殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

静寂

2025年03月18日 13時39分05秒 | みりこんぐらし
実家の母サチコが、このところおとなしい。

「このまま頭がダメになるのを待つより、少しでも遅らせる努力をする」

今までとは正反対の前向きな発言が増え、電話も無い。


この半年間、続けてきたデイサービスの送り出しも

「一人で大丈夫」

と言うので、週に3回から1回に減少。

日帰りの月曜と水曜は荷物が少ないので行かず

ショウタキに泊まる金曜日だけ行くことにした。

お泊まりの日は着替えや洗面用具などの荷物が増えるので

サチコ一人では準備できないからだ。


ともあれ、サチコのめざましい変化には四つの原因がある。

一つ目は、入院中に複数の保険の満期が来て

彼女の普通預金に大金が振り込まれたこと。

残高を見た途端にシャキッとして

「一人で生活できるから、もう来なくていいよ」

とまで私に言った。


それが本当なら、どんなに嬉しいだろう。

が、ぬか喜びしても、困ったらまたジャンジャン電話をしてきて

強制的に復帰させられるのはわかっている。

残高を知る私から、お金を守りたい一心なのだ。

ここが一般の親子と違う部分なのはさておき

お金というのは元気の素だと、つくづく思った次第である。


二つ目は、実子のマーヤに対する期待がひとまず消えて

諦めがついたこと。

期待とは、仕事を辞めて旦那や3人の子供たちと別居し

実家へ帰って自分と暮らしてくれるという願望だ。


子供の家庭を壊してまで自分のそばに置きたい野望を

世間では身勝手と呼ぶが、それが認知症である。

この現象は、前に記事にした隣のおばさんと同じ。

近くに居る者をアゴで使って困らせ

一緒に暮らしたい子供にクレームを伝えてもらう…

衰えた脳でそんな馬鹿げた作戦を練り

しかも成功すると思っているのが認知症なのだ。


「もう面倒見切れん!知らん!」

子供にそう言ってくれれば、優しい我が子は慌てて帰って来るはず。

悪いのはキレた私で、本人と我が子は被害者ということになり

親子の仲がギクシャクすることもなく、同居に持ち込めるという計算だ。

私もたいがい卑怯な人間だが、長く生きた老婆の卑怯は

そのはるか上を行くものなのである。


それがどうよ。

実子のマーヤに無視されたまま月日は経ち

退院したその足で老人ホームの見学に連れて行かれた。

サチコとしては、大きな誤算だ。


「何で私があんな所へ入らんといけんの?」

帰り道、彼女は憤慨して私に問うた。

「あんたが入りたい言うたんじゃん」

「そりゃ言うたかもしれんけど、あんな所とは思わんかった」

「どこも同じよ」

「私を厄介払いしよう思うたんじゃね」

「老人ホームはマーヤの希望じゃ。

その方が安心なんじゃと」

…そうさ、マーヤは以前から

サチコの老人ホーム入りを強く望んでいる。

今回の見学もたいそう喜び、ぜひにと大乗り気だった。

以後は連絡を取ってないが

サチコの反応を伝えたら、さぞや落胆することだろう。


「嘘!」

「マーヤに電話して聞いてみんさい」

が、今もって電話はかけてない。

本当のことを知るのが怖いらしい。


三つ目は、その老人ホーム。

見学は、紹介してくれる人があってたまたま行ったが

サチコはそこで、今通っているショウタキとの違いを思い知らされたのだ。


デイサービスが主体のショウタキは、例えるならカフェ。

数時間の滞在をリピートしてもらわないと商売にならないので

職員は礼儀正しくて愛想が良く、施設は自由で明るい雰囲気だ。


一方、老人ホームは寮。

ひとたび入ったら「また来てね」が無いので

年齢層高めの職員たちは

ショウタキほどチヤホヤしてくれそうにない。

節約のために消された電灯や、寝たきり老人のうめき声もさることながら

自力で洗濯する入居者が干したモモヒキやデカパンのぶら下がる廊下…

新聞雑誌が無造作に積み上げられ

たたみかけの洗濯物が散らばって雑然とした共有スペース…

生活臭あふれるたたずまいに、几帳面なサチコはビビっていた。

彼女が抱いていた老人ホームへの憧れは

これら物理的な事柄によって、かき消えたのである。


現実を見たサチコは、嫌っていたショウタキが好きになった。

「施設が綺麗で、スタッフが温かい」

急にそう言い出し、今や一日おきのデイサービスを心待ちにする変わりよう。


そして四つ目は、入院していた精神病院から処方された鬱病の薬が

バッチリ効いていること。

精神の薬は病状に合わせるのが難しいそうで

強すぎるとボンヤリしたり、弱すぎると改善しなかったりするらしいが

今のところ、よく合っているようだ。


これら四つの原因により、とても静かになったサチコ。

サチコが静か=私が楽。

老人ホームの入居は断ったので残念だが

見学に連れて行くという行動を起こしたことで

先はわからないけど、しばらくは楽ができる。

何事も行動してみるもんだ…

いつも口だけで行動力の無い私は思っている。
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健康マットてんまつ

