サチコが入院を今月末まで延長した理由は
同級生のデイサービス仲間メイ子ちゃんについた嘘が
バレないようにするための格好…
格好というワードで延長の謎が解明されると
もう一つ残っていた疑問も自然に解消された。
今回、どうしてサチコが素直に入院したか…である。
それは、施設の職員に向けた格好。
延長がメイ子ちゃんに向けた格好なら
入院は施設の職員向けの格好というわけだ。
最初は誰でもそうであるように、サチコは入院を嫌がった。
嫌がるというより、正月に行き場の無い自分をしきりに嘆く。
担当医には「入院します」と言ったものの
例のごとく、心が揺れ続けるヒロイン状態だ。
施設には、「実子が帰省しなければ入院」と伝えてあった。
こういうのも個人情報なので、メイ子ちゃんを始め
デイサービスの利用者に漏れることは無い。
しかしその伝達は職員全員が共有していて
入れ替わり立ち替わり、デイサービスの迎えが来るたびに
「娘さんが帰られるから、いいですね!」
サチコにそう話しかけていた。
けれども12月の半ばになると
実子のマーヤが正月の帰省に消極的だとわかってきた。
帰省の話が出ても電話が無い、かけても留守、リターンも無し。
これが続けば、認知症でもわかる。
その頃から、サチコは精神安定剤とビールを飲み始めて
朝、起きられなくなった。
私はサチコがよくやる、周囲を困らせて気を引くための
パフォーマンスと思っていたが
本人はマーヤが帰らないとわかって絶望したと思われる。
一人娘に対するサチコの思いは、尋常でなく強い。
帰らないとなると、サチコにはやるべきことがあった。
施設の職員に、マーヤが冷たい娘だと思われないよう立ち回ること。
それには入院しかなかった。
「入院するから、帰省はしなくていい」
先にそう断ったという格好にすれば、娘の低体温は問われず
ついでに「娘から嫌われた母」という汚名も払拭できる…
誰もそんなこと思やしないんだけど
いつも他人のそういう部分を見透かして、あざ笑ってきたサチコは
いざ自分にそういう事態が訪れると
人の目や口が気になってしょうがないのだ。
このような面倒くさい性格が
サチコの脳と心を破壊したのかもしれなかった。
ともあれ入院のお陰で穏やかな日々を満喫中の私だが
ひとたび楽をしてしまったら、もう以前には戻れないかも。
そこで今は、入れる余地の無い市内の施設を諦め
遠くの施設に連絡を取ったりパンフレットを取り寄せて
虎視眈々と勉強中。
安く入れることで人気の特別養護老人ホームは
入居資格が要介護3以上なので、要介護2のサチコは入れない。
要介護2でも入れる有料老人ホームは費用が高い所しかなく
元公務員のサチコの年金でも厳しいため、現実性が無い。
サ高住(サービス付き高齢者住宅)であれば
入居条件が要支援からなので、サチコでも入れる。
夜間も当直がいて、希望すれば三食が付き
デイサービスや入浴介助も受けられる賃貸アパートのようなもので
私の住む町にもある。
が、何だかんだの上乗せで毎月の費用が20万近くかかり
生活はアパートで一人暮らしをするのとあまり変わらない。
入院したら部屋を返すか
あるいは借りていたいなら家賃を払い続けなければならず
しかもアパート扱いだから看取りができない。
つまり終の住処にはならないので人気が無く、いつも空き部屋がある。
同級生けいちゃんのお父さんも、マミちゃんのお父さんも
他に数人の知り合いの親が、生前はサ高住を利用したが
皆、数ヶ月で出てしまった。
今は別の知り合いが、施設の順番待ちをする母親を入居させているが
サ高住で順番待ちをしたら、永遠に順番が来ないという黒い噂もある。
サチコに手がかかるようになって以来、私はどこかで思っていた。
入れる施設が無いまま、立ち退きの日が来てしまったら
国土交通省あたりに「おそれながら」と申し出て
何とかしてもらおう…。
しかし甘かった。
悪名高いサ高住の親分は厚生労働省ではなく
国土交通省の管轄らしいではないか。
町内のサ高住を紹介されて、終わりそう。
色々調べてみたが、入居させるのであれば
やはり特別養護老人ホームが一番良さげだ。
だから人気があって、なかなか入れない。
本人の収入に見合った費用で入れるのもそうだけど
民間でなく病院経営なので、病気に対して手厚く
看取りまで確実にやってくれるのはもとより
いちいち外出させて外部の病院へ連れて行く手間が少ない。
母体が大きいので経営不振で倒産したり
経営者が変わって混乱する可能性も少ない。
しかし私が最も注目する点は、施設内の売店の有無。
民間経営の小さい所だと売店が無いので
やれ衣類だティッシュだと、施設や本人から連絡が来たら
いちいち買って届けなければならない。
料金を支払えば買い物を代行してくれる所もあるそうだが
施設によってあったり無かったり、確実でない。
よって医療法人が母体の特養で、売店のある所が私の希望。
要介護3になって申し込み、順番が回ってきたらの儚い夢である。
しかし特養ではないものの、県境に一軒、これはと思う施設がある。
デイサービスを受けながら、永遠に宿泊できる形態の施設だ。
うちからは遠いが、マーヤの住む関西からは少し近くなる立地も魅力。
この際、バトンタッチだ。
さっそく電話をしたら、要介護2のサチコでも可能だそうで
一度、見学に来るよう言われた。
が、何しろ遠いし、今は雪深いので行けそうもない。
春になったら考えようと思っている。
《完》