板倉君のゴミ問題担当大臣にされた義母ヨシコ。
実はこれ、私の陰謀である。
私はヨシコに対して、密かに腹を立てていた。
怒りは数日おさまらず、そこへ証拠写真が持ち込まれた。
私はヨシコに板倉君を押し付けてやりたくなった。
低経験値の天然同士、いいコンビじゃないかと思ったのだ。
それは先週、大型の台風が接近した夕方のことであった。
どうにもならない時に、どうにもならないことを言い出し
言い出したらきかないのは、昔からヨシコの癖である。
ヨシコ、この日は台風の気圧が刺激になったらしく
洗濯干し場の屋根が気になると言い出した。
洗濯干し場の屋根は、半透明の波板(なみいた)でできている。
ヨシコは強風に備え、波板を留めるネジがゆるんでいないか
点検したくなったのだ。
もちろん、自分は年寄りで病人だからやらない。
私にやれということだ。
折悪しく、家に男どもは不在であった。
どうなってもかまわない嫁しかいない時を選んだフシもあるが
グズグズしている暇は無い。
やるまで言い続けるのはわかっている。
早くしないと、これから風はどんどん強くなるばかりだ。
強風吹きすさぶ中、私は脚立をかついで裏庭に出た。
「ショムニの江角マキコみたい…」
などと一人、悦に入る
そうでも思わないと、ヨシコとは暮らせない。
私の敵は、ヨシコと台風だけではなかった。
脚立を置く地面にも、深刻な問題が存在する。
ヨシコ作である自称花壇の凹凸と、節操なく植えた木々で
脚立を置く四隅のスペースが確保できないのだ。
4点に置かれるはずの脚立の足は、前面の2点しか安定しない。
後方の2点は木が邪魔をして斜めになっている。
「上海雑技団!」と叫びながら支柱につかまり
あてにならない脚立を一段ずつ登る。
脚立のてっぺんまでたどり着き、ようよう屋根の上に顔を出す。
ネジは大丈夫だったが、そこへヨシコ登場。
手に新しいネジを持っている。
「ついでだから古いようなのを見て、取り替えてちょうだい」
マジっすか…。
「私が下で支えるから大丈夫」
ヨシコはこともなげに言う。
その時、ものすごい突風が吹いた。
「ギャー!!」
私が叫んだのは、突風のためではない。
ヨシコに両足首をハッシとつかまれたからだ。
不安定な脚立に登っている時、突風が吹いてグラついたところへ
いきなり足首をつかまれたらどういうことになるか。
私の頭には、明日の新聞の見出しがちらつくのだった。
“台風の惨事…主婦、脚立から転落死
死因は頭部打撲による脳挫傷”
「足持つな!脚立持て!」
「風がすごいから支えてあげてるんじゃないの!」
さらに強く足首をつかむヨシコ。
「支えるんだったら脚立じゃろが!」
「ええ~?そう~?」
「ヒー!やめれ!触るな!頼むから家に入って!」
「ネジの取り替えは~?」
「明日!」
「え~?明日?今日はだめ?」
「無理!」
伸びた木の枝につかまって九死に一生を得たが
危うくデンジャラ・ストリートの物故会員に名を連ねるところだった。
善意で人を生命の危機にさらす…
これがヨシコなのだ。
彼女の語る無邪気な思い出話によると
夫やその姉も、命からがら大きくなった模様。
離乳食に餅を与えて喉に詰まらせた…
ヒキツケを起こしたので病院に駆け込んだら
抱えて来たのは子供でなく枕だった…
裁縫針を踏んで手術…
ストーブの上で金ダライに湯を沸かして大やけど…
武勇伝は数知れず。
「子育ては大変だったわ」と振り返るが
ヨシコが大変にしているような気がする。
入院していた義父アツシも「爪を切ってあげる」と言われては
毎回、指先を切られて血だらけになり
動けない身体を震わせて泣いていたものだ。
わたしゃ死ぬのはいい…良くはないが、死ぬ時は死ぬので仕方がない。
でも、ヨシコが施す善意の毒牙にかかって死ぬのは嫌。
目撃者のいない所で、死因は闇に葬られるのだ。
何しろ彼女に悪気は無い。
「一生懸命支えたんだけど、力及ばず…」
なんて言われた日にゃあ、死んでも死に切れんじゃないか。
というわけで、ヨシコの天然デンジャラスに腹を立てていたのである。
復讐をもくろむ私の陰謀により、ゴミ問題担当大臣にされたヨシコだが
「人にものを教えるのがうまい」と言ったからか
就任に抵抗を示すことなく、あっさり受け入れた。
その上、鮮やかな手腕を発揮。
就任の翌日、ヨシコは板倉君を誘って石を拾いに行った。
何の石かというと、網をかぶせる時に使う重石(おもし)である。
そこらへんに落ちているソフトボール大の石を5~6個拾って
網の端っこにぐるりと置くという。
ヨシコはただ、網が浮かないように重石をしたらどうかと考えただけである。
しかしこれは大変な名案であった。
網をかぶせる時に石があると、脳の中で
石を置くために網をかぶせるという逆算が発生する。
“きっちり”や“ちゃんと”を意識しなくても
2人で拾った石を網の周辺に置きたくなるというものだ。
石の効果により、板倉君の生ゴミ問題は解決した。
生ゴミは解決したが、次は不燃ゴミがある。
納豆のパック、ヨーグルトのプラスチック容器
弁当のカラ、ペットボトル…
板倉君は生ゴミと不燃ゴミを一緒くたに出すから、問題が起きていた。
よって生ゴミをマスターすると、必然的に不燃ゴミが出る。
不燃ゴミは生ゴミより、ずっと分別が細かい。