2025年03月14日 13時54分07秒 | みりこんぐらし
前回お話しした、万病に良いという45万円のマットを売り始めた 

カフェのオーナー、Mちゃん。

先日、用があってその辺りを通ったら

とあるお家にMちゃんの車が駐車してあるのを見た。

特徴的な外車、かつ特徴的なナンバーなので間違いない。


停めてあったのは、カフェの常連Tさんのお宅。

彼女は、ご主人が代々続く商売をしている旧家の嫁である。

その家は例のユリ寺の檀家なので、私も知らない人ではない。


Tさんは、私やMちゃんと同年代。

そしてMちゃんと同じ系統…

つまり美人で垢抜けしていて、何不自由なく優雅に暮らしているお方。

彼女とMちゃんはカフェで知り合って以降

意気投合して親しくなったのだ。


その日、カフェは定休日。

すぐにピンときた。

Mちゃんは休みを利用して、例のマット販売に勤しんでいるらしい。

誰が誰に何を売ろうと自由なんだから

それについてとやかく言うつもりはない。

お金持ちのTさんは、喜んで買うだろう。


が、心配なのはMちゃんだ。

そりゃあね、苦しんでいた坐骨神経痛が楽になったのだから

その喜びを誰かに伝えたい気持ちはわかる。

優しいMちゃんのことだから

一人でも多くの人を助けてあげたいと思うのも、わかる。


しかし高給取りでイケメンなご主人と、今だにラブラブのMちゃんが…

両親の介護が終わり、夢だったカフェをオープンしたMちゃんが…

上品で素敵なファッションと同じく

上品で素敵なランチやスイーツを提供して

楽しそうに働いていたMちゃんが…

本人や料理だけでなく、自宅も素敵で

都会の物好きがマイクロバスを仕立てて家と庭を見学に来たり

時には家庭雑誌に取材されるほどセンスの良いMちゃんが…

何で健康マットなんか売らにゃならんのだ。


Mちゃんはこのまま進めば、田舎には珍しいハイセンスな老婦人として

様々な分野で活躍できただろうに、どうしてマルチ商売なんかで

これまでの美しい半生を台無しにしまうのだ。

そうよ、台無しよ。

彼女の温かい笑顔も優しい言葉も

こんにちは〜〜と語尾を伸ばす柔らかい声も抜きん出たセンスの良さも

本当は彼女の個性というだけなのに

全部が高いマットを売りつけるための営業と思われてしまうではないか。


老々介護に追われる私は、美しく年を重ねて行くMちゃんを

目を細めて見守ってきただけに

「もったいない!」

そう思わずにはいられない。



ところでMちゃんの売るマットは

知り合いのAさんが使っているのと同じ物だった。

来週、ランチをご一緒するので、その打ち合わせで連絡を取った時に

たずねてみたらビンゴ。


一昨年、茶会席の料理教室を主催して

私とマミちゃんをこき使った東京の先生が

去年からこのマットの販売を始めたことや

その料理教室をセッティングした70才のAさんに売りつけたことは 

以前の記事でお話しした。

勧められて断れなかったAさんは

果敢にもクレジットの分割払いでマットを購入したのだ。


Aさんは東京と広島の二拠点生活をしつつ

頻繁に海外へ飛ぶ日々を送っている。

それだけ聞くと元気モリモリみたいだけど、実は癌経験者で

数年を経た今でも抗癌剤の後遺症に苦しんでいる。

健康に良いと聞いたら、買ってしまうのは当然だ。

「悔しいけど、疲れが取れて本当に調子がいいのよ」

Aさんはそう言って苦笑していた。


しかし、それも束の間のこと。

昨年の大晦日、Aさんは東京で倒れた。


先生は茶懐石の店よりマット売りの方がずっと儲かるため

本業そっちのけで頑張っているそうだが、店の方も細々と続けている。

マットの効果ですっかり元気になったつもりのAさんは

昨年末、先生に誘われて東京にある店へ泊まり込んで

仕出しのおせち料理を作るお手伝いをした。

その時、呼吸困難に陥ったのだ。


抗癌剤の後遺症の一つ、免疫異常に苦しんでいる彼女だが

今回はその免疫が肺を攻撃したため、肺機能が急激に低下したという。

こんなにひどいのは初めてだそうで

つまり、くだんのマットに

Aさんの病気を改善する力は無かったことが証明された。

倒れたAさんを見て、先生は肝を冷やしたと思うぞ。


Aさんは、2ヶ月の入院を余儀なくされた。

来週のランチは、やっと日常生活に戻ったAさんの快気祝いなのである。


効果の有無に関わらず、買った方には

「高いんだから良くなるはず」という過信が生じ

Aさんのように無理をしてしまうことだってある。

買った人の具合が悪くなると

「あれを使っていたから、この程度で済んだのよ」

商品を勧めた人は、こう言って逃げるのが常套手段だけど

息ができなくなって生死の境を彷徨ったんだから

「この程度で済んだ」とは、さすがに言えまい。

健康になるだの病気が治るだのという類いの物には

手を出さない方がいいと、改めて思った。
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寝具系

2025年03月09日 11時02分46秒 | みりこんぐらし
うちからそう遠くない町に、一つ年下の友だちが営むカフェがある。

オーナーのMちゃんはたまたま私の友だちだが

料理を作る女性はたまたま夫の同級生だ。


日頃は無口な夫も、ここでは楽しくおしゃべりに興じる。

そこで時折、夫婦で行っては食事をするのが

この十年来の習慣だった。

長年に渡ってよそのおネエちゃんばかり追いかけ

家庭を顧みなかった夫の非行が元で

共通の友だちや立ち寄り場所が無い我々夫婦にとって

唯一の癒やし空間というところだろうか。


先日も、夫が行きたいと言うので行った。

珍しくお客は我々だけだったので、料理ができるまで

いつものようにペチャクチャとおしゃべり。


…と、夫が珍しくトイレに立った。

バドミントンが原因で足が悪くなった夫は

例のごとく、片足を引きずりながらトイレに向かう。

この日は寒かったので、いつもより痛むらしい。


「パパさんの足、どしたん?」

「変形性膝関節症よ」

「すごく悪そう」

「悪いよ、じきに車椅子は決定。

バドミントンなんかやるけんよ」

バドミントンに点の辛い私は 

トイレに向かう夫の背を眺めつつ冷ややかに言う。


バドミントンが悪いのではない。

始めた動機と、終わりの締めくくりが悪いのだ。

浮気相手だった生命保険のセールスレディに誘われて始めたのが

20年余り前のこと。

運動神経だけは良いので上達も早く

所属するクラブではスターだったらしいが

元がバドミントンに向かない大柄とO脚だったため

足に無理が行って、順調に悪くなった。


治療をしながらしぶとく続けていたものの

トドメがうちの女事務員ノゾミだ。

クラブに新しく入ってきた彼女に誘惑され、ホイホイと入社させたが

入れてから判明したノゾミの正体は

会社の隣にある商売敵の愛人だった。


産業スパイと知って夫の恋は終わり

ほぼ同時に彼の足も終わってバドミントンも引退。

ノゾミは正社員に昇格し、今も勤めている。


このようなことがあったバドミントン界隈を

私が喜ばしく思うはずがなく、同情する気も起きない。

夫は足がひどく痛む時、父親の形見の杖まで使っている。

杖のお世話になっても、まだ女がなびいてくれれば

それはそれで男女共に勇者だと褒め称えるつもりだが

今のところ、その兆候は無い。

せいぜいダメになった足を引きずって、うごめいていればいいのだ。


話がそれたが、足の悪い夫を見てMちゃんは言った。

「車椅子になったら、困るじゃん」

「自業自得じゃ」

「でも実際問題、介護するのはみりこんちゃんになるじゃろ?」

「その時になったら考えるわ」

「…車椅子になる前に止めたいと思わん?」

「へ?」


いいものがあるんよ…

Mちゃんは店の目立たない場所に置いてある

小ぶりなデジタル時計みたいな機械を指差した。

「時計で足が治るん?」

「寝るだけで悪い所が治るマットよ。

この機械にマットの電源を差し込んで使うんよ」

マットの上に寝たら機械から電流が出て

身体の中にある水分のプラスとマイナスの

マイナスだけを振動させたら、どんな怪我も病気も改善する…

というのがMちゃんの主張。


「私、ずっと坐骨神経痛で苦しんでたじゃん。

それが治ったんよ」

「ほぉ〜」

「他の色んな病気も良くなるけん、パパさんの足も絶対良くなるよ」


「私も買ったんよ!」

調理担当の夫の同級生Sさんも

トイレから戻ってきた夫にアピール。

「清水の舞台から飛び降りたつもりで買ったけど

ほんと元気になれて、良かったんよ」


「清水の舞台と言うからには、高いんじゃね」

「うん、まあ安くないよ。

坐骨神経痛の痛みが消えるほどの物じゃもん」

「いくら?」

「大小のマットと座布団サイズの3枚がセットで45万円」

「たかっ!」

「でも車椅子になることを思ったら、安いと思わない?」

「値段がどうこうより、それってマルチじゃろ?」

「会社はマルチじゃないと言うけど、娘にもマルチじゃ言われた。

でも私は儲ける気は無くて、販売したらもらえるマージンは

買ってくれた人に全額バックしようるんよ」


食事の間中、ずっとこの話。

こんな時に限って、お客は誰も来ない。

どうしてそんなモンを知ったのか…

いつからやり始めたのか…

去年の暮れ、私と共通の知り合いに会いたいから

その人に連絡を取って欲しいと言い出したのは、このためなのか…

疑問は浮かぶが、聞く気も起こらなかった。


「…考えとくわ」

「考えみて!」

へいへい…生返事で支払いを済ませ、そそくさと店を出た我々は

帰りの車中で話し合う。

「そんなに安くてすごいマットを発明したんなら

何でノーベル賞もらわんのじゃろ?」

「寝るだけで病気が治ったら、世界中の医者が失業じゃの」


1万円ぐらいなら付き合いで買うかもしれないが

45万の大金となると、売る側の罪が深い。

一方、万病が45万で改善されると言うなら安過ぎる。

いずれにしても胡散臭いのは確か。

Mちゃんたちがマルチに走るタイプと思ってなかった我々は

衝撃を受けていた。


近頃、こういう寝具関係のマルチが増えているのかしら。

いつぞやの茶懐石料理の先生が

本業より儲かると言って始めた商売も寝具系だった。

サプリやサポーターと違って、寝具系は客単価が高いからだろう。


「もう、あの店へ行くことは無いのぅ」

「楽しかったけど、終わったんじゃね」

誠実!な我々は、Mちゃんたちの店へ再び行って

マットの勧誘をかわしながら食事だけする自信が無い。

Mちゃんたちも、買わない我々と今まで通りに付き合う気は

起きないだろう。

友だちを失って、そこはかとなく寂しい夫婦である。
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縁切り話

2025年03月06日 13時40分21秒 | みりこんぐらし
先月末、同級生テルちゃんのお兄さんの訃報を聞いた。

彼女とは同じ町に住みながら、今まで何十年も会ったことは無かった。

しかし昨年、偶然会った時に思い出した。

「そうよ、テルちゃんとは仲良しだったわ」

以来、マミちゃんやモンちゃんと一緒に

時々会うようになった。


そのテルちゃんのお兄さんが、68才の若さで亡くなったのだ。

3年前から急に血液の難病になり、闘病しておられたという。

会ったことは無いが、身内にも他人にも優しいお兄さんだそうで

テルちゃんは兄が大好きだと公言していたものだ。


同級生のマミちゃんと二人、お通夜と葬儀に参列した。

同級生関係の弔問には皆勤のモンちゃんも行きたがったが

通夜葬儀は私の住む町の葬儀場で行われる。

万が一、捨てた旦那キンテン君に遭遇したり

モンちゃんの姿を見た人から噂が届くと危ないので、今回はパス。


亡くなったお兄さんの評判にふさわしく

家族葬だというのに仕事関係や友人の弔問客が多い。

そして参列する誰もが、儀礼的でなく心から彼の死を悲しんでいた。

以前にもお話ししたが、亡くなったお兄さんの奥さん

サエちゃんも、うちらと同級生。

昔からしっかり者と評判の子なので、喪主として気丈に振る舞っていた。


それはさておき、故人のお母さんも当然、参列する。

92才、要支援2だけど、お元気そうだ。

息子が亡くなったのをわかっていないのか、涙は無い。

嫁のサエちゃんに手を添えられ、ぼんやりと焼香していた。


近年、悲しみの席でつくづく思うけど、逆縁の何と多いことか。

逆縁というより、不死身のお婆さんの子供が先に亡くなっちゃう現象。

そして誰も、子供に先立たれた母親に同情する様子は無い。

本人が認知症なので、悲しんでないからだ。

怖い世の中になったものである。

生き残り合戦に負けるものか…誓いを新たにする私であった。


その合戦相手の一人、実家の母サチコは

先月末の退院以降、元気バリバリ。

鬱病には、時としてハイテンションの状態が訪れることがある。

今はそんな時期みたい。


認知症の方は、2ヶ月の入院で着実に進行している。

退院した日、買い物に連れて行ったら

買った物を一つずつ、透明のビニール袋に入れ続けるだけで

それらをまとめて買い物袋に入れるという

次の作業に進むことができなくなっていた。

あっ!あの時の買い物で立て替えたお金をもらってない。

私も認知症かも。


デイサービスが再開したので、私は再び実家へ送り出しに通っているが

老人ホームの見学が効いたのか

「一人でないならどこでもいい、施設に入れてちょうだい!」

と泣きながらせがむのをやめた。

現実を見たことで、施設への憧れが消えたらしい。


昨日も送り出しに行ったら

サチコは一昨日、美容院へパーマをかけに行ったという。

なんとまあ、お元気なこと。

サチコと長年の付き合いの美容師は、80才。

一人暮らしをしながら、一人で営業している。

サチコは自分と似た環境の人を好むので、その店がごひいきなのだ。


「そしたら、美容院の先生がおかしいんじゃ」

あんたにおかしい言われたら、おしまいじゃ…

そう思いつつ、話を聞く。


「行ってシャンプーしたら、先生は気分が悪うなった言うて

2階へ上がったきり降りて来んけん

上がってみたらベッドで横になっとるんじゃ。

起こしても起きんけん、わたしゃ別の美容院へ行って

パーマかけて帰ったんじゃ。

違う美容院もええもんじゃね!顔のマッサージまでしてくれた」

「いやあんた、最初の美容院の先生は…?

