶のカケラは、すべて、ここに戻ってくる。



―――― 桜、見たいなぁ・・・



不意に彼女の声が、蘇った。

―――― 季節がちゃうやん

そう答えた自分に、『そうね・・・』と微笑った彼女。

―――― 夜が明ける瞬間の空に、花びらの色が溶け込んでいくの。

     光が広がるのと同時に、
     波が打ち寄せるように、桜のピンクが押し寄せてくるのよ。

     君に、見せてあげたかったわ。


彼女が、彼の想いを受け入れた場所。


―――― あれから何度も春は巡ったのに、
       結局、ここの桜を二人で眺めることなど出来んかったな。

彼は、近くのベンチに腰掛け、空を見上げた。

散るにはまだ早い桜が、花ごと一輪、彼の足もとに落ちてくる。
くるり、くるり、舞うように。

―――― リズムのいい音楽でも、鳴ってるようやな。

桜を眺めているうちに、
やがて空が、次第に明るさを取り戻してきた。

闇に紛れていた桜の紅が、
光に浮かび上がり、紫の空に、鮮やかな波を立てていく。

押し寄せるような、迫ってくるような、
空ごと落ちてくるのではないかと思えるような、波、波、波。

昼間には気づかない桜の、ほのかな香りが彼にまとわりついて、
窒息しそうなほどだ。

―――― 生まれ変われる気がするの。

風が、彼の耳元で囁きながら通り過ぎてゆく。

―――― 夜明けの、あの桜の下にいると、きっと生まれ変われる。
       そう思えるのよ。

遠い記憶の彼女の声をなぞりながら、彼は、桜に向かって手を差し出した。

―――― 届かん、な。
       なかなか、難しいわ。
       手が届きそうで、いっつも、すり抜けてく感じがする。

指に触れそうで、つかみきれない花びらを、追い求めてる自分に気づいて、彼は苦笑った。

―――― そういうことか・・・。

やりたい仕事をやりきれない現状、自分の力の及ばない事情。
そんなものにぶつかるたび、
落ち込んで、苦しんで、考え過ぎるほど考えこんでしまう自分。
それを飲み込んで消化するのに、いやというほど時間がかかる自分。

―――― なんで、あのヒトにはわかんねん。
       見透かされてるやん。

―――― 俺も、生まれ変われる・・・か?

空を見上げて大きく息を吸う。

桜からあふれ出している力が、彼の身体に流れ込んでくる。

―――― 離れてても、見ててくれるんやな。
       そばに、おってくれてるんやな。


彼は、携帯を取り出すと、空に向かってカメラを向ける。


カシャッ・・・・・・


乾いたシャッター音が、冷たい空気に響いた。





♪♪♪・・・♪♪♪・・・♪♪♪

携帯を開いた彼女の顔に、安堵の笑みが浮かぶ。


闇と光が交差する空を埋め尽くす、桜、桜、桜。
まばゆいばかりの、薄紅。


離れても、
離れたからこそ、なお愛しい彼の声が、そこから聞こえるようだった。

―――― 伝わった・・・んだね。





ッくしゅん。

彼は大きなくしゃみをひとつ。

―――― あかんわ。次の仕事に間に合わんようになる。

名残惜しそうに、もう一度空を見上げ、
彼は、足早に歩き出す。

彼の背を押すように、始まりを告げる光が一面に広がっていった。






FIN.




お気に召しましたら、

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