夫の親友、田辺君は同業の会社で営業をしている。
同業と言っても、うちは建設資材の卸業と
ダンプによる運送業という二種類の仕事があり
チャーターという名称が出てくる同業者というのが運送のほうで
田辺君は建設資材卸業の方で、同業者である。
彼は県内で、ちょいと名の知れたカリスマ営業マン。
広く、そして深いネットワークを持っているため
たいていのことは彼に聞けばわかる。
夫が永井部長とD産業の関係をたずねると、さっそく調べてくれた。
田辺君も永井部長には何度も煮え湯を飲まされているので、永井関係は燃えるのだ。
2日後、田辺君は会社を訪れて夫に言った。
「永井はD産業から、金をツマんどるわ」
「なんぼ?」
「200」
田辺君の説明によると、永井部長とD産業の社長は
藤村つながりで親しくなったそうだ。
藤村と同じく専属契約をちらつかせ
D社長にたびたび接待をさせるようになったという。
けれども藤村の言う専属契約と、永井部長の言う専属契約には少々違いがある。
藤村は、営業所という狭い範囲の専属だが
永井部長は本社の専属をひけらかすので話が大きい。
藤村にはすでに小遣いを渡していたD社長だが
同じ専属なら永井部長のほうに飛びつきたくなるのは当然である。
永井部長がD社長から200万円を引き出したのが
その流れであろうことは間違いなかった。
永井部長がどうやって200万円をゲットしたか。
その手口は聞かなくてもわかる。
「近々、大きな工事が出る。
その仕事が取れたら、お宅の会社を参加させる予定で動いている。
しかし確実に獲得するためには、ある人物に裏金を握らせる必要がある。
着工すれば元が取れるのはわかっているが、表に出せない金なので
お宅で出してもらえないだろうか」
これは、いにしえより業界で使われる伝統の手口。
うちの義父アツシも、何度か騙された経験がある。
だから、この手口でお金を巻き上げられたと聞いても誰も驚かない。
本当にコロコロと、面白いくらい騙されるのだ。
ただし、この手口を使う相手は吟味しなければならない。
まず年商が数千万から数億までの、小ぶりな会社のワンマン社長が望ましい。
年商が少ないと、お金に余裕が無いので出せず
数十億や数百億を超える規模の大きい会社だと
取締役や金庫番が家族でなく他人になり、人数も増えるので
反対する者が出てきてうまくいかないからだ。
その点、ワンマン社長を騙すのはたやすい。
ワンマン社長というと
人の言うことをきかないワガママな社長さんを想像するかもしれないが
実はそうではない。
お金の管理を始め、経営に関する様々な決定権を社長一人が握る状況を言う。
つまりワンマン社長本来の意味は、ワンマンバスと同じなのだ。
一人の判断で堅実にやっている社長さんもおられようが
中にはワンマン経営を続けるうちに
お金を社長自身の見栄や楽しみに使う割合が増える場合も少なくない。
それを周囲に指摘されると、本当のことだから腹を立てる。
関わるとうるさいので、周囲は黙る。
これを繰り返して名実共にワンマン社長となっていくが
冷静な第三者の干渉が無いため、悪人としては作業がしやすい。
相手さえ選べば、お金を引き出す成功率は高いのだ。
ボヤボヤしていたり、労せず利益を得ようと欲を出したら
たちまちカモにされる…それがこの業界なのである。
ともあれワンマン社長はお金を渡して待つが、朗報はなかなか聞けない。
何ヶ月も待ったあげく、しびれを切らしてたずねると、悪人は軽く言う。
「あの話は、まだ時間がかかりそうです。
でも次の話があって、そっちの方が先になりそうですから
もう少し待ってください」
こうして悪人は何年もの時を稼いで忘れるか諦めるのを待つが
これも伝統の手口。
公にするには金額が少なめに設定してあり、そもそも証拠となる領収が無い。
これで民事訴訟を起こしたら弁護士費用で目減りするし
裏金と知って出したのだから刑事告発もしにくい。
しかし何よりのブレーキになるのは
騙されたことを人に知られるのが恥ずかしいという羞恥心。
そして、このまま待てば本当に仕事が舞い込んでくるかもしれないという期待である。
が、ここにきて永井部長は、200万円のことでD社長に
やいのやいのと責められているらしい。
うるさいD社長に仕事という飴玉をしゃぶらせて
ひとまず静かにさせるしかないではないか。
「D産業を使え」の発言は、そのためだった…
以上が田辺君の話である。
「D産業だけじゃないんよ。
永井は同じ手口で、いろんな会社から小金をつまんどる」
田辺君は言うのだった。
「何でそんなに金がいるんだろうか」
夫の素朴な疑問に、田辺君は即答する。
「ギャンブルよ。
あいつ、女房とは離婚寸前で家に帰れんけん
平日や週末は競輪なんかの場外車券場に入り浸って、夜は酒。
金はナンボでもかかるよ」
「仕事中も競輪しよんか」
「前から時々、尾行付けようるけん、間違いない。
ほとんど毎日、競輪か競馬か競艇。
あっちこっちで不義理しとるけん、今さら営業に行ける所は無いじゃろうね」
尾行まで付けるとは、やっぱり敵に回すと怖い田辺君であった。
永井部長の秘密を聞いた次男は、さっそくある人に連絡した。
「社長よりウワテがいましたよ。
D産業は永井部長から200万、つままれてます」
「え〜?ワシ、50万、負けとるの?」
「惜しかったですね」
「アハハハ!」
電話の相手は、永井部長に150万を借りパクされたF工業の社長。
こんな冗談が言えるF社長の太っ腹に、我々は改めて感心するのだった。