ベッドで寝とったのをそのままにしたんかい?」

「ほったらかされて寝られたら、よそへ行くしかなかろう」

「それ、寝ようるんじゃなくて、倒れとったんじゃないん?」

「知らんわ」

私は彼女の身を案じたが、葬式の看板は見なかったし

この辺りは噂が早いのに、2日経っても何も聞こえないのだから

大丈夫ということにした。


そんなサチコは先日来、しきりに縁切りを匂わせるような発言をする。

「もう、ここへ来んでええよ。

私は一人でやって行くから」


実際にサチコは、朝行ってみるとちゃんと起きていて

朝食と身支度も済ませている。

何年もやってないゴミ出しや掃除の方はわからないが

デイサービスに行く準備だけは完璧。

だから、その発言が本当ならどんなに嬉しいか!


が、その真意は別のところにある。

ゼニじゃ。


サチコの通帳は入院費の振り込みや、引き落としでない支払いのため

入院中は私が管理していた。

サチコが退院したら記帳した通帳と領収書を見せ

残高を確認させるのが慣わしだ。


しかし今回はサチコの入院中に

実子のマーヤと孫たちに掛けていた積み立て保険が満期になり

彼女の通帳にドカンと振り込まれていた。

そこへどういうタイミングか、老人ホーム入居の話が持ち上がった。


サチコは、こう思ったはずだ。

「継子が自分を老人ホームに入れて、このお金を奪おうとしている」

思ったはずもなにも、そう考えるのがサチコである。


問題の通帳は、病院から最後の請求書が来る今週末まで

私が預かる話になっていた。

しかし退院した翌日から、通帳の行方を確かめる電話が

何度もかかるようになり、面倒くさいので持って行って渡した。


そこから始まった、縁切り話。

私にお金を盗られまいと、必死なのだ。

この継子への猜疑心とお金への執着心を有効活用して

ぜひとも絶縁したいところだが

うまく行くかどうかは今のところ未定である。
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施設ジプシー・11

2025年03月01日 10時34分35秒 | みりこんぐらし
昨日、実家の母サチコは退院した。

入院の荷物を車に積み込むと、そのまま隣市の施設へ直行。

紹介された介護付き有料老人ホームへ見学に行くのだ。


ちなみに有料老人ホームには、介護付き有料老人ホームと

住宅型有料老人ホームの二種類がある。

介護付き有料老人ホームとは、施設が介護サービスもまとめて行う形態の所。

住宅型有料老人ホームとは、施設が利用者に建物を貸して家賃を受け取り

介護サービスの方は、別の介護業者が行う形態の所。

別の介護業者といっても、たいていは施設が運営する会社なので

そう大きな違いは無いと思われる。


「見学で気に入って、入ると言ってくれたらいいけど…」

そこまでの期待は持ってない。

自宅から遠いことを理由に、必ず嫌がるはずだ。

説得?そんなことができる人間なら、実子に逃げられたりしない。


ともあれ、今空いている2階の個室を見送ったら

次はいつになるかわからない。

早く退院させて見学させなければ…

その一心で賭けに出たが、結論から申し上げると、私は賭けに負けた。


施設に向かう道中でも、サチコは遠い遠いを連発。

到着してケアマネの案内の元、ひと通り見学したが

「家から遠過ぎる…地元の施設なら入ってもいいけど」

その後の面談で、やはり予想通りのことを言った。

地元の施設が無理だとわかっていて、逃げるために言うのだ。


「地元の施設に入れるまで、こちらでお待ちいただけますよ」

ケアマネは言ったが、遠過ぎる、遠過ぎると繰り返すばかりで

ラチはあかない。

「何日か考えて、また改めてお電話させていただきます」

私はそう言って施設を後にしたが、次は断りの電話になるだろう。


サチコは帰り道でも、ブツブツ言いっぱなしだ。

「知らん所へ行きとうない」

「あんな所へ捨てられるんなら、◯んだ方がマシ」

「あれじゃあ姥捨山じゃ」


運転しながら、そう言い出すのを待っていた。

「今さら何を言いよんじゃ、すでに自分の娘に捨てられとるが」

「え…」

「家に帰ったらマーヤの年賀状、見てみんさい。

親には会いに来られんでも、家族旅行には行っとるで」

「どこへ行ったんでしゃ」

「タイと伊勢神宮、あとカンボジアじゃ。

それと、どこか知らんけど何かのテーマパーク。

その写真を印刷した年賀状を送りつける神経!

さすが、あんたの子供じゃ」


「タイいうたら、どこらへんかいの」

都合が悪くなると、話をそらせる。

「まあ、家に帰ったら見なさいよ。

私はマーヤの旅行のために、あんたの世話をやりようるんじゃないよ。

近くに住んどるけん、仕方なしじゃ。

ちったあ自分の置かれた立場を考えんさい」

「でも優しい家族に囲まれとるあんたは幸せじゃが!

私は不幸なのに!」

「幸せじゃったら不幸なモンの面倒見んといけんのか!

婆さん押し付けられて、年取っても走り回らんといけんのに

どこが幸せじゃ!大不幸じゃ!」

「ホンマじゃのぅ、ハハハ」

都合が悪くなったら笑って逃げる。


「老人ホームはマーヤの強い希望なんよ。

何としてでも入れてくれと、はっきり言われとる。

本人に電話して、聞いてみ」

「……」

もっと都合が悪くなったら黙るか、泣く。


これまでの数年、マーヤのことに触れるのは極力避けてきた。

サチコにマーヤを思い出させると、電話をかけまくると思ったからだ。

あの子も忙しいのに、仕事で疲れて帰って

サチコの胸が悪くなるような電話攻撃に遭ったら身が持たない…

マーヤの年賀状を見て、そんな私の気持ちは無駄だと知った。

今回、思いっきり言えてスカッとしたわい。

相手は認知症だから、すぐ忘れてしまうだろうけど

逆に言えば、すぐ忘れてしまうからこそ何を言ってもいいみたい。


サチコが「買い物に行きたい」と言うので

私の住む町のスーパーへ連れて行き、地元へ帰りついた。

有料老人ホーム入居の夢は終わったが、私にはもう一つ

残された期待案件がある。

玄関のドアだ。


入院中に変えた玄関ドアを、サチコはまだ見てない。

彼女は入院中、ずっとドアの心配をしていた。

表向きは「玄関がどう変わったのか心配」というもの。

しかし本心は「工事にかこつけて継子に大金を引き出されたのではないか」

という心配である。

あんまりドアドアと言うので、入院中に相談員と一時帰宅して

家を見る予定まで組まれていたが、相談員が急に退職したため

私が断る形で、一時帰宅は白紙になった。


「継子にお金を取られた」

これを言ったら即、絶縁する予定。

慣れているので全然平気だけど、傷ついたということにして激怒し

もう知らん!と言い捨てて帰るのだ。

言ってくれんかな〜。


しかし、甘かった。

車の中でさんざんマーヤの話を出したのが災いして

サチコの意識はマーヤに向いてしまい、ドアへの興味は失われていた。

「あら、自然な感じでいいじゃないの」

それで終了。

残念。


かくして私は、再び元の生活に戻る羽目となった。

玄関ドアが変わったら、デイサービスの送り出しはやめるつもりだったが

昨日、精神病院でもらった薬をショウタキへ預けに寄った時

ケアマネから、もう少し続けて欲しいと言われた。

言い分はわかる。

デイサービスに持って行くお風呂セットを毎日、バッグから出して

どこかへしまい込むため、毎回、一から支度をする必要にかられるのだ。


さあ、振り出しに戻った。

へえ、こうなるとは薄々思ってました。

でないと、施設ジプシーなんてタイトルはつけまへん。

今後もジプシーを続けるだけでありんす。

しかしサチコに言いたいことを言ったからか

疲れは無く、気分だけは爽快である。


皆様、不毛な話にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

《完》
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施設ジプシー・10

2025年02月28日 09時07分51秒 | みりこんぐらし
老人ホームへの入居は、家族の強い決意が不可欠…

私はそう述べた。

この数年、サチコの世話をしてきてつくづく思ったことだ。


本人の意志は関係ない。

老人は環境の変化を嫌う生き物なので

どこかよそへ行くことを恐れるのは当たり前だ。

「もう無理、プロに任せよう」

そんな家族の決意によってのみ、入居が実現するのだと思う。


考えれば医療従事者でもないシロウトの

しかも赤の他人の私が、精神を病んだサチコを扱うこと自体

無理な話なのだ。

彼女の世話に走り回っていた自分を、おこがましかったとすら思う。

2ヶ月間、NOサチコのパラダイスを味わったことで

すっかりダラけてしまったのである。


私が頑張ったのは、サチコの実子マーヤを守ろうとしたからだ。

サチコはどうでもよかった。

腹違いの妹の家庭と仕事を守りたい…そう言えば美しく聞こえるだろう。

しかし老人介護は、もっと生々しい世界だ。


「戸籍は他人ですから、知りません」

私がそう言ってサチコを放っておいたら、どうなるか。

認知症には徘徊を始め、対人あるいは金銭のトラブルが付きもので

火事を出す恐れも無いとは言えない。

そしてどれも、警察のご厄介になる。

認知症の親を放置して世間に迷惑がかかると

マーヤは保護責任遺棄罪に問われるのだ。


これは、噂や伝説ではない。

現実に高校の同級生スーちゃんが、この罪とニアミスした。


彼女は一人息子が巣立った後、働かない酒好きの旦那さんと

その母親との3人で暮らしていたが

当然、夫婦仲は悪く、家庭内別居で口もきかなかった。

旦那さんの食事や洗濯の世話は、同居する姑さんが行っていたものの

やがて、その姑さんに認知症らしき症状が出始めた。

昼夜が逆転して徘徊を繰り返すようになったが、スーちゃんは我関せず。

プータローの旦那さんが、面倒を見ていた。


そのうち旦那さんは身体を壊して入院、母親の世話ができなくなった。

それでもスーちゃんは無視。

お腹を空かせた姑さんは、食料品店の売り物を食べて警察沙汰になる。

警察から地域包括支援センターが呼ばれて介入し

姑さんは介護の体制が整うまでの一時的な措置で

どこかの病院へ送られた。


その時、スーちゃんは地域包括支援センターの人に言われたそうだ。

「籍が入っていると保護責任遺棄罪になるから

どうしても面倒を見たくないのであれば

離婚してアパートに移った方がいい」

よっぽどで無い限り、逮捕や起訴にはならないらしいが 

一応、罪は罪なんだそう。

まさか老人介護の世界から、離婚を勧められるとは…

スーちゃんも驚いたが、聞いた我々も驚いた。


このような話を聞いていた私は

「近くに住む自分がやらなければ」

そう思った。

「老婆には、義母ヨシコで多少慣れている」

という自負もあった。

が、それも過去のことよ。

サチコの入れそうな施設が見つかったことで

急に近づいてきた自由への切符。

離すものか!