2人には頑張ってもらいたい。
《完》
実はこれ、私の陰謀である。
私はヨシコに対して、密かに腹を立てていた。
怒りは数日おさまらず、そこへ証拠写真が持ち込まれた。
私はヨシコに板倉君を押し付けてやりたくなった。
低経験値の天然同士、いいコンビじゃないかと思ったのだ。
それは先週、大型の台風が接近した夕方のことであった。
どうにもならない時に、どうにもならないことを言い出し
言い出したらきかないのは、昔からヨシコの癖である。
ヨシコ、この日は台風の気圧が刺激になったらしく
洗濯干し場の屋根が気になると言い出した。
洗濯干し場の屋根は、半透明の波板(なみいた)でできている。
ヨシコは強風に備え、波板を留めるネジがゆるんでいないか
点検したくなったのだ。
もちろん、自分は年寄りで病人だからやらない。
私にやれということだ。
折悪しく、家に男どもは不在であった。
どうなってもかまわない嫁しかいない時を選んだフシもあるが
グズグズしている暇は無い。
やるまで言い続けるのはわかっている。
早くしないと、これから風はどんどん強くなるばかりだ。
強風吹きすさぶ中、私は脚立をかついで裏庭に出た。
「ショムニの江角マキコみたい…」
などと一人、悦に入る
そうでも思わないと、ヨシコとは暮らせない。
私の敵は、ヨシコと台風だけではなかった。
脚立を置く地面にも、深刻な問題が存在する。
ヨシコ作である自称花壇の凹凸と、節操なく植えた木々で
脚立を置く四隅のスペースが確保できないのだ。
4点に置かれるはずの脚立の足は、前面の2点しか安定しない。
後方の2点は木が邪魔をして斜めになっている。
「上海雑技団!」と叫びながら支柱につかまり
あてにならない脚立を一段ずつ登る。
脚立のてっぺんまでたどり着き、ようよう屋根の上に顔を出す。
ネジは大丈夫だったが、そこへヨシコ登場。
手に新しいネジを持っている。
「ついでだから古いようなのを見て、取り替えてちょうだい」
マジっすか…。
「私が下で支えるから大丈夫」
ヨシコはこともなげに言う。
その時、ものすごい突風が吹いた。
「ギャー!!」
私が叫んだのは、突風のためではない。
ヨシコに両足首をハッシとつかまれたからだ。
不安定な脚立に登っている時、突風が吹いてグラついたところへ
いきなり足首をつかまれたらどういうことになるか。
私の頭には、明日の新聞の見出しがちらつくのだった。
“台風の惨事…主婦、脚立から転落死
死因は頭部打撲による脳挫傷”
「足持つな!脚立持て!」
「風がすごいから支えてあげてるんじゃないの!」
さらに強く足首をつかむヨシコ。
「支えるんだったら脚立じゃろが!」
「ええ~?そう~?」
「ヒー!やめれ!触るな!頼むから家に入って!」
「ネジの取り替えは~?」
「明日!」
「え~?明日?今日はだめ?」
「無理!」
伸びた木の枝につかまって九死に一生を得たが
危うくデンジャラ・ストリートの物故会員に名を連ねるところだった。
善意で人を生命の危機にさらす…
これがヨシコなのだ。
彼女の語る無邪気な思い出話によると
夫やその姉も、命からがら大きくなった模様。
離乳食に餅を与えて喉に詰まらせた…
ヒキツケを起こしたので病院に駆け込んだら
抱えて来たのは子供でなく枕だった…
裁縫針を踏んで手術…
ストーブの上で金ダライに湯を沸かして大やけど…
武勇伝は数知れず。
「子育ては大変だったわ」と振り返るが
ヨシコが大変にしているような気がする。
入院していた義父アツシも「爪を切ってあげる」と言われては
毎回、指先を切られて血だらけになり
動けない身体を震わせて泣いていたものだ。
わたしゃ死ぬのはいい…良くはないが、死ぬ時は死ぬので仕方がない。
でも、ヨシコが施す善意の毒牙にかかって死ぬのは嫌。
目撃者のいない所で、死因は闇に葬られるのだ。
何しろ彼女に悪気は無い。
「一生懸命支えたんだけど、力及ばず…」
なんて言われた日にゃあ、死んでも死に切れんじゃないか。
というわけで、ヨシコの天然デンジャラスに腹を立てていたのである。
復讐をもくろむ私の陰謀により、ゴミ問題担当大臣にされたヨシコだが
「人にものを教えるのがうまい」と言ったからか
就任に抵抗を示すことなく、あっさり受け入れた。
その上、鮮やかな手腕を発揮。
就任の翌日、ヨシコは板倉君を誘って石を拾いに行った。
何の石かというと、網をかぶせる時に使う重石(おもし)である。
そこらへんに落ちているソフトボール大の石を5~6個拾って
網の端っこにぐるりと置くという。
ヨシコはただ、網が浮かないように重石をしたらどうかと考えただけである。
しかしこれは大変な名案であった。
網をかぶせる時に石があると、脳の中で
石を置くために網をかぶせるという逆算が発生する。
“きっちり”や“ちゃんと”を意識しなくても
2人で拾った石を網の周辺に置きたくなるというものだ。
石の効果により、板倉君の生ゴミ問題は解決した。
生ゴミは解決したが、次は不燃ゴミがある。
納豆のパック、ヨーグルトのプラスチック容器
弁当のカラ、ペットボトル…
板倉君は生ゴミと不燃ゴミを一緒くたに出すから、問題が起きていた。
よって生ゴミをマスターすると、必然的に不燃ゴミが出る。
不燃ゴミは生ゴミより、ずっと分別が細かい。
2人には頑張ってもらいたい。
《完》