《続く》
同業と言っても、うちは建設資材の卸業と
ダンプによる運送業という二種類の仕事があり
チャーターという名称が出てくる同業者というのが運送のほうで
田辺君は建設資材卸業の方で、同業者である。
彼は県内で、ちょいと名の知れたカリスマ営業マン。
広く、そして深いネットワークを持っているため
たいていのことは彼に聞けばわかる。
夫が永井部長とD産業の関係をたずねると、さっそく調べてくれた。
田辺君も永井部長には何度も煮え湯を飲まされているので、永井関係は燃えるのだ。
2日後、田辺君は会社を訪れて夫に言った。
「永井はD産業から、金をツマんどるわ」
「なんぼ?」
「200」
田辺君の説明によると、永井部長とD産業の社長は
藤村つながりで親しくなったそうだ。
藤村と同じく専属契約をちらつかせ
D社長にたびたび接待をさせるようになったという。
けれども藤村の言う専属契約と、永井部長の言う専属契約には少々違いがある。
藤村は、営業所という狭い範囲の専属だが
永井部長は本社の専属をひけらかすので話が大きい。
藤村にはすでに小遣いを渡していたD社長だが
同じ専属なら永井部長のほうに飛びつきたくなるのは当然である。
永井部長がD社長から200万円を引き出したのが
その流れであろうことは間違いなかった。
永井部長がどうやって200万円をゲットしたか。
その手口は聞かなくてもわかる。
「近々、大きな工事が出る。
その仕事が取れたら、お宅の会社を参加させる予定で動いている。
しかし確実に獲得するためには、ある人物に裏金を握らせる必要がある。
着工すれば元が取れるのはわかっているが、表に出せない金なので
お宅で出してもらえないだろうか」
これは、いにしえより業界で使われる伝統の手口。
うちの義父アツシも、何度か騙された経験がある。
だから、この手口でお金を巻き上げられたと聞いても誰も驚かない。
本当にコロコロと、面白いくらい騙されるのだ。
ただし、この手口を使う相手は吟味しなければならない。
まず年商が数千万から数億までの、小ぶりな会社のワンマン社長が望ましい。
年商が少ないと、お金に余裕が無いので出せず
数十億や数百億を超える規模の大きい会社だと
取締役や金庫番が家族でなく他人になり、人数も増えるので
反対する者が出てきてうまくいかないからだ。
その点、ワンマン社長を騙すのはたやすい。
ワンマン社長というと
人の言うことをきかないワガママな社長さんを想像するかもしれないが
実はそうではない。
お金の管理を始め、経営に関する様々な決定権を社長一人が握る状況を言う。
つまりワンマン社長本来の意味は、ワンマンバスと同じなのだ。
一人の判断で堅実にやっている社長さんもおられようが
中にはワンマン経営を続けるうちに
お金を社長自身の見栄や楽しみに使う割合が増える場合も少なくない。
それを周囲に指摘されると、本当のことだから腹を立てる。
関わるとうるさいので、周囲は黙る。
これを繰り返して名実共にワンマン社長となっていくが
冷静な第三者の干渉が無いため、悪人としては作業がしやすい。
相手さえ選べば、お金を引き出す成功率は高いのだ。
ボヤボヤしていたり、労せず利益を得ようと欲を出したら
たちまちカモにされる…それがこの業界なのである。
ともあれワンマン社長はお金を渡して待つが、朗報はなかなか聞けない。
何ヶ月も待ったあげく、しびれを切らしてたずねると、悪人は軽く言う。
「あの話は、まだ時間がかかりそうです。
でも次の話があって、そっちの方が先になりそうですから
もう少し待ってください」
こうして悪人は何年もの時を稼いで忘れるか諦めるのを待つが
これも伝統の手口。
公にするには金額が少なめに設定してあり、そもそも証拠となる領収が無い。
これで民事訴訟を起こしたら弁護士費用で目減りするし
裏金と知って出したのだから刑事告発もしにくい。
しかし何よりのブレーキになるのは
騙されたことを人に知られるのが恥ずかしいという羞恥心。
そして、このまま待てば本当に仕事が舞い込んでくるかもしれないという期待である。
が、ここにきて永井部長は、200万円のことでD社長に
やいのやいのと責められているらしい。
うるさいD社長に仕事という飴玉をしゃぶらせて
ひとまず静かにさせるしかないではないか。
「D産業を使え」の発言は、そのためだった…
以上が田辺君の話である。
「D産業だけじゃないんよ。
永井は同じ手口で、いろんな会社から小金をつまんどる」
田辺君は言うのだった。
「何でそんなに金がいるんだろうか」
夫の素朴な疑問に、田辺君は即答する。
「ギャンブルよ。
あいつ、女房とは離婚寸前で家に帰れんけん
平日や週末は競輪なんかの場外車券場に入り浸って、夜は酒。
金はナンボでもかかるよ」
「仕事中も競輪しよんか」
「前から時々、尾行付けようるけん、間違いない。
ほとんど毎日、競輪か競馬か競艇。
あっちこっちで不義理しとるけん、今さら営業に行ける所は無いじゃろうね」
尾行まで付けるとは、やっぱり敵に回すと怖い田辺君であった。
永井部長の秘密を聞いた次男は、さっそくある人に連絡した。
「社長よりウワテがいましたよ。
D産業は永井部長から200万、つままれてます」
「え〜?ワシ、50万、負けとるの?」
「惜しかったですね」
「アハハハ!」
電話の相手は、永井部長に150万を借りパクされたF工業の社長。
こんな冗談が言えるF社長の太っ腹に、我々は改めて感心するのだった。
《続く》