前置きが長くなったが(長過ぎじゃ)

精神病院の面会で、隣市の施設のことに触れた私に

「遠くへ行きたくない」とゴネるサチコ。

遠くは嫌と言うけど、もしや地元の施設に入れるとしても

今度は「家で◯にたい」とほざくのは、わかっている。

さりとて家で暮らせば「一人は寂しい」。

結局、どこも気に入らないのだ。

全部気に入らないんだから、逆に言えばどこでも同じ。

だからこっちは気にしない。


「紹介してくれた人に恥をかかせるわけにいかんけん

見学に付き合ってよ」

と言ったら、あっさり

「じゃあ行ってみてもいいけど」

と言い出したので、しめしめと思い、その日は帰った。


が、翌日から毎日、電話がかかるようになった。

「やっぱり行きとうない!

どうして私が、あんな遠くへ行かんといけんの?」

泣きながら訴える。


「じゃあ、また家で暮らして、私に迷惑かけるつもり?」

「迷惑なんか、かけてないが!」

「じゃあ聞くけど、私にさせるのと同じことをマーヤにさせられる?

かわいそうで、ようさせんじゃろ?」

「うう…」

都合が悪くなったら、泣きやがる。

泣け!

もう容赦はしない。

ヤツの泣きどころであるマーヤのことも持ち出して

ガンガン言ってやる。

少しは現実を教えた方がいいのだ。


老後は親の成績表。

年老いて弱ってくると、自分が親として、どうだったかが問われる。

明日は我が身なので、人のことは言えないが

少なくともサチコは赤点決定だ。


ただ、彼女は年金が多いので、お金の心配があんまり無いのだけは救い。

サチコに金銭援助が必要だったら、私は最初から関わってない。

人一倍、手のかかる厄介な人間でありながら

労働は無かったことになり

諸経費も踏み倒されるのは承知の上だったが

病院代や施設代といった大きな出費は彼女が支払うので

その点は安心だった。


金銭的な心配があんまり無いので、この辺りの田舎であれば

たいていの老人ホームに入居させられる。

私はそれを見越して、サチコを引き受けた。

どうにもならない人間でも、何か一つは救いを持っているものだ。


今日の午後、サチコは退院する。

迎えに行ったその足で、老人ホームの見学に連行だ。

見学したら、入りたくないと言うに決まっているが

これも現実を教えるための大きな一歩。

反応が楽しみだ。

《続く》
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施設ジプシー・9

2025年02月27日 10時36分49秒 | みりこんぐらし
面談が終わると、施設の見学だ。

大きなエレベーターは病院のそれと同じで

車椅子やストレッチャーが余裕で入るサイズ。

これなら遺体搬送にも困らないだろう…

良からぬことを考える私。


4階建てのここは、2階から4階までが入居者の個室になっており

一つの階にそれぞれ19人が生活している。

どこの施設もそうなんだろうけど、風呂も洗濯室も各階に一つずつあり

介護士もそれぞれ決まった階の担当で

言うなれば階ごとに介護が完結するスタイル。


個室は、解放的な大食堂を取り囲むように配置してある。

つまり部屋から一歩出ると、皆の集まるサロンというわけだ。

長さ10メートルはありそうな食卓の前には

間隔を開けて複数台のテレビが設置してあり

数人の老人がくつろぎながら、それぞれ好きな番組を見ていた。


現在、空いている部屋…

つまりサチコが入るかもしれない部屋を見せてくれるというので

付いて行ったら何と、2階だった。

「やった!」

密かにガッツポーズ。

高所の部屋が苦手なサチコに拒否の言い訳を与えないため

願わくば低階層、できることなら2階という野望を持っていたが

願ったり叶ったりじゃないか。


個室には病院風のベッドがあり

壁には備え付けのシックなクローゼットと棚。

個別の小さなベランダに出るガラスサッシのそばには

クローゼットと同じ素材のテーブルと椅子。


そのベランダは整備された広い道路に面しており

車や人の頻繁な往来が丸見えで、退屈しそうにない。

眼下の歩道には、学校帰りの小学生や中学生がたくさん歩いている。

これならサチコも姥捨感にさいなまれることなく

景色を楽しめそうだ。


個室の入り口に鍵が無く、スライド式の大きなドアなのと

広いトイレにドアが無く、撥水性のカーテンというのが

介護の雰囲気をかもし出している以外は

近代的なワンルームマンションと同じである。

私がここに住みたくなったぞ。


唯一、惜しむらくは、中高年の女性職員が多いことか。

男性職員はパッとしないのを一人、二人見かけた程度で

サチコの好きな若いイケメンはいないみたい。

しかし、そこまで贅沢は言えまい。


こうして見学は終了。

姥捨感の無い立地と、2階…

図らずも希望通りの施設に行き当たった私は、上機嫌で家路についた。


しかし、これからが大変だ。

私が気に入ったところで何になる。

サチコが入ると言うわけないじゃん。

老人ホームへ自ら進んで入るような人は

子世代を苦しめたくない立派な人物だ。

人を苦しめるのが生き甲斐のサチコが、素直にウンと言うはずが無い。

さて、どうしたものか。


奇しくも施設を見学した19日の夕方

サチコが入院している精神病院の相談員から電話が入った。

「インフルエンザの流行で禁止だった面会が、明後日から解禁になります」

しかし相談員の用件は、別にあった。

「私、明日で退職しますので、サチコさんの担当が代わります。

今度は男性です」


おい!これからが勝負だというのに!

あんたにもうまく立ち回ってもらって

入居に協力してもらおうと思ってたのに!

何かっちゅうと言葉尻を取られ、家族の負担を増やそうとする

海千山千のショウタキのケアマネと違って

若く話しやすい女性だったので残念よ。

ともあれ、施設が見つかったので入居させるつもりなのを

次の相談員に引き継いでおいてもらいたい旨と

今までのお礼を伝えて電話を終えた。


面会に先駆けて、新しい相談員に電話をした。

挨拶がてら、退院の日を決めるためだ。

いきなり施設のことを言ったら混乱するだろうから

先に退院の日を伝える計画。

ショウタキからも、3月からの介護計画が立てられないので

退院の日を早く決めるようにと矢の催促である。

病院の相談員と話して、退院は28日と決め

ショウタキには3月1日からの配食開始と

翌週からのデイサービスを依頼した。


それからサチコと面会するために、病院へ行った。

2ヶ月ぶりに見るサチコは、相変わらず元気バリバリ。

私の顔を見ると

「来てくれたん?ありがとう…ありがとう…」

そう言いながら嬉しそうに両手をこすり合わせ、拝む。

が、その謙虚な姿に騙されてははならない。

相手は女優だ。


まず、28日の退院を伝える。

「えっ?もう退院?まだ、ここへおりたいような…」

そう言いながらも、まんざらではない様子。

「一旦、帰って生活してみんさい。

そんで、一人がつらいようなら、入れる施設を考えようや」

「ほうじゃのう…」

「入れそうな施設が一つ、あるんよ。

おととい見に行ったけど、すごくええ所じゃった」

「誰が入るんでしゃ」

「あんたじゃ」

「私?」

「一人はつらいけん、どっか入れてくれぇ言うとったじゃん。

人の紹介で、ちょうどええ所があったんよ」

「どこでしゃ?」

「◯◯市」

「遠いが」

「うちからは近い」

「わたしゃ生まれた町で◯にたい!遠くへは行かん!」

予想通りの反応だ。


しかし、ひるむものか。

施設入りは、家族の強い決意が全て。

何が何でも入れるという情熱がなければ、やり遂げることはできない。

《続く》
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施設ジプシー・8

2025年02月26日 09時22分25秒 | みりこんぐらし
次男の釣り仲間ティーチャーの紹介により

有料老人ホームの見学が、あっという間に決まった。

電話であちこち問い合わせる手間を思えば、幸運なことだ。


が、実を言うと私はもっと吟味して

見学に行くかどうかを考えたかったよ。

ティーチャーのお母さんが入っている所は、鬱病でもOKなのか…

彼は“ええ所”と言うけど、誰にとってええ所なのか…

街の中とは、どの程度の賑わいを指すのか…

空いているという部屋は何階なのか…

疑問は数々ある。


しかし間にティーチャーが入ったからには

そこがどんな場所であろうと、行かなければ義理が立たない。

せっかく紹介してもらったのにグズグズしていたら、失礼になる。

特に経営者というのは、決断の遅いヤツを嫌う。

だから行くしかない。


それにしても、施設探しに紹介という手口があるとはね。

このような形で見学が決まるなんて思ってもみなかった。


で、見学を決めてから、改めて施設の名前でホームページを検索。

当然だけど、出てきたわよ。

あら、“みんなの介護”にも、ちゃんと登録してあるじゃないの。

だけど“みんなの介護”に登場する施設とは、ちょっと違う。

画面が何だか地味なのだ。

人気の施設に星と点数をつけて

1位2位と順位をつけたランキングも無い。


そして、ここの電話番号は050ではなく0120で始まっていた。

その番号にかければ、施設に直通みたい。

想像だが、みんなの介護に支払う登録料のレベルによって

優先順位が違うのかもしれない。

どおりで、みんなの介護をいくら検索しても

この施設が出てこないはずだ。


だとすると、ここは…

みんなの介護に高額な登録料を支払って募集しなくても

入居者に事欠かない真の人気施設ということか?

ひょっとして、穴場なのか?

なんて気持ちも湧いてくるってもんよ。


それにしても、この施設は本当に街の中にある。

隣市のメイン通りなので、私でも知っていた。

老人施設といったら山奥か郊外と思っていけど

市庁舎や銀行のすぐ近くじゃないの。

だから距離も近くて、うちから約35分で行ける。

しばらく行ってないので、そんな所に老人ホームができていたなんて 

夢にも知らなかった。


施設と約束した、19日の午後になった。

この日はたまたま、亡き義父アツシの十回目の祥月命日。

私は縁起を担ぐようなタマではないけど

この日付けが、吉と出るか凶と出るかに興味を持ちながら出発だ。


はたして市街地のど真ん中に、新しい4階建ての大きなビルはあった。

いっそメイン通りというのが幸いして、周辺を走る車もさほど多くない。

そして駐車場は地下。

運転が好きでない私のチェックは厳しいが

広い道路に豊富な駐車場は合格だ。


しかも隣がコンビニじゃないか!

あれ買って来い、これ買って来いと言われるのを懸念して

できれば施設内に売店のある所…などと

最初は贅沢にも考えていたが、隣がコンビニなら売店があるのと同じだ。

大合格。


施設では例のごとく、ケアマネと看護師の二人を前に面談。

そして私は例のごとく、元公務員と小柄をさりげなくアピール。  

この二つを聞いた途端に、二人の表情は輝いた。

「今、入院中でしたら、私たちが病院へお邪魔して

お母様をお誘いします。

お母様と病院の相談員さんと4人で

入居前のカンファレンスをしましょう」

明らかに乗り気。


面談で聞かされた月々の入居費用は、基本料金が一律15万8千円。

自立…つまり車椅子や寝たきりでない場合は、一律13万8千円。

自立のサチコは、後者になるらしい。


ティーチャーからは

「うちの母親で月々18万5千円、払っとる」

と聞いていた。

彼のお母さんも要介護1なので、おそらく自立組。

よって寝具の貸し出し料金や洗濯料金、必要ならおむつ代の実費

1時間につき1,500円の病院付き添い代行料

利用者が個人的に持ち込むテレビや冷蔵庫の電気料金など

4万7千円分のオプション料金が加算されて

合計18万5千円になると思われる。

そしていずれ車椅子や寝たきりになったら

基本料金が2万円アップするので、費用は20万円超えになるのだろう。


面談をしながら入居申込書を書いたので

苦手な面談は1時間ちょっとで終了した。

自分の印鑑と、サチコの健康保険証を持参したため

申込書はその場で仕上がった。

保険証の番号を記入する項目があるからだ。

サチコの印鑑と通帳、介護保険証、介護認定書

マイナンバーカードも持って行ったが、今回は必要なかった。


そしてここは申込書に記入する保証人が、私を含めて3人必要だそう。

サチコの面倒を見るようになって以来

ショウタキや病院で複数の保証人を求められたため

妹2人の住所と電話番号を書いたメモの写真を携帯に保存している。

だからこれも、その場で書いた。


アレらには無断。

万が一、めでたく入居となって入居費用が銀行振込だった場合

私にもしものことがあったら、請求書を受け取って震えるがいい。

が、ショウタキと同じく、ここも銀行引き落としだろう。

何げに残念だ。


ちなみに、以上のような細々した物を忘れると

申し込みが後日になるだけではない。

再び施設に行って書くか、書類を一旦持ち帰って仕上げ

郵送することになる。

面倒くさいことはできるだけ少なくしなければ

年寄りの世話なんて、しちゃいられない。

《続く》
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施設ジプシー・7

2025年02月25日 08時19分45秒 | みりこんぐらし
第一条件の近距離を捨ててリストアップしたはいいけど

隣の市にある有料老人ホームは、どれもドングリの背比べ。

空き部屋有りと表示してある所は山奥だったり

第三条件の低階層の方はというと、4階建て以上の所ばっかりだ。


ショウタキやグループホームは少人数が対象だから

小ぶりな平屋が多いけど

有料老人ホームは収容人数が多いので、たいていビル。

その中で2階を希望したところで、部屋が空いていなければ

どうにもならんじゃないの。


やっぱり初めにパンフレットを送ってもらった所も含め

一から検討し直して、ピックアップした施設へ電話するしかなさそう。

とはいえ

「電話か〜…」

私の心は早くも萎える。


電話も、面談とほぼ同じことを一から十まで話すんだよ。

しかも面談と違って、顔も見たことない相手にだよ。

で、判で押したように見学に来いと言われ

のこのこ行ったらまた面談じゃ。

めんどくせ〜!


ゲンナリしていたら、次男が施設の名前を書いた紙に目を留めた。

彼は近年、サチコ関連の話をよく聞きたがる。

生まれてこのかた、父の通夜葬儀を含めて

数回しか会ったことのないサチコに興味を持っているのだ。


しかしその興味は、義理の祖母に対するものでは決して無い。

20年前、急死した父の葬儀が終わった時のこと。

「これで、私らとあんたらは関係無いけんね。

もう私ら親子には近づかんといてちょうだい」

サチコは私と一つ下の妹に、そう言い渡したものだ。


女優のように朗々と決意を述べるのは、昔から彼女の好みであり

述べた決意をいとも簡単にひっくり返すのは彼女の癖なので

我々姉妹はいつものように聞き流した。

しかしその瞬間、たまたまその場にいた次男は

細い目を見開いて、そりゃもう驚いていた。


「あそこまで言うておきながら、今になって頼りまくる神経はすごい」

私がサチコに翻弄されるのを見るにつけ、次男はしきりに感心する。

彼にとってサチコは、観察に値する珍しい生物らしいのだ。


それはさておき、台所のテーブルに置かれたリストを眺めながら

次男は言った。

「ウフ!いよいよ施設にぶち込むんじゃね!」

「そのつもりじゃけど、どこに電話したらええかわからんし

電話自体が面倒なけん、タラタラしとるところ」


すると彼は少し考えてから

「ティーチャーに電話して、聞いてみようか」

と言った。

ティーチャーとは、彼の釣り仲間のニックネーム。

この子は数年前の一時期、ヘラブナ釣りに凝って

県内各地の池に通っていた。

そのヘラブナ釣りで知り合った男性から

色々と極意を教えてもらっているうちに

その人をティーチャーと呼ぶようになった。


ティーチャーは、リストアップした施設と同じ市内に住む

食品卸問屋の社長。

70代半ばで愛車のポルシェを乗り回す、セレブなお爺ちゃんだ。

彼と知り合って以降、我が家は毎年、肉やエビなど正月用の食品を

彼の問屋で安く回してもらうようになった。

次男はそれを受け取りに行きがてら

猫の手も借りたい年の瀬の問屋を手伝う習慣が

ここ何年も続いている。


「同じ市内の住人に聞いてみるのが確実じゃん。

手広い商売しとるけん、何か情報を持っとるかもしれんし」

そう言いながら、次男はティーチャーに電話をかけた。

「もしもし、ティーチャー?

そっちにある老人ホームのこと聞きたいんですけど。

うん、オカンの継母をぶち込みたいんよ。

◯◯の里とか◯◯の園とか、知ってる?」


「はあ〜?◯◯の里〜?わしゃ知らんで〜?」

という野太い声が聞こえてくる。

それから少し話して、次男は電話を差し出し

直接話せと言って私に代わった。


「奥さん、ワシの母親が入っとる所へ入れんさい」

挨拶もそこそこにティーチャーは言った。

「社長さんのお母様が?」

70代半ばで、母親がまだ生存していることに驚く私。


「104才じゃが、要介護1のまんま、ずっと入っとるんよ」

「ひゃくよん…さい…」

「有料老人ホームじゃけん、看取りもしてくれるよ」

看取りを口にするあたり、さすが経験者。

いざ親を施設に入れるとなったら

この看取りが最重要条件になるのをちゃんと知っているのだ。


「街の中にあって行きやすいし、ええ所よ。

これから連絡してあげるけん、また後で電話しますぅ」

ティーチャーはそう言い、電話は一旦切られた。


やがて彼から、再び電話が。

「今、ひと部屋、空いとるんだって。

ワシの紹介じゃ言うて、すぐ電話してみんさい。

ほんまにええ所じゃけん」

毎年、正月の食品を注文するためにやり取りする時とは

熱心さが全然違う。


彼に教えてもらった施設の名前は、初めて聞くものだ。

穴が開くほど見つめたはずの“みんなの介護”には

チラリとも出てこなかった。

何だかキツネにつままれたみたいな気分。


さっそく電話すると、入居者の家族からの紹介だからか

あるいはティーチャーが、およそのことを伝えてくれたからか

プライバシーをあれこれ聞かれることもなく、短い電話で済んだ。

その電話で決まったのは、翌々日の19日の見学。

急転直下とは、このことだ。

《続く》
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施設ジプシー・6

2025年02月24日 10時39分35秒 | みりこんぐらし
①近距離、②姥捨感薄口、③低階層…

探す条件を明確にし、優先順位を付けた上で

再び有料老人ホームの検索を始めた私。

今度は“みんなの介護”で施設の名前を知ったら

そこのホームページを熟読して

ピンときた施設へ直接電話をしてみるもんね。


みんなの介護を経由したらもらえるという

最大10万円の入居祝い金はいらないわ。

もうね、そんなこと言ってる段階じゃないのよ…

と思いながら探すけど、やっぱり思わしい施設は無い。

だってまず、第一条件の“近距離”で撃沈さ。

初めにパンフレットを送ってもらった、小一時間かかる所が一番近い。

ダメじゃん。


小一時間の運転ぐらい、若い人なら何でもないかもしれない。

私も若い頃は平気だった。

でも年を取ると臆病になるし、疲れやすくなって

昔はバンバン行っていた所が地の果てのように感じてしまう。


何しろサチコが、この先何年生存するかは未知数だ。

めでたく施設入居となっても、それで終了ではない。

何につけ用事ができて呼び出されるのは

老人ホームで30年近く生活した夫の祖母で知っている。


夫の祖母は病院と市外にある複数の施設を転々とした後

町内の外れにある特養に落ち着き

義父アツシとその兄が交代で対応していた。

欲しい物がある、墓参りに行きたい、小遣いが足りない…

そんな本人の希望で面会がてら行ったり

親戚が面会したいと言えば送迎したりもあったが

施設からの呼び出しもよくあった。

「置いていたお金が無いとおっしゃっています」

たいてい“物盗られ妄想”と呼ばれる、認知症あるある。

「職員が盗ったと興奮しておられるので、来てください」

近いというのもあって、施設はトラブル回避のために気軽に呼び出す。


最初はこれらの要請に、アツシとその兄が交代で対応していたが

兄が60代で他界した後の20年ほどは、アツシが一人で引き受けていた。

彼は週5でゴルフに興じる生活だったが

呼び出しがあると、いつも帰りに施設へ立ち寄っていた。


そして兄亡き後は施設の対応に加え

兄と折半していた入居費も、アツシが一人で支払うようになった。

母親がビタ一文、払わないからだ。

彼女の年金は全額、生活力の無い娘…つまりアツシの妹に注がれていた。


子供が複数いる場合

親が搾取子(さくしゅし)と愛玩子(あいがんし)に区別するのは

珍しいことではない。

お金と時間を奪って貢がせる搾取子と、ひたすら与え可愛がる愛玩子だ。

アツシは明らかに搾取子であった。


私はサチコの子供ではないものの、搾取子という立場においては

哀れなアツシに共感を持っている。

しかし、子供を区別する姑に憤慨していた義母ヨシコも

姉を愛玩子、弟の夫を搾取子で区別している。

よって私は、我が子に搾取子と愛玩子を作るまいと日々

自分を戒めているわけだが、認知症になったあかつきには自信が無い。


祖母は101才の長寿を全うし、特養で亡くなった。

アツシの会社が危なくなったのは

もちろん商売のやり方がまずかったからだ。

しかし、なかなか終わりが来ない母親のために

月々十数万円の入居費を払い続けたことも大きな原因だと思っている。



それはさておき、私が高齢になってもサチコが生存していたら

免許を返納して車に乗れなくなるから、遠くは無理だ。

それよか、私の方が先に◯ぬことだってある。

明日のことは誰にもわからない。

このままサチコに自宅生活を続けさせたら

こっちが息絶える可能性は大きい。


サチコの世話は、本人のことだけでなく

家事その他、多くの雑用が付いて回る。

自分の家のことだけでも疲れるお年頃なのに

もう一軒、実家まで引き受けると、マジでしんどい。


だが施設に入れても、全面解決にはならない。

何につけ呼び出されては通うようになる。

なぜって施設は、精神病院と違って携帯電話がフリー。

寂しい、帰りたい、あれが欲しい、どこそこへ行きたい…

思いつくままに電話がかかり、こっちが従うまで容赦ない生活は

サチコの生命が尽きるまで続く長丁場。


どっちにしてもしんどいのだから

もう諦めて、今のショウタキのデイサービスに通わせながら

頼み込んで宿泊を増やしてもらい

時々、また精神病院へ入院させてもらって綱渡りの日々を送ろうか…

いよいよ立ち退きとなったら、その時にはその時の風が吹くかも…

そんな思いも駆け巡る。


しかしその端から

「いや!そうはいかん!」という思いが湧いてくる。

考えてみろ、みりこん!

立ち退きになったら、どうせどこかへ入れることになるんだ。

しかもショウタキは、また年末年始を休業するぞ。

盆休みだって、やらない保証は無い。

その時、病院の3ヶ月ルールで入院できなかったらどうする。

(3ヶ月ルールとは、一旦入院したら最長3ヶ月までしか入院できず

退院後の3ヶ月間は、再び入院することができないルールのこと)

鬱病が悪化するのは、木の芽どきの春と落ち葉どきの秋だけではない。

暑い真夏と寒い真冬は、春と秋以上に悪化するんだぞ。

3ヶ月ルールをうまくすり抜けられるのか。


やっぱり同じしんどいなら、施設の方がマシ…

この結論に達した私は、検索した有料老人ホームの名称と

施設に直接繋がる本来の電話番号を紙に書いてリストアップ。

◯◯の里、◯◯の園、ナントカ苑にナントカ荘…

どれも同じ隣市の郊外にあって、距離は似たり寄ったり。

もはや①の近距離にこだわる意味は無いため

私は②の姥捨感薄口と③の低階層を重視して、絞り込むことにした。

《続く》
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施設ジプシー・5

2025年02月23日 09時04分33秒 | みりこんぐらし
施設を手当たり次第に探すのではなく

サチコが居着きそうな確実な所を一発で決めたい…

そんな野望を抱くようになった私。

そう、これは野望よ。

一発で決めるなんて、ほぼ無理だとわかってるわよ。


が、一発で決めたいのには理由があった。

だって数打ちゃ当たるの方針だと、その度に見学がついて回る。

いや正確に言うと、見学という名の長い面談だ。

私は、できればこの面談をしたくない。

くたびれるからだ。

去年の秋、サチコが通うことになったショウタキから呼ばれて

最初に面談をした時も、2時間ぐらいかかって頭が痛くなったもんね。


ショウタキだけではない。

入院の時も、長い面談があって辟易した。

最初は私だけ、次はサチコを交え

相手は変わったり変わらなかったりの面談に継ぐ面談で

ヘトヘトになった。


年を取ると、初めての人に会うって疲れるのよ。

しかも面談では、かなり突っ込んだ話をする。

まず家族構成…うちは複雑だもんで長くかかるんじゃ…

それからサチコの経歴や性格、ライフスタイル、お金のこと…

プライバシーも何も、ありゃせんのじゃ。

だけど黙秘権は使えない。

問われるままに話さないと、申し込みのスタートラインに立てないもん。

知らない人と長時間、ほじくった話をするのは疲れるのよ。


とはいえ老人の家族にあれこれ話させて

胸の内を吐き出させるのは介護界の常識。

他人には簡単に言えないことを優しく聞いてあげると

何もかも知られた家族は従順になる。

そしたらその後の交渉が、スムーズに行くというわけ。

物品のセールスも同じで、顧客の話を存分に聞いてあげたら 

信頼関係ができるので、物が売れやすいってもんよ。


が、はっきり言って私は面談アレルギー。

長話でくたびれても、帰宅したら家事が待っている。

外で何があっても、家に帰ったら平常運転なのじゃ。

「疲れたから、ちょっと横になるわ…あとよろ」

なんて芸当はできないのじゃ。

疲れるわけにはいかない、特にあのサチコのことなんかでっ!

よって面談の回数はできるだけ少なくしたいのが、私の本音。

だからできれば、一発で決めたい。


さりとて当ては無し、介護界初心者の私が考えたって

名案が浮かぶはずもないまま数日…

やがてみんなの介護で電話をした隣市の有料老人ホームから

パンフレットが届いた。

近頃は郵便の体制が変わって、週末を挟むと郵送が何日もかかるのだ。


懇切丁寧なパンフレットを眺めつつ、また考える。

車で小一時間は遠いよな〜。

まず私が行って面談と見学、次に退院したサチコを連れて面談と見学

万一、それで決まったとして

今度は体験宿泊に連れて行って、連れて帰って…。


そうよ、体験宿泊!あなどれん!

本人が体験したいと言えば、家族は断れない。

同級生モンちゃんの姑さんも、体験宿泊をした。

暴力を振るう息子のキンテンから引き離すために施設入りとなったが

まずは体験ということで二泊三日、山の中の施設に泊まった。

その際、嫁のモンちゃんも一緒に泊まることを施設から促され

同じ部屋で寝起きしたという。

ひ〜!私には無理無理無理!


で、余談だけどキンテンのやつ、認知症の母親に苛立ち

殴る蹴るで何度も警察沙汰になりながら

その母親が施設に入ると、毎日面会に通ったそうだ。

ほら、無職で暇だからさ。

近くに居る時はいじめ、離れると恋い慕う…危ないヤツだ。


さらに余談だけどキンテンのやつ、毎日施設には通うものの

洗濯物を持って行ったり帰ったりは絶対にしない。

だからモンちゃんは仕事帰りに通って、洗濯物を届けたそうだ。

ほんと、役に立たない男!捨てて正解だ。


話は戻って、サチコが納得したら本格的に引っ越しとなる。

入居すれば、初めて入院した時と同じように

「あの服がいる、これが無い」と言ってジャンジャン電話がかかり

毎日のように実家と老人ホームを往復することになる。

距離があるだけに、大変だぞ。

もっと近くの方がいいかも。


そこで再び、“みんなの介護”を検索。

見切ったはずのサイトでも、施設の名前はたくさん出ている。

名前がわからないと、調べることもできんじゃないの。

そういう面で、みんなの介護はみんなの役に立っていると思う。


今度は私は、サチコを入れたい施設の条件を明確にしてみた。

第一条件は看取りがある所だけど

有料老人ホームは基本的に看取りがあるので、それ以外の条件だ。


①比較的近くにあり、運転が苦にならない所

遠いと時間がかかるし、車が多い所や道が細い所は怖いので

できるだけ近く、道中に難所の無い所が望ましい。


②姥捨感(うばすてかん)の少ない所

老人ホームは広い敷地が必要なので、山奥にあることが多い。

車が少ないので通うにはいいけど

サチコは「捨てられた」と反感を持つに違いない。

出るの帰るのと騒がれたら困る。


③低階層の所

マンションやアパートで暮らしたことの無いサチコは

エレベーターと高い所にある部屋を忌み嫌う。

今の病院へおとなしく入院しているのは、病棟が2階にあるからだ。

老人ホームの建物がビル様式で

部屋が高層階であれば、帰ると言い出すのは明らか。

というより高いのを帰る理由にしてゴネるのは目に見えているため

願わくば2階までが望ましい。


私の考えた条件は、以上の三つ。

スタッフの人柄なんて問わない。

介護の仕事をする人たちは、基本的に善良である。

善良でない私から見ると、よくわかる。

その善良が仕事上の上辺だけだとしても、仕事で善良ならば十分だ。

この条件のもと、私は再度、有料老人ホームを探すことにした。

《続く》
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施設ジプシー・4

2025年02月22日 09時16分13秒 | みりこんぐらし
市外にある病院経営の有料老人ホームに電話をかけ

ここからもパンフレットを送ってもらうことにした私。

その電話を切ってからほどなく、“みんなの介護”を名乗る男性から 

うちへ電話があった。

優しい話し方の若い男性だ。


まだ慣れていないらしく、たどたどしいが

どうやら彼が私に聞きたいのは

「見学に行くことを決めたのかどうか」

らしい。

「まだそこまでは決めていません。

とりあえずパンフレットを送ってもらうことにしただけです」

そう答えると、今度は

「みんなの介護に電話をされたのは、どうしてですか?」

とたずねる。

「ハハ…年寄りがいるからに決まっとるじゃないの」

そう答えると彼は絶句して、質問は終わった。


しかし後で思い返してみると、もしや二つ目の質問は

「みんなの介護の存在をどうやって知ったか」

それを聞きたかったのではなかろうか。

ほら、よくあるだろう。

「この商品を何でお知りになりましたか?

以下の一つにマルをつけてください。

店頭・口コミ・インターネット・その他」

なんてアンケートが…あれじゃないのか。

「友だちから聞いた」と言えばよかった。

年寄りがいるからじゃあ、身も蓋も無いわな…

そう思ったけど、後の祭りさ。


ともあれ、みんなの介護に掲載されている施設の電話番号は

どれも050で始まっていて、下の番号は施設によって違う。

みんなの介護のサイトを見て、かけた電話は

みんなの介護のコールセンターへ繋がっているらしい。

施設は、電話の受付業務を委託しているのだ。

なるほど、合理的である。


なぜなら電話の切り際に、彼は言った。

「何かご質問やご相談などありましたら、いつでもお電話ください」

「どこへ電話するんですか?」

「先ほどおかけになった施設の番号です」


電話に出るのは施設の人ではなく、みんなの介護の人。

だからパンフレットを送ってもらうために伝えたのは

こちらの住所氏名だけで、電話番号を言わなかったにもかかわらず

みんなの介護から折り返しの電話があったのだと思う。


それは構わないけど、何しろ私は疑り深くてひねくれてるじゃん。

このまま、みんなの介護のサイトであちこちに電話しまくっていたら

その度に折り返しの電話で見学を決めたかどうか聞かれ

そのうちに「こいつ、よっぽど困ってんじゃね?」と思われて

どうでもこうでも入居先を見つけられ

型にはめられるような気がしてくるじゃあないの。


しかしそれは私の勝手な印象であって、梶田さんは違う。

「みんなの介護のお陰で、母親がグループホームに入れて本当に助かった」

と、今でも喜んでいる。

元看護師の彼女だって、そうなのだ。

みんなの介護で入居を決めた人はおそらく

皆さんがそう思っておられることだろう。


さらに、みんなの介護のサイトやテレビCMでは

「今なら入居祝い金最大10万円がもらえる!」 

と謳っていて、梶田さんも入居を決めた時に10万円をもらったそうだ。


年寄りに関わると、細々したお金が出ていくものよ。

誰でも最初は、親と自分のお金をきっちり分けようと誓って臨むが

年寄りを引き受けると忙しいので、そのうち買い物のついでに

入れ歯洗浄剤や肌着なんかを自分の財布で買うようになる。

老人は世話をしてもらえるとなったら色々食べたがるし

迷惑をかけたり世話になった人へのお礼も必要になる。

病院などの立ち回り先へ連れて行くガソリン代もバカにならない。

年寄りの行く所といったら、西へ東へと効率が悪いものだ。


が、長く生き残っている年寄りというのはたいていケチだから

人の出費は気にせず我が道を行く。

そんな子世代の言うに言えぬ気持ちに

入居祝い金という形で寄り添うアイデアは、素晴らしいと思う。

反面、そのお金はどこから?入居者を得た施設から?

という疑問も湧くが、いずれにしても

介護ビジネスが儲かるらしいのは確かだ。


私はたった一軒、電話をかけただけで

みんなの介護を検索して電話をかける作業を中断した。

介護ビジネスの現実を目の当たりにして

何だかシラケちゃったのよ。


そして手当たり次第でなく、もっとじっくり検討して

確実な所を一発で決めたい…そう思うようになった。

確実な所とは、ひとたび入居したら二度と生きて出て来ない所さ。

そのためには、何でも不満タラタラの本人が

多少なりとも気に入って、居着く可能性のある所でなければ。


出るだの帰るだのと家族を困らせ

施設を点々とする本当の施設ジプシー、いるんですよ。

例えば同級生マミちゃんのお父さん。

彼も要介護度が2だったので特養に入れず

最初はサチコと同じショウタキのデイサービスに通っていたが

男性なので大きいし暴れるしで退所勧告を受けた。


その後は特養に併設されたショートステイ、その次はサ高住

それから2ヶ所の有料老人ホームを経て

最後はサチコの入院している精神病院で亡くなった。

聞くだけでウンザリじゃないか。


お父さんは、暴れたら施設を出られると学習したのだ。

マミちゃんは親が可愛いから一生懸命だったというが

わたしゃ、そんな地獄はゴメンだね。


そうは言っても、サチコの退院は刻々と近づいている。

立ち退きの方も、工事が家から見える位置まで迫ってきた。

「そろそろ出て行って」と言われてから

引っ越し作業と並行して施設を探すのは、ものすごく大変そう。

近い将来、サチコが家なき子になるのは決定事項なので

早めに施設に入れて慣れさせた方がいいとも思う。

さりとて当てがあるわけじゃなし、さてどうしたものか。

私は天井を見上げて考えるのだった。

《続く》
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施設ジプシー・3

2025年02月21日 07時54分30秒 | みりこんぐらし
市内の施設を見限り、検索の範囲を市外に拡げて

有料老人ホームの検索をするようになった私。

入居費用が特養より高額と言われる有料老人ホームなら

要介護2でも1でも入れるのだ。

もう施設内に売店がある所がいいなどと、贅沢は言いまへん。

探す条件はただ一つ…最期の旅立ちの看取りをしてくれる施設じゃ。


考えればサチコは、施設入居者としてポイントが高い方だと思う。

元公務員なので、支払い能力に幾分安心感があるのもだが

何より肝心なのは小学生並みの小柄という点。

大柄や肥満の老人は重いので介護士の負担が大きいため

敬遠される傾向にある。

介護界で、小柄は人気物件なのだ。


それに、うるさい家族がいないのも高得点だと思う。

粘着質なクレーマーなど、施設にストレスをかける家族には

永遠に順番が回ってこないらしいではないか。

その点、うちは大丈夫。

サチコの待遇を気にかけて、あれこれ口を出す愛は無い。


さらに立ち退きが迫っているという、同情案件の切り札もあるので

比較的入居しやすいのではなかろうか。

難点は本人の悪質な性格だが、それは黙っておく所存。


有料老人ホームを探すとは言いながら

実は最初に電話をかけたのは、県境の山奥にある療養型病院。

うちから車で2時間と遠方なので、おいそれと面会に行けず

冬は雪深いのでなおさら行けない…

その距離に魅せられ、以前から気になっていた。

いっそ県外でもかまわないが、最初に連れて行くのと

亡くなった時の搬送が大変になるので、とりあえずギリギリ県内からだ。


ここを知ったのは、テレビのCM。

やっぱりCMを何度も見ていると、親しみが湧くものねぇ。

テレビ通販に電話をかけてしまう年寄りの心境がわかるわ。

宣伝しているからには募集しているのかもしれず

話だけでも聞いてみようと思い

ウォーミングアップのつもりでかけてみた。


相談員らしき若い女性が出て、ひとまず親切に話は聞いてくれたが

「CMは流していますが、募集しているわけではないんです。

ここは寝たきりの人が対象で、今は満床です」

だそうな。


「元気な人には、デイサービスを受けながら

ずっと泊まれる施設があるのでは?」

ホームページで知った、お泊まりデイサービスのことを言うと

「そちらなら、空きがあります」

ということで、パンフレットを送ってくれることになったが

「とにかく一回、見学に来るように、話も入居申請もそれから」

徹頭徹尾、このスタンス。

山奥でも海底でも、まず足を運ぶことが先決らしい。

となると、やっぱり遠過ぎるかな…と思ってしまった。


やがて、パンフレットが届く。

サチコが入れそうなお泊まりデイサービスの料金は

今のショウタキとほぼ同じ。

しかしサチコが行ったこともない土地で

山を眺めて暮らせるかは疑問なので

立ち退きが近づいて崖っぷちになる時まで保留することにした。



ウォーミングアップが終わったので

ユリ寺の料理番仲間、梶田さんお薦めのサイト… 

“みんなの介護”で、市外にある有料老人ホームを本格的に検索。

前回の電話で、あんまり遠くだと見学に行く時に困ると学習したので

今度は市外でも近場に焦点を当てるのだ。


“みんなの介護”は、老人ホーム入居の仲介業者。

土地やアパートを仲介する不動産屋の施設版で

入れる施設を紹介してくれる会社だ。

もちろん親切ではなく、れっきとした商売。

入居者を募集する施設が、“みんなの介護”に登録し

老人の処遇に悩む人がそのサイトを見て、入居が決まったら

“みんなの介護”に幾ばくかの礼金を支払うシステムらしい。

老人が増えると、こんな商売が出てくるのね。


有料老人ホームは入居費用が高額というイメージを持っていたため

「あまりにも高いと、サチコの年金でも無理かも」

そう思いながらサイトを見たが、田舎のことなので

都会みたいにべらぼうな料金ではない。

月々支払う入居費の表示は、たいてい20万円前後。


ただしこれは基本料金で、紙オムツや日用品などは別途徴収なので

実際の支払いは23〜4万円ほど。

特養の1.5倍から2倍というところか。

入居する際に利用者が施設に支払う敷金のような入居一時金も

ほんのお印程度の6〜7万円。

施設によっては、一時金が無料の所もある。


その中に、車で小一時間かかるけど病院が経営する所があった。

さっそく電話したら、今度も若い女性が出て親切に話を聞いてくれたが

ここもやっぱり、まず見学ありき。

「ご家族、またはご本人とご家族に来ていただいて

見学とお話を聞かせていただいて

それから申込書を書いていただく手順になります」


施設って、見学が大事なのね。

表向きは本人や家族が施設を見学し、納得したら申し込む体裁。

一方、施設の方も本人や家族を見学して

入居させるか否かを決める判断材料にする…

それが“見学”というイベントらしい。

《続く》
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施設ジプシー・2

2025年02月20日 08時14分35秒 | みりこんぐらし
年末から2ヶ月間、入院している実家の母サチコ。

月末に退院したら、再び寂しい一人暮らしに戻れるだろうか。

それも心配だったが、問題は私の方である。

2ヶ月間の自由を満喫してしまった後で

再び彼女に翻弄される日常へ戻れるだろうか。


サチコの不満げな顔を見ず

一方的にキーキーと窮状を訴える声を聞かない日々は天国だった。

数年ぶりに訪れた穏やかな生活を捨てて

また戦場に戻る自信が無い。

ぶっちゃけ私は、サチコに付き合わされる母娘ごっこに飽きたのだ。


だから施設探し。

サチコは、施設入りを拒否しているわけではない。

一人で寝て、一人で起きて、一人で食事をすることが

身を切られるようにつらいそうで

「一人でないなら、どこでもいい…もう頑張る気力が無い」

とまで言う。

コロコロ変わるので本心がどうかは不明だが

病院では落ち着いているのだから

常に人がいて移動の無い場所の方が向いていることは

立証されたように思う。


そしてはっきりわかっているのは

デイサービスという介護形態がサチコに合わないということ。

「朝、眠たいのに連れて行かれて、芋みたいに風呂へ入れられて

子供だましの工作やゲームさせられて

また一人ぼっちの家へ放り込まれる、この繰り返しがしんどい」

デイサービスのある一日おきに、一人から大勢の所へ行き

大勢からまたポツンと一人に戻る…

鬱病は、この落差がしんどいのだ。


そして鬱病は、朝がつらいのが特徴の病気。

そのつらい朝、無理に起きて食事をし、着替えをし

その上、外に出るのは槍で刺されるようにつらいと聞く。

お互いに無理な母娘ごっこを続けながら

つらいデイサービスに通わせるより

一ヶ所にずっと居られる完全入居の施設の方が

サチコには向いているのかもしれない。


とはいえ、つい数日前まで私はこう考えていた。

「6月の介護認定で要介護3になったら

市内の特養(特別養護老人ホーム)に申し込んで 

今のデイサービスに通わせながら入居の順番を気長に待とう」


2の次は3…誰だってそう思うだろう。

しかし先日、介護界は違うというのを

同級生テルちゃんのお母さんで知った。

今年の介護認定で、要介護2から要支援2になったのだ。


数字が増えたから良い、減ったから悪いということではない。

数字が減れば、介護保険を使える範囲は狭まることがあるし

要介護3以上でなければ特養に申し込めないのも事実だけど

デイサービスなど、すでに介護保険を使ったサービスを受けている人は

施設に支払う“基本サービス利用料金”が多少安くなるので

いちがいに良い悪いとは決めつけられない。


ちなみに、ひと月分の基本サービス利用料金は現行で

要支援1が3,450円、2が6,972円

要介護1になると10,458円、2は15,370円、3は22,359円

4は24,677円、5は27,209円だ。

ここに初期加算、総合マネジメント加算、認知症加算

サービス提供体制強化加算など100円単位の細かい追加加算があり

さらに食費、おやつ、洗濯料金、宿泊料金などの実費が加算されて

要介護2のサチコの場合は月に7万5千円前後が引き落とされるのである。


ともあれ日本は老人が溢れているが、老人ホームの数は追いついてない。

そこで考えるのは、要介護度をなかなか進めない策。

期待を裏切る女サチコだって、3に進むどころか

1や要支援になることだってあるかも。


そして運良く要介護3をゲットし、特養に申し込んだとしても

すぐ入れるわけではない。

何十人、地域によっては何百人もの長い順番待ちが始まるだけだ。

そして順番が来る頃には生命が尽きていることも、珍しい話ではない。

同級生けいちゃんは、お母さんの施設入居を12年前に申し込んでいたが

「順番が来ました」と施設から電話があったのは、去年。

お母さんが亡くなってから、4年後だ。

そんなこともあって、私は要介護3を待つ計画を白紙に戻した。


要介護3待ちを諦めると、市内の特養は全滅だ。

要介護2から入れるグループホームも

9人ひと組で集団生活をする所なので

認知症だけでなく鬱病があるサチコは入居が難しい。

身体的な病気が無いので、ケアハウスや老人保健施設も無理。

介護サービス付き高齢者向け住宅…サ高住だけは選択肢として残るが

個室で一人暮らしをするのと同じなので

月々20万円近い入居費用を払っても何の解決にもならない。


探す特養を市外に拡げても、結果は同じだ。

日本中、要介護3以上でなければ

特養には申し込めないという決まりである。


が、市外には有料老人ホームがある。

うちらの市内には無いけど、人口の多い市外にはあちこちあって

検索してみると要介護1や2でも入れるらしいではないか。

月々の費用は特養より高いが、その分、特養より入居しやすいみたい。

私は市外の有料老人ホームに照準を合わせた。

《続く》
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施設ジプシー・1

2025年02月18日 10時03分06秒 | みりこんぐらし
実家の母サチコの退院が近づいている。

年末年始にデイサービスと日に2回の弁当配達が休みになるため

かかりつけの精神病院に頼んで一時的に入院させてもらったものの

本人が「まだ入院していたい」と言うので

今月末まで延長してもらっていた。


この約2ヶ月、デイサービスの送り出しに通うこともなく

頻繁な電話や呼び出しからも解放されて

数年ぶりにのんびり過ごせた私は、体重が少し増えて元気を取り戻した。


だが退院の日が近づくにつれて

「こうしてはいられないのではないか…」

そんな焦りにも似た気持ちが湧き起こる。

91才、認知症と鬱病で要介護2のサチコが

2ヶ月も病院で暮らした後で、急にまた一人暮らしに戻れるだろうか。


…無理のような気がする。

「一人だと不安で安眠できない」

「昼と夜の弁当は届くが、朝ご飯は自力なのが億劫」

「デイサービスに行ったり来たりするのはしんどい」

日頃、そう主張するサチコがおとなしいのは

その三大問題を入院生活が解決しているからだ。


サチコと離れて暇ができると

私はしきりに隣のおばさんを思い出すようになった。

前回の記事でお話ししたが、90才を迎えて一人暮らしがつらくなり

3年前に広島市内の息子さんの所へ引き取られたおばさんだ。


引き取られる1〜2年前は、忙しかった。

家電が動かない、虫が出た、気分が悪いなど

様々な理由で呼び出されては、ほぼ毎日通っていた。

行けば一人ぼっちの我が身をとめどなく嘆き

クスン、クスンと幼児のように甘えた泣き真似をする。

幼児なら可愛いけど、何しろ相手は当時90の婆さんだ。

それを聞くたびに寒気を感じたものだが、今思えばサチコとそっくり。


あの頃、私は確かに思っていた。

ひょっとしたら、おばさんは隣の私をわざとこき使って

息子さんに苦情を言わせたいのでは…。


「いくら隣でも、こう毎日世話をさせられたんじゃあ困ります。

何とかしてくださいっ!」

私が息子さんに抗議すれば、彼は動かざるを得ない。

広島の家を処分して、自分の元へ帰ってくれるはず…

おばさんは、そう考えていたのではないだろうか。


「隣の若奥さんが怒ったから、息子が帰るしかなくなった」

彼女は、この状況を目指していたような気がする。

悪者は私で、息子さんは被害者。

そしておばさんは、年寄りだから何も知らないという立ち位置。


なぜこんなに手の込んだことをするかというと

息子さんと自分の仲だけは、良い状態に保ちたいから。

帰れ帰れとうるさくせがんでも息子さんに嫌われるだけなので

第三者の口から言わせる魂胆だ。

実際、彼女の言動は時々芝居がかっていて

こちらを思い通りに動かそうと画策する計算高さを感じたものである。


おばさんには、鬱病の入院歴があった。

そしてあの頃の彼女は、認知症が始まっていた。

つまり、今のサチコと似たようなものだ。


認知症と鬱病が重なると、皆がそうなるわけではないと思うが

よく考えたら、おばさんとサチコの言動には共通した部分が多い。

ボンヤリしていたかと思えば泣き、泣いたかと思えば

ニタリと笑ってギョッとするようなことを口走る…

物腰が柔らかくナヨナヨしたおばさんと

歩く凶器サチコとは全くの別物と認識していたが

症状は同じと言えるかもしれない。


だとすると、サチコが私を無料の召使いとして

無体に扱う理由もわかるというもの。

誰だって他人より我が子の方がいいので当然だが

サチコは実子のマーヤを実家に呼び戻して、そばに置きたいのである。


あまりのワガママに私がサジを投げ

「もう手を引く!」

そうマーヤに宣言したら思うツボ。

「継子が逃げたので、娘が関西から帰ってくれました」

この状況に持ち込めるというわけ。

この際、マーヤが仕事を辞めようが家族と別居しようが

サチコの知ったことではない。

サチコ自身は決して悪者にならないまま、悲願は叶うというわけだ。


こんな悪質な老婆の面倒を、この先見続けることができるのだろうか…

サチコも、再び始まる一人暮らしに耐えられるのだろうか…

そう思い始めた私は、施設探しに着手した。

《続く》
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